Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

魔法の言葉

2016-06-14 01:00:00 | 雪3年4部(虚勢の裏側~魔法の言葉)


ガタンゴトンと、地下鉄の揺れが二人を心地良く揺らしている。

何をするでもない時間だけれど、多忙な二人にとっては一緒に過ごせる貴重な時だった。



雪は添えられた淳の手に、一度自身の手を被せて大きさを比べてみた。

その大きさの違いに声を上げる雪と、穏やかに微笑む淳。

今度は足を比べてみよう、と下を向く雪。

「足はどうです?」「俺が踏んだら折れちゃうよ、雪ちゃんの足」



雪はニッと笑ったかと思うと、鞄からペンを一本取り出した。

包帯で巻かれた彼の右手を取り、ペンのキャップを外す。



雪はクスクスと笑いながら、そこに一言「バカ」と書いた。

「何で俺がー」



膨れる彼と、声を上げて笑う彼女。

他愛もないそんな恋人達の会話が、地下鉄のゴトンゴトンという音に混じって消えて行く。



穏やかで、それでいてかけがえのないこの時の中で、不意に淳が口を開いた。

「なんか不思議」



「いつも車だったから、雪ちゃんとこんな風に地下鉄乗るの初めてだよね。

どうしてこんなに惜しく感じられるんだろう」




淳はそう言って、視線をぼんやりと漂わす。

揺れる地下鉄の中で、このゆっくりと流れて行く時間に身を任せて。



「俺はもうインターンで、雪ちゃんは試験勉強で、

お互いいつも忙しいだろう」




「いつの間にか冬が近付いて寒くなって、

二人で一緒に良い季節のキャンパスを歩けた時間って、本当に短かったよな」




秋学期が始まった頃の二人が、懐かしく思い出された。

淳はぼんやりとその頃のことを思い浮かべながら、時の流れの早さを憂う。

「どうしてもっと前からこう出来なかったんだろう」



「どうして」








地下鉄のクラクションが、トンネルに反響してパァンと響いた。

時も、地下鉄も、ただ一方通行に走り続けている。



決して戻ることの出来ない道の上で、この世の全ての人が歩みを続けている。

誰もがそれぞれの人生の主人公だが、そこに何一つ平等性は無い。



ただ一つの平等があるとしたら、それはやはり時だった。

時間は誰の身の上にも等しく、同じリズムで時を刻み続ける。



いかに時間が刹那的で大切なものなのか、人はその最中に居ると気付かない。

地下鉄の揺れに身を任せている大多数の人の様に、ただなんとなく日々を過ごし、

そして過ぎて行った後で、悔やんだり切なくなったりするものだ。



時の中で大事なものを見失って来た、淳もまたそんな大多数の人間の一人に過ぎない。

彼は雪の方へゆっくりと顔を向け、自身の思いを語った。

「最近はずっとそんなことばかり考えてるよ。

俺も雪ちゃんと同じなんじゃないかな」




「便利だからって車ばっかり乗らないで、

一緒に電車に乗って一緒に沢山歩けたはずなのに」




淳はそこまで言った後、雪から視線を外して前を向いた。

まるで過去の自分を憂うかのように、遠くを見つめて一人呟く。

「いや、」



「最初からもっと優しく出来てたら‥」



淳の後悔が、地下鉄の走行音に飲み込まれ、消えて行く。

時はもう戻らない。

一方通行に進むこの道の上では、決して後戻りは出来ないのだ‥。



淳は自身の右手を上に上げた。

先ほど雪がふざけて落書きした、「バカ」という言葉が目に入る。



「バカだよな」



そう言って微かに笑う淳。

