Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

<雪と淳>喧騒の狭間

2016-03-30 01:00:00 | 雪2年(学祭準備~学祭)
ううっ‥



講堂での授業中、雪は腹部に痛みを感じて表情を曇らせた。

聡美はそんな雪を見て「顔色悪いね」と心配そうに声を掛ける。

咳はなんとか治まったっぽいけど‥風邪の終わりかけなのかな、

今度は胃が痛い‥。病院行くべき?




なかなか治りきらない身体。しかし雪はグッと痛みに耐え、気を引き締めた。

いや、このくらいなら我慢出来るな。お金も無いし‥

 

そう決めた雪は、結局授業が終わるまでその場に座り続けた。

そして終了のチャイムが鳴ると、大講堂から学生達が一斉に流れ出る。



ざわざわと動く人の波。

その中で青田淳は、一人目を閉じてその狭間に沈んでいた。

「はい注目ー」



「三、四年は自主参加だから授業ある人は行って。

一、二年は出来るだけバー行って手伝ってくれ。あ、ちなみに一年は強制参加な」




淳はぼんやりと目を開けた。

顔の無い人々が、彼の目の前を無数に動いて行く。

「特に準備に参加しなかった奴には積極的に来いって言っといてな」

「はーい」「バーってどこにあるんだっけ?」



淳は目の前に広がる光景を、ただその場で俯瞰していた。

全てが心の表面を滑って行く。人も、言葉も。

まだ体調が完全には回復していないのかもしれない。

まるで水の中に居るみたいに、全ての声が薄い膜の向こう側で響いている。



「インフル流行ってるって‥」「準備した人達、皆ざっくりとしかやんなかったらしいよ」

「てかメニューって何があるの?」「うーん金が‥」

「料理得意な子居る?」



そんな喧騒の中で、少し聞き覚えのある声がした。その中に出てくる名前が、真っ直ぐに耳に届く。

「うちら二人は準備参加出来なかったからバー行くつもりだよ。

雪、アンタ昨日雨に降られてからずっと調子悪そうじゃん」


「俺、後で話しときますからこっそり抜けたらどうデスか」

「ちょっと変な目で見られるかもだけど‥OK?」



淳はその会話を聞きながら、指先をトン、トン、と一定のリズムで動かしていた。

彼女がどんな返事をするのか、無意識に待っている自分が居る。

「‥‥‥‥」



「うん‥ありがと」



まるで突然自身を覆っていた水の膜が弾けたかのように、その声はハッキリと淳の耳に届いた。

淳は目を丸くしながら、その声の主の方を向く。



案の定そこに彼女は居た。

顔のない人々の間で、彼女だけには表情がある。






しかしすぐに、彼女は雑踏の中に紛れ込み見えなくなった。

ざわざわと響く喧騒の狭間。いつの間にか彼女を探している。






淳は彼女から目を逸らした。

彼女を気にする自身からも、目を逸らすような心持ちで。

そんな中、彼女の声が再びハッキリと耳に届く。

「あ、これ?私のじゃないの。青田先輩の‥」






彼女の口から自分の名前が出たことに、淳は訳もなく衝撃を覚えた。

頭は未だにその変化について行けないまま、ただ耳だけが彼女らの会話を追っている。

「なんで返さないで持ってんの?」「それは‥どうしてなんだろうね」

 

続けて彼女が言ったその言葉は、淳の心を突き動かした。

「本当に変人でしょ」



「マジで超おかしいんだよ私‥」「それは今に始まったことじゃないですヨ」

「今世界で一番変なのって私だと思う」「アンタ今熱でちょっとおかしくなってんのよきっと」



「早く返しちゃって、家帰って寝な。分かった?」







淳は彼女の方を向いた。

人ごみの間に、微かに見えるオレンジ色の頭。



その手に握られている、自分の傘‥。






淳は雑踏の狭間で見え隠れする彼女から、目が離せなかった。

遂に雪が自分の方へ、彼女の方からやって来る‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>喧騒の狭間 でした。

