TULIP DIARY

届くといいな やさしい風に乗って

霊山寺

2022年05月16日 | 旅日記

5月15日、奈良県奈良市にある霊山寺(れいせんじ)に行ってきました。

近鉄富雄駅からバスで7分のところにありました。

バス停からはこの橋を渡って駐車場を歩いて行くと霊山寺の入口に辿り着きました。それほど遠くありませんでした。

富雄川

橋の左側に咲いていたブラシノキ

入山料600円を支払って入山しました。

サツキが咲いてました。

ゲンペイシダレモモ

アルミア

午前11時から開店した仙人亭で混まないうちに先に早めのお昼ご飯をいただくことにしました。

薬膳てんぷらそばをいただきました。

薬師湯

自分の干支をお参りしました。

行基像 近鉄奈良駅前の噴水の上におられる初代の行基像と同じ時期に作られた像だそうです。

金殿白金殿

三重塔

行者堂

山つつじ

葉っぱが大きくなっていた水芭蕉

本堂

鐘楼

辯天堂

七福神

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

偕楽園その1

2022年05月16日 | 旅日記

4月28日、最後の見学地の偕楽園にやってきました。偕楽園に来たのは3回目でした。以前来たのは梅が咲いている時期でしたので、4月に来たのはこの日が初めてでした。

この時期は園内のあちらこちらにキリシマツツジがきれいに咲いていました。

好文亭

好文亭に行ってみることにしました。

芝前門

入口で入場料の200円を支払いました。

菊の間

桜の間

紅葉の間

竹の間

2階から撮影しました。きれいな風景が望めました。だいぶん前、梅が咲いているときにこの場所からたくさんの梅が咲いていた風景を撮影したときのことも思い出しました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

優しさと寂しさ

2022年05月16日 | ひとりごと

上島竜平さんが5月11日に急逝されたニュースを見て驚きました。5月8日に放送されていた「ドリフに大挑戦スペシャル」に囚人服でコントされていていつもどおりにお元気そうなお姿を拝見していました。急逝されたニュースを見たときはご病気だったのかなと最初は思いました。

日曜日、テレビを付けたまま寝入ってしまっていたのでテレビを消そうと思ってふと画面を見たら深夜放送されていた『恋に無駄口』というドラマの中で上島さんが黄色い仕事着を着て校舎内を掃除されてにっこり微笑んでおられたシーンを偶然見掛けました。このドラマは見たことがなかったのですが、校務員役でレギュラー出演されていたそうです。亡くなられる前に撮影されていたシーンが流れていたのですね。

ダチョウ倶楽部の肥後克広さんや寺門ジモンさんや上島さんと親密に交流されていた土田晃之さん、有吉弘行さんなどの多くの方々がコメントを出されていたのを読むと上島さんが優しいお人柄の方だったということがよく伝わってきました。

突然、この世から去られてしまうことほど人を寂しくさせるものはないですね。突然その姿を見ることができなくなって、空しい寂しさに変わってしまうほどのやるせない気持ちになられたのでしょうと思いました。ダチョウ倶楽部のリーダーの肥後さんが「何をやっても笑いを取る天才芸人上島が最後に誰も1ミリも笑えない、しくじりをしました。でも、それが上島の芸風です。皆で突っ込んでで下さい」と追悼されていました。あの世で、師匠の志村けんさんと会って早すぎるだろと怒られているかもしれないですね。親しくされていたお仲間の追悼コメントを読むと、上島さんの芸風があの世でもこの世でも多くの方々に突っ込まれ続けることが供養になるのかもしれないなあと思いました。ご冥福をお祈りします。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ひとりごと

2022年05月16日 | ひとりごと

父がある日、「お母さんとしてはいいお母さんだったか。」と何気なく私に聞きました。突然の質問に「いいお母さんだったよ。」と即答しました。自分がいいお父さんだったかとこの後聞きました。「まあまあいいお父さんだよ。」と冗談ぽく答えた私に、「まあまあだったらいいほうだな。」と笑っていました。父と二人きりになってしまうと、今でも時々親子喧嘩しますが、最後まで絶対折れない父なのでいつも私のほうから折れて仲直りします。また言ってると思って聞き流すときは喧嘩にならないのですが、時々口答えしてしまう日もあって、そのときは口喧嘩になってしまいますが、最後は自分のほうがいつも折れて仲直りするといった繰り返しをする日が増えました。母がいたときは緩衝材になってくれていたので、喧嘩する回数は少なかったですが、そのときに比べれば少し増えましたね。先日、霊山寺にバラを見に行くので一緒に行く予定でしたが、しんどいから一人で行っといでと朝言いました。そこで、一人で出掛けてきて、家に帰ったときに、「おかえり。」と出迎えて一言掛けてくれました。近所のスーパーに買い物に行ったときも途中で電話を掛けてきて、気を付けて帰っておいでといつも気に掛けてくれる父でした。たった一人の家族になってしまった父との暮らしがもう2年半続いていますが、父がいてくれるからまだ穏やかに暮らして行けるのかなと時々思うようになりました。日々話をしてくれて時折喧嘩をできる人がいることが小さな幸せなんだろうけれど、本当は大きな幸せなのだろうなあと思います。

10年くらい前に両親に「二人ともいなくなってひとりぼっちになったら死んでしまうかもしれないよ。」と何気なく言ってみたことがあります。そのときに母は驚いたようにすかさず「それだけはあかんよ。」と言いました。心配そうに私をずっと見ていました。本当にひとりぼっちになったときにわかるのでしょうけれど、そのときに果たして頑張って立ち上がることができるのかなといつも思います。毎日、それなりに手づくりしている料理もひとりぼっちになったら作る甲斐もなくなっていい加減に作るのかなとか、旅行に行っても他の人の冷たそうな目線に耐えながら一人寂しくご飯を食べないといけないんだろうなあなど、前から分かっているつもりでもそのときにならなくては自分がどういう心境になって行くのだろうかと想像がつきません。喪失感でおかしくなってしまうのだろうか、それともしっかりしないととさらに頑張って生きていけるのだろうか。自分で自分自身のこともよくわからなくなってきました。自分と繋がりを持ってくださっていた方々が歳を重ねるに連れて少しずつ減ってきましたし、突然その繋がりがなくなってしまうことにも時々遭遇しました。そのときに相当の衝撃を受けてしばらく落ち込む日々が続くのですが、穏やかに暮らして行くために何をし続けて何を求めて暮らして行けばいいのだろうかと時々、ふと立ち止まり、考えたり、思いを巡らしたりします。結論には達しないですが、なるようにしかならないと思うことにして、まだ細々とでも繋がって下さっている方々を信頼し、大切に思いながら、また新たな繋がりもできることもあるかもしれないことも願って、生ある限り、なんとか元気に穏やかに暮らせるように、ひとりぼっちになっても、誰もが本当はひとりぼっちだったりすると強がりながら日々を過ごして行くことが今の自分にできることだったかなと思うことが最近多くなりました。単なるひとりごとを最後まで読んでいただいてありがとうございました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ユニクロのCM「いろんなわたし篇 」

2022年05月16日 | 旅日記

綾瀬はるかさんが出ておられるユニクロのCM「いろんなわたし篇」で最後のほうで綾瀬はるかさんが自宅でくつろぎながら3人の綾瀬さんがそれぞれ話をされているシーンを見て奥深いことを語っておられるCMだなあと思いました。誰でもいろんな面を持っていていろんなわたしは全部ひっくるめてすべてがわたしなんだということだよねとしみじみ思いました。

22SS ブラトップ LifeとWear/いろんなわたし篇 30秒

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする