聡美と太一がカップル最大の危機に直面している頃、
雪は一人構内を歩いていた。

分かれ道に差し掛かった時目に入ったのは、
何度か足を運んだことのあるあの建物だ。
音大‥

雪は少し考えた後、そちらの方向へと足を伸ばす。


入り口の方へと近付いて、キョロキョロと辺りを見回す雪。
会えるわけないかと思いかけたその時‥。
「おい」

聞き覚えのある声が、後方から掛かった。
振り返ってみると、彼が立っている。

河村亮。
亮は無表情のまま、じっと雪のことを見つめている。

「河村氏‥」

雪は少しきまり悪い表情を浮かべながら、彼の名を口にした。
二人の間に沈黙が落ちる。


亮は首の後ろに手をやりながら、その大きな目をキョロッと上に動かした。
未だ黙っている雪に向かって、彼女がここに居る理由を当ててみる。
「謝んの?礼言うの?」

「あ‥どっちも‥」

そう気まずそうに口にした雪を見て、亮はふっと静かに笑った。
以前のような仏頂面でも、雪を突っぱねる態度でもない、どこかすっきりとした笑顔を浮かべて。

亮の視線は空を仰ぎ、落ち着いた口調で、雪に向かって口を開き始めた。
「いらねーよ。この前はオレも言い過ぎたし、昨日はお前んこと助けらんなかったし。
だからお前がオレに気ぃ使う必要なんて、全くねぇってこと」

亮はゆっくりと、雪の方へと視線を流す。
「だから全部忘れてくれ。最初から、何も無かったみてーにな」

「分かったな?」

亮からそう言われ、雪は言葉に詰まった。
彼が口にするその言葉の意味が、二人の間に見えない壁を作る。

秋の終わりの風が二人の間を吹き抜けて行き、鳥の鳴き声だけが辺りに響いていた。
その中で亮はただ静かに、穏やかな笑みを浮かべて佇んでいる。

彼の心の中を目で見ることは出来ないけれど、それにどうやら何かしらの折り合いが付いたことを、
無言の中で雪は感じ取った。
「‥‥‥‥」

これ以上自身が立ち入ることは出来ないのだ、と。

雪は若干わざとらしい程の声を上げ、亮の前で笑って見せた。
「いやいや~!それでも助けようとしてくれたじゃないですか!
本当にありがとうございました!あの時怒っちゃったのもとにかく‥すみませんでした!」

亮はそれをただ黙って聞いている。
雪の笑い声は、二人の間に虚しく響いて消えて行った。


雪は咳払いを二、三回した後、この場を立ち去る挨拶を口にする。
「あ‥それじゃコンクール‥の準備、頑張って下さいね。私授業行くので‥」

雪もまた、亮と同じような笑顔を浮かべた。
「頑張って下さいね」

亮は片手を上げて、彼女の笑顔に笑顔で応える。
「おう」


亮が浮かべるその笑顔を、雪は暫しじっと見つめた。
その笑顔の裏にある、何らかの決心を感じながら。

笑顔を崩さない亮の前から、
雪はやがて背を向ける。


亮は雪の背中が小さくなっても、上げた左手をそのままの状態で彼女を見送った。
彼女との関係を白紙に戻す、そのカウントダウンがだんだんと迫っている‥。

亮は音大の方へと歩き出した。
一度も彼女の方を、振り返らないまま‥。
これで充分だ

雪はだんだんと遠くなって行く彼の存在を背中に感じながら、亮のことを考えていた。
嫌だと言われたのに、家族のような付き合いを強要するのは違うし、
本人の心の整理はまだのように感じだけど、結論を下したのは確かなのだろう。
これ以上は、私も何も言うことは出来ない。

どうせ河村氏との関係が上手く行ったところで
先輩とはずっと衝突することになるだろうし‥。
二人が誤解を解いて円満な関係になることを願ったけど、
私が彼らのプライバシーに介入するのにも限界があるだろう。
ただ‥

冷たい風が頬を刺し、それは雪の心の中にもひゅるりと入り込んで来た。
河村氏との関係は、先輩に関する縁だけじゃなく、
私個人の人間関係の一つでもあったから‥。こういうぎこちない感じに慣れなくて、

ただ寂しさだけがしんしんと積もる

脳裏に浮かぶ亮の笑顔が、だんだんと霞んで行く。
「ダメージ!」

胸の中に煙る靄が彼の顔を白くぼやかし、まるで白紙の状態に戻して行くかのように感じた。
心の中に、ぽっかりと穴が開く。

ふと、雪は音大の方を振り返った。
上手くやってるなら良かった

そこにはもう誰も居ない。
河村氏がどこに行ったとしても

上手く‥行きますように

ぐらつく心に言い聞かせるように、雪はそう胸の中でひっそりと祈った。
その表情には、そこはかとなく寂しさが滲んで居たけれど‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<白紙の準備>でした。
なんとか4部35話の亮と雪の会話、記事に間に合いましたー^^
急いで訳したので、翻訳間違いあるかもしれません(汗)、あったら教えて下さいー。
着々と別れの準備をしている亮さんが切ないですね(TT)
全力で引き止め隊、集合!
次回は<友の慟哭>です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は化けてしまうor文章が途中で切れてしまうので、
極力使われないようお願いします!
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!
雪は一人構内を歩いていた。

