Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

虚勢の裏側

2016-05-20 01:00:00 | 雪3年4部(虚勢の裏側~魔法の言葉)


繁華街から少し離れた住宅街。

その端っこで、一人の男が自身の手を眺めていた。



男の名は河村亮。

階段に座りながら、昔故障したその左手をじっと眺め続ける。



一度ぐっと握って、



ゆっくりと開いた。

手は動く。あの時のように震えることなく。







亮は昼間目にした、淳と雪のことを思い出していた。

負傷し血が滲む淳の右手が、いつまでも瞼の裏に焼き付いている。



昔味わったあの感情が、指の先から熱を奪って行った。

今まではただ忌々しかったあの事件。けれど今は、少し違った意味合いで亮を縛る。



あの事件を引き起こしたのは自分自身だった。

そのことを亮に知らしめるように、あの時、ずっと震えが止まらなかった‥。







帰路を歩いていた河村静香は、家が近づいて来たので道端に煙草を投げ捨てた。

すると数メートル先に弟の姿の姿が見える。彼女は怪訝な顔をした。

「は?何なの?」

 

亮が開いているその本に見憶えがあった。

というか、それは静香自身の物なのだ。

何なのぉ?!



静香は怒りの形相で、亮の手からそれを奪い取る。

「なんでアンタがそれ持ってんのよ!バカにすんのもいい加減に‥」

「染み、キレイになってんじゃんか」



以前、その本にはコーヒーの染みがついていた。

赤山雪と言い争いになった時、アクシデントでぶちまけられたものだ。



けれど今それは丹念に拭き取られ、染みが付いた当初よりは大分マシになっていた。

本を握る静香の手に力がこもる。亮はそんな姉を見て、こう言葉を掛けた。

「いつもショボいのはヤダってボロクソ言うくせに、

この本のことは大事にしてんじゃん。オレが新しいヤツ買ってやろうか?」


「はぁ?」



その亮の言葉に、思わず高笑いする静香。

「ぷはははっ!ちょっと、マジウケんだけど!今日一でウケたわ!」

「今日は何してたんだよ」



くすりとも笑わずにそう言う亮に、静香は心外な顔をした。

「はー?人が何してようが‥」

「お前」



「この先ずっとここで今みたいに暮らして行くわけ?」



突然そう切り出した弟に、静香はキョトンと目を丸くする。



そして面倒臭そうに、息をハッと吐き捨てた。亮は静かな口調で、姉に向かって言葉を紡ぐ。

「はー‥まーた説教タイムかよ‥」

「お前もオレも、見栄張ってばっかの人生じゃんか」



「愚痴言ったり虚勢張ったり、オレらの行動なんて全部中身は空っぽだ。

あの頃に戻りたくないって、足掻いてるだけで」







上辺だけのその鎧を脱ぎ捨てたら、高校時代の自分が叫んでいる。

それは静香もそうなのだろう。

もしかしたら彼女は、もっと幼い自身の叫びしか聞こえないかもしれない‥。





亮は静香が握り締めた美術の本を見つめながら、低いトーンでこう続けた。

「でもそれが本心なら‥」



「誰かに焚き付けられたとかバカにされたからとかじゃなくて、

お前が心から望んでることならよ、オレはもう口出ししねぇよ」




「お前の好きにすりゃいいさ」



「‥何なのよ」

 

俯き加減でそう言った弟の言葉の真意を、静香は分かりかねた。

けれど亮は彼女の内側を見透かすかのように、その虚勢の裏側を指摘する。

「あたしはいつもやりたいように生きて来たわよ?金が問題なだけ」

「いつも美術をやるのやらねぇだの言うけど、口先だけだろ。実際に始めもしねーでよ。

そういう人の顔色窺うような真似止めろよ」


「はぁ?スポンサーは当然必要‥」



「素直になれって」



諭すようにそう言った亮に、静香の顔がピクリと引き攣った。

「は?このガキ‥」



「ちょっと!自分は今までやりたいように生きて来たこと棚に上げて、

よく平気な顔してそんなこと言えるわね!」




そう言って静香はブンブンと拳を振り上げた。

しかし目の前の弟は姉に食って掛かることなく、まるで予想外の言葉を口にしたのだった。

「だよな。すまん」







突然発せられた謝罪に、静香は驚いた。

いつもなら再び言い返して来るのが常だというのに。



張っていた虚勢が、ぐらりと揺れた。

静香の表情に、切なさと弱さが僅かに入り込む。



「アンタのせいで‥」と、掠れた声が口から漏れた。

それを聞いている亮は、姉の感情を全て受け入れるかのように沈黙している。



静香は剥がれかけた虚勢を、再び背負い直した。

目の前に居る弟に、怒りをぶつけて誤魔化しながら。

「アンタのせいで!!」



「あたしがこうなったの、アンタのせいだから!

