Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

青い春(4)〜名前ボケ〜

2017-12-27 01:00:00 | 淳のドキドキラブコメ


ベンチに並んだ淳と雪は、長い間黙っていた。夕暮れの涼風がキャンパスの茂みを揺らす。

淳は横目でちらりと雪を見た。

握りしめた拳を膝の上に置き、背筋をまっすぐに伸ばしている。

建物の窓に灯った明かりが、長い髪を浮かび上がらせていた。







沈黙を破ったのは雪だった。

真剣な面持ちで淳を見上げている。

淳は開いていた足を揃え、肩の力を抜いた。



淳の声音は自分でも驚くほど艶かしかった。

又斗内に対抗するために考案した“ピンク淳”。

毎晩、鏡の前でコツコツと練習を重ねて生み出した新キャラだった。






雪はそれについて、何も言わなかった。

清々しいくらいのすべり方だった。







君のツッコミは、首を伸ばせばすぐ届くところにあると思っていた。



いつものベンチで、雪はいくぶん気落ちしたようすで父の会社が潰れたことを話した。

――父さんの会社が倒産

シンプルな駄洒落だが、このネタで笑いを生むには技術と配慮が必要だ。

雪も痛いほどわかっているようだった。



家族をネタにすることの苦労を雪は知ったようであった。



淳が言った。











一度、父はネタに巻き込まれたことがある。

淳の同級生の人騒がせなネタがひとり歩きして、隠し子騒動に発展したのだった。



父はその同級生を家族同然に養い、実際に父親のような振る舞いをすることもあったので、

ネタとして許されるだろうと淳の同級生は考えたのかもしれなかった。

しかし、父は全力で火消しに動き、

わざわざその同級生の目の前で「もちろん私の息子ではありません」と冷たく言い放ったのである。



それ以来、淳が父をネタに取り入れようとすることはなくなっていた。

同じような困難に直面しながらも、ネタにすることを決してあきらめようとしない雪の言葉に、淳は聞き入った。








二人の前を学生や教員が次々と通り過ぎていく。

授業の時間が迫っていた。

高い壁が越えられなくて、挫けそうになる気持ちが淳の口からこぼれた。



ピンク淳のお蔵入りで傷ついた心を、

秀紀兄さんより面白いキャラだったと言い聞かせることで癒していた。



「なおさら憂鬱になったり」



又斗内の名前を思い出すだけで気分が塞ぐ、

そんな弱さも雪がいれば克服できそうな気がした。










笑いを生み出そうとする苦労を語り合った二人は、連れ立って教室へ向かった。

お互いのことを前よりも知り始めていた。

俺達だったら、どんなことがあっても、ドキドキラブコメな大学生活に変えていけると思った。



又斗内への劣等感が消えたわけではなかった。

ただ、二人が明るく笑っていられたらいいと思った。



授業が始まる直前、淳は会話の最後にそう言った。

しかし、すぐに自分の考えは甘かったと思い知ることになる。








高校の同級生たちとの飲み会で耳に入った言葉が、淳の気を引いた。

写真があるらしく、同級生たちは肩を寄せ合って携帯電話を覗き込んでいる。



テーブルに近づいて淳は言い、携帯電話を受け取った。

画面には、雪の手を引く河村亮の後ろ姿があった。






名前ボケの鬼才、河村亮。



タブーを恐れず、笑いのためには手段を選ばないボケの求道者。

父の隠し子騒動の元凶だった。



ネタに名前を絡めることが多く、淳が通った高校では、

亮がボケに使った名前と本名の区別がつかなくなって混乱が生じることも珍しくなかった。



淳の隣で同級生が首を傾げる。白川というのも亮がネタで使っていた名前だった。

いまだに同級生が間違えるほど、強烈なインパクトのボケだったということだろう。

淳は唇を噛んだ。



しかし、何より恐ろしいのは、笑いのためであればどんな犠牲も厭わない覚悟だった。








ハリセン取り違え事件が脳裏をよぎる。

校舎の裏手で、亮は上級生のお笑いグループとツッコミの練習をしていた。



きつくどついているように見せて、決して相手に怪我を負わせないという鉄則を守りながら、

さまざまなツッコミを繰り返し試す。



その練習に、亮と同じピアノ学科の生徒が飛び入りで参加した。



人生で初めてツッコミをすることになった彼は、

上級生たちがギャラリーとして取り巻く状況にすっかり舞い上がってしまったらしい。