溢れ出す寂しさと後悔と、もう時は戻らないという無情の念‥。



ふわりと、雪の手が伸びた。

音も無くたおやかに、彼女の手が彼の髪に触れる。







雪は淳のことをじっと見つめながら、優しくその頭を撫でた。

淳は目を丸くしながら、ゆっくりと彼女の方を向く。



そこには、穏やかな顔で微笑んでいる雪が居た。

彼女は彼の抱える全ての感情を受け入れ、癒やし、優しく撫でる。



雪は少し照れ臭そうに肩を竦めると、彼に向かってこう言った。

「電車に乗ってても、大したことはしてませんよ。

常に勉強してたりウトウトしてたりで」




「だから今日はすごく嬉しかったです」



彼にとっての非日常は、彼女にとっては日常の一片。

その逆も又然りだろう。

雪は彼が抱える思いを出来るだけ軽くする、この上なく前向きな言葉を口にする。

「手はすぐに良くなるし、春はまたすぐ来るじゃないですか」

 

「だからそんなに心配しないで、いつもみたいに、」



そして雪は、彼に向かってこう言った。

それはかつて彼からもらった、とっておきの魔法の言葉ー‥。

「笑顔でいて下さい。私と一緒に」







「笑顔でいてね」









淳は笑った。

かつて彼女へ伝えたそのエールと、”私と一緒に”という彼女のその言葉が、

淳の心をまるごと包み込む。



温かで華奢な彼女の手が、淳の肩にそっと置かれた。

地下鉄は、二人を乗せて進み続ける。



ガタン ゴトン ガタン ゴトン‥



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<魔法の言葉>でした。

今回はこの曲から題名取りました。好きすぎる‥



「ウッコダニョ(笑顔でいてね)」がここで出てくるとは!(日本語版は「笑顔忘れずにね」でしたか‥)

二人だけには分かる、魔法の言葉‥。(いや厳密に言えば秀紀兄発だけど‥)

「笑顔でいた」過去と「私と一緒に」という未来が、淳に肯定と希望を与えてくれているんですよね。

なんだか感慨深いです‥じーん


4部37話はここで終わりです。

では!


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ふいに思う

2016-06-12 01:00:00 | 雪3年4部(虚勢の裏側~魔法の言葉)
夕暮れのキャンパスの一角で、恋人達は顔を合わせた。

「先輩!」



「あ」



淳の姿を見つけた雪はピョンピョンと飛び跳ねながら、

「こっちこっち」と大きく手を振って見せる。



満面の笑みで彼を待つ彼女。

思わず淳の顔から笑顔が零れた。



二人は身体を寄せ合いながら、初冬のキャンパス内をゆっくりと歩き始める。

「ご飯食べに行こう。今日は車無いけど 手がコレだから「学校までどうやって来たんですか?」



「地下鉄?」



雪の身体に手を回した淳は、ふとあることに気がついた。

「ちょっと痩せた?」

「え?変わってませんよ」「そう?」



行こう



二人は手を繋ぎながら、キャンパスを出て街へと繰り出す。



「聡美、すごく複雑みたいです」



レストランでの話題の中心は、聡美と太一のことだった。

「なかなか気持ちの整理がつかないみたいで‥。期末ももうすぐなのに‥

太一もすごく悩んでるみたい」




友人の悩みの種が移ったかのように、雪の食事のペースは遅かった。

なかなかフォークを持つ手が進まない。

「太一の兵役、元々このタイミングで計画してたみたいだけど‥

よりによって付き合い始めになっちゃうなんて」


 