分かれ道に差し掛かった時目に入ったのは、
何度か足を運んだことのあるあの建物だ。
音大‥

雪は少し考えた後、そちらの方向へと足を伸ばす。


入り口の方へと近付いて、キョロキョロと辺りを見回す雪。
会えるわけないかと思いかけたその時‥。
「おい」

聞き覚えのある声が、後方から掛かった。
振り返ってみると、彼が立っている。

河村亮。
亮は無表情のまま、じっと雪のことを見つめている。

「河村氏‥」

雪は少しきまり悪い表情を浮かべながら、彼の名を口にした。
二人の間に沈黙が落ちる。


亮は首の後ろに手をやりながら、その大きな目をキョロッと上に動かした。
未だ黙っている雪に向かって、彼女がここに居る理由を当ててみる。
「謝んの?礼言うの?」

「あ‥どっちも‥」

そう気まずそうに口にした雪を見て、亮はふっと静かに笑った。
以前のような仏頂面でも、雪を突っぱねる態度でもない、どこかすっきりとした笑顔を浮かべて。

亮の視線は空を仰ぎ、落ち着いた口調で、雪に向かって口を開き始めた。
「いらねーよ。この前はオレも言い過ぎたし、昨日はお前んこと助けらんなかったし。
だからお前がオレに気ぃ使う必要なんて、全くねぇってこと」

亮はゆっくりと、雪の方へと視線を流す。
「だから全部忘れてくれ。最初から、何も無かったみてーにな」

「分かったな?」

亮からそう言われ、雪は言葉に詰まった。
彼が口にするその言葉の意味が、二人の間に見えない壁を作る。

秋の終わりの風が二人の間を吹き抜けて行き、鳥の鳴き声だけが辺りに響いていた。
その中で亮はただ静かに、穏やかな笑みを浮かべて佇んでいる。

彼の心の中を目で見ることは出来ないけれど、それにどうやら何かしらの折り合いが付いたことを、
無言の中で雪は感じ取った。
「‥‥‥‥」

これ以上自身が立ち入ることは出来ないのだ、と。

雪は若干わざとらしい程の声を上げ、亮の前で笑って見せた。
「いやいや~!それでも助けようとしてくれたじゃないですか!
本当にありがとうございました!あの時怒っちゃったのもとにかく‥すみませんでした!」

亮はそれをただ黙って聞いている。
雪の笑い声は、二人の間に虚しく響いて消えて行った。


雪は咳払いを二、三回した後、この場を立ち去る挨拶を口にする。
「あ‥それじゃコンクール‥の準備、頑張って下さいね。私授業行くので‥」

雪もまた、亮と同じような笑顔を浮かべた。
「頑張って下さいね」

亮は片手を上げて、彼女の笑顔に笑顔で応える。
「おう」


亮が浮かべるその笑顔を、雪は暫しじっと見つめた。
その笑顔の裏にある、何らかの決心を感じながら。

笑顔を崩さない亮の前から、
雪はやがて背を向ける。


亮は雪の背中が小さくなっても、上げた左手をそのままの状態で彼女を見送った。
彼女との関係を白紙に戻す、そのカウントダウンがだんだんと迫っている‥。

亮は音大の方へと歩き出した。
一度も彼女の方を、振り返らないまま‥。
これで充分だ

雪はだんだんと遠くなって行く彼の存在を背中に感じながら、亮のことを考えていた。
嫌だと言われたのに、家族のような付き合いを強要するのは違うし、
本人の心の整理はまだのように感じだけど、結論を下したのは確かなのだろう。
これ以上は、私も何も言うことは出来ない。

どうせ河村氏との関係が上手く行ったところで
先輩とはずっと衝突することになるだろうし‥。
二人が誤解を解いて円満な関係になることを願ったけど、
私が彼らのプライバシーに介入するのにも限界があるだろう。
ただ‥

冷たい風が頬を刺し、それは雪の心の中にもひゅるりと入り込んで来た。
河村氏との関係は、先輩に関する縁だけじゃなく、
私個人の人間関係の一つでもあったから‥。こういうぎこちない感じに慣れなくて、

ただ寂しさだけがしんしんと積もる

脳裏に浮かぶ亮の笑顔が、だんだんと霞んで行く。
「ダメージ!」

胸の中に煙る靄が彼の顔を白くぼやかし、まるで白紙の状態に戻して行くかのように感じた。
心の中に、ぽっかりと穴が開く。

ふと、雪は音大の方を振り返った。
上手くやってるなら良かった

そこにはもう誰も居ない。
河村氏がどこに行ったとしても

上手く‥行きますように

ぐらつく心に言い聞かせるように、雪はそう胸の中でひっそりと祈った。
その表情には、そこはかとなく寂しさが滲んで居たけれど‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<白紙の準備>でした。
なんとか4部35話の亮と雪の会話、記事に間に合いましたー^^
急いで訳したので、翻訳間違いあるかもしれません(汗)、あったら教えて下さいー。
着々と別れの準備をしている亮さんが切ないですね(TT)
全力で引き止め隊、集合!

次回は<友の慟哭>です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は化けてしまうor文章が途中で切れてしまうので、
極力使われないようお願いします!
人気ブログランキングに参加しました


