ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2020.5.25 小さな幸せ、感じる週初め

2020-05-25 22:09:09 | 日記

 5月最終週スタート。今日は、夫は在宅勤務。私は出勤である。
 朝、出かける間際に今月2回目のお花が届いた。この季節だけのプレミアムなお花、芍薬である。“立てば芍薬、座れば・・・”の通り、毎年楽しみにしているゴージャスなお花だ。大きな蕾が瞬く間に花開いてゆく姿は、いつもながらうっとりするほど美しい。
 活けている時間はないので、夫に冷暗所に置いてもらって家を出た。

 明日は在宅勤務の予定だったが、急遽会議が入ったので午前中だけ出勤することになった。緊急事態宣言が解除されることで、来月からはまた通常通りの勤務に戻るのかどうか、まだわからない。大学の講義は当面オンラインでの実施になっているけれど、皆が入構OKになり、対面授業が再開出来るのはいつのことだろう。

 昼当番だったので、通常より1時間遅いお昼休み。お弁当は注文しなかったし、緑を愛でながらお散歩方々駅前まで出てみることにした。曇天でちょっと風があるけれど、気温は高く湿度も高めだ。
 相変わらずカフェはどこも開いていないだろうな、とダメ元で覗いたところ、良く通っているカフェが開いていた。嬉しい。昨日は確か閉まっていた筈だけれど、遠目だったのでよく分からなかった。

 お気に入りの半個室状の仕切り席も空いていて、迷わず席をキープ。
 お支払いの時に、「いつから開いたのですか?」と訊くと、まさに「今日からです。」とのこと。ラッキー。小さな幸せを噛み締めつつ、自分らしいランチタイムを愉しんだ。我ながら単純なことである。
 そんなお昼休み、何の気なしにチェックしたスマホで、お世話になっている百貨店が来月から営業再開することも知った。これも嬉しい。

 少しずつ少しずつ、かけがえのない日常が戻ってくる。
 当たり前だと思っていた日常は決して当たり前ではない。無事に生きていられることは決して大げさな物言いではなく、奇跡の積み重ね、沢山の人たちにお世話になっているからなのである。
 今年のお正月、誰が東京オリンピックの中止を思っただろう。誰が100か国もの国々からの入国を禁じ、1か月半もの間緊急事態宣言が発動されると思っただろう。

 私たちはこの1か月半の間、息を凝らしながらステイホームをじっと頑張った。
 緊急事態宣言の解除は一つの区切りであって、決してこれで終わりではない。これからは新しい様式とされる生活を恐る恐る始める次なるステージなわけだ。
 けれど、今まで当たり前だと思っていたことに対して、素直に感謝出来る謙虚さを得られたことは決して無駄ではないと感じる。それは病とともにあればいつも痛感することだから。

 夕方からのZoom会議等で週初めから残業にはなったけれど、帰宅すれば元気な(主夫の?!)夫がいること、季節のお花を活けられること、そんな有難さに癒され、励まされる週初めの夜である。

 記録のために。
 今日のお花は濃淡のピンク色の芍薬が合わせて5本、繊細なブルーのデルフィニウム、黄色い小花のソリダコ、ニューサイランの葉が1本ずつ。花言葉はそれぞれ「はにかみ」、「生命」、「内気」、「素直」であるという。
 大き目の花瓶に活けた芍薬の蕾は明日の朝には開いてしまうかもしれない。ずっと付き添っていられるわけにはいかないけれど、その短くも尊い時間を噛みしめたいと思う。

 そして、帰宅後にポストをチェックすると、ようやく届いたアベノマスク!
 夫に見せると「こんな小さいの使えないから貴女にあげる!」だそうだ。有難いことなのかどうか。奇しくも緊急事態宣言が解除された夜に届くとは・・・。何とも曰く付きなもの・・・などと言ってはいけないだろうか。
コメント
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