ハリセンと間違えて、あろうことか鉄パイプを手にしてしまったのだった。



異変に気付いた上級生の一人が「やめろ」と叫ぶ。




「僕の名前はショパンじゃない!」








亮は、そのツッコミを避けなかった。

鈍い音がして、亮の左手が潰れた。










別の携帯電話で亮の写真を見た同級生が言う。

亮はいつか笑いに殉じるのではないかという不安を抱いていたのだろう。

その言葉には安堵の響きがあった。 

違う。こいつは何も変わっていない。









亮の絶叫がよみがえる。

ショパンのネタを認めようとしない俺に、亮は凄まじい形相で掴みかかろうとした。



おそらく俺にネタを認めさせようという執念は消えていない。

それで、ショパンのツッコミを再現して俺を笑わせようとしているのだ。

そのツッコミ役に雪を選んだ。

きっと、雪にも変なあだ名をつけているのだろう。



そうやって、魂のツッコミを引き出そうとしているにちがいない。

あの日のショパンのように。










何としてでも止めなければ。淳は奥歯を噛み締めた。

互いのことを知る、それだけで十分だ、なんて言ったけど、

いや、不十分。

雪を第二のショパンにするわけにはいかなかった。










ドキドキラブコメな大学生活を送るはずだったのに。

卒業の日に告白して、きれいに完結するつもりだったのに。



ある日、あっさりと口説いてしまった。



ドキドキからもラブコメからもほど遠い直球の質問に、



身も蓋もない答え。



全然、ドキドキラブコメしてないじゃないか。

雪を第二のショパンにしたくないという気持ちが、思い描いていたストーリーを蝕んでいった。

それなのに……。







路地で向き合っている雪の足の傷が涙で霞んだ。

それなのに、守れなかった。



名状しがたい無力感に淳は立ち尽くしていた。

冬の低い夜空と街の灯りが溶け合い、淡い光となって雪の髪を包み込む。

ふわりとなびいた髪が、風の輪郭をまとう。



通りの喧騒が遠のき、淡い光が白へと還っていった。

静かで何もない世界が広がっていく。

一人で親しんできたその世界に、雪がいた。






fin


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<青い春(4)〜名前ボケ〜>でした。

四部からなる壮大な淳のドキドキラブコメシリーズ、これで完結でございます。

ボケを求道する淳のピュアな本心が輝いていました。

改めて寄稿して下さった友人Y氏に感謝と秀紀感激

ありがとうございました


青い春(3)〜又斗内参上〜

2017-12-26 01:00:00 | 淳のドキドキラブコメ


多くの学生で賑わうキャンパスを淳は一人で歩いていた。

卒業写真の撮影のために着飾った四年生と何度もすれ違う。

淳もダークスーツにシルクのタイという盛装だった。

久しぶりにキャンパスを訪れた四年生も少ないようで、校舎の近くでは再会を喜ぶ声が飛び交っている。



「青田さーん!」



柳楓が後ろから駆け寄ってきた。

「かっこいいね。どこのモデルかと思った」「おちょくらないでよ」



振り向いた淳は思わず立ち止まった。

柳の髪型が変だ。



ワックスで固められた髪が突起のように逆立っている。

人差し指くらいの大きさの突起が、頭から生えた角のようにいくつも飛び出しているのだった。

まるで、とりあえず目立てばいいだろうという投げやりな気持ちでデザインされたゆるキャラみたいな頭だ。


*イメージ



触ってみたい……。

ポケットに突っ込んでいた淳の手が突起に伸びかけた。

「ほら、みんな目がハートだ。スーパーイケメン淳ちゃん」



そう言われて周囲の視線に気付き、慌てて手を止める。

柳の髪型には、思わずプチプチと潰したくなる気泡入り緩衝材のように、

妙に触れてみたくなる不思議な魅力が感じられた。



この髪型を真似すれば、雪も頭を触りたいという衝動を抱いて、どついてくるかもしれない。

淳は微笑んで、事務室へ行くところだったと柳に告げて歩き出した。



さっそくワックスを買おうと生協へ向かっている時、ポケットの携帯が振動した。



〈先輩 授業のプリントを渡したいのですがどこにいますか?〉



「雪ちゃん?!」



メールの文面に驚いて、淳は彼女の名を叫んだ。

周囲の学生たちがいっせいに振り向く。



どうも雪が絡むと無意識にラブコメキャラになってしまう。

好奇を帯びた視線をやり過ごしながら、淳は気をつけなければと思った。

あらためてメールを読み直し、「プリント」と小さく口にする。










床に落ちたプリントを親切に拾う素振りを見せてから、

いきなり足蹴にするネタは淳のお気に入りで、雪にも一度見せたことがある。



これがネタだと気付かず鬼畜の所業と見なす学生もいたが、

やはり雪は完全な理解者だ。



口の端を上げて淳は返信を送った。



学館の2階まで持ってきてもらえると嬉しいな^^











学館二階の廊下で雪を待っていた淳は、

窓ガラスに映る自分の姿に目をとめた。



いつもと変わらない髪型に、ワックスを買い忘れてしまったと気付いた。

プリントの新ネタで頭がいっぱいで、まっすぐ学館まで来てしまったのだった。

もし変な髪型の柳にキャンパスで出会ったら、雪はどんな反応をするだろう。



やはり反射的にどつくだろうか。



ふとそう思ってから、淳はすぐに首を振り、

「何を考えているんだ」と口の中で呟いた。










眼下にプリントを手にした雪の姿があった。

淳の視線が明るい色の髪に吸い寄せられていく。







春のせいだろうか。



卒業を控えて、残された限りある時間、

日々に、意味がほしいと思った。



髪型にも、意味がほしい。

俺だけじゃなくて、雪の髪型も考えてみよう



そう思った。

「先輩?」



携帯を手にした淳に、雪が声をかけた。

「一緒に写真撮ろうよ」



と言って、淳は雪と並んで写真を撮った。

雪は写り方が気に入らないようで、消してほしいと言ったが、淳は取り合わなかった。





自宅のパソコンで写真に合成を加えて、

いろいろな髪型を試してみるつもりだった。


*アフロバージョン



同級生たちとの飲み会で、隣に座っていた男子学生が、

淳が前に撮った写真を送ってほしいと言った。

「どの写真?」



淳が聞くと、学生は淳の携帯の画面を覗き込んだ。

そして、淳と雪のツーショット写真を見つけて声を上げる。

「誰、彼女?」「え?」



思いがけない問いかけだった。

これはひょっとしてボケなのだろうか。淳は無表情で学生を見返した。

突っ込むべきか逡巡する。



短い沈黙の後で淳が答えた。

「‥違うよ」「なーんだ」



学生は拍子抜けしたようなようすだったが、

すぐに「じゃあ、紹介してもらおうかな」と言った。



「そういう子じゃないから、やめてくれないか」



語気鋭く言って、淳は立ち上がった。

この学生だけではなく、もしかしたらネタを振られたのかもしれないと考えた自分にも腹を立てていた。

やっぱり俺の相方は雪しかいない。

そう確信を深めてテーブルを離れた淳の耳に、同級生たちの困惑したような話し声が届いた。







理由もわからないまま、感情は揺れ動いていく。



頭をどついてほしいだけなのに、雪のリアクションは期待の斜め上をいく。

手のひらで口を塞がれた時は、なんて斬新なツッコミなんだろうという感動で、しばらく言葉が出なかった。



雪の表情は真剣で、迫力さえ感じられた。



必死に新しいコメディのあり方を追究するその姿勢に、自分の姿を重ねていた。




俺にとっての相方が雪しかいないように、雪にとっての相方は俺しかいない。

ずっとそう思っていた。


でも、それがただの思い込みに過ぎないことを知った。


「雪ねぇ、今日、合コン行くんですよ」



学食で雪の後輩が浮かれたようすで言った。

「合コン?」



雪が飛び出して行った学食の出入り口に顔を向けて淳は聞き返した。

後ろ姿はもう見えなかった。

「見た目だけじゃなくて、名前もイケメンなんですよ。またとないナイスガイ、又斗内!」



笑撃だった。



またとないナイスガイ、又斗内。

語呂の良さ、バカバカしさ、インパクト、全てが完璧だと感じた。

ラブコメ主人公に必要なあらゆる要素を包括するまたとない名前、又斗内。

こんな、生まれながらのボケ担当みたいな手合いとツッコミの異才である雪が邂逅すれば、

とんでもない化学反応が起きるのではないか。

強い焦燥感に襲われ、淳は現場近くでの張り込みを決意した。







その夜、目の前に現れた雪は、少し前までレストランにいたとは思えないような姿だった。

薄汚れたワンピースから伸びた脚にはいくつも擦り傷があり、靴を履いていなかった。



舗道を力なく歩き、時おり、苦痛に顔を歪ませる。



淳は戦慄した。



いったいどんなツッコミをすれば、こんな格好になるんだ?

雪は文字通り、体を張ったツッコミを敢行したにちがいない。

またとないナイスガイ、又斗内。

名前からして反則技みたいな男が、雪の全身全霊のツッコミを引き出したのだ。







その事実に打ちひしがれ、淳は「送っていく」と雪の腕を掴んだ。

もし、雪と一緒にレストランへ行き、ツッコミを入れてもらえなければ、俺は二度と立ち直れないだろう。

初対面の食事で雪にツッコミを入れさせた又斗内の名前を心に刻み、

雪と食事に行くまでにボケを徹底的に磨き上げようと淳は誓った。



「君と一緒にご飯を食べることが、こんなに大変なことだったなんてな」



人生で初めて味わう敗北感だった。



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<青い春(3)〜又斗内参上〜>でした。

又斗内が参上しましたね‥!といっても名前だけでしたが(笑)

探すと文面にピッタリなコマがいくつもあってとっても楽しいですww


次は早くも最終回、<青い春(4)〜名前ボケ〜>です。

青い春(2)〜細かすぎたボケ〜

2017-12-25 01:00:00 | 淳のドキドキラブコメ


葉が茂りはじめた樹々の間を小さな鳥が飛びまわり、入学生たちの弾けるような声がキャンパスに響く。

春だった。



わずかに冷たさの残る風が吹いて、薄紅色の花びらが舞い落ちる。

桜の木の下のベンチに座る学生の横顔を見て、淳は足を止めた。



ふわりと舞っていた花びらが、ベンチで物思いに耽っていた赤山雪の肩にぺたりと張り付く。



やっと見つけた俺の相方。

多彩な顔芸と鋭いツッコミの使い手、赤山雪――。



軽快なボケと流れるようなツッコミに彩られる日々。

想像するだけで淳の胸が高鳴った。

この瞬間から、ドキドキラブコメな大学生活が幕を開けるのだ。



淳は愛用の腕時計をちらりと見た。午前九時三十分。

話をしようと誘うのだったら、「お茶しようよ」くらいがちょうど良い時間帯だろう。

よし、と淳はベンチに近づいた。

自然な笑顔で「時間あるなら」と雪に話しかける。

「飯食いに行こうよ」



「はい?!」と雪が素っ頓狂な声を出した。

「って、まだ早すぎるじゃないですか!」



強烈なツッコミが炸裂……!