淳はそんな彼女を見つめながら、その心情を慮る。

「試験期間中なのに悩みが尽きないな」



「そうなんですよ」



そう言って溜息を吐く雪を、淳は温かな目で見つめていた。

二人は日常に起こった些細な出来事を、穏やかな空気の中で分かち合う。



最初は隣に居ることさえぎこちなくて、開いていた距離はなかなか縮まらなかった。

けれど今はそれがまるで嘘だったかのように、二人は互いの線の中で自然に呼吸している。



止めどなく流れる時間の中で、それぞれがそれぞれの思いや悩みを胸に歩き続ける。

ネオンに照らされた街を眺めながら、雪は彼の隣に立っていた。



先輩



さっき先輩を待ってる時、ふとこんなこと思ったんです。



私、聡美と太一のこと大好きなのに、



こんなことになるまで、私はただ見ていただけだったなって。

二人の間に居たのに、何も助けてあげられなかったなって。




自分だけが苦しんでるんだって思って、自分の悩みにばっかり囚われて、



今まで自分の周りの人たちに、なんていうか‥



ただ表面的に、その場しのぎの優しさで接して来たっていうか‥

うん、そんな感じです。




私は悪い人間じゃないけど、そんなに良い人間でもないんです。



どうせなら良い人間でありたいけれど、



日々に追われていると、そんな風に考えたことすら忘れてしまう。



それも全部、言い訳に過ぎないのかもしれませんけど。



二人は地下鉄に乗り込むと、肩を並べて席に座った。

彼に話した話を思い出して、心の中でこう思う。

最優先にすべきことは何だろう。



いつもの癖で鞄から参考書を取り出すが、顔を上げると彼の笑顔が目に入った。

そうして雪は、今日は一人じゃないんだったと思い至る。





それに加えて周りに目を向けて気を配るには、どうしたらいいんだろう。



雪は参考書を仕舞うと、彼の肩に自身の肩を寄せて微笑んだ。

ふと、彼を見上げてみる。

そして‥






顔を上げると、彼の方も彼女のことを見つめていた。

視線を逸らさぬまま、淳は穏やかな声でこう質問する。

「お昼は食べた?」



「え?いきなり何‥



突然のその質問に雪は目を丸くしたが、やがてその真意に思い至った。

心配を掛けさせまいと、言い訳を口にする。

「あ‥。いえ、今日はそれどころじゃなくって‥うっかりしてました」

「ちゃんと食べなきゃ」



「痩せたよ?」



淳はそう言って、彼女の華奢な手に自身の手を被せた。

不自由な手が、雪の手を精一杯の優しさで擦る。



雪は彼の隣に座りながら、心が暖まって行くのを感じていた。

二人を乗せた地下鉄は、心地良いリズムで揺れながら、ゆっくりと走って行く‥。

ガタン ゴトン ガタン ゴトン‥





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<ふいに思う>でした。

なんとも穏やかな回でしたね。

しかし雪の身体に手を回して「痩せた?」と言う淳に、そこはかとないエロスを感じた私は汚れているのか‥。


次回は<魔法の言葉>です。


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制裁(2)

2016-06-10 01:00:00 | 雪3年4部(虚勢の裏側~魔法の言葉)
「薄情だなぁ」



淳は健太が盾にしてきた「薄情」という言葉を使って、そう見事に切り返した。

思わず健太の目は点になる。



これはマズイことになったと、健太の本能が警告を鳴らしていた。

健太は真っ青になりながら、必死に淳を止めに掛かる。

「あ‥あ‥青田っ!ちょ、ちょ、ちょい待ち!」



「ここでこんな話‥止めようぜ、な?!一度ちゃんと集まろうぜ?佐藤と柳にも謝る機会作っから‥」

「ええ。謝って下さいね。時計の弁償の件も必ずお願いします。では」



そう言って立ち去ろうとする淳に向かって、健太は往生際悪くジタバタと足掻き始めた。

「おいっ!黙ってりゃつけ上がりやがって‥!待ちやがれ!」



「言わしてもらうが、これは詐欺だぞ詐欺!つーか俺、あん時お前が時計つけてた所なんて見てねぇし!

どっかで壊しといて、俺のことハメようってんだろ?!そうはいかねぇぞ!あぁ?!」




「こっちはなぁ、自分の学費稼ぐのでアップアップなんだよ!