淳は疲労のピークや体調が悪い時、こんな風に人々の間に沈み込みますね。

そしてやはりそんな時は、雪に意識を持って行かれてしまう、と。

今回は雪と淳以外の人の顔がほとんど描かれていないのが印象的です。


次回は<雪と淳>無意識の許容 です。


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<雪と淳>対照

2016-03-28 01:00:00 | 雪2年(学祭準備~学祭)
翌日。



青田淳が置いていった傘を手に持ちながら、雪は構内に佇んでいた。

ゴホゴホと咳込みながら、彼の姿を探して廊下を歩く。

とにかく‥返さなくちゃ



「あ」



廊下の突き当たりに差し掛かった時、遂にその姿を見つけた。

噂をすれば‥



彼に向かって一歩踏み出そうとした雪。

しかしすぐにその足を止める。

またいっぱい引き連れて‥



青田淳は同学科の男子学生に囲まれながら、ぞろぞろと廊下を歩いていた。

雪はそんな彼に声を掛けられるはずもなく、傘を握り締めたままその場に佇む。



不意に、全てが馬鹿馬鹿しくなった。

本当にウンザリだ。あの人に話し掛けようか掛けまいか悩むのも



へりくだって、無視されて、観察して、警告されて‥。

あの人に関わると、いつも神経がささくれ立つ。

嫌というほど目にした、あの疎ましい後ろ姿‥。







もう彼のことを気にすること自体が、嫌になっていた。

けれどこの手の中にあるのは、彼が置いていった彼の所有物‥。

もうこれで本当に最後なんだから



雪はそう自身に言い聞かせて、手の中にあるその傘を握り締めた。

そしてタイミングをはかりながら、彼の後をつけて行く‥。



彼の周りに居た学生達が、一人、また一人と離れて行った。

雪は彼の背中を追いかける。



ようやく一人に‥



一人きりになったところを見計らって、雪は彼に声を掛けようと駆け寄った。

しかし声を出そうとしたその時、急に咽るように咳き込んでしまう。

ゴホッゴホッ






その間に、淳は携帯で誰かと通話を始めた。

その表情は明るい。







昨日熱を出して寝込んでいた人とは、とても思えなかった。

雪はまだしんどい自身と対照的な彼に、じっとりとした視線を送る。

顔色良いじゃん‥。いいね、健康だからすぐ治って‥くっ‥

「はい、」



「父さんは俺にすごく期待してるから」



不意にそんな言葉が聞こえてきた。

どうやら淳は、自身の家族と会話しているようだ。

「はい、はい」



「また家の方にもちょくちょく顔出して下さいよ。

一人暮らしになってから父さんの顔もめったに見れないし、母さんにしてもこのままじゃ顔も忘れそう」




「はい、大学生になって子供に逆戻りしたみたいです」



「あはは」







彼の笑顔を目にし、その会話を聞いている内に、雪の胸中にモヤモヤとしたものが膨らんで行った。

そして思い出すのは、昨日父親から言われた心無い言葉‥。

「この家にゃ使える人間が一人も居やしない!」






彼に返さなくてはいけない傘を握り締めながら、雪はずっとその場に佇んでいた。

自分とはあまりにも対照的な彼の、その会話を聞きながら‥。







淳は携帯電話を耳に当てながら、ふと後ろを振り返ってみた。

そこにある木の向こう側に、彼女の気配を感じながら‥。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>対照 でした。