明日アンタが出てったら楽譜全部燃やして、物干しに吊るして晒してやる!」




静香の怒号は続いていたが、おもむろに亮は立ち上がった。

静香は一瞬怯んだが、すぐにまた暴言を浴びせ始める。

「ちょ、聞いてんのかよ!コンクールにも出れないように、寝てる時アンタの指を全部‥」



「虚勢しか残ってねぇか」

「はぁ?」



亮はキャップを目深にかぶり直しながら、そうポツリと口にした。

そして家とは反対方向へと歩いて行く。



「どこ行くのよ!」



そう声を荒げる静香に、亮は振り返りもせずにそっけなく返答した。

「先寝てろ」



小さくなる背中。

まるで今にも消えてしまいそうな‥。



「‥‥‥‥」



静香は顔を顰めながら、去って行く弟の後ろ姿をじっと見つめていた。

まるで何かを悟ったような、いや、諦めたようなその口調が、

いつまでも鼓膜の裏にこびりついていた‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<虚勢の裏側>でした。

ようやく時間軸が元に戻りましたね。

そして久しぶりの亮さん登場!実に三ヶ月弱ぶりの登場です。

だんだんと皆の前から去って行く覚悟を決めているかのような亮さんが切ない‥!

(聡美のように号泣して引き止め隊)


亮さんが謝った直後の、ふと弱さが見える静香の表情も印象的でした。

スンキさん‥!この姉弟を幸せにしてあげて下さい‥!(T T)


