こざさ⑤
兄弟の形見を持って小篠は、黒渕へと急ぎました。やがて、御台様に形見の黒髪を届けたのでした。御台様は、驚いてこの形見を取り上げると、
「兄弟の若達は、都へ曳かれていったのですか。それでは私も、京の都へ行き、若達の最期を見届けましょう。」
と言って、取る物も取りあえず、市女笠で顔を隠して、小篠一人を共として、京を目指して旅立ちました。御台様は、兄弟の姿を求めて、あちらこちらと彷徨っている内に、京童(きょうわらんべ)の声を耳にしました。
「今日、六条河原で、幼い兄弟の成敗が行われるってさ。見に行こうぜ。」
御台様は、これを聞いて、
「さては、今日が若達の最期か。」
と、子供達の後を追って、六条河原へ向かうのでした。
さて、六条河原では、既に兄弟が引き出され、敷皮に西向きに座らされています。加藤兵衛が、
「さあ、若共。最早、最期の時だぞ。念仏申せ。」
と言うと、兄弟の人々は、群衆に向かって、こう告げるのでした。
「やあ、見物の方々、聞き給え。そもそも、我々兄弟は、山賊でも盗賊でも無い。親の敵を討ったので、このように成敗を受けるのだ。名誉の死をご覧下さい。さあ、太刀取り殿。早くお願いします。」
加藤が、後ろに回って、太刀を振り上げると、その時、御台様が走り出でて、加藤の腕に縋り付くのでした。御台様は、
「どうか、お待ち下さい。この兄弟は、どのような罪科を犯して、成敗されるのですか。」
と叫びました。加藤兵衛は、
「この者達は、和州長谷の国友を殺したので、成敗されるのだ。」
と言って、御台様を押しのけました。御台様は、尚も取り付いて、
「のう、のう、太刀取り殿、聞き給え。その国友を討ったのは当然の事。国友は、この兄弟にとっては、親の敵。親の敵を討った者は、陣の口(※大内裏外郭十二門のひとつ)さえ、許されると承るのに、どうして成敗されなければならないのですか。こんなに幼い者達を、どうして殺さなければならないのですか。どうかお助け下さい。」
と、醒め醒めと泣くのでした。兄弟はこれを聞いて、
「おお、これは、母上様ですか。草葉の陰で、父上様も、さぞお喜びの事と思います。これが宿業と諦めて、どうかお帰り下さい。」
と、言うのでした。加藤兵衛は、これを聞き、
「何と歎こうと、綸旨に叛く事はできないぞ。さあ、早く帰れ。」
と言いますが、御台は更に諦めず、涙ながらに懇願するのでした。
「まだ幼い兄弟ですから、どうか二人を助けて、代わりに私を殺して下さい。それが叶わないのなら、この兄は助けて、弟だけを殺して下さい。お願いします。」
加藤兵衛は、これを聞き、
「何、不思議な事を言うものだな。人は、『血の余り』と言って、末っ子を可愛がるものだが、どうして、兄を助けて、弟を切らせるのか。」
と、聞き返しました。御台様は、
「太刀取り殿。どうぞお聞き下さい。この兄は、私にとっては継子で、弟は私の実子です。弟を助けて、兄を切るならば、草葉の陰の彼の母が、継子が憎くて切らせたなと思われるに違いありません。そのような恥はかきたくありませんので、仕方無く、弟の方を殺してもらいたいと、お願いしているのです。」
と、再び泣き崩れました。やがて、御台様は、涙を抑えて梅若殿に近付くと、
「梅若よ。お聞きなさい。私が継母とは、今まで知らなかったことでしょう。悲しいことにあなたが二才の春の頃に、あなたの母様は亡くなられたのです。その後添えが私ですが、あの桜若ができても、私は、分け隔て無く育ててきたつもりです。今更、継子継母のことを聞かされて、無念にお思いかもしれませんが、これも、あなたを助けてお家を再興してもらう為ですよ。」
と、聞かせるのでした。続けて御台様は、泣きながら、
「桜若よ。この母を恨みと思うなよ。継子すら憎まないのに、なんでお前を憎いと思うか。ああ、身も心も苦しや。さあ、母諸共に、切って下さい。」
と居直って、少しも引き下がりません。太刀取りの加藤も、その場に居合わせた者達も、堪えきれずに共に涙に暮れました。とうとう、加藤兵衛は、
「物の哀れを知らない者は、木石と変わらない。成るか成らぬかは分からないが、今一度、御門に奏聞してみるから、皆々、一先ず引き下がれ。」
と言って、処刑を取りやめたのでした。兎にも角にも、この人々の心中は、哀れともなんとも言い様がありません。
つづく