Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

刻まれた記憶

2013-08-31 01:00:00 | 雪3年1部(淳と秀紀遭遇~グルワ発表)


夏休み目前の空は、蒼く抜けるような色をしていた。

木々の緑は色濃く、風に揺れると大きく葉擦れの音がする。



雪は音楽を聴きながら緑道を歩いていた。

昨夜遅くまで課題に取り組んでいたので、半分眠りながらの登校だった。

「雪ちゃん」



ふと後ろから名前を呼ばれた。

しかしイヤホンをしている雪は気付かない。



青田淳は、背後からもう一度彼女の名前を呼ぶ。



雪はやはり気付かない。

ふぅ、と息を吐きながら淳は彼女との距離を縮めた。



淳の耳には、サワサワという葉擦れの音が聞こえている。



「雪ちゃん ゆーきーちゃーん」



爽やかな朝の緑道に、彼の声が響く。

淳は一層彼女に近付いた。

「雪ちゃん?」



淳が近づいて見ると、その小さな耳にイヤホンが見えた。



ムニャムニャと半分眠りながら歩いている彼女に、淳はプハハと小さく笑う。

「雪ちゃん!」



トントン、と淳は手の甲で雪の肩を叩いた。

雪はハッと目を開け、振り返った。



雪の目の前に、青田先輩が微笑みながら立っていた。

「先輩‥!」 



雪は突然現れた彼に驚き、声を上げる。

目の前の彼は、何やらとあるジェスチャーをしているが、その言葉は聞こえない。




「え?先輩の髪型ですか?」




先輩は笑いながら否定する仕草をした。まだ言葉は届かない。




さすがにおかしく思った雪が、それがイヤホンのせいだとようやく気がついた。 

「あちゃ‥」




メロディーが、木漏れ日揺れる緑道を包む。

先輩がまた何か言った。



何と言ったのか聞き取れない。

雪の耳に、彼の手が伸びる。










世界は無音になった。

時が止まったようだった。

生まれたての世界で聞こえてきたのは、彼の発する落ち着いた声だった。

「イヤホン外さなきゃ」




最近ずっと上の空だね、と先輩は言った。

いきなりの彼の行動に、雪は思わず固まる。



先輩はイヤホンをまとめると、

「ここに入れればいい?」と雪の鞄に入れようと身を屈める。



ち、近い‥!



雪は思わぬ彼との接近に動揺した。

「私が‥!自分で‥!」



雪はイヤホンを取り返そうと先輩から身を離した。

するとコードが絡まりそうになり、二人はワタワタした。



雪の足がもつれ、後ろに転びそうになる。



しかし背後に居た先輩が雪の肩を掴み、その身体を支えた。

「雪ちゃん!」



強く掴まれた肩。

「気をつけないと!」



その言葉。





雪の脳裏に、急激に記憶の波が押し寄せてきた。




アイツには気をつけろ



河村亮からのあの忠告。

次に思い浮かんできたのは、去年ホームレスから傷を付けられた翌日、

自販機の前で先輩が言った言葉だった。

君は、転んだり怪我したり忙しいな



そして書類を落とした時の、あの警告。

前にも言っただろ?






肩にかけられたあの強い圧力。

そして掛けられた言葉。

これからは気をつけろよ



目の前にある暗く沈んだ瞳。



その冷酷な闇に飲み込まれてしまいそうな、あの恐怖‥。







雪は息も出来なかった。

慄然とした小さな叫びを上げながら、雪はその身を縮こまらせた。



淳は彼女の反応に、目を丸くした。

二人を包んでいたあの温かい空気が、手からこぼれ落ちていく。



次の瞬間、雪はハッと我に返った。

「あ‥!び、びっくりしちゃって‥!ご、ごめんなさい!」



先輩は何も言わない。

わざとじゃないんですと弁解しながら、雪は自分を責めた。

何やってんの私! ありえない!!



