「索敵が全てを決定するんだ」
作戦区画室ではミッチャーが激をとばしております。
「ヘルキャット3個隊。それも予備タンク満載です。心配なのは・・」
「何だ。言ってみろ」
「行動半径が300マイルを越えます。ですから通信が直接できません。『途中リンク』として海兵隊のコルセア4機を飛ばしましたが。こいつが機能しませんと。」
天候は、芳しくありませんでした。偵察へ向ったヘルキャットからの最初の無電が「スープの中を飛んでいるようだ」でした。
そして事故が起こります。
途中通信を仲たがいしていたコルセア4機が、燃料切れを起して不時着するのです。悪天候とパイロットの経験不足から発生した事故です。海域にいる潜水艦が救助いたします。が、一名のパイロット「ジョン・ガーロック少尉」は行方不明となりました。
アメリカ軍は作戦中、潜水艦、他救難艇など数多く出動させ、不時着や被弾後の脱出に備えて待機させておりました。この用意周到さがアメリカの余裕でもあり、大和空襲の際にもパイロットが不安なく作戦に集中できた要因でもありました。「機が損傷して、脱出しても助けてくれる」といった安心感が、あの大胆不敵な攻撃を可能にしたのでした。「艦に突っ込む」といった発想は彼等にはないのでした。
「まだ、報告はないのか!」
ミッチャーはたばこを吹かしながら、報告を待っております。
そして第一報が到着します。
○七五四「敵艦船発見」
「詳細は!」
「輸送船一。護衛艦ニ」
「何だ、こいつぁ。こんなもん報告しなくてもよい!」
「俺たちがさがしているのはこんなんじゃないんだ。デカイ奴を早く見つけ出せ!」
七時頃、左舷間近を、輸送船が一隻すれ違う。
輸送船より手旗信号。艦隊出撃の目的を知ってか知らずにか、
「ご成功を祈る」と。
「大和」からこれにこたえて、
「安全なる航海を祈る」と返信す。
わが身を忘れて、危険海面をひとり行く輸送船の、無事内地帰港を祈った。
(能村次郎 大和副長手記より抜粋)
○八一五。「ウイリアム・エスツス」中尉の一隊は高度3500フィートで索敵コースから離れた空域を飛行中、約5マイル前方に巡洋艦一、駆逐艦七、八隻。そして「大和」を発見します。
「敵、発見!針路300度。巡洋艦一、駆逐艦七~八。戦艦一」
バンカーヒル内は大騒ぎになっています。
「よぉーし!遂にデカイ奴を見つけたゾ」ミッチャーは「してやったり」と表情に表しました。が。
「ですが、おかしいですね・・」
「なんだ。言ってみろ」
「針路300度ですと・・九州へ向うコースです」
「佐世保へ?」
「沖縄じゃないのか?」
ガヤガヤした声が作戦区画室を満たしておりました。
と、その時。
八○ニ三「エセックス隊から報告。敵発見です!」
「なんだ」
「エセックス隊ジャック・ライオンズ少尉からです。読みます『敵発見。巡洋艦一、駆逐艦八、戦艦一、針路ニ四○度』」
「『ニ四○度』だと!沖縄だ!やはり奴等は沖縄に向うんだ!間違いない!よぉぉーし」
さらに、
「ダンボから天候の報告です」(「ダンボ」ってディズニーの空を飛ぶ象です。マーチン飛行艇の渾名でした)
「敵上空の天候。半晴ないし曇。10000~14000フィートの中層雲。下層には高さ3000フィートの断続的な積雲、視界5~8マイル。南東寄りの微風。飛行条件グリーン」
八時十五分、断雲を縫って突如、艦載戦闘機三機、「大和」の前方上空至近の距離を左から右へ航過!
あっと叫ぶ暇もなかった。
胴体に明らかな星のマーク!
