図書館を出てからも、二人は未だ興奮冷めやらぬ様子だった。
「近くに居たから、もしかしてと思って呼び止めてみたけどさぁ、
やっぱカンペキ分かりやすく教えてくれたぁー!そして今日もイケメンだったわー」
「イェス!やっぱり生まれながらに先生の才能があるんデスね」

青田淳は、成績が良いだけではなくどうやら教えるのも達者らしい。
雪の心の中に、メラメラと嫉妬の炎が燃える。
「‥私よりも?」

その静かな怒りのこもった低い声を聞いて、二人はヒィッと息を飲んだ。
取り繕うように、彼らは雪にひっついて弁解する。
「ちーがうって!もちろんうちの雪以外で、ってこと!」
「1番は雪さんデス!当たり前じゃないデスか!」

いつも通りの聡美と太一。雪の心は、二人の狭間で揺れている。
「チューしちゃお
チュー
」
「青田先輩がどんなに上手に教えてくれたとしても、雪さんには遠く及ばナイということで‥」

胸の中に澱のように溜まった感情は、もう限界を迎えていた。
深く考えるより早く、雪の口が言葉を紡ぐ。
「あのさ‥」

三人を包む時が止まった。

雪は俯きながら、恐る恐る口を開き始める。
「私‥実は‥」

「今まで‥その‥あの先輩と‥」

口が重くて、なかなか言葉は出て来ない。
そしてそれを聞く聡美は、なんともユニークな顔で聞き返して来た。
「ん?」


その顔を見た途端、雪は急に現実に引き戻された。
もう、言葉を続けることは出来ない。
「ううん、何でもない」

それに加え、先ほど青田淳にヘラヘラしていた二人へのイライラもある。
静かなる炎(太一の言うところの「冷たいフィーバー」w)が炸裂、である。
「もういいの‥つーかどいつもこいつも‥。
色々教えて育んでみたって、結局何の意味も無し‥」

「あの先輩から教えてもらった方が良いみたいだし‥」
「ご、ご飯食べ行こ!奢ったげる!」「行きまショ行きまショ!」

「店までおんぶしてってあげマス!」「いいっつの!放せっ
」「い、行こ行こー!
」

考えてみたら分かることだ。
自分が語る真実は、他人にとっては荒唐無稽な話だってこと。
誰も理解出来ないであろうこのおかしな話を、
「王様の耳はロバの耳」みたいに叫べる先の井戸は無く

雪の心は諦めを受け入れ、沈む。
しょうがないじゃん

翌日になっても、胸の内は煙ったままだった。
廊下を歩いていると、嫌でもあの人に出くわす。
「青田先輩!」「おはようございまーす」「おはようございます!」「おはよう」

雪は彼のことを無視した。どうでもいいじゃないか、と半ば自暴自棄になりながら。
どうせ休学するんだし

そう考えると、もう彼に気を使う必要なんて無いと思った。
そして雪は一度も振り返ることなく、図書館へと歩いて行く。
ふぁぁ‥

期末の為の勉強で連日徹夜の雪は、アクビを噛み殺しながら机に齧りついていた。
ふと時計を見ると、短針は昼の一時を指している。
お昼ご飯‥

空腹を感じてそう思ってみるも、すぐさま雪はその意識を取り消した。
いいや

昼抜きも習慣になって、食べなくても平気になってきたな。
浮いたお金で来月、欲しかったあの服買える‥よしよし

財布の中は未だにピンチだが、ランチを抜くことでどうにかなりそうだった。
しかしそんな雪に、何やら昼食が回って来ている。
「はいコレ、雪さんの分。青田先輩から皆への差し入れみたいデスよ。
つーかどこ行ってたんスか?」

太一が差し出したそのパンは、青田淳が皆に配っていたものだという。
「図書館‥」

雪はそう答えた後、パンから視線を外して太一にこう言った。
「私はいいや。太一食べなよ」「イェス」

穿った考えが頭をもたげて行く。
お金持ちの先輩からのそれは、良く言えば差し入れだが、悪く言えば施しだ。
脳裏に浮かぶ、あの忌々しい光景‥。

心のどこかが、小さくひび割れて散って行く。
先輩とのことを話そうとすると必然的にしなければならない、
私のプライドが粉々になったことへの説明までは‥

敢えてする必要なんてない。
ただ、それだけのこと

聡美にも太一にも言い出せないのは、信じてもらえないだろうという理由だけではなかった。
自身ですら目を背けたいあの現実を、掘り出して晒す必要なんて無いだろうと思っただけだ。