先輩はそんな雪を見て、「大丈夫だから気にしないで」と言った。



そろそろ授業の時間だ、と言って先輩が雪を教室へと促した。

並んで歩きながらも、雪は自分の行動に激しく後悔していた。



頭を抱える雪を、淳は横目で見ていた。



先ほど目にした彼女の反応に、彼も又去年の記憶を思い出していた‥。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<刻まれた記憶>でした。

今回の前半部分は個人的に好きなシーンです。

雪が何の音楽を聴いていたのか非常に気になりますね。

爽やかな緑道でのちょっとトキメキ感ある場面なので、こんなLove全開popはいかがでしょう。

Yoseob & Eunji - Love Day MV [English subs + Romanization + Hangul] HD


完全私の趣味で上げただけなのであしからず‥。

そして皆さんの「トキメキソング」聞きたいです!

聞くだけでワクワクする、ときめく、萌える!というオススメがあれば、コメント欄にて教えて下さい☆



後半は水面下にあった苦い記憶が出てきてしまいましたね‥。

雪の怯えっぷりが半端ないです。

これを受けて、淳の彼女に対しての態度が少し変わっていきます。


次回は<なんでもいいから>です。


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忠告

2013-08-30 01:00:00 | 雪3年1部(淳と秀紀遭遇~グルワ発表)
雪と河村亮が韓国料理を食べている間、聡美と太一はラーメン屋に来ていた。

聡美は雪が、先ほどの携帯を拾ったヤンキーと青田先輩、どちらとくっつくか太一に賭けを持ちかけた。

二人は思い思いの予想を口にする。

「青田先輩に酢豚10皿」「あたしはヤンジャンピ!」




二人の賭けはどちらが勝利するか‥。

その結果が出るのはもう少し先である。





雪と亮は食事を終えて外に出るところであった。

2回はおごれと亮はまだ言っている。



雪は亮の方を振り返りながら、「元はといえばあなたが絡んでさえ来なければこんなことには‥」と小言を並べている。

すると入り口から大勢のお客さんが入って来たのだが、

亮の方を向いている雪は気付かない。



亮は咄嗟に雪の髪を掴んだ。

「おい!前見ろ!!」「?!!」



間一髪、雪はガラス戸に顔をぶつけなくて済んだのだが、

それ以上に髪の毛(彼女のコンプレックスだ)を掴まれたことに雪はショックを受けた。



そして髪を掴んだ亮もまた、衝撃を受けていた。

「これが女の髪の毛かぁ?ダメージヘアーにも程があるだろ!」








「失礼な!!」



昼下がりの食堂に、雪の怒号が響き渡った‥。






店から出ても、まだ雪は頭に血が昇ったままであった。



そのまま去ろうとする雪に、亮は無傷だったことに感謝しろよと舌打ちした。

そして雪は、背後から「おい、ダメージヘアー!」と呼び止められた。



雪が青筋を立てながら振り向くと、亮は言った。

「淳の奴と仲直りしたんだよな?」



雪は亮の言わんとしていることが分からず、口を噤んだ。



亮はそんな雪を見ながら、トラップを仕掛けた。

俺が親切に忠告してやる、と前置きをして。

「アイツには気をつけろ」



今みたいに特別扱いされてるうちは、特に気をつけろと亮は言った。

最後に、聞くか聞かないかはお前の自由だと突き放したけれど。



「あと2回、忘れんなよ!」



亮は食事への言及も忘れずにそう言うと、雪の元から去って行った。

仕事場へ向かいながら、先ほどのトラップに思いを巡らせた。


脳裏には、昔の淳の姿が浮かんでいる。



そして不明瞭だが、彼の元カノ達の姿も。





‥気がつきゃ女共がしつこく取り入って、チヤホヤしやがるけど‥。

あの女は、結構目ざとくて勘も鋭そうだな‥




亮は小さくなっていく赤山雪の後ろ姿を、チラリと振り返った。



あれくらい言えば、少しは淳のことを怪しむだろう。

あの女は気づくだろうか。

淳の本性に。

その、冷酷な闇に。




亮は彼から受けた被害の甚大さを持って、雪へのトラップを仕掛けた。

彼女が淳を疑い、その背を向けたならば‥。


そうすりゃいくらか公平になるってもんだ‥



世の中全てが、アイツの思い通りになると思ったら、大間違いだ。







「‥‥‥‥」



雪は先程の亮の言葉を、反芻しながら歩いていた。

あの人‥友達っていうより‥。二人の間に何かあったのか? 