それを承知で金巻き上げようってのか?!卑怯じゃねぇかよ!!」




健太は自身の逼迫ぶりを全面に押し出して声を荒げた。しかし淳にとってはどこ吹く風である。

「マジで言ってんのか?!」「? 破格値を配慮してあげたつもりですが」

「はぁ?してあげただぁ?!」「なぜ突然そんな言いがかりをつけられるのか分かりませんが、」



「人に危害を加えて物まで壊したなら、弁償するのが常識じゃありませんか?

よく考えてみて下さい」




真っ直ぐにそう切り返した淳の正論に、健太はぐうの音も出なかった。

その臆病な瞳の奥にある恐れを、淳の瞳は真っ直ぐに射抜く。






健太の顔がみるみる土色になり、汗が次から次へと止まらなかった。

健太は怒りでブルブルと震えながら、更に大声を出す。

「ふっ‥」



「ふざけんなっ!!」



もうなりふり構ってはいられないと感じたのか、健太はその大きな図体で暴れながら更に淳を責め始めた。

けれど淳は至極冷静に、理性的な言葉を切々と続ける。

「人に濡れ衣着せやがって‥!俺に全部泥被そうってハラだな?!

うわぁ、ひでぇよ!ひどすぎんだろうが!」


「いいえ、ただ白黒ハッキリさせたいだけです」



「あの時の状況が俺の車のドライブレコーダーに全て記録されているので、」



「そこまで仰るのなら、皆の前で是非を問う形にして頂いても結構です」

「!!」



淳が握っていた思わぬ証拠に、

健太は思わず頭を抱えた。



しかしまだ彼は足掻き続ける。

「お、お、お、お前どういうことだこらぁ!」



「それは脅迫だぞ?!時計代返してほしいがためにー‥」

「はは、違いますよ。とんでもない」



淳は健太のその言葉を聞いて軽く笑った。

そして視線を遠くに流しながら、含みのあるその言葉を口に出す。

「先輩の望むようにして差し上げますよ」



「良いご選択を」



「お待ちしています」



そう言って淳は健太に背を向けた。

健太は二の句を継げずに、ただその場で立ち尽くす。



淳の背中が小さくなって行くのに反比例して、健太の心の中に混乱の波が押し寄せて来た。

健太は真っ青になりながら、アワアワと一人取り乱す。

「あ‥な‥どう‥な‥」



「なっ‥!!!」



「なぁぁぁぁ!!!」



巨体の男が叫び声を上げるのを、坂の道の上で一人の男がじっと見ていた。

「ざけんなぁぁぁ!!」



「どうすりゃいいんだぁぁ!!」



河村亮は男の姿を見下ろしながら、数分前の出来事を回顧し始める‥。





左手が思うように動かず、志村教授とのレッスンは無言の内に幕を閉じた。

亮の心が重たく沈む。

「‥‥‥‥」



何が原因でどうしてこうなったのか、それに思い至ってもただ絶望は募るばかりだった。

この先どうやって進んで行けば良いのか、その答えは一向に出ない。



頭を抱え何度も首を横に振る亮。

すると視線の端に一人の男の姿が映った。





大きな図体を丸めながら小走りするその人物。

あれは昨日雪のことを押し退け、淳に怪我をさせたあの人物に他ならない‥。



恐らく雪のことを避け、こそこそと逃げ回っているのだろう。

情けないその姿を見て、亮は呆れ返った表情を浮かべた。



沸々と怒りが湧き上がる。

「あんのクソ野郎‥」



「決めた。少なくともあの野郎をブチ殺してから去るぞ、オレは」



亮は怒りにまかせてあの男の後を追った。

しかし男に追いつくかと思われたその時、聞き覚えのある声が亮を止める。

「こんにちは」






淳だった。

そして亮はその場から、二人のやり取りの一部始終を見聞きしていたのだった。

「うわぁぁぁぁ!」



巨体の男は声を上げて逃げて行く。

もう何度、こうやって淳の前から去って行った人間の姿を目にして来ただろう。



行き場のない感情が、亮の胸中をモヤモヤと曇らせて行く。

亮は苦々しい気分で頭を掻きながら、そっとその場から立ち去った。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<制裁(2)>でした。

もう‥健太の往生際が悪すぎて‥

人としての器が小さすぎて何も言えねぇ(◯島康介)


そして思い悩む亮さんが切なくも、イケメンに磨きがかかっていて眼福でした。。


次回は<ふいに思う>です。

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制裁(1)

2016-06-07 01:00:00 | 雪3年4部(虚勢の裏側~魔法の言葉)
ダッ!