とうとう雪は何も言わなかった。
誰にも何も伝えること無く、ただ前を向いて歩いて行くだけだ‥。

とうとう、期末試験期間に入った。
学生達は皆一様にスケジュールをこなして行き、終わると皆晴れやかな顔でキャンパスを後にする。

雪はというと、中庭のベンチに腰掛けながら、疲れ果てた顔で空を見上げていた。
静かな音楽を聴きながら、ぼんやりとした表情で。

終わった‥

蓄積した疲労と押し寄せる眠気で、身体が鉛のように重い。
そしてテストの出来を反芻すると、心まで重たくなるようだった。
奨学金‥貰えないだろうな

どんよりとした鈍色の空を見上げていると、だんだんと現実が曖昧にぼやけていく。
まぁ‥どうせ休学するんだから‥

これで全てがリセットされると思うと、心の中にぽっかりと穴が開くような気分だった。
瞼の裏に、今までのことが走馬灯のように浮かんでは消える。
あれだけ色々な事を経験したに関わらず、再び静かな日々が戻って来ている。
するとその全てが、些細な出来事であったかのように感じられた

それでも心に傷が残らないわけじゃないし、これからも度々思い出すだろうけど

今ではもう、何も無かったかのようだ

経験した苦い思いも、苦しい記憶も、全てが空へと溶けて行く。
ああ空が‥灰色にぼやけて‥

この胸の中で煙る靄も、澱のように溜まった感情も、全てが空へと昇って行く。
‥虚しい

もっと嬉しいかと思っていた。
もっとせいせいするかと思っていた。
けれど胸の中に残るのは、がらんとした何もない空間だった。
空虚だ‥

雪は暫く、そのまま空を見上げ続けた。
まるで雪の心の中を表しているかのような、何もない空だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<雪と淳>空虚 でした。
淳の差し入れのパン‥何パンなのか気になる‥。
パンといえば、以前亮が雪によこしたパンを思い出しますね。

<仲直り攻撃>より
亮からのパンは素直に受け取れますね‥。
この頃の淳のアプローチは、まるでネズミ(雪)が通る道にチーズを置いて行くような感じですよね。
しかしこの後、思いもよらない展開(雪の休学決意)になり、直接チーズを渡すようになっていくんですね。
ということで次回からついに、あの冒頭の飲み会に繋がります。
<雪と淳>閉講パーティー(1)です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は化けてしまうor文章が途中で切れてしまうので、
極力使われないようお願いします!
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「近くに居たから、もしかしてと思って呼び止めてみたけどさぁ、
やっぱカンペキ分かりやすく教えてくれたぁー!そして今日もイケメンだったわー」
「イェス!やっぱり生まれながらに先生の才能があるんデスね」

青田淳は、成績が良いだけではなくどうやら教えるのも達者らしい。
雪の心の中に、メラメラと嫉妬の炎が燃える。
「‥私よりも?」

その静かな怒りのこもった低い声を聞いて、二人はヒィッと息を飲んだ。
取り繕うように、彼らは雪にひっついて弁解する。
「ちーがうって!もちろんうちの雪以外で、ってこと!」
「1番は雪さんデス!当たり前じゃないデスか!」

いつも通りの聡美と太一。雪の心は、二人の狭間で揺れている。
「チューしちゃお


「青田先輩がどんなに上手に教えてくれたとしても、雪さんには遠く及ばナイということで‥」

胸の中に澱のように溜まった感情は、もう限界を迎えていた。
深く考えるより早く、雪の口が言葉を紡ぐ。
「あのさ‥」

三人を包む時が止まった。

雪は俯きながら、恐る恐る口を開き始める。
「私‥実は‥」

「今まで‥その‥あの先輩と‥」

口が重くて、なかなか言葉は出て来ない。
そしてそれを聞く聡美は、なんともユニークな顔で聞き返して来た。
「ん?」


その顔を見た途端、雪は急に現実に引き戻された。
もう、言葉を続けることは出来ない。
「ううん、何でもない」

それに加え、先ほど青田淳にヘラヘラしていた二人へのイライラもある。
静かなる炎(太一の言うところの「冷たいフィーバー」w)が炸裂、である。
「もういいの‥つーかどいつもこいつも‥。
色々教えて育んでみたって、結局何の意味も無し‥」

「あの先輩から教えてもらった方が良いみたいだし‥」
「ご、ご飯食べ行こ!奢ったげる!」「行きまショ行きまショ!」

「店までおんぶしてってあげマス!」「いいっつの!放せっ



考えてみたら分かることだ。
自分が語る真実は、他人にとっては荒唐無稽な話だってこと。
誰も理解出来ないであろうこのおかしな話を、
「王様の耳はロバの耳」みたいに叫べる先の井戸は無く

