猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 39 古浄瑠璃 かばの御ぞうし③

2015年09月20日 22時41分52秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

蒲の御曹司 ③

 それから、哀れであったのは、範頼公の御台様と公達でした。御台様は三郎殿を連れて、城外へと落ち延びましたが、東西も知れぬ山の中を、さまよい歩くことになりました。城の騒ぎも聞こえぬ程に、遠く逃げて来ると、御台様は、三郎に向かい、
「三郎や、為頼や頼氏(長男・次男)はどうしたかねえ。無事ににげのびたかねえ。」
と、つぶやきました。暫く、来た方を眺めては、泣き崩れて動きません。この様子を見た三郎は、健気にも、
「私も心配ですが、今となっては、確かめ様もありません。しかしながら、こうしている間にも、敵の追っ手は、きっと迫っていることでしょう。さあ、一歩でも先に落ちのびましょう。」
と、励ますのでした。親子共々に手を取り合って、山の中を進みましたが、日暮れ頃になって、ようやくある尼寺に辿り着きました。一夜の宿を乞うと、一人の尼公(にこう)が出て来ました。御台様と公達のお姿を見て驚いたのは、尼公の方でした。
「これはこれは、三郎義清様。私は御乳母で御座います。」
と、名乗るのでした。御台様は、名乗りもあえずそのまま倒れ伏し、消え入る様に泣き崩れましたが、やがてこれまでの経緯を詳しくお話になるのでした。
「万事宜しく頼む。」
と、言われて尼公は、
「なんと、労しい事でしょうか。どうかこれよりは、お心安くなさって下さい。ここは、人知れぬ草深き山中です。必ず深くお隠し申し上げます。」
と答えて、人々を奥の部屋へとお隠しになり、様々心を尽くして仕えるのでした。
 さて一方、梶原は、炎上する城の中を捜索し、御台所や公達の首を探しましたが、見つかりません。
「ええ、さては、落ちのびたか。まだそれ程、遠くへは行ってはおるまい。早く追っ手を向かわせよ。」
と命じて、軍勢を山狩りへと向かわせました。梶原は、小高い山に上がって、遠目をして目を光らせるのでした。
 尼寺では、尼公の情けによって、御台様はようやく一息つくことができました。ところで、この尼寺には、尼公が寵愛する手飼いの虎がおります。今は三月も末、木々の梢は新緑に覆われ、庭には草花、牡丹、芍薬が咲き乱れています。花に戯れる胡蝶が飛び廻れば、これを狙って、引き綱を引き摺り飛び出すのは例の虎でした。その戯れ遊ぶ姿は、何とも例え様も無く面白く、幼い三郎には、黙って見ていることなど出来ません。
「あら、面白の風情や。」
と喜んで、広縁に走り出るのでした。驚いた御台様は、
「これ、だめですよ。山の上では、梶原が遠目をして見張っていると聞きます。早く中へ入りなさい。」
と、たしなめました。御台所は三郎を抱えて、奥の部屋へと籠もりましたが、時、既に遅し。目速い梶原は、この様子を見つけて、にやりと笑いました。
「こんな所に隠れておったか。」
と、つぶやいて、早速に尼寺へ駆けつけると、大音をあげました。
「範頼の北の方、公達が隠れておるだろう。関東へお供致す。早く出せ。」
驚いた尼公でしたが、
「これは、何事ですか。ここは尼公の住み処です。そのような人々は居りませぬ。お門違いではありませんか。」
と、とぼけましたが、梶原は聞いて、
「何だと、いくら隠し立てをしても、居ることは分かっておる。出さぬと言うのなら、踏み込むまでのことだ。」
と、情けも無い言い様です。物越しに聞いていた御台様は、
「ああ、もう見つかってしまったのか、露の身は、置き所も無く、悲しい事だ。」
と、忍び泣くのでした。尼公は、これを聞くともう観念して、
「こうなっては、隠しようも有りません。どうでしょうか梶原様。御台様は、この寺へお出でになって、出家をなされたいとお申しなされるので、滞留していただいております。血走る獣、空を駆ける鳥類までも情けの道は知ると言います。命を助けて、出家をする時間をお与え下さい。」
と、泣きながら訴えるのでした。梶原はこれを聞いて、
「鎌倉殿へお供をしてから、良き様にお取りなしをして、其の後又、ここへお連れいたしましょう。」
と、うまいことを言って、御台所と三郎を捕まえるのでした。やがてその日も暮れ方になると、梶原は、家来にこう命じました。
「沈めに掛けよ。」
家来達は、漁船を取り寄せて、御台所と三郎は乗せると、沖へと漕ぎ出します。ところが不思議な事に、突然嵐となり、突風が吹き荒れ、舟を上へ下へと揺らします。これには、家来共も堪らず、
「咎も無い人を、沈めようとするから、こんなことになるんだ。南無三宝。龍神様。この人々を助けるので、磯へと舟を寄せて下さい。」
と、喚いて祈るのでした。やがて、水際に近付くと、家来達は、舟より飛んで降り、命からがら逃げて行きました。それから、人々を乗せた舟は、行方も知らずに海を漂っていくのでした。哀れとも中々、申すばかりはありません。

つづく