米空軍は、確実にわが艦隊を捕捉した。全身が引き締まる思い、いわかに闘魂が沸き起こる。数こそ少なかれ、帝國海軍の最精鋭、全世界の注視を浴びて、敵主力と雌雄を決せんとす。(能村次郎 大和副長手記より抜粋)
バンカーヒル内、ブリーフィングルーム。パイロット達が出撃準備をしております。
「今、CICから報告がはいったぞ」
「今日の天候与件だが。飛行条件は『グリーン』だとさ」
「普通だとは思えんがな」
「ああ、どう考えたって『こんちきしょう』だ」
「誰がスープの中を飛びたいって思うかよ!」
「だがな、考えようだぜ。スコールだったら奴等が雲から出たり入ったりするからな」
「艦隊の上にゼロはいるのか」
ミッチャーは天候の次に気になる情報を質問しました。
「今のところ報告がありません」
「やはり・・・な」
「奴等はあのデカイ奴を見放したんだ」ミッチャーはそれでも納得がいかない様子です。
「戦闘機でなくても、索敵が可能と判断します」
アーリーバークが海図を見ながらそう答えました。
「ゼロがいなければ、ダンボでも索敵が可能か。ヘルキャット16機に帰還命令」
「では、VPB-21哨戒飛行隊へ索敵命令を発令します」
慶良間列島阿嘉水道水域からマーチン飛行艇二機が発進しました。
そしてミッチャーはある決断をいたします。
ここまでの行動は全て、ミッチャーの独断で行っており、上官であるスプールアンス提督には何一つ報告をしておりません。
頭の中でこれまでの情報を整理いたしております。
確実となったのが「大和以下日本艦隊の現在位置」「現在そして今後の天候推移」「日本艦隊上空に掩護の航空機がない」
不確実なのが「艦隊の出撃目的」→「九州なのか」「沖縄なのか」。「上空直掩機」→「本当はどこからか来るのではないか」。「スプールアンスからの命令」→「やはりそれでもデヨー54機動艦隊に命令するのか」そして「敵は本当に我々の予想通りの行動を取るのだろうか」
これは賭けでありました。戦闘機を出撃させた後に日本艦隊が九州へ向ったとなると全くこの作戦は空振りに終わってしまいます。
そしてその間、カミカゼの猛攻撃を喰らったら。
「そうだ、絶対にK(三振)であってはならないんだ」
ミッチャーは決心しました。たばこを灰皿へ押し付けながらアーリーバーク参謀へ。
「一○○○に全機発進だ!攻撃命令だ!目標は方位344度、距離238マイルだ」
「何ですと!攻撃命令ですと!まだ確実な情報が何一つもないこのタイミングで。攻撃命令ですと!」
「これは、これはオーエン中佐。何かご質問でもおありかな?」
ミッチャーはいつも、このイギリスからのお客様(「タフィー・オーエン」です。連合軍オブザーバーとしてこの第58機動部隊に随行しております、イギリス海軍中佐です)と話をするとき、こんな口調に変わるのでした。CIC内メンバーは「また、はじまった!」という顔をしております。
「そうだ、中将一つ聞きたい。本当に『日本艦隊が、この海面に向う』保障はあるのか。そして目的もまだわからないではないか!そしてなにより提督(スプールアンス)から攻撃命令が出ていない。こんな状況で発進命令を出していいのか。我々は『賭け』をしているんではないのですぞ!」
中佐は「信じられない」といった顔つきで話ました。
アーリーバークがおもむろに答えます。(彼の、いつもの役目なのです)
「もちろん、おっしゃる通りです。ですが、これは『賭け』なのです」
「賭けで戦争を・・・」
「私は考えました。私があの『デカイ奴』だったとしたら。沖縄に向い、この海域で戦闘を開始すると」淡々と話ます。
「間違えてないことを祈っています」
オーエン中佐は、CIC室を後にしました。
索敵に出動したマーチン飛行艇ニ機。そのうちの一機「Dog8」にはディック・シムズ大尉が搭乗しております。ジグザグ航行中(之字運動)のの日本艦隊上空で旋廻を始めました。
「見事な航行だ。美しさすら感じ取れる」
と思ったその時、副操縦士のウィリアム・グレイブス予備中尉の報告でした。
「白鳥の群れの中に、みにくいアヒルが一匹いるゼ!」
「みにくいアヒルだと?」
「どんどん列から離れていっている駆逐艦が一隻」
操縦を代わり、シムズ大尉が自ら双眼鏡をのぞきました。
「機関故障か。速力が相当落ちているな」
どんどん後退していく駆逐艦があります。
その駆逐艦に気をとられていたその時、機銃手が電話で。叫び声でした。