前からちょっとおかしいと思ってたんだ‥




去年の雪ならば、先ほど聞いた言葉を迷わず怪しんでいただろう。

けれど‥。






雪の脳裏に、今年に入ってからの先輩の笑顔が浮かんできた。

  

そしてこの間意外にも知った、彼の素直な一面も‥。



去年の私なら、素直に信じて、怪しんでただろうけど‥



そう考えてはみたが、真実は闇の中だ。

考え始めたら、思考の迷路は道が増えるばかり。



とりあえず、雪はこれ以上考えるのを止めた。

やることやしなければならないことが、山ほどあるのだ。




グループワークの発表が間近に迫っている。

雪は同じグループのメンバーにメールを一斉送信した。

明日の午後9時までに各自ファイルを送って下さい。それと9時にミーティングをします。

チャットでお会いしましょう。最後まで頑張りましょう!




雪は肩を回した。疲れのあまりポキポキと骨が鳴る。

「うう‥疲れた‥」



結局皆の調査は不十分で、ほとんどの資料は雪が探した。

それでも文句を言わずに頑張ったのは、期末の成績がかかっているからだ。

「あ~もう!だからそんなんじゃないってば!!」



雪は突然聞こえてきた大声に、ビクッと身が震えた。

壁の向こうから、隣人の通話の声がそのまま聞こえてくる。

「何回言わせれば気が済むの?!電話してどうするつもりよ?!

同じ大学なのに自分で自分の墓穴掘ってどうするのよ!だから嘘じゃないってば!」




前は雪に対して近所迷惑だのなんだのってうるさかったくせに‥と雪は半ば呆れ気味だった。

すると雪の携帯が、続けて三件鳴る。

直美さん、健太先輩、清水香織の3人ともが、了解の旨のメールを送ってきていた。



こんなに早く返信してくれたことに、雪は手放しで喜んだ。

すぐに、こんなことで喜んだ自分に微妙な気持ちになりつつも、

なんとか見えてきた光明に向かって、雪は意欲を燃やして課題に励んだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<忠告>でした。

聡美の賭けた「ヤンジャンピ」とは‥野菜や海老・ナマコ・イカ・卵白・卵黄を回りに飾り、

中には春雨のようなゼラチン質のヤンブンピを飾る。

高級中華料理として韓国ではメジャーなメニュー。



だそうです。

これは聞いたことなかったですね‥。あえて言うならクラゲサラダ的な?

