先に「人とカワウソとの交流誌」にて、カワウソが人を化かす伝承を紹介したが、これ以外にもカワウソにまつわる話は数多くあるので、数回にわたって紹介してみたい。
今回は、「カワウソの恩返し」の話である。これは私が直接見聞したわけではなく、和田良誉編『伊予の昔話』(註1)の中で紹介されているものである。
三瓶町垣生の男性が語った話であるが、カワウソがいたずらをしようとして、牛を川に連れて行くために牛の体に綱をくくりつけたところ、逆に駄屋(牛小屋)に連れて行かれる。カワウソは牛主に泣いて命乞いをすると、牛主は「もうわやく(いたずら)をするな」と言って放してやる。カワウソはその恩返しのために「軒にものをひっかける鉤をつけておいてやんなはい」と去り、その通りに小さな鉤をつけておくと、毎朝、大きな鯛がぶらさがっている。牛主は欲が出てきて大きな鉤にしたらもっと鯛がぶらさがるだろうと思い、鹿の角につけかえると一つもぶらさがらなくなった。カワウソが鹿の角を恐れたのだ。
以上のような話である。これに類する伝説は、全国各地に見られるものであるが、主人公はカワウソではなく、河童、エンコである場合がほとんどである。愛媛県内でも、南予地方にこの種の話は多く伝承されており、明浜町高山では、地元の若宮神社に狛犬のかわりに鯛を抱えた河童の石造物が奉納されているという事例もある。これらは、いずれも河童が一度つかまってしまうが、命ごいの条件として、毎朝、魚などのお礼を人間にすることになるものの、魚をかける鉤を河童の嫌いな鹿の角に替えたとたん、恩返しも終わってしまうという構成となっている。
河童は、河川の淵、沼地などの水辺を住処とし、人畜に様々な怪異をもたらす妖怪の一種であるが、全国的に見てみると河童は、人間の子供、水蛇、スッポン、猿、鳥に仮託されることが多い。
河童の恩返し伝説が、八幡浜地方では河童ではなくカワウソが主人公とされていることは、当地方では河童の正体がカワウソであると認識していたことを物語っているのではないだろうか。カワウソは水辺に生息し、人を化かすなどの怪異をもたらす動物ととらえられていたのであり、河童と同一視される要素は多分に見られるのである。
(註1)日本放送協会刊 昭和四十八年
2000年03月30日南海日日新聞掲載