次回は<彼女の確信>です。


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<雪と淳>彼の姿を

2016-05-15 01:00:00 | 雪2年(<淳>旅立ちの前に~雪2年終了)
遅れて来た雪のバイト仲間が、カフェに入るや否や頬を紅潮させてこう言った。

「ねぇねぇ!この近くですっごいイケメン見ちゃった!」

「マジで?!」



その話題に思わず食い付いた女子達は、ガラス越しに外を覗き込む。

「どこどこ?」「え、俺のこと?」

「分かんないよー」「恥ずいから止めろっ!」



わらわらと覗き込んだものの、結局彼女達はイケメンを発見出来なかった。

するとバイト仲間の直人君が、届いた携帯のメッセージを見てこう言う。

「あ、上で呼ばれてるみたいだから俺行くわ。

ケーキだけ後から持って来てくれる?」
「うん、上がっててー」



そう言って彼はコーヒーを持ってオフィスへと戻って行った。

注文したケーキ待ちの雪達女子三人は、彼を笑顔で見送る。



やがてケーキが手元に来ると、女子達は新鮮な空気を吸いがてら(イケメンを探しがてら?)外へ出た。

「直人君、なんか雪に優しくない?アンタに気があるんじゃないの?」

「え、あの人彼女いるよ」「あぁ、そういやそうだったね」



イケメンの話題に触発されてか、女子達は恋バナを始める。

バイト仲間の三島君は、なかなかに好青年のようだ。彼について雪は自身の見解を述べた。

「それにあの人、皆に別け隔てなく優しいもん。それって特定の人物への好意とは違うでしょ」



雪の言葉に二人も頷く。すると突然、ポニーテールの子が探しものを始めた。

「あ、ちょっと待って。領収書どこやったっけ」「さっき受け取ってたよ」

「まったり探しなー」



領収書を探すのを手伝いながら、女子達は恋バナに花を咲かせる。

意外にもその続きを続けたのは雪だった。

「けど直人君の彼女は幸せ者だと思うわ」「だよねー。めっちゃ優しいらしいよ」



「そうなの?」



すると雪のその言葉に、パーカーの子が食い付いた。

「てか雪、ああいうのがタイプなんだ?合コンしよっか?」「何よ突然‥」

「いや、理想のタイプ教えてよ。マジで紹介したげるからさ。

冬休みなのにシングルで寂しいって言ってる男、周りに多いのよー」




どこか久々のその話題に、雪は白目になりながら返答する。

「理想のタイプ‥」



「めっちゃ優しくて、親しみ易くて、落ち着いてて、超イケメンかな」

「おい、フザケンナ」「www」



勿論それは冗談に過ぎなかったが、最後にはどこか本音が漏れ出ていた。

「寄り掛かれる、頼れる感じで‥」



そして雪は目をギンと鋭く見せながら、本気の「理想のタイプ」を口にする。

「あと、外国の俳優さんみたいにエキゾチックで

眉毛と目の間が1mmくらいでくっきりはっきり‥」


「もう分かった。合コン、リームーリームーw」



彼女達はキャハハと笑いながら、僅かな休憩時間を楽しんだ。

やがて領収書も見つかる。



雪は苦笑いしながら、合コンを申し出てくれた子に最後には断りを入れた。

「色々気ぃ使ってもらってありがたいけど、

私、当分恋愛する気ないんだ。ごめんね」
「ええー」



勿論二人共その答えには不可解な顔をする。

「今が恋愛真っ盛りじゃーん?」「そーだよぉ」



同年代の女の子達が持つその価値観は、雪にとってはどこか遠い世界のことのように思えた。

雪は苦い顔をしながら、鈍色をした雲をぼんやりと眺め、思い出す。



あれは去年の夏休み、横山と太一が一悶着あった時のことだった。

蘇るのは、泣きながら話す太一の言葉だ。

「聡美さんに合わせる顔が無いッス!」



「前にバスケットボール投げた時も、人に手を上げたって怒られたのに‥。

俺のこと野蛮人だって思うに違いないんス‥」




太一のその言葉を聞いた時、雪は聡美が羨ましいと思った。

聡美には、こんな頼もしい子がついているんだ、と。

自分にもそんな人が現れるのだろうか



冷たい木枯らしが、彼女の髪をたなびかせて吹き抜けて行く。

そんな風に考えた時もあったけれど



心のどこかで渇望していたそんな存在は、所詮理想の幻だったと雪はもう諦めていた。

すると突然、雪の脳裏にある人物の背中が浮かび上がる。



青田淳。



ピタ、と雪の動きが止まった。

”自分にもそんな人が現れるのだろうか?”



その問い掛けへの答えのように、なぜか青田淳の姿ばかりが浮かんで来る。

顔を上げた雪が目にした、自身のことをじっと見つめる彼の姿が‥。



「??」



ゾワッ、と全身に鳥肌が立った。

雪は白目になりながら、そんな自身に動揺する。

何?!おかしくなったか?!なんでいきなりあの人が浮かんでくるの?!



ブンブンと激しく頭を振る雪に、バイト仲間達は若干引き気味である。

嫌ってほど苦しめられたから、反射的に浮かんで来ちゃうんだ‥!

あいつ‥ここまで来たら洗脳の域っ‥あいつだけが男じゃないでしょーがぁぁ!





「そ、そんなに恋愛したくないの?」「うん、これは止めといた方がいいわ‥」



そんな雪の姿を、青田淳は複雑な表情をしながら見つめていた。

(眉の辺りを押さえているのは、

目と眉の間が1mmのくっきりはっきりな顔立ちでないことを気にしているせいであろうか?)




彼女の姿を見ている内に、淳の心に空いた隙間は、いつの間にか塞がっていた。

彼は満足そうに微笑みながら、いつしかその場を後にする。






ビルの前に居たイケメンは、軽く笑いながら去って行った。

遠ざかる二人の背中。

彼女は彼のことには気付かないまま。






未だ恋バナを続ける女子達の中で、雪は頭を掻きながら笑っていた。

しかしふと、誰かの気配を感じて振り返る。



けれど最後まで、雪が淳に気付くことはなかった。

まだ寒い二月の風の中を、ポケットに手を突っ込んで一人歩いて行く。




これが雪が三年になる前に起こった出来事の、全てだ。


あの人に何もかも、



取って食われるー‥




そう思っていた雪の運命はこの先、数奇な軌跡を辿ることになる。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>彼の姿を でした。

これで雪が二年生時の時系列の話は全て終わり、だそうです。

作者さんのブログにそう記載されていました。


雪が渇望していたものと、淳が渇望していたもの。

辿って来た過程は違えど、それは似通っていたのですね。

そして現在へと戻った時、そこから二人で良い未来へと歩んで行って欲しいなと思います。


さて次からあの保健室の続きへと戻るわけですが、4部33話のそこの描写が少なかったので、

以前の記事、<線の中>へと入れました。


次回は<虚勢の裏側>です。


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<雪と淳>彼女の姿を

2016-05-13 01:00:00 | 雪2年(<淳>旅立ちの前に~雪2年終了)