授業が終わるや否や、柳瀬健太は逃げるように教室を飛び出した。

「くっそ‥!」



先程の授業にて、健太は驚きのあまり目玉が飛び出すのではないかと思った。

赤山雪の隣に、なんと青田淳の姿があったのだ。



健太の胸中が苛立ちに染まる。

「つーかなんでインターン生だっつーのに、しょっちゅう大学来てんだよ!

あんなんでもクビになんねーのか?!」




呼び止められないように、健太は飛ぶように教室を出て来た。

そして次の授業へと向かうわけだが、そこにも不安要素は満載だ。

「あ‥でもアイツと俺、授業めっちゃ被ってんだよな‥」



「次の授業は‥と」「こんにちは」



不意に掛かった声に、思わず健太はギクリとした。

顔を上げると、そこには彼の姿がある。

「!!」







青田淳。

彼は健太と目が合うと、ニッコリと微笑んで右手を上げた。



思わず顔が引き攣る健太。

視線は、包帯ぐるぐる巻きのその手に釘付けだ。



健太は動揺を隠し切れない体で、少々どもりながら声を上げる。

「おっ‥お前‥どうしてここにっ‥!」

「先輩が一服しに来るかと思って。前もこの辺りでよくお見かけしたので」



そう飄々と答える淳に、健太は何も言えずに固まった。

口元をひくつかせて浮かべる笑いが、滑稽なまでに二人の間を彷徨う。

「は‥」



「はは‥」



苦い顔で後退りする健太のことを、淳は何も言わずにじっと見つめていた。

口元には、穏やかな笑みが浮かんでいる。



その笑顔を見て、健太の第六感がシグナルを鳴らした。

ヒヤリとする感覚の中、健太はわざとらしいまでに大きな声を立てて笑う。

「ははは!」



「そうそう!俺も連絡しようと思ってたとこ!お前大学来てるって聞いてさぁ!」



健太は幾分大仰なアクションで、淳の来校を歓迎し始めた。

「いや~よく来たな!会えて嬉しいぞ!なぁ!HAHAHA!」



しかし淳の右手に目を留めた健太は、さすがに表情を引き攣らせる。

「あ‥それで‥手‥は大丈夫なのか?重傷‥なのかよ?」



「まさか骨折とか‥」



恐る恐るそう問う健太。

しかし淳は依然として何も言わない。ただ微笑んでいるだけだ。



「‥‥‥‥」



二人の間に沈黙が落ちる。

気まずくなった健太は、思いついたように赤山雪の名を口にした。

「あ!赤山は?すげー怒ってただろ?赤山。なぁ?」



やはり淳は無言だ。そして先ほどよりももっとニッコリ笑っている。

健太は冷や汗が止まらなかった。



すると健太は大声で、今まで連絡しなかったことの言い訳を口にし始めた。

「い‥いやぁ~!」



「下手にメールしたらもっと怒らせちゃうかと思ってよぉ、

落ち着いてからお前と赤山に直接会って話したかったんだ。だから‥な?」




「分かってくれるよな?」



調子良くそう口にする健太。

淳はそんな健太に対し、笑顔を浮かべたままこう返答した。

「俺の方は大丈夫ですよ。かえって気分が良いくらいです。

おかげで雪が俺のことを随分心配してくれて」




「そ、そうか?!」



淳の言葉を額面通りに受け取り、健太は喜んだ。

ガハハと笑い声を上げながら、得意のおべっかで淳を褒める。

「そりゃ~良かった!さっすが青田!心が広いよなぁ~~!昔だったら大将軍並みの器だぜ!