これは学祭準備(雪と淳が熱を出して寝込んだ日)の翌日ですね。

今日は午前中は授業で、午後から学祭らしいです。一日中じゃないんですね‥。


次回は<<雪と淳>喧騒の狭間>です。

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<雪と淳>あの日の続き

2016-03-26 01:00:00 | 雪2年(学祭準備~学祭)
取って食われてしまう



不吉な言葉が、ズキズキと痛む雪の頭の中を廻り続けている。

思い出すのは、込み上げる吐き気と高熱の倦怠感。



耐えられず嘔吐し、雪は動かぬ身体で壁に凭れていた。

脳裏に浮かぶあの残像と、鼓膜の裏で響くその言葉に苛まれながら。



本気で取って食われてしまう



ゾクゾクと悪寒が全身に駆け巡る。

高熱のせいだろうか、それともこの身に蓄積した恐怖のせいだろうか。



いつの間にか傍らに佇んでいた彼。

身動きも取れない。

遠くで鳴っていた雷鳴が、すぐ傍へと迫り来る‥。









雨足は相変わらず強いままだった。

しんとした室内には、ただ雨音と雷鳴の音だけが響いている。







雪はようやく、深い眠りの淵から目覚めた。

そこに見えたのは、見慣れない天井。



状況を把握するのに数秒掛かった。

そして把握するやいなや、雪は白目になってガバッと起き上がる。

「‥!」






目の前に広がるのは、学祭を明日に控え、飾り付けが施されたバーの風景だった。

状況を理解した雪は、目を見開いて隣りにあるソファの方を見やる。

バッ!



雪が眠りに落ちる前、そこには青田淳が寝ていたのだ。

しかし今は誰も居ない。雪は安堵の溜息を漏らした。

ふーっ‥



ようやく少し落ち着いた雪は、今の自身の状況を改めて顧みる。

何‥私ここで寝ちゃったの?

疲れたからちょっと休もうと思って、座ってただけだったのに‥




ぐるりと店内を見回した後、傍にあるテーブルの上へと視線を流した。

そこには、雪が青田淳の為に置いた薬と水がそのまま置いてある。



そして少し離れた所にある自身の鞄の傍に、

傘が置かれているのに気がついた。



雪のではない。だとすれば‥



未だ雨は降り続いているようだった。

雪はまだ若干湿っている服に寒気を感じ、ゴホッと大きく咳き込んだ‥。









どうにか家へと辿り着いた雪。しかしまだ咳は止まらない。

気怠い身体をどうにか動かし室内へと入る。

「ただいま‥」



「あ‥誰も居な‥」



暗い室内を見て、雪がそう呟いた時だった。

突然後ろから、誰かが雪を押し退けて家へと入る。

「ひっ!」



思わず身体を強張らせた雪だが、見慣れたその背中に、ホッと胸を撫で下ろした。

「お父さん!」



父は大きな足音を立ててズンズンと室内を進んで行った。

雪は未だドギマギしながら、その背中に声を掛ける。

「階段使ったの?ビックリ‥。お父さん?」



父は娘の言葉には返答せず、ただ無言で何かを探していた。

呆気に取られて玄関に佇む雪に、やがて父は荒々しい口調でこう問い掛ける。

「雪、お前あの書類が入った封筒見なかったか?茶色の‥」

「えっ?ううん、私は‥」



雪は自分は今帰って来たところだからと言葉を続けようとしたが、それはかなわなかった。

父は大声で苛立ちを口にしながら、そのまま家を出て行く。

「あー!くそったれ!この家にゃ使える人間が一人も居やしない!あ、木村社長!」

 

「それは私が今‥」



バタン!と大きな音を立てて、ドアが閉まった。

雪は”使えない”と言い捨てられたまま、ただその場に立ち尽くす‥。






ゴホッゴホッ‥



繰り返す咳で、浅い眠りはすぐに途切れてしまう。

熱は未だにあるようで、こんな時間にも関わらず雪はまだ眠れずに居た。

すると枕元に置いてあった携帯電話が、不意にメールを受信する。



こんな時間にメールを送ってくるのは、一人しかいない。

雪は咳込みながら、アメリカに居る弟への文句を口にする。

「あー‥もう蓮のヤツ‥こっちは明け方だって何度言ったら‥」



そこに表示されていたのは、ハンバーガーの画像と彼の弱音だった。

雪は暗闇の中で、ぼんやりと光るそれを見ている。

一週間ずっとハンバーガー。母さんが作ったキムチチゲが死ぬほど食いたいー



姉ちゃんはいいよな、そこに居られて。

やっぱ家が一番だよ







熱で気怠い身体を横たえながら、咳で眠れない夜を明かしながら、

雪はその言葉を何度も反復していた。

暗い布団の中でずっと、ただ今の状況に耐え続けながら‥。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>あの日の続き でした。

ここでなんと学祭準備の、淳が雪の指先を掴んだ<<雪と淳>指先>の続きが出てくるとは!