旅立ちの前の空白の時間。

淳はぼんやりと天井を眺めて寝転んでいた。脳裏には、雪の後ろ姿ばかりが浮かぶ。



ふと、先日の閉講パーティーの時に耳にした彼女達の会話を思い出した。

「ねぇ雪、アンタ休み中またバイトすんでしょ?どこでやるの?」

「‥XX企業に願書送っ‥」



そして保健室で目にした、

彼女のポケットに入っていた紙切れのことも。



手に入れていた二つの情報が、淳の頭の中で一つに繋がった。

‥彼女は今、XX企業にてバイト中だ。



飛行機の時間まではまだ余裕がある。

淳はガバッと起き上がった。



「近所だ」



XX企業、その場所はここから随分と近い。

すぐに淳は出掛ける準備を始めた。

もしかしたら、彼女に会えるかもしれないという微かな期待を込めてー‥。






案の定雪は、XX企業にて絶賛バイト中だった。

通常業務はオフィス内にて、PCでの作業である。



その他は雑用で、電話対応をしたり段ボールを運んだりと、それなりに忙しかった。

雑用途中で社員に呼ばれても、雪は嫌な顔一つせず素直に業務をこなす。

 

PCに向き合っての作業中、ふと今日の日付を見てこう思った。

もうちょっとで成績発表の日だな‥うーん‥



休学すると決めたものの、奨学金のことはいつも頭にあった。

全額は無理だと思うけれど、もしかしたら‥。

雪がモヤモヤと頭を悩ませ始めたその時、少し離れた席から名前を呼ばれた。

「赤山さーん!コーヒーの買い出し頼む!

ここメニュー書いたから、他のバイトの子達と行って来てー」
「あ、はい!」



そして雪はバイト仲間と共に、オフィスの下にあるカフェへと向かった。

それはビルの真下にあるため、外に出ずとも買いに行けるのだ。







えんじ色のセーターを着て、佇む彼女。

少し猫背な後ろ姿。



XX企業前に到着した淳の目に、その姿は飛び込んで来たのだった。

まだ空気が冷たい二月、彼は白い息を吐きながら彼女の姿を覗き込む。



オレンジ色の豊かな髪。ひと目で彼女だと分かった。

久しぶりに目にするその背中に、どこか懐かしさを感じる。



淳はボストンバッグを背負い直しながら、その場に立ち止まった。

彼女の後ろ姿から目が離せない。



じきに、Pick-upのカウンターから雪達に声が掛かった。

「まずコーヒー四つお渡しします。お待たせしましたー」



それを受け取ろうとした雪の元に、バイト仲間らしい男性がすぐに駆け寄った。

どうやら「俺が持つよ」と声を掛けているらしい。



雪は首を振りつつ、何やら彼に話し掛けていたが、やがてその男に任せることにしたようだ。

バイト仲間達は親しげに会話を重ねている。





そんな彼女の様子を、淳はガラス越しにじっと眺めていた。

どこか面白くない気持ちを胸に秘めながら。



俺は一体何をやっているんだろう。

何度も頭を巡るその自虐的な問いが、またもゆらゆらと自身を揺らす。






そして淳は一歩踏み出した。

もう旅立ちの時間なのだ。

しかしそう考える思考とは裏腹に、心はじっとこの場に佇んだままだ‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>彼女の姿を でした。

淳ってば‥雪の姿見たさに少ない情報をかき集め、バイト先に出向くとは‥!

言ってやりたいですね。
「恋~しちゃったんだ~多分~気付いてないでしょ~」と!


次回は<雪と淳>彼の姿を です。

次で、雪が二年生の時の時系列は全て終わりだそうですよ!

