酔漢のくだまき

半落語的エッセイ未満。
難しい事は抜き。
単に「くだまき」なのでございます。

Season

2014-01-13 09:55:39 | 仙台中学校の頃の話
大宮京子&オレンジ Season(アルバムバージョン) 春は絹を纏いて 一人むさぼる夢は あてのない 旅のはじまり 日射し強く背に受けて 夢人は歩みつづける いとしき人 大君の元へ シーズン 時の流れが 君を変えてゆく 今 君にささげる 愛のすべては めぐる季節の つづれ織りだけ 街は紅く染まりて 道行く人の背中に 淋しさが おいかける 木立ぬける風の音に 夢人は心あずける いとしき人  . . . 本文を読む
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赤レンガの記憶

2013-02-15 11:16:05 | 仙台中学校の頃の話
「赤レンガの記憶」と言う題にいたしました。 「ジャンル」が「中学校の頃の話」としております。 この訳は、申し訳ございませんが、御高覧下さいませ。 東京駅が新しくなりました。 「新しくなった」この言葉は適切ではない。これは承知いたしております。 「本来あるべき姿に戻った」こう申して、それが一番良い表現であることは承知いたしております。 1980年代。「東京駅改装」が叫ばれ、地上13階建てのビルに生 . . . 本文を読む
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渡すことの出来なかった写真

2013-01-22 11:25:42 | 仙台中学校の頃の話
中学校1年時。 (これは何度も語りましたが) 6組は、素晴らしいロケーションに恵まれておりました。 職員室からは遠く、下駄箱からは一番近い。保健室は目の前。体育館への移動も楽。 そんな教室で理科の授業中でした。 理科の先生は、白衣を常に身にまとった「千葉先生」。 もう理科の教師、イメージそのものの先生でした。 今日の授業は「食塩水の濃度」という訳で・・・。 授業が佳境に入っていたかと思いましたら、 . . . 本文を読む
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僕はここで名人達に出逢った

2012-09-26 10:13:02 | 仙台中学校の頃の話
「うの君」からのコメント。 さる土曜日、中学校同窓会が仙台で開催されたとのお知らせ。 今回は、参加できずにおりました。 尤も、東京で開催されます、僕らの学年の同期会には、参加してはおりますが・・・。 旧制「塩竃中学」。親父殿は三回生。丹治さんお父様、寿太郎先生は、二回生。 同窓会は毎年、東京で開催されおりました。 東京在住組が中心となって、「塩竃中学、高校同窓会」を毎年、読売新聞に案内を出しており . . . 本文を読む
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全てはここから始まった。

2012-07-22 09:19:40 | 仙台中学校の頃の話
「酔漢のくだまき」→(読み方)「すいかんのくだまき」 「酔漢の妄語」→(読み方)「よっぱらいのくだまき」 かまやつひろし 我が良き友よ 全ては、ここから始まりました。 今のくらしにあきたら二人で 夢をかかえて旅でもしないかあの頃へ . . . 本文を読む
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先生の愛車

2012-06-08 08:35:57 | 仙台中学校の頃の話
1年6組の教室のお隣は、1年7組です。 「何あたりめぇなこと言ってのや!」と言われる方。これには事情がございまして。 1年5組は、隣になかったのです。校舎が別でした。 僕らのおりました1年6組は、一番東側の校舎。体育館の真下になります。 下駄箱と保健室が目の前。 いいロケーションだったよなぁ。 8組からは二階になりますので、1階の教室はこの6組と7組しかありません。 酔漢はと申しますと、その6組に . . . 本文を読む
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コラボが出来たかなぁ・・・

2012-05-20 08:17:32 | 仙台中学校の頃の話
写真 魚を売るイネさん82歳 中村ハルコ   今年初め、中学同期の「なんちゃん」とハルコさんの親友であり、写真に造形の深い「じゅんこ」さんと会食。 お酒も頂きながらの談笑です。 「なんちゃん」は同期ではありましたが、同じクラスになったことはなくて、お互い「顔は知っているよなぁ」と、そんな感じ。 中学時代、話をした記憶はありませんでした。 彼女と話をするのは昨年の同期会から。 話題はハルコさんの写真 . . . 本文を読む
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松島の松に雪ふり牡蠣育つ 青邨

2011-10-18 10:44:27 | 仙台中学校の頃の話
そぞろに牡蠣の恋しい季節が到来しました。 考えれば、「くだまき」で「牡蠣」そのものを取り上げたことがなくて、改めて「なしてだべ」と今さら思う次第です。 過去「くだまき」では、「ウィスキーの話」であるとか「ソウルフードの話」とか語っておりまして、ところどころに登場いたします「宮城の牡蠣」です。 4年程前に無くなってしまいましたが、北浜に「松木牡蠣店」がありまして、そこに買い物を頼まれた酔漢でした。 . . . 本文を読む
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故郷へ 四日目 自身の体とその後。そして・・・出逢い。

2011-09-19 08:54:14 | 仙台中学校の頃の話
昭和52年9月第二週。ですから、丁度今頃。中学校は文化祭の真っ最中でした。 酔漢は「天文クラブ」。これは以前語ったところです。 本当に「じみぃぃ」なクラブですが、このクラブの存在を知らない生徒も、南校舎にあります「天文ドーム」は日々みているわけです。 「あそこで何やってのかなぁ」 は、五矯生が誰しも持つ疑問です。 答えは「天文クラブの僅か数名が昼休みに、太陽黒点の観察をしていた」でした。 わざわざ . . . 本文を読む
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故郷へ 二日目 同期会そして「蒲生の干潟」

2011-09-16 09:30:09 | 仙台中学校の頃の話
仙台市立五橋中学校 昭和五十三年卒業生 同期会。 9月10日、市内ホテルで開催されました。 震災のあった今年。 「あいつは無事であっただろうか」 気がかりでございました。 皆の無事を聞き、そして安心したい。 酔漢の本音でございます。 同期会開催が午後7時。先立ちまして、同窓会が催されました。 また、いつものように丹治さんとの待ち合わせ。 ホテルのロビー。 「久しぶりぃぃぃぃ・・・だっちゃ!」 「お . . . 本文を読む
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