最近LINE漫画の方がこの辺りの話をやっていたので、若干タイムリーな感じですが‥。


最初の”取って食われてしまう”の所は、学祭終了後のモノローグですので、

そこの詳細はもう少し先の記事に出てきます。時系列混乱しますね^^;


そしてこの時期の雪のお父さん、事業が傾いてるせいか相当雪にキツイですよね。

蓮も早くもホームシックにかかってるみたいだし、赤山家みんなが余裕の無い時期だったのかもしれませんね。


次回は<雪と淳>対照 です。


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線の中

2016-03-24 01:00:00 | 雪3年4部(二度目の闇~線の中)


淳は瞬きもせずに、雪のことをじっと凝視していた。

相変わらず、彼女の紡ぐ言葉は淳の耳には入って来ない。



彼が自分の話を聞いてないことに気付いた雪は、若干苛立ちながらこう問い質す。

「ねぇ先輩、私の話流し聞きしないで‥」







淳はその言葉に応える代わりに、そっと雪へと手を伸ばした。

傷の無い左手で、彼女の肩を抱き寄せる。雪は、突然接近して来た彼に思わず驚いた。

「それより‥」「?!」



「どうしてまた話してくれなかったの‥?」



淳はそう言って、至近距離で彼女の瞳を見つめた。

雪はいきなりのその問いに、動揺を隠し切れずにたじろいだ。

「え‥?」



淳は更に雪を自身の方へと抱き寄せた。雪の額に彼の唇が触れる。

「危うく大変なことになるところだった。健太先輩の話、どうしてしてくれなかったの?」

「あ‥」



「それは‥」



狼狽える雪を、淳はじっと眺めていた。

雪はなんと言って良いか分からず、彼の唇が触れた額に手を伸ばす。

「‥‥‥‥」



やがて雪はバッと彼から身を離すと、正直なところを口に出した。

「だって証拠とか何も無かったから‥。

まさか健太先輩があそこまでやらかすなんて、本当に思いもしなかったんですもん!」




そしてその勢いで、雪は彼に対して聞きたかったことを切り出した。

「てか先輩はどうしてこのこと分かったんですか?!どうして大学に‥」

「ん?俺も教えない」「えぇ?!」






まさかの秘密返しに、雪はあんぐりと口を開けたまま固まった。

なんなのよぉ、と文句を言っても尚、彼は笑顔を崩さず話してはくれなかった‥。






教えてくれてサンキュ



淳からのメールが、柳楓の携帯に届いていた。

柳はその文面に対して、一人夕焼け空に返事を呟く。

「ありがたきお言葉~」



普段雪の傍に居られない淳が配置した、”目”としての役割。

その役割を見事果たした柳は満足そうに、そのまま一人帰路についたのだった‥。




「これからは証拠なんか無くっても、全部話してよ」



淳はそう言葉を続けた。

雪と向かい合いながら、自分達の間にある決め事を改めて口に出す。

「お互い何でも話そうって決めたろ?あの夜、」



「俺の家で‥」



”あの夜”、そのキーワードが出た途端、雪は血相を変えて淳の口を塞いだ。

こんな明るい時間から大学内で何を言い出すんだと、気が気じゃなかったのだが‥。

「? 話しただろ?」「あっ」



雪が思い出した”あの夜”の前半部分の話を、先輩はしていたのだった。

「あ‥そう‥ね、そうですね、話しましたね‥」

「うん。でしょ」



雪は自分が”あの夜”の後半部分を思い出していたことに赤面し、何度か咳払いをしてやり過ごした。

しかし今彼から言われた言葉は、まるで雪が常に秘密を抱えているかのようだ。

それを素直に聞き入れるには、どこか釈然としない思いだった。

いやいや‥最近毎日電話でつまんないことも全部話してたじゃん‥。

なぜよりによって今日に限って‥




しかもこの過去問盗難事件に関しては、簡単に口には出せない理由があった。

雪は慎重に言葉を選びながら、ゆっくりとその理由を説明する。

「ん‥でも今回は人を犯人として疑うようなケースだったから‥ちょっと慎重になる必要が‥」