「敵艦に動きあり、要注意!」
デカイ奴が一瞬光り、煙が上がったかと思った瞬間。機体左の翼付近で爆発音と大きな雲の塊が出来上がっております。
機体はグラグラと大きく揺れました。
「あんなもん喰らちまったら一たまりもないな」
「肝冷やしましたね」
「射程距離から離れて行動しようぜ。なぁに燃料は充分あるんだ」
シムズ大尉は平文で報告しているのでした。
○七一五 敵マーチン大艇二機、艦隊の東方二万メートルに接触せるを発見、大和発砲す。二機にて悠然たり。直掩機おらばと切歯扼腕す。敵は必ず二機にて行動し、主観的誤謬を排し、偵察の確実性を救助の万全を期しおるもののごとし。
(二度目掲載 藤井治美 初霜砲術長 手記より抜粋)→時間がアメリカ側と違っていることに気付きます。このまま掲載いたしました。
大和自慢の測距器が敵マーチンを捕らえます。
主砲射撃指揮所内、黒田砲術長を中心に確実にマーチンを捕捉しております。
このころ、空は明るくなってきており、雲は多少あるものの、マーチンは雲の切れ間を縫うように上空を旋廻しております。
「なんとかならんか」
「距離は?」
「目測では五万~6万(メートル)」
「距離がありすぎるな」さすがの黒田砲術長もためらう距離でありました。
「でもな、ひょとしたら・・・」
誰かが、こう話しております。
「敵がおるのにそのままでは。こうしているうちにもこちらの情報が敵に知られているんです」
「三万メートルであれば・・三式焼霰弾が確実に撃墜することができる距離ではあるが」
これはレイテで実証済みの距離だったのです。
しかし、黒田砲術長は伝声管に向います。
「艦長、主砲を射ちます!」ありったけの声でした。
しばらく、返事がありません。が数秒後、有賀艦長から。
「おう!やれるか!・・・・やってみぃぃ!!」
「よぉーし」
射撃指揮所は俄然活気に溢れます。
世界に冠たる戦艦大和四六サンチ主砲の一斉射撃。世界一の大砲が敵へと向います。
発令所長、各主砲へ命令が飛びます。
「もくひょぉぉぉお!前方の敵機ぃぃ!マーチン高度・・距離・・射撃よぉぉいぃぃ!」(この主砲発射の高度、距離、三式弾諸元入力などの記録はございません)
「一番主砲、準備ヨシ!」
「二番主砲、準備ヨシ!」
「三番主砲、準備ヨシ!」
「射ち方! は・じ・めぇぇ!」
砲術長の命令の後、即、射手、村田大尉が引き金を引くためのブザーを押しました。
「ブ・ブ・ブ・ブーー」(短三声。長一声)最後の長一声の後、引き金は引かれます。
ぐぅぐぐあぁぁぁぁんん!!!!
物凄い音。そして砲煙。はるか彼方とはいえ、マーチン目掛けて九発の三式焼霰弾が発射されました。
対空用三式焼霰弾は時限信管です。四式時限信管零型と呼ばれました。信管秒時は百秒まで調整が可能です。上空で炸裂するとその効果は七百メートルに及びます。
大和は最大船速で航行中でした。二十七ノット。その間の一斉射撃です。艦全体が大きく揺れます。艦橋では、伊藤司令長官をはじめ、その効果を期待すべく全員が一斉に双眼鏡を覗きました。マーチンの遥か手前で炸裂する三式焼霰弾。マーチンは平然と飛行を続けております。
「やっぱりダメか。距離がありすぎるな」
しかも、マーチンはこれ以上距離を縮めてくることはありませんでした。
矢矧。古村第二水雷戦隊司令長官の顔がこわばっております。
「朝霜から旗流信号。読みます。『ワレキカンコショウ』」
「何?朝霜が?機関の故障だと?」
続いて、電文が届きます。
「キュウソクシュウリチュウ」
原為一矢矧艦長が双眼鏡で朝霜の姿を追いました。
速度が急激に落ち、艦隊から脱落していくのがわかります。
朝霜の故障はタービンでした。修理に五時間はかかるとのことでした。
○七○○ 朝霜巡航タービン嵌脱装置操作不良のため焼きつき、速力一八ノットに低下す。修理に五時間を要するとのこと、分離単独追従することとなれり。すみやかなる復旧と健闘を祈る。(藤井治美 初霜砲術長手記より抜粋)
突然「われ機関故障」旗流信号を掲げて駆逐艦朝霜がどんどん落伍し始めた。艦長はヴェラ・ラヴェラ海戦で勇名を唱われた杉原中佐。(中略)その後「急速修理中」と報告の一電を発しただけで音信普通となった。(原為一 矢矧艦長手記より抜粋)
朝七時頃、突然、駆逐艦朝霜が機関故障のため後落をはじめた。たまたま上甲板にいた私は、みるみる遠ざかっていく艦影を、悲痛な気持で見送った。一ヶ月前に別れたばかりの杉原艦長、佐多機関長、そして機関科員一人ひとりの顔が、つぎつぎと目に浮かんできた。