勉強になりました。


次回は<刻まれた記憶>です。


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予想外のランチ

2013-08-29 01:00:00 | 雪3年1部(淳と秀紀遭遇~グルワ発表)
授業が終わってから、味趣連三人は連れ立って歩いていた。

話題は先程の授業で喧嘩した佐藤広隆と健太先輩のこと。

「あの二人また喧嘩したんだって?」「そうみたい」



あの二人は思い返せば四年間ずっと喧嘩し続けていた、と言って聡美は笑った。

太一は「ほとんど健太先輩の一方的なちょっかいッスけどね」とアイスを食べながら相槌を打つ。



すると雪の携帯が鳴り、開くと清水香織からのメールが入っていた。

雪ちゃん、レポートに画像を貼り付けたんだけど、

文章がどうしても画像の下になっちゃうのTT

画像の横に文章を置きたい場合はどうすればいいの?新聞の記事みたいに




雪は丁寧にやり方を説明するメールを送った。

まずメニューに行ってみて、と。



すると今度はメニューの行き方が分からないという返事が来た。

雪が懇切丁寧に説明メールを打つのを見て、聡美は「この子どんだけよ」と若干引き気味だ。



雪と清水香織はその後も何通かメールを交わし、ようやく問題が解決すると清水香織からお礼のメールが来た。

「あの子ちょっとトロいよねぇ」と言う聡美の言葉に、雪は疲れたように笑うだけ‥。






三人が歩く真昼の道は、もうすっかり夏の匂いがしていた。

その季節を感じながら、聡美はもうすぐ夏休みだねと浮き足立つ。



夏休みどこかへ旅行に行こう、と三人はその計画を口にした。山がいいか海がいいか‥。

太一は美味しいものが沢山あるところがいいと言って、聡美がそれもイイねと頷いた。

「雪!あんたはどっか行きたいとこないの?」



笑顔でそう聞いてくる聡美。

雪は曖昧な表情でこう返す。

「私はどこでもいいよ」



二人が行きたいとこならどこでも、と。

聡美はそんな雪の反応に、無理矢理話を合わせてるのではないかと気を揉んだ。



実は旅行そのものにも気乗りしてないのではないか‥。

雪は聡美の言葉にかぶりを振った。

自分は旅行とか疎くてよく分からないからさ、と心配する聡美に向かって自分の思うところを説明した。



幾分気まずくなった雪は、とりあえず当座の話題に舵を切った。

「それより、お昼何食べよっか?」



雪の言葉を受けて、太一が「さて、ファイナルアンサーのお時間ですと物々しく告げる。

「俺チャンポン!」 「それこないだも食べたじゃん。ピザなんてどう?」

「ツナ入りキムチチゲ!」 「俺スンドゥブ~」



気がつけば、味趣連は四人になっていた‥。





‥んなワケない。

河村亮は雪に向かって言った。

「お前ってマジ見つけやすいのなー」



当然雪は当惑した。

なぜここにいるのかと問うと、亮は「借金取りに来たに決まってんだろ」とニヤつく。

「メール無視してバックれたつもりか?オレ、昼飯代節約しなきゃなんねーからよろしく」



このあまりにもキテレツな男を前に、聡美は雪に「誰よ?」とコソコソ聞いた。

雪が携帯の拾い主だと言うと、太一と聡美は彼をマジマジと見つめる。



その視線を受けて、訝しそうに二人を見るその男は、独特な雰囲気があった。

色素の薄い髪と薄茶色の瞳。かなりのイケメンだ。



河村亮を改めて見た聡美と太一は、その端麗さに思わず息を吐く。

ほぉ‥ これはなかなか‥



しかし雪は困り続けていた。だからって本当に訪ねて来る人間がどこに居るというのだ。

ここに居ますが何か?と言った亮に対して、雪はその神経の図太さに閉口した。

しかし亮の言い分もある。

「親友の後輩だから、携帯も拾ってやったしアドバイスだってしてやったのに、

その態度はあんまりじゃねーか?」




「‥‥‥‥!」



そう言われるとそうかもしれない‥。

幸運(?)にも、二人の食べたいものはどちらも韓国料理だったので、

雪は聡美と太一に後押しされ、その恩を返すべく食堂へ移動した。




店に着いてからも、二人の仲は悪いままだ。

これで恩は返したと言う雪に、携帯を拾ってやったこととアドバイスをしたことに対して、

最低二回は奢るべきだと亮は譲らない。



雪は彼のその態度に閉口した。

こんなことならこんな携帯捨てて新しいの買えばよかったとさえ言った。

しかも河村亮は、雪の型の古い携帯をバカにしてくるのだ。

自分の最新スマホをこれ見よがしにちらつかせながら。



雪が亮の持っている携帯の機種は評判が悪いとかあまり見かけないとか欠点を指摘すると、



亮はどの会社のどんな機種よりも、この携帯のがスゲーんだと胸を張る。

だからガキは見る目が無いんだと言う彼の言葉に、雪は青筋を立てた‥。


その後料理が来るまで、二人はお互いを睨み合っていた。



料理が来てからも、互いに「フン!」と言いながら皿に向かう。



やっぱりスンドゥブはうまいと言う亮に、

この店はツナキムチチゲが一番美味しいんですと雪が言葉を返す。



亮はそれに同意すると、こんな都会の隅っこにも美味い店が結構あるなと言った。

「ここらへん詳しいんですか?」と雪が聞くと、亮は駅前の下宿に住んでいることを明らかにする。

げっ‥うちと超近いじゃん‥。






亮がふと時計を見上げると、すでに昼休みが終わろうとしている時刻だった。

「仕事に遅れる」と亮は右手に箸、左手にスプーンを持つと、すごいスピードで食べ始めた。



雪はそんな彼を見て目を丸くした。単純な感嘆が口を吐いて出る。

「両利きなんですね?珍しいなぁ」



亮はそう言われてから、自身の左手を改めて見た。

力が入らないので、スプーンも握り持ちをしている。



この左手の理由を、この女に言うか否か。亮は暫し考えた。

「‥‥‥‥」




「‥元は左利きだったんだけど、指を故障しちまってな。

普段はなんら問題は無いけど、たまに感覚が無くなる時がある」




亮からそう語られた雪は、

「そうだったんですね」と彼から視線を逸らした。



「これ、淳のせいなんだ」







亮はそれきり何も言わず、黙々と目の前のスンドゥブを食べていた。


雪は亮の言った言葉の意味を反芻していた。

二人は親友じゃなかったのか?一緒にふざけていて事故にでもあったのか‥?



雪の脳裏に、青田先輩の言葉が蘇った。

友達じゃない



一体どういう関係なんだろう‥。黙り込んだ雪に、亮がポツリと一言言った。

「アイツは恐ろしい奴だ」







雪は彼の言葉を受け止めながら、まだその真意は飲み込めないでいた。

亮が忙しくスプーンと箸を動かす金属音だけが、二人の座るテーブルに響いていた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<予想外のランチ>でした。

日本語版と韓国語版で、提案する昼食の内容がまるっと変わってましたね。

ツナキムチチゲとスンドゥブが、蕎麦とカツ丼に‥。

でも上記の料理って、韓国と日本で同じ立ち位置っぽい感じしますね。

そういうところも考えられているんだなぁと興味深かったです。


次回は<忠告>です。


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いつもの通りに

2013-08-28 01:00:00 | 雪3年1部(淳と秀紀遭遇~グルワ発表)
小西恵は、普段あまり来ることの無い校舎の中を歩いていた。



すると背後からふいに名前を呼ばれた。聞き覚えのある声だ。

「あれぇ!恵ちゃんじゃ~ん!こんなとこで何してんの?!」



雪の先輩の、健太先輩だった。嬉しそうに恵に近付く。

ここで授業があって、と言う恵に、健太は偶然にも自分もここで授業があるんだと言った。



そのまま教室に入ろうとする恵を、健太は大きな声で呼び止めた。

聞きたいことがあるんだと言って。

「最近俺も忙しくて、青田とまともに話すチャンスも無かったんだが、

青田と赤山ってさぁ、上手くいってんの?」




「はい?!」



いきなり切り出された雪と青田先輩の話に、恵は目を丸くした。

しかし健太は話を続ける。

「この前のグルワの時、二人の間にヒヤッとした冷気が漂っててさぁ。

今あの二人喧嘩中なの?何か聞いてる?」




恵が「何の話だかサッパリ‥」と言うと、健太はそんな恵の様子に驚いた。

なぜなら今、二人が付き合ってるという噂で学科中が大騒ぎだからだ。

雪と親しい恵がそのことを知らないということに、健太は大仰なリアクションを取る。

「そんな噂が立ってるっていうのに、二人の雰囲気がどうもおかしいんだよ!」



健太は事情が飲め込めない恵に、詳しい話を聞かせてあげるよと言ってお茶に誘おうとするが、

恵は、彼の目を見てキッパリと断った。

そして正面切って、彼に向かって意見した。

「先輩の学科ではそういう噂が流れてるのかもしれませんけど、

人のプライバシーを勝手に言いふらすのは良くないことだと思います」




言葉を続けようとした恵だが、健太はそれを遮るように口を挟む。

「恵ちゃんはまだ青田について知らないからそんなこと言うんだろうけど、

実のところアイツは女の子に対して‥」




青田淳をdisりながら喋る健太。

恵は彼の言葉を切るように、キッパリとこう言い切った。

「雪ねぇが誰と付き合おうと、あの先輩がどんな人だろうと、

あたしがどうしてあなたからその話を聞かされなきゃならないんですか?」




「どうしたら自分の後輩達のことを他の学科生のあたしに言いふらすことが出来るんですか? 

