ほう蔵びく ②
そうして、太子と姫宮は、比翼連理の契りを結ばれて、月日が重なればやがて若宮が
ご誕生となりました。最早、このことを秘密にして置くこともできず、とうとう父、大
王の知るところとなりました。大王は、大変腹を立てて、臣下大臣を集めると、
「さても口惜しいことになった。どこの馬の骨とも知れぬ者と契るとは無念である。こ
れは、末代までの嘲り(あざけり)である。このままにはしておけない。龍瀬(たつせ)
の洞へ連れて行き、翳(えい)の罪にて沈めてしまえ。早く、早く。」
と命令しました。臣下大臣は黙って俯いていましたが、ラゴトン将軍が進み出でて、こ
う言いました。
「逆鱗(げきりん)はごもっともですが、ただ一人の姫宮を、そのような罪に落とすこ
とは、あまりにも労しいことです。先ず一旦は御叡慮を巡らせていただきたく存じます。」
しかし、大王は、
「天下を守るとは、そういうことでは無いぞ。我が身が正道を行ってこそ、万民も
正道を行うのだ。重ねて奏聞する者あれば、七代までの勘当だ。」
と、言い放ちましたので、皆々どうすることもできず、東宮へ兵を差し向けると、太子
御親子三人をひとつの輿に乗せて、龍瀬の洞へと向かったのでした。
そもそも、「翳の罪」という刑は、深さ15丈(約50m)の穴の底に釼を植え並べ
て、そこに罪人を投げ込んでから、土で埋めてしまうという処刑の仕方です。早速に
その様な刑場が設えられ、太子親子三人が輿から出されて連れて来られました。姫宮は
あまりのことに、泣き崩れ、
「自らは、女の身であるから、罪に沈もうと構わないが、忝なくもこの君は、西上国の
主なのですよ。太子を助けてください。」
と懇願しました。今度は、太子が、
「このような憂き目を見るのも、皆これ麿が原因であるから、我こそ一人罪を受けて、
姫宮を助けてください。」
と、嘆きます。心も無い武士(もののふ)達も、言葉も無く差し俯くばかりです。ラゴ
トン将軍は、検見役としてその様子を見ていたのですが、あまりの労しさに耐えられず、
責任者の右大臣左大臣に向かって、
「何とかなりませんか。これでは余りに可愛そうに過ぎます。一旦の逆鱗で、このように
宣旨はありましたが、只一人の姫君のことですから、ここは、助け置いて、お怒りが静
まった頃にお知らせ申せば、憎くくは思いますまい。いざ、方々。どうか今日の所は、
処刑したと奏聞しておいて、親子の人々を助けましょう。」
と、迫りました。しかし、大臣達は、
「将軍の御心底はよく分かるが、重ねて奏聞すれば七代の勘当とあるからは、思い直さ
れることがあるとは思えぬ。情けをするにも事と次第による。下が上を計らって勝手な
ことをするわけには行かない。」
と、けんもほろろです。これを聞いてラゴトン将軍は怒り出し、
「もっともらしいことを言う奴らだな。この上は、それがしが、一命に掛けてでも、親
子の人々を助けないでおくべきか。やあれ、眷属ども、それそれ。」
と言うと、太子親子三人を傍らに守り置きました。これを見た両大臣が、
「さては、ラゴトンが謀叛じゃ。打って取れ。」
と下知すれば、兵は剣を抜き、たちまちに戦いが始まりました。ラゴトン方は無勢でし
たが、その勢いは物凄く、大臣方の勢はひるみました。そこへ、左大臣の眷属でライケ
ンという剛の者が躍り出て、四尺三寸の大の釼を八方に払い、横手を切って攻め込んで
来たものですから、さすがのラゴトン勢も後退しました。これを見ていたラゴトンが、
「おのれ、勝負、勝負。」
と跳んで出れば、ライケンは、にたにたと笑って、
「おお、願う所の相手なり。」
と、言うなりそばの古木を引き抜くと、拝み打ちに打ち掛かってきました。ラゴトンが、
体をかわして、古木をしっかりと掴み返すと、いや取られるものか、いや放せと、互い
に劣らぬ大力で、えいやえいやと引き合えば、古木はぼっきり折れて、両方に飛びし去
ったのでした。今度は互いに釼を抜いて、秘術を尽くして斬り合いました。しかし、
遂にラゴトンの太刀を受け外したライケンは、右の腿を切られてがっくりと膝を付きました。
右大臣左大臣はこれを見るなり、
「これは、だらしない。くだらない化粧軍(けしょういくさ)など見たくも無い。大勢
で掛かって一気に討ち取れ。」
と、命じました。東西南北より一度にどっと、ラゴトンを取り巻きましたが、その時、
天地が突然振動して、虚空から巨大な岩が降り落ちて来たのでした。翳の刑場は、たち
まちに埋まり、岩に潰されて夥しい兵が死にました。両大臣は、忌々しいと、ラゴトン
に取り付きましたが、ラゴトンは逆らいもせず、にこっり笑うと、
「大岩の難を逃れたのにまだ厭きたらぬか。それ程までにお望みならば、落花微塵にし
てくれん。」
と言うなり、大岩を投げつけて、二人の大臣を粉々にしてしまいました。残った軍勢
を追い散らすと、ラゴトンは、やっと一息つきました。そのラゴトンの働き、韋駄天も
こうであったかと、感ぜぬ者はありませんでした。
つづく