「いや、雪ちゃんが疑うってことはある程度根拠があるってことだよ。

だから話してくれて構わない」




しかし淳はそんな雪の懸念など何も気にしないかのような、そんな言葉で雪を肯定した。

これには雪も少し笑ってしまう。

「えぇ~?」



冗談ぽくポンポンと肩を叩きながら、彼の発言に対してこう返した。

「どうしてそう言い切れるんですか!私、めっちゃ信頼されてるってことですか?w」

「当然でしょ」



けれど淳は笑わなかった。

雪のことをじっと見つめながら、その細い腕を掴む。



「俺以外の誰が、君の言葉を信じて君の味方になってくれるの?」



「だろう?」







真っ直ぐに自身を見つめる淳の瞳から、雪は目を逸らせずに固まった。

彼の瞳の中には、目を見開いて固まる自分が映っている。







それきり何も言わない淳を前にして、尚も固まる雪。

そしてどこか照れ臭さを感じながらも、やがて雪は小さくこくりと頷いた。








ゆっくりと、手を伸ばす。

淳は自身の領域の中へと、彼女を招き入れた。

「ほら、やっぱり」



ここは、線の中。

彼が大切にしているテリトリーの、最も重要な場所ー‥。

「俺しか居ない」







雪は目を見開きながら、いつの間にか身動きも取れない程彼の傍にいることに気がついた。

自分のせいで傷を負った彼の右手が、手の上に置かれている。



首元に置かれた左手。

彼が触れる自身への接点は、まるでピンのように雪を固定する。

まるで気に入った蝶の標本を、そこに留めるかのように。



「だろう?」





耳元でそう囁かれた途端、脳裏にとある記憶が蘇って来た。

雪の心に暗雲が立ち込める。

遠くで聞こえる雷鳴が、雪を過去へと引き摺り込んで行く。







一年前の回想を終えた雪の中で、あの言葉が蘇った。

取って食われる



目の前には自身をじっと見つめる彼の姿。

取って食われてしまう



あの頃雪は、彼から異常なほど影響を受けていた。

どんなに逃げても逃げ切れない彼の前から姿を消すために、休学まで決意して。







まるでピンで固定されているかのように、彼の左手が触れた箇所が動かない。

目を見開く雪に向かって、淳は目を細めながらこう言った。

「だろう?」



蘇る。

本気で取って食われてしまう



あの頃の言葉が、感情が、雪の心を縛り付けるー‥。





雪は僅かに顔を上げた。

そこには、穏やかに微笑む”青田先輩”の姿があった。




暗雲が立ち込めていた雪の心の中に、ふと一筋の光が差し込む。


‥と、思っていた。







雪は淳のことを凝視したまま、そっと彼の左手に自身の手を伸ばした。

手は動く。当たり前だ。

本当に、ピンで固定されているわけじゃない。




雪は自身が辿って来た数奇な運命の軌跡を、彼の手に触れながら思い出していた。

いつか思い描いていた理想の幻の体温は、随分と温かかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<線の中>でした。

主人公カップルがこんなに触れ合っているというのに、どうしてこんなに怖いんでしょう‥。

耳元で囁くラストは、「これからは気をつけろよ」のあの場面を彷彿とさせますよね‥。



この保健室では、淳が常に雪を観察しているというか‥。

自身が撒いた種が雪の中に芽を出しているかを確かめているかのような、どこか不気味な印象を受けました。

この後は再び過去回想です。また過去に隠された真実が、新たになるのでしょうか‥。


次回は<<雪と淳>あの日の続き>です。

カテゴリは<学祭準備>に入ります。


2016.5.12

4部33話の最後の8コマを加えました。
  
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彼と彼女・保健室

2016-03-22 01:00:00 | 雪3年4部(二度目の闇~線の中)