しかも何の根拠も無い話をぬけぬけと‥」


「え?あ、いや‥俺はそういうつもりじゃ‥」



明らかに向けられている非難の目。

健太はタジタジだった。続ける言葉も見当たらない。

恵はそんな彼を残して、「失礼します」と早急に彼の前から立ち去った。





なんでこうなんだよ!こんなはずじゃ‥

教室に入ってからも、健太の不機嫌さはMAXのままだった。

机を叩いたり、前の席にいる佐藤広隆の襟首を引っ張ったりと、周りに多大な迷惑を掛けている‥。






そんな健太の呻き声が響く教室に、赤山雪が登場する。

昨夜も遅くまで課題をしていたので、欠伸を噛み殺して眠たそうだ。

顔を上げると、視線の先に青田先輩が居た。



いつも通り人々に囲まれているが、

その瞳は先日のグループワークの時と明らかに違う。



「おはようございます」



雪が挨拶を口にすると、先輩は「おはよ」と返してくれた。

いつもの笑顔だ。



それから二人は軽く会話を重ねた。

眠そうだねと言う先輩に、欠伸を見られてたのかと照れ笑いをする雪。



その空気は、この前の二人の間に流れるそれとは全く違っていた。

周りの学生達は彼らの冷戦状態が解けて、普段通りになったことをさわさわと囁いている。



雪は先輩との雰囲気に安堵して、一瞬周りの人達の目を忘れた。

「そういえば、昨日は無事帰れましたか?」



あの辺りは道が複雑だから‥と続けた雪だったが、

次の瞬間尋常じゃない教室の雰囲気を察する。



ほぼ全員が、雪たちの方を見ているのだ。

しまったここは教室だったと、雪は口を押さえた。

脳裏には墓穴を掘る自分の姿が浮かぶ。



しかし先輩はその雰囲気を気にせず、彼女に気遣いの言葉を掛けた。

「雪ちゃんこそ昨日遅くなって大丈夫だった?」



取り繕う雪。

先輩は尚も言葉を続ける。

「雪ちゃん家の近くは夜道も結構暗いし、道も狭くて物騒だよな。街灯も少ないし‥」



あまり夜遅くまで出歩かない方がいいよ、と言う先輩に、雪は場を誤魔化すかのような大きな笑い声を上げた。

そして世の中の女の人は皆そうすべきですねと、一般論を掲げて周りに聞こえるように言う。



先輩はそんな雪を見て彼女の意図を察すると、



「そうだね」とだけ言って微笑んだ。



その後教室では、この様子を恵に見せたかったと健太が呻き、



周りの人達は雪にどういうことなのかと詰め寄った。



淳の方でも、柳が詳細を聞きたがった。



夜遅くに家まで送ってやったわけ?とニヤニヤ笑う柳に、淳は「遅くなったからね」と淡々と答える。

同じグループの後輩女子が、本当に雪ちゃんとそういう関係だったんですかと尋ねて来た。



周りの人間はそっと続きを窺っている。

「え?そういう関係って何が?」



淳は答えを濁した。

するとそんな様子に痺れを切らした佐藤広隆が、

無駄口叩いてないでさっさと席に座れと着席を促す。



柳はその頑なさに閉口し、続けて後輩女子と他愛のない話を続けた。

その様子に佐藤は舌打ちし、グループワークに取り掛かろうとした時だった。

「佐藤~!どこ行くんだよ!」 !!!



健太のヘッドロックが炸裂。

その勢いに咽る佐藤に、健太は弱っちいなぁと悪びれない。

「おいお前、最近課題の方は順調に進んでるか?もちろん俺にも見せてくれるよな?」



先ほどよりも幾らか弱いヘッドロックで、健太は佐藤の頭を撫でた。

健太は俺は4年で就活が忙しいんだと言うと、佐藤が僕も4年なんですけどと噛み付く。



しかし健太はもう29歳‥。お前はまだ一年二年留年しても問題ないだろと独自の理論で攻めてくる。

佐藤は苛ついた。


そんな彼の態度など意に介さず、健太は佐藤の持つノートに目を留めた。

どうやらそれは、卒業テストのサブノートのようだ。



健太はノートを手に取ろうと佐藤に近づいた。コピーさせてくれよ、と。

佐藤はそれを腕で抱え込みながら言った。

「これは僕が3ヶ月も前から課題別に整理してきた、苦労の賜物なんです!」



だから貸すことは出来ないと言う佐藤に、健太は「だからいいんじゃないか」と言った。

「一生懸命頑張ったのに、一人で見るだけで終わらせちゃ勿体無いだろ?