(原田周三 涼月機関長手記より抜粋)
原艦長は、つい先ほど、積み込んでいた水上偵察機一機を指宿へと返し。その後、自身で対空機銃の点検を行っていたのでした。これは原艦長が防空指揮所へ上がる前の恒例行事?だったのでした。その矢先の朝霜の機関故障です。輪形陣では矢矧の左後方。「杉原艦長のようなベテランがいたからこそ安心して矢矧に専念できた」のは本音でした。
古村司令長官は朝霜のポジションに「霞」を起用します。
「対空砲火、弾幕を作るのに穴が空く」
初霜の修理が首尾よくいくことだけを願っていたのでした。
敵は刻一刻と出撃準備を始めております。
米58機動部隊は急速に艦載機の出撃準備を始めております。
この事実を第五艦隊司令長官スプールアンス大将も第54機動部隊デヨー少将もまだ知りませんでした。ミッチャーの味方への奇襲。そう捉えかねられない行動でした。
作戦区画室ではミッチャーが激をとばしております。
「ヘルキャット3個隊。それも予備タンク満載です。心配なのは・・」
「何だ。言ってみろ」
「行動半径が300マイルを越えます。ですから通信が直接できません。『途中リンク』として海兵隊のコルセア4機を飛ばしましたが。こいつが機能しませんと。」
天候は、芳しくありませんでした。偵察へ向ったヘルキャットからの最初の無電が「スープの中を飛んでいるようだ」でした。
そして事故が起こります。
途中通信を仲たがいしていたコルセア4機が、燃料切れを起して不時着するのです。悪天候とパイロットの経験不足から発生した事故です。海域にいる潜水艦が救助いたします。が、一名のパイロット「ジョン・ガーロック少尉」は行方不明となりました。
アメリカ軍は作戦中、潜水艦、他救難艇など数多く出動させ、不時着や被弾後の脱出に備えて待機させておりました。この用意周到さがアメリカの余裕でもあり、大和空襲の際にもパイロットが不安なく作戦に集中できた要因でもありました。「機が損傷して、脱出しても助けてくれる」といった安心感が、あの大胆不敵な攻撃を可能にしたのでした。「艦に突っ込む」といった発想は彼等にはないのでした。
「まだ、報告はないのか!」
ミッチャーはたばこを吹かしながら、報告を待っております。
そして第一報が到着します。
○七五四「敵艦船発見」
「詳細は!」
「輸送船一。護衛艦ニ」
「何だ、こいつぁ。こんなもん報告しなくてもよい!」
「俺たちがさがしているのはこんなんじゃないんだ。デカイ奴を早く見つけ出せ!」
七時頃、左舷間近を、輸送船が一隻すれ違う。
輸送船より手旗信号。艦隊出撃の目的を知ってか知らずにか、
「ご成功を祈る」と。
「大和」からこれにこたえて、
「安全なる航海を祈る」と返信す。
わが身を忘れて、危険海面をひとり行く輸送船の、無事内地帰港を祈った。
(能村次郎 大和副長手記より抜粋)
○八一五。「ウイリアム・エスツス」中尉の一隊は高度3500フィートで索敵コースから離れた空域を飛行中、約5マイル前方に巡洋艦一、駆逐艦七、八隻。そして「大和」を発見します。
「敵、発見!針路300度。巡洋艦一、駆逐艦七~八。戦艦一」
バンカーヒル内は大騒ぎになっています。
「よぉーし!遂にデカイ奴を見つけたゾ」ミッチャーは「してやったり」と表情に表しました。が。
「ですが、おかしいですね・・」
「なんだ。言ってみろ」
「針路300度ですと・・九州へ向うコースです」
「佐世保へ?」
「沖縄じゃないのか?」
ガヤガヤした声が作戦区画室を満たしておりました。
と、その時。
八○ニ三「エセックス隊から報告。敵発見です!」
「なんだ」
「エセックス隊ジャック・ライオンズ少尉からです。読みます『敵発見。巡洋艦一、駆逐艦八、戦艦一、針路ニ四○度』」
「『ニ四○度』だと!沖縄だ!やはり奴等は沖縄に向うんだ!間違いない!よぉぉーし」
さらに、
「ダンボから天候の報告です」(「ダンボ」ってディズニーの空を飛ぶ象です。マーチン飛行艇の渾名でした)
「敵上空の天候。半晴ないし曇。10000~14000フィートの中層雲。下層には高さ3000フィートの断続的な積雲、視界5~8マイル。南東寄りの微風。飛行条件グリーン」
八時十五分、断雲を縫って突如、艦載戦闘機三機、「大和」の前方上空至近の距離を左から右へ航過!