ここはA大学内にある保健室。

そこにあるベッドの上に、淳はキョトンとした顔で座っている。



彼が見つめる先には、慌ただしく動き回る彼女の姿があった。

「薬ぃ!」



「薬!薬どこだっけ?!絆創膏!絆創膏は?!包帯はぁ?!」

  

保健師不在の保健室内を、雪は薬を求めて走り回った。

しかし淳はというと、のんびりとその室内を見回している。






今自分が座っているベッド。

去年はここに寝ている彼女のことを、静寂の中で見つめていた。



眠る彼女の疲れ果てたその顔を、今もありありと思い出す事が出来る。

あの時淳は、現在へと繋がる第一歩を踏み出したのだ‥。







淳はあの時のことを回想し、どこか懐かしい気持ちになって一人口角を上げた。

見つめる先には、今や自分の為に奔走する彼女が居る。

「そういうのってギブスとかで固定しなきゃじゃなかったですっけ?!

ここにはそういうの無いみたい‥」


 

「どうしよう~~?!」



心配そうな表情の雪を見つめながら、淳は一人満足そうに微笑んでいた。

やがて薬を見つけた彼女は、傷ついた彼の右手を介抱する。

「あーもう‥」



雪は室内で見つけた軟膏を手に、不満そうにこう漏らした。

「この軟膏、なんか古いみたい‥」



「先生もいないし、ソッコーで薬局行って新しいのを‥」

「え?いいよいいよ」



雪のその提案に、淳はただ首を横に振った。

まるで良いことでもあったかのように、嬉しそうに微笑みながら。






雪はなぜ彼がそんなに笑顔なのか分からなかった。笑ってる場合じゃないはずなのに‥。

とりあえず気持ちを落ち着けるために、「ふぅ、」と一つ息を吐く。



そして雪はその傷ついた右手を、改めて見るよう彼に促した。

「ほら、見てみて」



「全然腫れが引かないじゃないですか。本当に大丈夫なんですか?

どう見ても普通じゃないですよこれ」




「でしょう?」



しかし淳は、自身の右手など見ていなかった。

真剣な表情で言葉を続ける、彼女の顔をじっと見ている。

「今からでも大学病院に行ってちゃんと‥」



「ん?大丈夫だよ」「何が大丈夫なんですか」



大丈夫を繰り返す彼を、雪は少し諭すように注意した。心配そうに見上げながら。

「後ででもいいから、ちゃんと病院行って検査受けて下さい。絶対ですよ?」



「うん。分かった」



そう言ってニッコリと微笑む淳。

雪はそんな彼を見て、やはり納得いかないといった表情を浮かべる。







傷ついた右手に、雪はそっと自身の手を添えた。

そして細心過ぎる程の言葉で、切々と彼にその傷の状態を伝える。

「時計のお陰で傷が殆ど無いのは幸いだけど‥

ぶつかった衝撃で骨に異常が出る場合もあるから‥」







伏目がちに言葉を紡ぐ雪。

しかし雪が紡ぐ言葉は、ほとんど淳の耳には入って来なかった。



小さく動くその口元を、淳はじっと凝視し続ける。



今雪は、淳のことだけを見て、淳のことだけを考えている。



その伏せられた睫毛も、知的そうなその眉も、その柔らかで豊かな髪も、

雪の全てが、その全てが今、淳に注がれている。



彼女の大腿の上に置かれた自身の手。

傷ついたその手を、雪がゆっくりと癒して行く。







優しく自身の手に触れる雪のことを、淳はただじっと見つめていた。

胸の中にあるその考えが、彼女を見つめる内にだんだんと膨らんで行く‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼と彼女・保健室>でした。

終始笑顔か目をくりっとさせて雪を見る淳‥。

夕方の保健室に二人きりのこの状況、普通ならちょっとときめき展開だと思うのですが‥

何だか変な雰囲気ですね。

続きます。

次回は<線の中>です。

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