しっかしやっぱそうだよな~!生きてる以上色々あんのはしゃーないことだしな!」




「先輩後輩同士で火花バチバチなんてことになったらどーしよーかと思って、

心配したんだぜ~?」




健太は言葉を続けながら、だんだんと話を曖昧な方向へと向かわせて行った。

責任の所在をうやむやにする、健太の常套手段である。

「平和に解決出来る問題だって、怒ってちゃ‥なぁ?ははは!

同じ大学の仲間同士、先輩後輩の仲じゃねーか!こんなことでこじれちゃ薄情ってもんよ!」


「はい。俺も後々引き摺るのはちょっと‥」



「特に先輩とは」



えっ



淳が口にしたその発言の意味が飲み込めず、健太は不思議そうな顔になった。

黙っている健太に向かって、淳はこう続ける。

「治療費の要求はしません。必要ありませんので」

「えっ?!マジか!?」

「ただ‥」






そう言って淳がポケットから取り出したのは、

文字盤を覆うガラスにヒビが入った、ブルガリの時計だった。



突然差し出された時計を見て目を丸くする健太。

そんな健太に向かって、淳ははっきりとその責任を突きつける。

「これを弁償頂ければ」



キョトンとしている健太に構わず、淳は冷静な口調で話を続けた。

「頂き物なので、こんな状態じゃくれた方に失礼でしょう?」

「は‥?」



健太は何のことやら、一向に分からない様子だった。

「な‥なんだそりゃ、突然‥」



しかし突如、昨日の光景が説得力を持って浮かび上がる。

揺さぶったせいで転びかけた赤山を庇い、後ろ向きに地面に倒れた青田淳の姿、



そして確かに、

コンクリート杭に手の甲をぶつけていた彼の右手が‥。



「へ‥?」



まるで印籠を突きつけるかのように、淳は故障した時計を健太に見せつける。

「ですから、必ず弁償の方お願いします」



あたかも聖人君子のように、ニッコリと笑いながら。



「‥‥!」



健太は口をあんぐりと開けたまま固まった。

ここで「はいそうですか」と素直に頷く男では当然無い。

「いやいやいやいや!ちょっと待てよ!」



しかし健太がそういう男だということは、淳はとっくにお見通しだ。

動揺する健太に向かって、淳は冷静にその条件を更に続けた。

「おい!それ俺だけのせいじゃねーだろ!しかもその時計‥めっちゃ高いヤツ‥」

「先輩、時計お詳しいでしょう?一度ウェブで検索してみて下さい」



「そこに出てくる中古相場の半額だけ頂こうと思ってますので」

「はっ?!いやだからちょっと待てよ‥!」



混乱のあまり目をぐるぐると回す健太。淳は畳み掛けるように言葉を続ける。

「仰る通り、同じ学科の先輩後輩ですから全額補償にはしないつもりです。

それじゃあまりにも薄情ですからね」
「お‥おい‥」

「あと佐藤のノートPCの件も、今は柳一人で補償していますから、半分は出して頂ければ。

先輩も使ったんですよね?」
「はぁ?!」



淳は健太の真正面に立って、彼が補償しなければならないもう一つの件についても言及した。

健太は心外そうに声を荒げる。

「おい!その件はお前には関係無‥!」

「え?同期のことを心配しちゃダメなんですか?同じ大学の仲間でしょう?」



「薄情だなぁ」



淳は健太が免罪符にしていた「薄情」という言葉を使って、そう見事に切り返した。

健太の顔がみるみる歪んで行く‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<制裁(1)>でした。

淳ーーー!!!


(思わずスタンディングオベーション)

やってくれましたね!淳が出来る範囲の制裁で言えば、良い要求では無いでしょうか!

