治療教育学、かあ・・・
治療教育。この言葉初めて聞いたのはおそらく四半世紀前の大学時代か、その直後の知的障碍者施設通信教育だと思う。
記憶ではアメリカで興り、医学、教育学、心理学などが統合された立派な理論と実践が日本にも輸入され、独自に発展し、・・・のはず、だったと思ったが…
今読んでいる「アスペルガー医師とナチス」という本によると、治療教育学という名前はドイツ語由来。優生思想が盛んだった1920年代のウイーンではすでに使われていた言葉。そして、いろいろな「治療」や「教育」の名で暴力がまかり通っていた。「治療」も「教育」も表向きのきれいごとで、特に1940年台前半の「治療教育施設」は限りなく「障害児絶滅収容所」だった。とのこと。
医療だとか福祉だの教育だのとか、表向き並べ立てられるきれいごとは、現実には凄惨な暴力だった。というのは今まさに裁判中の神戸・神出病院事件や、津久井やまゆり園を調べていくうちに浮かび上がった、組織内ではびこっていた日常的暴力そのもの。やまゆり園元職員の植松死刑囚は、ひとりでナチスを実行したのだ。
治療教育とは、暴力や搾取の隠語、としても使われているし、使われてきたのだ。
1940年代前半、アスペルガーをはじめ、治療教育にたずさわる医師たちの日常業務は、「ひとりひとりの障害児が国にとって将来使えるかどうか」の「総合的判断」。医師の判断によって子供一人一人の生死が決まるというものだった。
医師の「総合的」「主観的」判断により「精神病質」などと判断された「障害児」たちは判断され、ひとり親の子供で、親がアルコール依存症の子供で、肢体不自由の重い障害児で、といった雑多な理由で「安楽死」が機械的かつ大規模に粛々と実施されていた時代があったので。
精神科関係の医師判断が「主観的」であるのは今にも通じる。そして処遇は表向ききれいでも実際は科学的理論ではなく暴力がまかり通っていることも、今に通じる。
アスペルガーはナチスから子供を守るためにアスペルガー症候群の概念を考案した。とかいうきれいごとは適切な表現ではなく、彼により実際書かれた子供たちのカルテを紐解くと、ほとんどの自閉性精神病質と診断した子供に軽蔑の言葉を書き込んでいたことも、今の時代の精神科医師たちの行動に通じる。アスペルガーはナチスに暗に抵抗していたのではなく、むしろ積極的にナチスに同化していたようだ。ということが。その本には書かれていた。アスペルガーはシンドラーではなかったのだ。正義の人ではなく、激動の時代をうまく立ち回ることに成功した人だったのだ。
「アスペルガー症候群とされた人の中には、健常者ではとても発揮できない特異な才能を持ち、科学者、専門家、高級官僚として成功する人たちもいる」などということが言われているが、それは1940年代前半の「表向きの説明」と全く同じだ。アスペルガーがそのように説明したのは当事者のためではなく、優生思想哲学の故、なのだ。その真実になった背景もまた、今に通じるものがあると私は思う。
アスペルガー症候群のひとでそういう特異な才能を持つ当事者は、今も昔もごくごく少数にとどまることも、発表されたアスペルガーのカルテで明らかとなった。多くは私のように平凡な才能しかなく、発達のバランが悪く、社会適応に相当な苦労がある。その結果引きこもっている人も少なからずいるのだ。
もしかしたら、自閉症とかアスペルガー症候群とか、気分障害とか、なんであれ、診断基準は何でもいいが「医学的レッテル」を張られることで則、「ただのスティグマ」なのかもしれない。
私は診断を受け入れ、適切だと考える保護を受けてここ7年あまりやってきた。現実に生きているだけでも大変なので、発達障害者支援法以来の諸政策があることをありがたく感じることもある。いろいろコーピングしてきても、本質的なところが変わることはない。
この本の著者が最後の「謝辞」で述べていることが示唆に富んでいるから引用したい。〈シエーファー、2019〉
“自閉症という病気は実在しない。ぼくらは誰でも問題を抱えている。ただ、それが目立つか目立たないかの違いでしかない。自閉症は障害でも病気でもなく、特定の人間を示す固定観念だ。自閉症と診断された人も、ほかの人と同じように扱ったほうがいい。てないと、その人たちはますます社会から切り離されていく。”
私は同じように扱われたら病気になってしまったが、40年余り同じように扱われてきたからこそ、大学に行ったり、正社員になったり、結婚したりできたのだ。まともに働いていたから、障害年金も厚生年金が出るんだ。確定診断以降、結果的に社会から切り離されて専門家との話が増えたなあ。という現実を思うと、なかなか複雑である。
※引用文献
エディス・シェファー 〈訳者 山田美明〉 2019 アスペルガー医師とナチス 発達障害の一つの起源 光文社 p351
※参考文献
エディス・シェファー 〈訳者 山田美明〉 2019 アスペルガー医師とナチス 発達障害の一つの起源 光文社