俺が存分に使い回してやるよ!」




健太には彼なりの理論があって、佐藤の言葉は彼には届かない。

背を向けた佐藤に対して、健太は先輩がこんなに頼んでるのにひどいじゃないかと言い掛かりをつけ始めた。

どうせ卒業試験は合格か不合格かの評価なので、佐藤自身に被害が出るわけではない。

「青田を見習えってんだ」



健太は青田淳を引き合いに出して話を続けた。

青田はいつも文句一つ言わずにノートを貸してくれるのに、全体首席の成績まで修めている、と。

お前はこんな小さなことに目くじらを立てて器が小さい、と。

呆れたように。馬鹿にしたように。



‥佐藤の堪忍袋の緒が、とうとう切れた。

「だったら青田に貸してもらえばいいだろう!!」









教室は暫し、時が止まったかようにしんとした。

佐藤の大声に、教室中の人間が彼ら二人の方を向いている。

健太が慌てて周りを見回し、誤魔化し笑いをする。



どうしたんだろうと、柳は淳に話しかけた。

淳はその大きな目で佐藤を見ている。





佐藤はその雰囲気と視線の矢に耐え切れず、そのまま何も言わず教室を後にした。





健太と佐藤の騒ぎが終わり、教室は徐々にざわめき始めた。

雪たちのグループも、毎度の二人の喧嘩に呆れ顔だ。



あの二人は喧嘩しない日の方が少ないと、誰かが嘲るように言って、笑った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<いつもの通りに>でした。

恵が健太先輩にやってくれました。大人しそうに見えますが、ああやって正面切って意見するところを見ると、

彼女は竹を割ったような性格なんでしょうね。

雪と先輩も仲直りしましたね。よく絵を見てみると、周りの人達はいつも淳と雪のことを窺っています。

それだけ注目度の高い二人なのでしょうね~!よっ、首席と次席!


次回は<予想外のランチ>です。

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小さな秘密達

2013-08-27 01:00:00 | 雪3年1部(淳と秀紀遭遇~グルワ発表)


秀紀の家の近くの飲み屋にて、遅くまで酒を酌み交わしていた二人だったが、

遂に秀紀が潰れた。



淳に「お前は金も人も見下しやがってぇ‥」と絡んでは突っ伏す彼を見て、



淳は溜息を吐く。



するとテーブルの上に置かれた秀紀の携帯が震えたが、彼は酔いが回ってそれに気付かない。

淳が携帯を取り着信画面を見ると、そこには”クソ”と表示されていた。

「例の彼女?俺が取ろうか?」



そう言って通話ボタンを押しかけた淳に、秀紀は必死の形相で手を伸ばした。

「と‥取るなよ!携帯こっちによこせ!!」



切羽詰まったような秀紀。

その様子を前にして、淳は不思議そうな顔をして携帯を返す。



秀紀はモゴモゴと、「今喧嘩中だから、わざと無視してるんだ」と理由を述べたが、

どこか不自然だ‥。



もう夜も更けた。

そろそろ帰ったほうが良いと、秀紀は淳の帰宅を促す。



自分は残った焼酎とツマミを食べて帰るから、と秀紀はその場に座ったままだ。

「けど会計はよろしくな!」と言った彼に、淳は「そのつもりだよ」と財布を出す。



そして会計とは別に、ほんの気持ちと紙幣を何枚か置いていった。



あまり飲み過ぎないように、と釘を刺して淳は飲み屋を出た。

残された秀紀は、喜び勇んでもう一本焼酎を注文する。



飲み屋のおばちゃんが、「まだ飲むのかい?」と呆れるのも気にせずに。




更に夜が更け、秀紀は完全に潰れた。



高いびきをかく彼の隣で、”クソ”からの着信は続いている。

テーブルに突っ伏している秀紀の元に、彼の恋人が到着した。



そして彼が携帯を閉じると、”クソ”からの発信も止まった。

「既に酔い潰れてやがる‥」



ここは秀紀の行きつけの飲み屋で、彼が電話に出ない時は大体ここで酔い潰れている。

いつものパターンに、遠藤は呆れつつ青筋を立てた。

「おばちゃん!こんなになるまでどうしてほっといたんですか!」



顔なじみのおばちゃんが、遠藤の姿を見て挨拶した。

「こいつ今日いくら使ったんです?」という彼の質問に、

おばちゃんは連れの方が払って行ったと言った。ハンサムな男だったとニコニコしながら。

「兄さんって呼んでて結構仲も良さそうだったわよ。その子が全部払っていったの」



「‥‥‥‥」



兄さん?

