猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 11 説経百合若大臣 ②

2012年03月28日 09時25分12秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

ゆりわか大じん ② 

蒙古の梁曹(りょうそう)、百合若大臣に討たるる事

 蒙古(むくり)の大将梁曹は、二相を悟る神通の者でありましたので、百合若大臣が

攻めて来るのを既に悟り、

「敵の軍勢を近寄せてはならない。潮境まで打って出て、即時に勝負を決してくれん。」

と、四万艘の軍船に多くの軍勢を乗せて、唐と日本の潮境、筑羅(ちくら:巨済島)の

沖に陣取りました。同じ頃、百合若大臣の軍勢も筑羅の沖に到着しました。海上で両軍

は対峙して、互いに太鼓を打ち鳴らして鬨(とき)の声を上げました。これこそ六種振

動(ろくしゅしんどう)を見るが如くの凄まじさです。やがて、鬨の声が静まると、蒙

古の大将梁曹は、天地も響かす大声で、

「我らが、いくさの吉例には、霧降りの法がある。いざ、霧を降らせよ。」

と、下知しました。すると、キリン国の大将が船端に突っ立ち上がって、青息をほうと

つくと、なにやら術をかけて、辺りは一面の霧に包まれたのでした。この霧は、一日や

二日では消えず、百日百夜続きました。日本の強者どももこれには閉口して、呆れ果て

るばかりです。百合若大臣は、無念と思い、潮(うしお)をすくって手水(ちょうず)

を使うと、

「南無日本六十四州の大小の神祇(じんぎ)、この霧を晴らせよ。」

と、深く神仏に祈誓をかけたのでした。すると、仏神三宝もこれを不憫と思われて、俄

に神風が吹き、霧を吹き散らしたのでした。百合若大臣は、これを見て喜ぶと、蒙古

に多勢をかけるのも無駄なことと思い、僅か十八人の強者どもを率いて、一気に攻め込

みました。蒙古軍は、これを「蟷螂(とうろう)が斧」(※弱小の者が自分の力量も弁

えず強敵に向かうこと)と見下して、鉾を飛ばし釼を投げつけ、火花を散らして応戦し

ました。しかし、有り難いことに、百合若大臣の船の舳先に金泥で書かれている「尊勝

陀羅尼(そんしょうだらに)」の文字が、三毒不思議の矢となって、蒙古の眼を射潰し

不動の真言のカンマンの二文字が釼となって飛びかかり、観音経の「於怖畏急難(おういきゅうなん)」

の文字が黄金の盾となって、蒙古の矢を防いだので、味方を失うことはありませんでした。

力を得た百合若大臣以下十八名は、ここぞとばかりに鉄の弓矢を射かけます。やがて

接近戦となり、鉾、鉄杖ひっさげて互いの船に乗り込んで、入り乱れて火花を散らしました。

そうこうしているうちに、誰が射たのかは分かりませんが、白羽の矢が虚空より飛んで

きて、蒙古の大将梁曹の眉間を貫きました。そのまま狂い死にした梁曹をみた蒙古の軍勢は、

途端に怖じ気づいて、撤退を始めたのでした。百合若大臣はいよいよ勇んで、唐と日本

に戦いに勝ったぞと、勝ち鬨を上げたのでした。

百合若大臣の手柄の程、由々しかりとも中々申すばかりはなかりけれ

つづく

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