あっと叫ぶ暇もなかった。
胴体に明らかな星のマーク!
米空軍は、確実にわが艦隊を捕捉した。全身が引き締まる思い、いわかに闘魂が沸き起こる。数こそ少なかれ、帝國海軍の最精鋭、全世界の注視を浴びて、敵主力と雌雄を決せんとす。(能村次郎 大和副長手記より抜粋)
バンカーヒル内、ブリーフィングルーム。パイロット達が出撃準備をしております。
「今、CICから報告がはいったぞ」
「今日の天候与件だが。飛行条件は『グリーン』だとさ」
「普通だとは思えんがな」
「ああ、どう考えたって『こんちきしょう』だ」
「誰がスープの中を飛びたいって思うかよ!」
「だがな、考えようだぜ。スコールだったら奴等が雲から出たり入ったりするからな」
「艦隊の上にゼロはいるのか」
ミッチャーは天候の次に気になる情報を質問しました。
「今のところ報告がありません」
「やはり・・・な」
「奴等はあのデカイ奴を見放したんだ」ミッチャーはそれでも納得がいかない様子です。
「戦闘機でなくても、索敵が可能と判断します」
アーリーバークが海図を見ながらそう答えました。
「ゼロがいなければ、ダンボでも索敵が可能か。ヘルキャット16機に帰還命令」
「では、VPB-21哨戒飛行隊へ索敵命令を発令します」
慶良間列島阿嘉水道水域からマーチン飛行艇二機が発進しました。
そしてミッチャーはある決断をいたします。
ここまでの行動は全て、ミッチャーの独断で行っており、上官であるスプールアンス提督には何一つ報告をしておりません。
頭の中でこれまでの情報を整理いたしております。
確実となったのが「大和以下日本艦隊の現在位置」「現在そして今後の天候推移」「日本艦隊上空に掩護の航空機がない」
不確実なのが「艦隊の出撃目的」→「九州なのか」「沖縄なのか」。「上空直掩機」→「本当はどこからか来るのではないか」。「スプールアンスからの命令」→「やはりそれでもデヨー54機動艦隊に命令するのか」そして「敵は本当に我々の予想通りの行動を取るのだろうか」
これは賭けでありました。戦闘機を出撃させた後に日本艦隊が九州へ向ったとなると全くこの作戦は空振りに終わってしまいます。
そしてその間、カミカゼの猛攻撃を喰らったら。
「そうだ、絶対にK(三振)であってはならないんだ」
ミッチャーは決心しました。たばこを灰皿へ押し付けながらアーリーバーク参謀へ。
「一○○○に全機発進だ!攻撃命令だ!目標は方位344度、距離238マイルだ」
「何ですと!攻撃命令ですと!まだ確実な情報が何一つもないこのタイミングで。攻撃命令ですと!」
「これは、これはオーエン中佐。何かご質問でもおありかな?」
ミッチャーはいつも、このイギリスからのお客様(「タフィー・オーエン」です。連合軍オブザーバーとしてこの第58機動部隊に随行しております、イギリス海軍中佐です)と話をするとき、こんな口調に変わるのでした。CIC内メンバーは「また、はじまった!」という顔をしております。
「そうだ、中将一つ聞きたい。本当に『日本艦隊が、この海面に向う』保障はあるのか。そして目的もまだわからないではないか!そしてなにより提督(スプールアンス)から攻撃命令が出ていない。こんな状況で発進命令を出していいのか。我々は『賭け』をしているんではないのですぞ!」
中佐は「信じられない」といった顔つきで話ました。
アーリーバークがおもむろに答えます。(彼の、いつもの役目なのです)
「もちろん、おっしゃる通りです。ですが、これは『賭け』なのです」
