猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 23 説経伍大力菩薩 ⑤

2013年07月05日 17時34分40秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

住吉津守寺薬師の由来 ⑤

 さて、良薬口に苦く、忠言に耳が逆らうというのは、まったく、河瀬形部正行の身の上

のことです。主君の勘気を蒙って、和泉国を追放されてから、縁あって、渚の里(不明)に

庵を結んで、親子三人で暮らしておりましたが、それはもう、侘びしい生活でした。

 やがて、弾正の悪逆によって、姫君が行方知れずになってしまったという話を、聞き付け

た形部は、

「これは、なんということか。国外追放の身の上ではあれども、これを聞き捨てにしては、

君臣の礼を知らないことと同じである。こんなことになったのも、全て弾正の仕業であるか

らは、先ずは、和泉に帰って、弾正めを討ち捨てる外はあるまい。それから、姫の行方を

探すことにしよう。しかし、このことが女房に知れるならば、きっと一緒に行くと言い出す

のに違い無い。幼き者も居ることであるから、足手纏いになるだろう。密かに出るしか無いな。」

と考えたのでした。ようやく日暮れ近くになって、女房は、用事をしに出掛けました。形部

正行は、待ってましたとばかりに、用意を始め、一通の書き置きをしたためたのでした。

ところが、息子の花若が、

「何処へ行くのですか。母上も居ない時に、私を捨てて行くのですか。私も連れて行って

下さい。」

と泣きながら、袂に縋り付いて来たのでした。形部は、

「おお、その悲しみは、道理である。しかし、父は、どうしても行かなければならない用事

ができた。すぐ近くなので、行って来るぞ。母も其の内帰ってくるであろう。母が帰るまで

は、外へ出ずに、大人しく留守番を頼むぞ。ちゃんと留守番ができるなら、なんでも好きな

物えお土産に買ってきてやろう。」

と、様々にすかして、宥めましたので、まだ幼い花若は喜んで、

「それなら、可愛い人形を沢山買って下さい。」

と、ねだりました。形部は、

「よしよし、さすがは、我が子。聞き分けが良い。それでは、直ぐに帰るからな。さらばじゃ。」

と言って、出る所に、女房が帰ってきてしまいました。女房は驚いて、

「私の帰りも待たないで、幼い子供を捨てて、この夕暮れ時に何処へ行こうというのですか。

何かあったのですか。」

と、言いますと、さすがの形部も仕方無く、

「むう、最早、隠しても仕方無い。主君の道高様が、奥州の狄退治に行かれた後、弾正介友

が反乱を起こし、姫君を襲ったが、姫君は逃れて行方は知れずとなったという。弾正は、そ

の後、逆らう者を悉く攻め滅ぼしているとも聞く。私は、埋もれ木の身ではあるが、主君へ

の不忠の逆臣を、そのままのさばらせておくことはできない。弾正を討ち捨てて、姫君の

行方も捜そうと考えたのだ。しかし、敵は多勢であり、そう簡単にはいかない。もし、私が


忘れ去られた物語たち 23 説経伍大力菩薩 ④

2013年07月05日 10時16分50秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

住吉津守寺薬師の由来 ④

 さて、長尾の玄蕃定春は、緑の前様を守護して、自分の館へと戻って来ましたが、突然の

事態に、互いに目と目を見合わせて、泣くより外にしようがありません。玄蕃定春は、

「河瀬形部は、君の御勘気により追放され、行方も知らず。我が君様は、遙か遠国への御出

陣のお留守。このような時に、弾正の悪逆を、いったい誰が、止められましょうか。

 彼奴には、眷属が多くいますので、姫様がここに居ることが知れれば、直ぐに押し寄せて

来るに違いありません。これより直ぐに、祖父の三条大臣殿を頼って、京へと上がりましょ

う。そして、この事態の詳細を御門に奏聞して、朝廷よりの処罰を戴き、弾正めを八つ裂き

にしてやりましょう。」

と言って、緑の前を励ますと、輿に乗せ、夜陰に紛れて、京都へと旅立ったのでした。

 さて、弾正は、姫君を取り逃したことが残念で仕方ありません。あらゆる手を使って、姫

の行方を探索した所、玄蕃定春がお供をして、京都へと向かったことが分かりました。弾正

は、素早く辺りの手勢の者共を借り集めると、阿倍野が原(大阪市阿倍野区付近)に待ち伏

せをすることにしたのでした。

それとは知らずにやってきた姫君の一行は、阿倍野の辺りで賊に取り囲まれました。玄蕃が、

「盗賊共か。無闇に手を出して、怪我をするなよ。」

と、太刀を抜いて、姫の御輿の前に飛び出せば、弾正は、

「森本弾正、ここにあり。命が惜しいのなら、姫君を置いて、立ち去れ。」

と、言うのでした。もう手が回ったかと、定春は獅子の歯嚙みをして怒り狂いました。先ず

五郎兄弟を、右に左に薙ぎ伏すと、信太の八郎とがっぷりに組み合って、大力でねじふせ、

その首を掻き切って、放り捨てました。さて、玄蕃が立ち上がろうとする所を、今度は弾正

が透かさず、ちょうと切りつけたので、玄蕃は高腿を切り付けられ、その場にかっぱと転が

ってしまいました。無念にも、玄蕃定春の首は、弾正によって討ち落とされてしまったのでした。

もう敵は無しと、安心した弾正は、姫の輿に近付いて、

「このように、粉骨砕身して、意地を通すにも、只偏に、姫様のお情けを受ける為です。

こうなった上からは、兎にも角にも、お心をお開いたらどうですか。そうすれば、助けてあ

げましょう。」

と、さも憎々しげに言うのでした。姫君は、胸も塞がって、涙に暮れていましたが、

「さてもお前は、畜類にも遙かに劣る奴。相伝の主君に身を捨てて忠義を尽くすべきなのに、

自分の色事を通して、罪も無い人々を沢山殺し、私に悲しい思いをさせて置きながら、今の

言いぐさはなんですか。例え、体を奪われたとしても、お前等に従ってたまるものですか。

私がお前なら、助け置くなどとは言いませんよ。ああ、どんな因果で、女と生まれて来たの

か。口惜しい。」

と、声を張り上げて、弾正をなじりました。姫君の見幕に弾正は、