叢書「人間の大地」について若干のべる。故に1の続きです。
悲しき熱帯(TrisetesTropiques)は「人間の大地」(CollectionTerreHumaine)叢書の一冊として刊行された。叢書目録が巻末にあり数えたが40を越してやめた、60冊はあろうか、民族・歴史・地理学の一大叢書である。創始者が民族地理学の大家のJeanMalaurie、本人の取筆となるイヌイット紀行誌(=チュレ族、最後の王達)が叢書の第一巻を飾る。Malaurieは学者として実績も上げている(鯨の肋骨を海岸線に延々と並べた鯨回廊の報告はイヌイットの宗教観を表していると世界を驚かせた)そして辺境の地、種族達に暖かい目を注ぐ冒険家として名を馳せている。仏の雑誌「Les philosophes哲学者達」32号=2009年に登場しているが「私の埋葬の場所は決まっている、イヌイットの氷の大地だ」と発言するなど意気軒昂ぶりを見せている。(2017年で95歳)
彼は未開人の定義を「西洋文明から外れた人々=文明発展から取り残された蛮族」とする思潮に反対してイヌイットを報告した。その視点は文化人類学者が多くの場合に取る「冷たい」観察ではなく、観察する人間への尊厳に溢れる。デカルト哲学よりも古い伝統、権威(教会)を否定し個人確立したユマニスムは彷彿とさせる視線です。
イヌイット達の鯨漁の勇猛さを「アキレス、アガメンノンら英雄譚、ホメロスの叙事詩」に重ねた紀行文に(投稿子は)思えてしまう。
そのMalaurieがレヴィストロースに著述を依頼したのだが、両者には学問姿勢で相当の隔たりがある。「私はあらゆる旅が、そして全ての開拓者が嫌いだ=Je hais les voyages et les explorateurs」は悲しき熱帯で最初の第一行である。ブラジル現地調査旅行の他はビルマ(当時の名称)に調査旅行をしたのみ、人類学者としてフィールドワークは少ないレヴィストロース。一方Malaurieは「知的職業とは報告だ、それに値する生活なくして理論などありえない」とはばからず広言し、自身も極地の冒険旅行を幾度も敢行し、イヌイットを守る政治活動=アンガジュマン=を実践していた。
レヴィストロースにはこのアンガジュマン(=学者の政治への直接関与、サルトルの用法)は希薄です。
差異にもかかわらず依頼した背景についてMalaurieはかく語った(Les philosophesから)
1 守りで賛同した(未開民族の保護。当時はイヌイットの地をアメリカ軍が秘密基地の建設のため接収していた) 2原住民の「私」を主語にして未開民族を語らせる(口承民族誌、Malaurieのスタイル) 3他者をおもんばかる思考を否定する(学問)カーストを打ち壊す(レヴィストロースが民族博物館長とコレージュドフランス教授の就任を断られた経緯に発憤したようだ) 4行動する為には(アカデミーに籠もらず)書き物を出さなければと薦めた。一言でまとめれば、全てを「解きほぐす」行動に取りかかると一致した。
投稿子は2に注目する。
悲しき熱帯は口承文学ではない。構成は複雑ながら、底流は紀行文Recitで「私」は彼自身である。作中にも原住民の個人を「私」とした語りは出てこない。それにもかかわらずMalaurieはレヴィストロースを評価したのだが、接点は「未開民族」への評価が一致したからである。
未開民族を否定する一派とは彼らが攻撃した学問カーストで、それはノルマリアンでカルチアンに間違いない。
ノルマリアンとは高等師範学校を卒業した者を言う。悲しき熱帯では「ノルマリアンでない私に」サンパウロ大学の哲学教授職が舞い込んだ経緯、リセ卒業生が「学部=faculte」を選ぶ理由は「医学か法律」などと丁寧に書き込んで、ノルマリアンとの差異を写し出している。かの国ではノルマリアンでなければ高位の公職には就けない。アグレジェ(教授資格者)であってもノルマリアンでないからコレージュドフランスからは拒絶された。(投稿子の推察です)
そしてカルチアンとはデカルト主義者で、コレを日本語的に訳せば「理屈っぽい」に尽きる。すると早い話「フランス人は全員がデカルト主義者」との言葉も頷ける。デカルトの思考は「儂みたいな天才が神から授かった知性で、神が造った本質を曝く」に尽きる。その手法は物(あらゆるモノです、思考心情などもモノ)を要素分解して、各要素の様態を分離し、再結合する。換骨奪胎しているから、全てが見通せる。彼が解析幾何学で展開した思考を「本質の解析」に当てた訳です。
デカルト的思考をもたない未開人は知的発展が遅れているがカルチアンの認識。ノルマリアン(フランス政府)は未開人は定住させて教育を受けさせろしか答えがない。
これに対してMalaurieもレヴィストロースも「彼らは(デカルト的)思考を持たないが、別の思考形態を確立している。知的水準は欧州人におとらない」と主張した。心意気が合致したのだろう、肝胆相照らす交わり。人間の大地叢書の2巻目として同じ年に「悲しき熱帯」は刊行された。
(猿でも分かる構造主義 1の続きの了。1は4月5日に投稿、次回出稿は4月8日)