「賭けで戦争を・・・」
「私は考えました。私があの『デカイ奴』だったとしたら。沖縄に向い、この海域で戦闘を開始すると」淡々と話ます。
「間違えてないことを祈っています」
オーエン中佐は、CIC室を後にしました。
索敵に出動したマーチン飛行艇ニ機。そのうちの一機「Dog8」にはディック・シムズ大尉が搭乗しております。ジグザグ航行中(之字運動)のの日本艦隊上空で旋廻を始めました。
「見事な航行だ。美しさすら感じ取れる」
と思ったその時、副操縦士のウィリアム・グレイブス予備中尉の報告でした。
「白鳥の群れの中に、みにくいアヒルが一匹いるゼ!」
「みにくいアヒルだと?」
「どんどん列から離れていっている駆逐艦が一隻」
操縦を代わり、シムズ大尉が自ら双眼鏡をのぞきました。
「機関故障か。速力が相当落ちているな」
どんどん後退していく駆逐艦があります。
その駆逐艦に気をとられていたその時、機銃手が電話で。叫び声でした。
「敵艦に動きあり、要注意!」
デカイ奴が一瞬光り、煙が上がったかと思った瞬間。機体左の翼付近で爆発音と大きな雲の塊が出来上がっております。
機体はグラグラと大きく揺れました。
「あんなもん喰らちまったら一たまりもないな」
「肝冷やしましたね」
「射程距離から離れて行動しようぜ。なぁに燃料は充分あるんだ」
シムズ大尉は平文で報告しているのでした。
○七一五 敵マーチン大艇二機、艦隊の東方二万メートルに接触せるを発見、大和発砲す。二機にて悠然たり。直掩機おらばと切歯扼腕す。敵は必ず二機にて行動し、主観的誤謬を排し、偵察の確実性を救助の万全を期しおるもののごとし。
(二度目掲載 藤井治美 初霜砲術長 手記より抜粋)→時間がアメリカ側と違っていることに気付きます。このまま掲載いたしました。
大和自慢の測距器が敵マーチンを捕らえます。
主砲射撃指揮所内、黒田砲術長を中心に確実にマーチンを捕捉しております。
このころ、空は明るくなってきており、雲は多少あるものの、マーチンは雲の切れ間を縫うように上空を旋廻しております。
「なんとかならんか」
「距離は?」
「目測では五万~6万(メートル)」
「距離がありすぎるな」さすがの黒田砲術長もためらう距離でありました。
「でもな、ひょとしたら・・・」
誰かが、こう話しております。
「敵がおるのにそのままでは。こうしているうちにもこちらの情報が敵に知られているんです」
「三万メートルであれば・・三式焼霰弾が確実に撃墜することができる距離ではあるが」
これはレイテで実証済みの距離だったのです。
しかし、黒田砲術長は伝声管に向います。
「艦長、主砲を射ちます!」ありったけの声でした。
しばらく、返事がありません。が数秒後、有賀艦長から。
「おう!やれるか!・・・・やってみぃぃ!!」
「よぉーし」
射撃指揮所は俄然活気に溢れます。
世界に冠たる戦艦大和四六サンチ主砲の一斉射撃。世界一の大砲が敵へと向います。
発令所長、各主砲へ命令が飛びます。
「もくひょぉぉぉお!前方の敵機ぃぃ!マーチン高度・・距離・・射撃よぉぉいぃぃ!」(この主砲発射の高度、距離、三式弾諸元入力などの記録はございません)
「一番主砲、準備ヨシ!」
「二番主砲、準備ヨシ!」
「三番主砲、準備ヨシ!」
「射ち方! は・じ・めぇぇ!」
砲術長の命令の後、即、射手、村田大尉が引き金を引くためのブザーを押しました。
「ブ・ブ・ブ・ブーー」(短三声。長一声)最後の長一声の後、引き金は引かれます。
ぐぅぐぐあぁぁぁぁんん!!!!