そんな存在が居ることを、遠藤は知らなかった。

酔い潰れた秀紀を俯瞰しながら、遠藤は徐々に不信感が募っていくのを感じる‥。







同じ夜、河村亮は仕事を終えて帰宅。



レストランをクビになり、再び就いた仕事は結局田舎で就いていたのと同じ、土木作業員だった。

何しにわざわざ上京したのやら‥と独り言ちながら、亮は夕飯の準備を始めた。

といっても、カップラーメンである。



カップラーメンにお湯を入れ、冷蔵庫から牛乳を取り出して飲む。



「犯人みーっけ」  ぶふーっ



突然背後から現れた男に、亮は驚きのあまり牛乳を吹き出した。


実はここは数人の男たちが住まう学生寮のような下宿で、この冷蔵庫は共同だ。

亮はいつも内緒で誰かの牛乳を拝借していたのだが、どうやらこの男のものだったらしい。



男は亮を責め、二度と人のものに手を出すなと言うと足音を立てず去って行った‥。






亮はラーメンが出来上がるまでの間、携帯をチェックする。

新しい着信やメールは無い。

あの女は一体どういうつもりだ?

今頃必死こいて連絡よこして来てもいい頃だってのに‥




亮は赤山雪と青田淳との関係がどうなったのかが気になっていた。



ラーメンを食べようと気もそぞろで箸を持ち、麺を持ち上げようとするが、一向に麺を掴めない。

麺は箸から滑り落ち、遂には箸まで滑り落ちた。



亮は知らぬ内に、元の利き手である左手を使っていたのだ。

現実に引き戻された思いがした。



空に左手をかざし、力を込めてみる。



グッと握り、パッと離す。



昔の記憶とはあまりに違うその動作のぎこちなさに、亮は一人空を見上げた。

こうなった原因の男の顔が、目の前に浮かんだ。





あっちから来ないならこっちから送ってやればいい。

そう思った亮は、赤山雪にメールを送った。

淳とは仲直りしたのか? 河村亮



雪は家で一人課題をやっていたところだった。



メールに気がつくと、その文面を見て返信する内容を考えた。

どうにか仲直りしました‥と打とうとしたが、思うところあって打ち直す。



続けて亮の携帯電話が鳴った。



はい。 小娘



「マジかよ!」



亮はその事実を知り、思わず起き上がった。

淳を困らせようと思って、嘘のアドバイスをしたというのに‥。

全く使えない小娘だ、亮はそう呟きながら返信する。

どうやって?オレも参考にしてみるわ



間をおいて、ピロリンと携帯が鳴る。

素直に謝って、話し合いました。



その答えに、亮は訝しく思った。

「謝る?そんなすんなり許してやる奴じゃねーだろ‥?」



またその旨のメールを打ち、それに対して雪が返信を考える。

「んー‥でも最後まで礼儀をわきまえて‥」



雪はまた書きかけの文字を消し、代わりに手短な文章を考えて打ち込んだ。

とにかく携帯にしろアドバイスにしろ、どうもありがとうございました。

それではさようなら




携帯を置き、他の課題も少しやってから寝るとするか‥とPCに向かいかけた時、

雪の携帯がもう一度鳴った。

それならメシおごれ



メールを見るやいなや、雪は携帯の電池を外し放り投げると、サッと布団に潜り込んだ‥。






亮の携帯はそれきり鳴らない。



無視かよ、と独り言ちるとそのままベッドに寝転がった。



赤山雪‥。

なんと掴みどころのない小娘だろう。これは淳も手こずるかもしれない。



亮は淳の困惑した様子を想像し、意地悪く笑った。


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<小さな秘密達>でした。


遠藤さんの知らない秀紀と淳との関係、淳の知らない雪と亮との関係。

そんな小さな秘密達が、これからの物語に大きく影響を与えていきます。


そうそう、亮の携帯に表示される雪の名前が”小娘”でした‥。

日本語版では”雪女”でしたね~。




次回は<いつもの通りに>です。


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