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<淳>旅立ちの前に

2016-05-11 01:00:00 | 雪2年(<淳>旅立ちの前に~雪2年終了)
冷えた空気が、雲ひとつ無い空へと昇って行く。

高く聳えるビルが立ち並ぶ、ここは都内某所。



淳は自室にて、アメリカに居る母親と通話しているところだ。

「‥はい、まだ家です。飛行機の時間までまだあるので、

持って行く本を選別しようかと思って」




「ええ、気をつけます」



「空港に迎えの人間は要りませんよ」



冬休みを利用してアメリカに来る息子を心配してか、母は空港に人を寄越すと言ったが、淳はそれを断った。

続いて母は、帰国してからの息子の予定について話を振る。

「ええ、忙しいですよ。冬休みも」



淳は携帯を肩に挟みながら、空いた両手で本棚から何冊か本を取った。

「もう卒業控えてる身ですし、約束もいっぱいあって。目が回りそうですよ」



母親の声が大きく聞こえる。

「先の準備をするのも良いけど、休みは休みとして楽しまなきゃね」

「はい」



淳は行儀良く相槌を繰り返した。

もう手配済みの飛行機のチケットに目を留めながら。

「はい、はい‥」








通話を終えると、部屋の中はしんと静まり返った。

淳はただ真っ直ぐに前を向いている。



目の前の棚には、抜き出した本数冊分の隙間が空いていた。

ぎっしりと詰まっていたそれに、急に穴が空いたような隙間。



淳の心の中にも、どこか穴が空いたような気分だった。

旅立ちの前の空白の時間。

淳はあぐらをかきながら、ぼんやりとただその場に座っている。



僅かに首を傾けながら、淳はポツリと一言呟いた。

「冬休み‥」



淳の脳裏に、数日前の出来事が思い出された。

遠藤修を訪ねて行って、レポートを捨てて欲しいと依頼したこと‥。



後はもう遠藤が動き、全体首席のレポートが紛失し、

奨学金が赤山雪の元へと渡るのを静観しているしか他無い。

その後、赤山雪がどう出るか、淳はこの場で待つしか出来ないのだ‥。



それでも、じっとしてはいられなかった。

淳は急く心を持て余しながら、携帯へと手を伸ばす。



淳はおもむろに連絡先をスクロールし始めた。

<2年>伊吹聡美、<1年>福井太一、の箇所で手を止める。



二人の名前を選択し、淳はメッセージを打ち始めた。

文面を考えながら、ゆっくりと文章を作って行く。

こんにちは。青田です。

先学期、君たちにあまり良くしてあげられなくて申し訳なかったね。同じ経営学科の後輩なのに‥。

近いうち、開講前に君らと友人達で一緒に‥




‥まどろっこしいだろうか。

淳は作成した文章を、推敲の末打ち消した。

「‥‥‥‥」



今度はもう少し砕けた言い方にして、メッセージの中で本題を切り出すことにする。

元気?冬休み、楽しんでる?

ちょっと気になってることがあるんだけど、もしかして雪ちゃんって、ずっと大学を‥




いや、これも違うだろう。

というか一体自分は何をやっているのだろう。

出来ることなんてないはずだと、とっくに自身に言い聞かせているというのに。



淳は溜息を吐きながら、携帯電話を脇に置いた。

「何やってんだ」と、幾分自虐的に呟きながら。







淳はそのまま天井を仰いだ。

足を投げ出し、ゆっくりと床に寝転ぶ。



硬いフローリングの感触が、直に背中に伝わって来た。

見上げた天井は無機質に白く、淳の感情を曖昧にぼやかして行く。



先の見えない賭けのようなトラップの行末は、なんとなくしか掴めない。

根拠無き未来を、自分の策を信じて進んで行くしか。

淳はその場に寝転びながら、白い天井に、彼女の後ろ姿が走り去る残像をいつまでも追っていた‥。

「‥‥‥‥」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<淳>旅立ちの前に でした。

冬休み、淳はアメリカに飛んでいたのか‥。お母さんのお家に行くんですね。
(やっぱりビジネスクラスで行くんだろうか?)

以前車の中で淳が雪にこういうことを言っていましたが↓



雪のことがなければこのタイミングで留学していたのかも?

そのことの布石としての今回のこの場面なんですかねぇ。


そう仮定して考えると、淳が雪の為に犠牲にしたものってすごくありますよね。。

全体首席に留学に早期卒業に‥。

それだけ雪を、同類を渇望していたのな‥と少しホロリとしてしまうのでした‥。


4部32話はこれで終わりです。ではまた~


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<雪と淳>閉講パーティー(4)

2016-05-09 01:00:00 | 雪2年(曰く~閉講パーティー)
雪は壁に手を付きながら、ようやくトイレから出て来た。

床も天井も全てが歪み、ゆらゆらと揺れている。



ひっく、としゃっくりを交えながら、雪は一人ブツブツと呟いた。

「何が良い選択よぉ‥」



「良い選択なんだよぉ‥」



「自己正当化ぁ‥」



あっちへフラフラこっちへフラフラしながら、ようやく雪は外へ出た。

揺れる地面に足を取られながら、俯き加減で揺れながら歩く。



ドン!