物凄い音。そして砲煙。はるか彼方とはいえ、マーチン目掛けて九発の三式焼霰弾が発射されました。
対空用三式焼霰弾は時限信管です。四式時限信管零型と呼ばれました。信管秒時は百秒まで調整が可能です。上空で炸裂するとその効果は七百メートルに及びます。
大和は最大船速で航行中でした。二十七ノット。その間の一斉射撃です。艦全体が大きく揺れます。艦橋では、伊藤司令長官をはじめ、その効果を期待すべく全員が一斉に双眼鏡を覗きました。マーチンの遥か手前で炸裂する三式焼霰弾。マーチンは平然と飛行を続けております。
「やっぱりダメか。距離がありすぎるな」
しかも、マーチンはこれ以上距離を縮めてくることはありませんでした。
矢矧。古村第二水雷戦隊司令長官の顔がこわばっております。
「朝霜から旗流信号。読みます。『ワレキカンコショウ』」
「何?朝霜が?機関の故障だと?」
続いて、電文が届きます。
「キュウソクシュウリチュウ」
原為一矢矧艦長が双眼鏡で朝霜の姿を追いました。
速度が急激に落ち、艦隊から脱落していくのがわかります。
朝霜の故障はタービンでした。修理に五時間はかかるとのことでした。
○七○○ 朝霜巡航タービン嵌脱装置操作不良のため焼きつき、速力一八ノットに低下す。修理に五時間を要するとのこと、分離単独追従することとなれり。すみやかなる復旧と健闘を祈る。(藤井治美 初霜砲術長手記より抜粋)
突然「われ機関故障」旗流信号を掲げて駆逐艦朝霜がどんどん落伍し始めた。艦長はヴェラ・ラヴェラ海戦で勇名を唱われた杉原中佐。(中略)その後「急速修理中」と報告の一電を発しただけで音信普通となった。(原為一 矢矧艦長手記より抜粋)
朝七時頃、突然、駆逐艦朝霜が機関故障のため後落をはじめた。たまたま上甲板にいた私は、みるみる遠ざかっていく艦影を、悲痛な気持で見送った。一ヶ月前に別れたばかりの杉原艦長、佐多機関長、そして機関科員一人ひとりの顔が、つぎつぎと目に浮かんできた。
(原田周三 涼月機関長手記より抜粋)
原艦長は、つい先ほど、積み込んでいた水上偵察機一機を指宿へと返し。その後、自身で対空機銃の点検を行っていたのでした。これは原艦長が防空指揮所へ上がる前の恒例行事?だったのでした。その矢先の朝霜の機関故障です。輪形陣では矢矧の左後方。「杉原艦長のようなベテランがいたからこそ安心して矢矧に専念できた」のは本音でした。
古村司令長官は朝霜のポジションに「霞」を起用します。
「対空砲火、弾幕を作るのに穴が空く」
初霜の修理が首尾よくいくことだけを願っていたのでした。
敵は刻一刻と出撃準備を始めております。
米58機動部隊は急速に艦載機の出撃準備を始めております。
この事実を第五艦隊司令長官スプールアンス大将も第54機動部隊デヨー少将もまだ知りませんでした。ミッチャーの味方への奇襲。そう捉えかねられない行動でした。
多分僕だけじゃないと思うよ。
さて、慶良間列島を基地化していた話はつい最近知ったことだったのでした。米軍の泊地となっていたことも。勉強不足でした。
なるほど、地図を見ますと作戦的に重要な位置にあることがわかります。
戦略を前提に事を進めているのがよく解ります。
索敵に関しても帝国海軍は渋るといいますか、97艦攻使用の場合は、やはりどうしてもケチりますよね。
情報戦全般に対してのお粗末さは、やはり精神至上主義の弊害でしょうね。
慶良間列島は安全な泊地を確保するために、米軍が一番早く手にした「沖縄」でした。
日本側は、戦略思想の欠陥といいますか、まったくの予想外の侵攻順番であって、すでにこの時点から後手後手です。
でも、スカパフローそっくりの地形であり地政学的位置です。
なんで気がつかなかったのでしょうね?