ぼんくら放浪記

Blogを綴ることによって、自分のぼんくらさを自己点検しています。

雁の橋

2007-06-15 04:50:00 | 読書
いきなり最初から切り合いのシーンで始まる。

篠山藩から京を抜けて奥能登を目指す3人組を篠山藩の刺客2人が襲い掛かっている。3人は8歳の小栗雅楽助、中間の弥助、付女中の伊勢、雅楽助の父頼母の命で奥能登に隠棲する叔父平左衛門を訪ねる途中、追っ手に襲われたのだった。

弥助が切られ、伊勢も深手を負ったが、そこに立花師木屋権左衛門が現れ窮地を脱し、更に広島藩京都留守居役・桃田庄兵衛一行が刺客を切り捨てる。

通りがかりの富山の薬売り・菊蔵が伊勢の手当てをし、伊勢は一命をとり止める。

偶然にも桃田庄兵衛は権左衛門の立花の弟子であった。

権左衛門は雅楽助を丸坊主にして北陸の山中温泉へ連れて行くと言い出し、伊勢は菊蔵が面倒を見る事になった。

       

旅の途中、権左衛門の人柄に魅せられた雅楽助は弟子入りし八十助という名を与えられ、立花の道を目指すようになる。

山中温泉では東山屋という旅籠にお世話になるが逗留費用の心配は無用だった。

菊蔵の世話ですっかり回復した伊勢だったが、一つ屋根の下で暮らしていくうちに男女の深い関係になっていった。

権左衛門はその才能の余り、池坊を破門された身だったが、池坊の方でも権左衛門の復活を恐れ、山中温泉に平沼陣十郎という刺客を放っていた。

ある日、山へ散策に出た権左衛門主従は陣十郎に襲われ、権左衛門は切られ、八十吉は崖から落ちてしまう。

       

東山屋や村人の懸命の捜索で八十助は助け出され、沈痛な面持ちの八十助は立花師として自立しようと決めるが、時を経てどうしてよいのか判らなくなってしまう。

その時、東山屋の包丁人頭政吉から料理も立花も工夫次第、人間性が現れるものと諭され、八十助は包丁人になる決意をする。

伊勢と深い仲になった菊蔵だが、それを知った能登の女房が子供を道連れに自殺した。菊蔵が能登に帰った後、伊勢は自分の行為を悔い、自らの顔を火箸で焼いて四国へと遍路の旅に出た。

めきめき料理の腕を上げていった八十助は京に戻り小栗家の秘密を打ち明け、信濃松代藩の料理人になる決意を述べ、その役目についた途端・・・

クライマックスは一番最後、読んでからのお楽しみに。

そうそう山中温泉では医王寺というお寺が出てきますが、私のBlogにも医王寺があったのです。