そしてちょっと調べてみました、この時計の中古相場‥



健太に要求しているのはこの半額なので、大体3万円になりますね。
(まぁ日本の相場なので韓国がどのくらいかは分かりませんが‥)

+佐藤のPCの半額補償ということで、健太には痛い出費でしょうが、まぁ自業自得ですからね!(晴れやかな笑顔)

次回は<制裁(2)>です。

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各々の近況

2016-06-05 01:00:00 | 雪3年4部(虚勢の裏側~魔法の言葉)
赤山蓮はエプロン姿で、宴麺屋赤山の傍の路地に佇んでいた。



手にしている携帯には、”キンカン”こと小西恵宛てのメールの文面が表示されている。

まだすげー忙しいの?



たったこれだけの文章だが、蓮は未だこのメールを送れずにいた。

携帯片手に、ううんと頭を抱え込む。



蓮はモヤモヤした感情を持て余しながら、自分の周辺の人物達のことを考え始めた。

いや、だからほら‥亮さんは最初からピアノって道があるし、

店は取り敢えずやって行けそうだしさ‥。

姉ちゃんはもちろん良い会社行くだろうし‥彼氏の方は言わずもがな安泰だし

キンカンもいつも頑張ってる‥




俺だけが宙ぶらりんだよな?



アメリカに帰るのは死んでも嫌。

でもだからといってここで何をすればいいのか分からない。

それが今までの蓮だった。



しかし彼は今、新たな道を見つけて目を光らせているのだ。

だから俺は、



マジで二代目赤山社長になってやんだ‥!



蓮は携帯をぐっと握り締め、遂に見つけたその目標を鋭い眼光で見据える。

「とりあえず先立つモンが必要だよな‥」



踏み出した二代目・赤山社長への道。

蓮はその具体的な道程を、じっくりと思い描く‥。






その頃、A大・音楽学部、ピアノ練習室。

河村亮は終始、無言だった。



鍵盤の上に置かれた手は、

未来へと向かってもう一度動き始めた十本の指は、

その日、動くことはなかった。



反抗的で、プライドが高くて、それでも放っておけなかったその弟子を、

志村教授はじっと見つめる。



亮もまた何も口にすること無く、ただ鍵盤から指を下ろした。



あの日からずっと、左手が震えている。

もう一度夢に向かって歩もうとする意志とは裏腹に、

あの日感じた絶望は、今も心に陰を落とす。



何も語らない亮の横顔に、教授はその絶望を感じ取った。

普段なら叱咤し声を荒げる彼も、今日はただ口を噤むしか無い。



音の鳴らない練習室に、二人の呼吸の音だけが響いた。

そこにまとわりつく黒い影の、振り払い方は分からない‥。









一方図書館では、一人の男が携帯をじっと睨んでいた。

静香さんに‥



河村静香宛のメールの文面を考えて小一時間、佐藤広隆は一向に文面を作れずに居た。

難しい顔をして、携帯を睨みながら固まっている。



ふと我に返ったりもするが‥

ないない‥どうして俺が‥



やっぱり気になってずっと携帯に張り付いたり、

サッ



頭を悩ませてはやはり携帯が気になってすばやい動きを繰り返したり、

サッ サッ サッ



そんな意味不明な自分に呆れ返ったりした‥。



河村静香。一番苦手なタイプだったはずなのに。

佐藤の心は今、彼女のことばかり考えてしまう‥。

ああああーー






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<各々の近況>でした。

流れ上短めの記事になってしまいました。

皆、だんだんとラストに向けて動いてる感じですね。まだまだ波乱はありそうですが。

今回亮さんの所はセリフが一言も無いので、私の個人的推測描写になってしまいました。

ただ左手がクローズアップされている感じが強かったので、やはり思い通りに動かなくなってしまったのかな‥と。

うおーん


次回は<制裁(1)>です。


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