雪の心は諦めを受け入れ、沈む。
しょうがないじゃん

翌日になっても、胸の内は煙ったままだった。
廊下を歩いていると、嫌でもあの人に出くわす。
「青田先輩!」「おはようございまーす」「おはようございます!」「おはよう」

雪は彼のことを無視した。どうでもいいじゃないか、と半ば自暴自棄になりながら。
どうせ休学するんだし

そう考えると、もう彼に気を使う必要なんて無いと思った。
そして雪は一度も振り返ることなく、図書館へと歩いて行く。
ふぁぁ‥

期末の為の勉強で連日徹夜の雪は、アクビを噛み殺しながら机に齧りついていた。
ふと時計を見ると、短針は昼の一時を指している。
お昼ご飯‥

空腹を感じてそう思ってみるも、すぐさま雪はその意識を取り消した。
いいや

昼抜きも習慣になって、食べなくても平気になってきたな。
浮いたお金で来月、欲しかったあの服買える‥よしよし

財布の中は未だにピンチだが、ランチを抜くことでどうにかなりそうだった。
しかしそんな雪に、何やら昼食が回って来ている。
「はいコレ、雪さんの分。青田先輩から皆への差し入れみたいデスよ。
つーかどこ行ってたんスか?」

太一が差し出したそのパンは、青田淳が皆に配っていたものだという。
「図書館‥」

雪はそう答えた後、パンから視線を外して太一にこう言った。
「私はいいや。太一食べなよ」「イェス」

穿った考えが頭をもたげて行く。
お金持ちの先輩からのそれは、良く言えば差し入れだが、悪く言えば施しだ。
脳裏に浮かぶ、あの忌々しい光景‥。

心のどこかが、小さくひび割れて散って行く。
先輩とのことを話そうとすると必然的にしなければならない、
私のプライドが粉々になったことへの説明までは‥

敢えてする必要なんてない。
ただ、それだけのこと

聡美にも太一にも言い出せないのは、信じてもらえないだろうという理由だけではなかった。
自身ですら目を背けたいあの現実を、掘り出して晒す必要なんて無いだろうと思っただけだ。

とうとう雪は何も言わなかった。
誰にも何も伝えること無く、ただ前を向いて歩いて行くだけだ‥。

とうとう、期末試験期間に入った。
学生達は皆一様にスケジュールをこなして行き、終わると皆晴れやかな顔でキャンパスを後にする。

雪はというと、中庭のベンチに腰掛けながら、疲れ果てた顔で空を見上げていた。
静かな音楽を聴きながら、ぼんやりとした表情で。

終わった‥

蓄積した疲労と押し寄せる眠気で、身体が鉛のように重い。
そしてテストの出来を反芻すると、心まで重たくなるようだった。
奨学金‥貰えないだろうな

どんよりとした鈍色の空を見上げていると、だんだんと現実が曖昧にぼやけていく。
まぁ‥どうせ休学するんだから‥

これで全てがリセットされると思うと、心の中にぽっかりと穴が開くような気分だった。
瞼の裏に、今までのことが走馬灯のように浮かんでは消える。
あれだけ色々な事を経験したに関わらず、再び静かな日々が戻って来ている。
するとその全てが、些細な出来事であったかのように感じられた

それでも心に傷が残らないわけじゃないし、これからも度々思い出すだろうけど

今ではもう、何も無かったかのようだ

経験した苦い思いも、苦しい記憶も、全てが空へと溶けて行く。
ああ空が‥灰色にぼやけて‥

この胸の中で煙る靄も、澱のように溜まった感情も、全てが空へと昇って行く。
‥虚しい

もっと嬉しいかと思っていた。
もっとせいせいするかと思っていた。
けれど胸の中に残るのは、がらんとした何もない空間だった。
空虚だ‥

雪は暫く、そのまま空を見上げ続けた。
まるで雪の心の中を表しているかのような、何もない空だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<雪と淳>空虚 でした。
淳の差し入れのパン‥何パンなのか気になる‥。
パンといえば、以前亮が雪によこしたパンを思い出しますね。

<仲直り攻撃>より
亮からのパンは素直に受け取れますね‥。
この頃の淳のアプローチは、まるでネズミ(雪)が通る道にチーズを置いて行くような感じですよね。
しかしこの後、思いもよらない展開(雪の休学決意)になり、直接チーズを渡すようになっていくんですね。
ということで次回からついに、あの冒頭の飲み会に繋がります。
<雪と淳>閉講パーティー(1)です。
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