かなーり久々の、F1C級チーム列伝!!1年2カ月ぶりに帰って参りました。今日取り上げるのは、史上最弱チームとの呼び声高いライフ(イタリア)です。
チームの歴史
1990年の1年のみの参戦。全て予備予選落ちでした。
参戦は、計14戦各レース1台のみの参加でした
。ドライバーは、1戦2戦が、ゲーリー・ブラバム
。こちらは、2戦目で走れないままチームに嫌気がさし逃げるようにして
チームを去りました。オーナーのコネでやってきたのが、引退して7年を経ていたブルーノ・ジャコメリです
。
しかしながら、ドライバーの技量の問題をはるかに超えたチームで弱小チームが並ぶ予備予選の中にあっても弱さは、際立っていた
。
実際に毎レース予備予選ダントツの最下位
。ブービーとの差も20秒~30秒程度とまさに異次元の遅さ
。F3000よりも実際遅かったようです。ドライバージャコメリは、常にあまりにもの遅さで毎レース追突される
のでは?と恐怖心との戦いだったとか!?
エンジンは、フェラーリのエンジニアを経験しているフランコ・ロッキ。W12型エンジン
を考案するもどのチームも相手にされずならば自らシャーシを作ろうと参戦した。シャーシは、前年参戦するはずだったファーストレーシングのシャーシを流用。しかし、そのシャーシも何年も型落ち。なおかつ巨大で重量の重いW12型エンジンはトラブルも頻発。まともに周回を重ねることもままならなかった
。
13戦、14戦では、さすがにジャッドV8エンジンに変更も大きく状況が変わることなく遠征費のかさむ第15戦日本GPを前に撤退した。
今では、こんなチームが参戦することは考えられず後にも先にもこれ以上弱いチームが出てくることはないでしょう。

1990年の1年のみの参戦。全て予備予選落ちでした。
参戦は、計14戦各レース1台のみの参加でした




しかしながら、ドライバーの技量の問題をはるかに超えたチームで弱小チームが並ぶ予備予選の中にあっても弱さは、際立っていた

実際に毎レース予備予選ダントツの最下位



エンジンは、フェラーリのエンジニアを経験しているフランコ・ロッキ。W12型エンジン


13戦、14戦では、さすがにジャッドV8エンジンに変更も大きく状況が変わることなく遠征費のかさむ第15戦日本GPを前に撤退した。
今では、こんなチームが参戦することは考えられず後にも先にもこれ以上弱いチームが出てくることはないでしょう。
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