<以下の文を一部修正して復刻します>
古い映画(DVD)を片っぱしから見ているが、先日、三船敏郎主演の『日本海大海戦』を見ているうちに、21世紀の現代はつくづく“ロマン”が少ないと痛感した。 この映画は日露戦争の日本海海戦をテーマにしたものだが、東郷平八郎司令長官率いる日本の連合艦隊が、ロシアのバルチック艦隊を撃破するものだ。私は別に戦争が好きではないが、日本人なら誰もが知っている有名な海戦である。
だから詳しく述べる必要はないと思うが、わが連合艦隊はバルチック艦隊がいつ現われるかと、それこそ一日千秋の思いで待ち受けている。 現代なら衛星で、艦隊どころか一人一人の人間の居場所まで探知できるというのに、100年以上前はそれが全く分からない。東郷長官を始め皆、じりじりした思いで敵艦隊の到来を待ち焦がれているのだ。
バルチック艦隊は本当に対馬(つしま)海峡の方に来るのか。それとも、太平洋を回って津軽海峡を抜けるのか・・・それが全く分からない。衛星がある現代なら、そんなことは一目瞭然だが、100年以上前は全く分からないのだ。 しかし、そこにロマンがある。五里霧中で分からないからこそ、あらゆる不安や焦りが交錯する。連合艦隊は敵艦隊が対馬の方に来ると読んで待機するが、本当にそうなるのか全く予測ができない。ただ不安だけが高じていく・・・
そして、仮装巡洋艦・信濃丸がついにバルチック艦隊を発見! その第一報が東郷長官のところに届いた時、彼は「やっと来たか!」と思っただろう。他の幕僚も皆そう思ったに違いない。 待って待って待ち焦がれて、ようやく敵艦隊が現われたのだ。まるで“最愛の恋人”を待ち受ける気持に似ている(笑)。 最愛の恋人は予想どおり対馬海峡の方へ進んで来る。もう逃しはしないぞ! 東郷長官は「全艦出動!」と命令を下す。わが連合艦隊は粛々として対馬海峡の方へ向かった。
こんなことは現代ではあり得ない。衛星で人っ子一人の動きさえも把握できるからだ。分かって当然である。 だから、そこにロマンはない。100年以上前と今では「未知の領域」が余りにも違うのだ。現代のロマンはもっと他の所にあるのだろう。しかし、科学技術が進歩して、ロマンの領域が狭まってきたのではないか。
映画では、連合艦隊が朝鮮の鎮海湾から出撃、とたんに「軍艦マーチ」が高らかに鳴り響き、やがて「興国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」というZ旗が揚がる。いつ見ても胸にジ~ンとくるシーンだ。兵士の一人一人が、生の“歴史”に立ち会っているのを実感したに違いない!
連合艦隊はバルチック艦隊を撃滅して勝利するが、その話は誰もが知っているから止めよう。とにかく、敵の動静がほとんど分からない所に不安や思惑、焦りが生じる。それが戦いの“ロマン”を生むのだろう。