
今日で雪の、二年生最後の学期が終わる。
閉講パーティーと銘打たれたその飲み会に、ほとんどの学科生が参加した。

期末試験も終わり、これから冬季休みが始まる喜びに、皆自然とテンションが上がっている。
太一は目の前に置かれた料理を頬張り、聡美は笑顔で皆と会話を楽しんでいる。

その中で、一人疲れ果てた顔をしているのが雪だった。
皆の声が楽しそうに響く中で、まるでその狭間に沈み込んでいるかのように。

同期達が携帯を片手に何やら盛り上がっている。
目の前にはお酒もつまみもたっぷりと用意されている。

けれど何一つ、雪の心の琴線に触れなかった。
「沢山食べてね」と掛かる声にも、ただ曖昧に頷くだけだ。

隣の席の女の子が、声を掛けて来た。雪はそれに如才無く返答する。
「期末どうだった?」「うーん‥まぁまぁかな。そっちは?」「聞かないでー」

毒にも薬にもならないそんな会話を繰り返した。
店内にはガヤガヤとした喧騒が溶け、誰しもが楽しそうな表情を浮かべているように見える。
けれど雪の胸中には、最近頓に感じている虚しさばかりが広がっていた。

その穴を埋めるかのように、雪はジョッキに手を伸ばし、勢い良くそれを飲んだ。
聡美と太一は、幾分心配そうな顔をしてそんな雪を見ている。
「雪、今日はやけに飲むね?」「イヤな予感がしますヨ‥」

半分ほど空いたジョッキをテーブルに戻し、口元を拭った。
周りの会話が、否応なく耳に入って来る。
「瞳ちゃんはどうして来ないの?」「インフル再発だってさ」「げーっインフルひどいね」

「ていうかそのせいで学祭の時雰囲気メチャクチャだったじゃん?」「うんうん」
「ていうか直美さん、やっぱり青田先輩がすごすぎなんですって」
「普段から鍛えてるみたいだしね」「体力ありますもんねー」


ピクリ、と雪の肩が動いた。
今まで心の表面を滑って行くだけだった彼女らの会話が、やけに引っ掛かる。
「学祭当日はダウンしてたとしてもさ、その前まではテキパキ動いてたもんね」
「ううーっイケメン!」

青田淳の話題が、雪の心を曇らせた。
そして彼女らの会話の中に、いつしか雪の名前も挙がる。
「あの日って、雪ちゃんと二人で最後まで残ってたんだっけ?」
「あ‥」

すると直美が、思い出したかのように雪に向かって口を開いた。
「ていうか雪ちゃんさぁ、学祭の日見掛けなかった気がするけど、学校来てたの?」
「ちょ、直美さん!あの日この子超体調悪かったんですよ?!」

猜疑心の込められた目で雪を見る直美に対して、聡美がすぐさま噛み付いた。
しかし当事者の雪はというと、ただ黙ってその会話を聞いている。
「前日の準備で雨に降られて!そのこと、科代(科代表)の和美にも伝えたはずですけど?!
何なんですか今更ー」「えーそーだったの?知らなかったから」


聡美の説明を聞いた直美は、コロッと態度を変えた。
「ごめんね~?大変だったんだね?ごめんね~?」
「あ‥ハイ‥」「直美さん酔ってるじゃんかーったく‥」

ヘラヘラと笑いながら謝罪する直美。そんな彼女に対し、聡美はプリプリと怒っている。
しかし雪はというと、曖昧に笑ってジョッキへと手を伸ばした。
「あの人、時々妙にカチンと来ること言うんだよなー」「ハハ‥」

ぐわっ!

口や態度には出さないが、やはり雪も相当頭に来ていたようだ。
込み上げる怒りにまかせ、ガブガブとビールをかっ食らう。
すると雪の耳に、予想だにしなかった人物の話題が飛び込んで来た。
「ねぇねぇ、横山ってどうしてるか知らない?」
ぶほっ!!

思わず口からビールを吹き出してしまった。
横山翔のことなど、もうすっかり忘れていたからだ。
「知らない。音信不通」「俺も知らねー」
「ていうか、あの噂聞いた?」

そして話題は、もう一人の音信不通学科生のことへと移り行く。
「平井和美、塾通い始めたらしいって」「へぇ、何かの準備してんのかな。連絡してみる?」
「いや、最近はメールも電話も出ないよ」「えーなんでだろ」


平井和美‥。先学期、横山と双璧で雪を苦しめた人物だった。雪の胸中に暗雲が立ち込め始める。
「次の学期、誰が復学して来んの?」「えーっと、井上と米田と上島先輩と‥」
「横山と平井ってまさか休学?」「いやーいくらなんでも休学まではしないでしょ」「かなぁ?」
うん‥今度の休学‥良い選択なんだ‥。

雪の脳裏に、横山翔と平井和美の姿が蘇った。
大学から離れるのは、あの人達とも離れられる絶好の機会だ。

しんどい理由が全て青田淳のせいではないけれど、
青田淳のことがなければ、あの二人ともここまでトラブることにはならなかった。

横山と和美とのトラブルは、謂わば二次的被害のようなものだった。
その全ての元凶は、青田淳その人にある‥。

再び胃がキリキリと痛み出すように思えた。
雪は俯きながら、あの疎ましい光景を思い浮かべる。
とにかく‥

青田淳‥

高級そうな靴で書類を蹴られた。
あの時自身のプライドまでもが、グシャリと踏み潰された気がした。
青田淳青田淳青田淳‥

あの男のせいで何もかもが狂って行く。
雪はまるで呪文のように、心の中で彼の名前を唱え続けた。
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<雪と淳>閉講パーティー(1)でした。
ついにこの時が来ましたねー!
連載開始から6年、再び巡ってきた閉講パーティーです。
ここが終わりであり、始まりなんですね。なんだか感慨深いですね。
そして次回<雪と淳>閉講パーティー(2)で、冒頭へと繋がります!
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