☆☆ゆきのおと Yuki's Note ♪☆☆

☆名越(なごや)左源太時敏の玄孫が綴る日々のあれこれや家族の歴史. 
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島津吉貴様のご命日

2017-10-10 23:16:14 | 第21代藩主島津吉貴と継嗣島津継豊

本日、10月10日は島津家第21代藩主 島津吉貴様の没後270年となるご命日でございました。
  延享4年(1747年)10月10日磯別邸にて死去 齢73

『島津歴代略記』によると、
吉貴様は、第20代藩主 綱貴様の長男 母は二階堂十郎左衛門宣行の娘お重
  延宝3年(1675年)9月17日、鹿児島鶴丸城に出生、初め菊三郎。又三郎。忠竹。
  天和元年(1681年) 江戸に上り、同3年(1683年) 曾祖父 光久の加冠により元服
  貞享2年(1685年) 五代将軍 徳川綱吉に謁し、元禄2年(1689年) 元服の礼を行って松平姓と諱を賜り吉貴と改めました。

  宝永元年(1704年) 襲封。

吉貴の長男で 第22代藩主 島津継豊様は、徳川家から養女・竹姫を夫人に迎えた事や、第25代藩主 島津重豪の祖父として知られますが、父親の吉貴様は一般にはあまりメジャーではない気がします。

私にしてみても、薩摩で名越(なごや)家を名乗る切っ掛けとなったのが初代・名越恒渡(つねただ)の妹・お須磨様が吉貴夫人となったからだと知り初めて「吉貴」という名前を認識したわけですから。

とりあえず、今日はご命日であったことをお知らせして、後日改めて書いてみたいと思います。

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