すると目の前に男性が居たらしく、雪はその人とぶつかってしまった。

「あ~すいません~」



その人は何も言わない。

雪は彼の顔を見ることなく、再びそのままフラフラと歩いて行く。



すると足がもつれ、視界がぐらりと揺れた。

「あっ」



「ありが‥とぉ‥」



転びかけた雪を、彼はその腕を取って支えた。

けれど雪は笑いながらその手から身を離し、一人でまたフラフラと歩いて行く。

「あ~大丈夫ですぅ‥」



「一人で歩けますんでぇ‥。私はぁ‥一人でやってけるんでぇ‥」



どれだけ酔っ払っていても、正気じゃなかったとしても、やはり雪は雪だった。

誰にも頼らず、フラフラと揺れながらも、たった一人で歩いて行くのだ。

「うぅぅ‥」



彼はそんな雪の背中に、低い声でこう問いかけた。

「本当に休学するの?」



しかし雪は振り返らない。

リアルと非リアルの境が曖昧な世界を、一人フラフラと闊歩して行く。

「私、ちゃんとまっすぐ歩いてるでしょぉ?」



「一人でちゃんとやれる子なんですよぉ、わたしはぁ‥」









その声が遠くなってからも、青田淳はじっとその場に佇んでいた。

若干の苛立ちを抱えながら。

手を貸そうと差し伸べたのに、あんな状態でも拒否されたのだ。

「一人でやっていける」と言われて。

「あ、そう」



赤山雪が、休学する。

淳の手の届かない場所へ、たった一人で、歩いて行ってしまうー‥。








閉講パーティーも終宴を迎え、ほろ酔い加減の学科生達は店の前で未だ談笑していた。

その中で淳は、一人その場に佇んでいる。



視線の先には、伊吹聡美と福井太一に介抱される赤山雪の姿があった。



淳の隣で、柳瀬健太が声を上げる。

「おーい二次会行くぞー!」



健太は、皆から少し離れた場所に居る雪達にも声を掛けた。

「お前ら何やってんだ?!淳が二次会奢ってくれるってよ!」



”淳”の名に、思わずピクリと反応する雪。

ようやく顔を上げた雪は、目を丸くしながら淳の居る方を見た。

「早く来いよー!」



淳は、”青田先輩”の笑顔を浮かべながら、じっと雪の方を見ていた。

二次会に選んだのは高いと評判の「ブルーマリン」。

彼女は食い付いてくるだろうか?







しかし雪は健太の声など耳に入っていないかのように、ただじっと淳の方を凝視していた。

少し酔いの冷めてきた頭で、先ほどぶつかった相手が誰だったかに思い至る‥。



「私パス‥」「えっ?」



「本当に帰っちゃうの?!」



雪は青田淳から背を向けると、呼び掛ける聡美にも構わず走り出した。

「雪!明日電話してね!」



雪は心の中で思っていた。

”結局、大事なことは何も言えなかった”

”青田淳、あの人の話を。私は今、あの人から逃げているということを”



雪はそのまま走り去った。

彼女が居なくなったことは、僅かばかりの人しか知らないまま。







空気を掴むように走り、走って、遠ざかって行く。

終わった



雪を取り囲む残酷な運命からも、人間関係のしがらみからも、そして青田淳その人からもー‥。

本当に完全に



雪はその全てから解放されたかのような心持ちで、顔を上げ風を掴む。



終わり











雪が居なくなってからも、皆はまだ店の外で思い思いの時間を楽しんでいた。

その中には、当然淳の姿もある。



けれど彼の心はここにはなかった。

去って行った彼女の方へ、無意識に視線を流してしまう。



そんな自分を打ち消すかのように、淳は再び皆の方を向き、笑顔を浮かべた。

しかし騒ぐ胸の内を、誤魔化すことは出来なさそうだ。



彼女の休学を阻止する為の算段を、今淳は頭の中で巡らせていた。

もう傍観してばかりでは手に入らないのだと、若干の覚悟を決めながらー‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>閉講パーティー(4)でした。

閉講パーティー、終わりましたね。

物語は冒頭へと繋がりましたが、その合間が描写されてる感じですね。

さて次回は<淳と遠藤>過ちを挟んだ後の、淳の話です。

<淳>旅立ちの前に です。

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