……しなかった。



雪は言葉にならない声を出すと、戸惑ったように顔を伏せてしまったのだった。



ボケが細かすぎた。

淳はにこにこした表情を崩さなかったが、心に痛みを感じながらそう思った。



まぁ、いい。次はもっと明快なボケをかまそう。





翌日、夕方の教室で、淳は「おはよ」と雪に挨拶した。



しかし、雪は無反応だった。

次の日も、その次の日も、淳のボケは突っ込まれることなく滑り続けた。



もしかして、ボケとツッコミという役柄を掴みきれていないのかもしれない。

そう思って、淳は「一緒に頑張ろうな」と声をかけた。



あるいは、もしかするとコメディに自信がないのかもしれない。

「雪ちゃんて、面白い子だったんだね」



とそのたしかな才能を褒めることも淳は忘れなかった。

何か事情があってドキドキラブコメな大学生活を避けているのだとしても、

君は優しいから拒めないはずと強気だった。







「疲れた」



真後ろの席で、雪が言った。

二人の身長差が雪のツッコミの妨げになっているのではないかと考えた淳は、

後方席ほど高くなる段差のある教室では、雪の前列の席に着くようにしていた。

この席だったら雪が少し身を乗り出せば、淳の頭を簡単にどつくことができるのだった。



雪と仲の良い友人たちの会話が耳に入ってくる。

「あれ、そんなストラップ持ってたっけ?買ったの?」「かわいいでしょう」



何気ない会話が、淳をひらめかせた。

――モノボケ。



相手が小学生でも伝わるシンプルな芸、モノボケ。

どうしていままで気付かなかったんだろうと淳は唇を噛んだ。

目の前で鮮やかなモノボケを突きつけられれば、雪は反射的にツッコミを入れるにちがいない。



淳は、話しかけてきた雪の友人たちに適当に調子を合わせながら、後列のようすを窺った。



頬杖をついた雪は、目も合わせない。これは雪の持ち物を利用した方が良さそうだ。



雪ちゃん、と淳は振り返って呼んだ。

「悪いんだけど、ペン借りてもいいかな」



雪は表情を少し強張らせたようだったが、「はい」と細いペンを差し出した。



「ありがとう」



淳は微笑んだ。

自室に飾っている鹿の剥製のように、



頭にペンで角を立てて、「鹿」とやってみようか。

でも、鹿の角は二本だから、ペンがもう一本必要だな……。



淡々と進む講義の内容には上の空で、淳はペンを見つめながらあれこれと考えを巡らせた。



やっと考え出したのは、ペンを親指と人差し指で挟み、

「雪ちゃん、指が生えちゃった」と驚いてみせるネタだった。



さっそく淳は新しい指が生えたようにペンを挟み込み、後ろの席を振り返った。






雪は友人たちと戯れあっていた。

淳は声を掛ける間合いを見極めようと指でペンを挟んだまま雪たちに視線を投じていたが、

雪は淳の手元を見ようともしない。

教壇に立っている中年の教授が咳払いした。



淳はあきらめて前を向き、手のひらで口元を覆って考え込んだ。

雪は、ネタを見抜くことができないのだろうか。

いや、と淳は心に浮かんだ疑問をすぐに打ち消す。先日の出来事が思い出された。



自販機で飲み物を選んでいた淳は、突然、袖を引っ張られた。

振り向くと、俯いた雪が熱っぽい声で、風邪薬を買いたいのでお金を貸してほしいと言った。



淳は、財布に入っていた一万円札を全部出した。



有り金を全部出すというボケは淳の十八番だったが、

これがネタだと知ってか知らずか本当に全て受け取ってしまう学生も少なくなかった。



しかし、そのとき雪は一瞬でそれをネタだと見抜き、淳の手を振り払ったのである。








真後ろの席からは、雪と友人たちが囁きあう声が聞こえてくる。

仲良いんだなと思いながら、淳は渾身の新ネタ「指生えちゃった」が空振りしたことに、むっとしていた。



そして、自分が珍しく感情的になっていることに気付いて、少なからず動揺したのであった。





俺、どうしちゃったんだろうって、自分でも不思議だった。



だから、面白かったんだ。



すっかり暗くなった屋外バスケットコートで、素早いドリブルに続けて淳はシュートを放った。

夜空にきれいな弧を描いたボールが、ネットを揺らす。



乾いた音を立ててコートを跳ねるボールを淳は目で追った。









キャンパスで自分を避けるように立ち回る雪の姿が、小さく跳ねるバスケットボールと重なっていた。

逃げるウサギを追うような気分……。



淳はボールを追い、静かに手を伸ばした。

「ゆっくり」



「怖がらせないように……」



両手で、ボールを抱え込む。






ビルの灯りに照らされた無人のコートを淳は眺めていたが、やがて背を向けて立ち去った。





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<青い春(2)〜細かすぎたボケ〜>でした。

絶妙な地の文とコマのリンクがたまらないですね!!

記事を作成しつつずっと笑っていましたww

次回は「又斗内参上」です。

青い春(1)〜ツッコミ〜

2017-12-24 01:00:00 | 淳のドキドキラブコメ
皆様メリークリスマス

素敵な一日を過ごされていますでしょうか?

ご無沙汰してます、Yukkanenです


さてそんなクリスマスに友人のY氏より、「Trapped in me」オマージュとして最高の贈り物をいただきました。

第四部作からなる壮大な物語です。

Y氏の卓越した文章に、コマを付けて記事仕立てにしてあります。

実際の韓国語とは異なる日本語が充ててありますので、そのあたりは寛容にご覧下さい

場面は、裏目氏からの電話を受けて淳が雪のもとへ駆けつけたところ(日本語版296話「青春(1)」)から始まります。

どうぞY氏ワールドをお楽しみ下さい〜〜〜

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運転席から飛び出した勢いが嘘のように、淳は悄然と立ち尽くしていた。

目の前で座り込んでいる雪の足には、新しい小さな傷があった。



自分のせいで雪を危険な目に遭わせてしまったという悔恨の情が押し寄せてきて、

淳は一歩も踏み出すことができないでいた。







ただ握りしめた拳だけが震えている。肩を落とし、消え入りそうな声で呟いた。

「ごめん」



「何度もこんな目に合わせて、本当にごめん」



「俺‥」



「本当に‥」







顔を上げると、雪が手を伸ばしていた。



「立たせてもらえませんか」



はっきりした声だったが、表情には色がなかった。

遠くで響いていたサイレンの音が聞こえなくなり、路地は静けさに包まれた。



ほとんど無意識に淳は手を差し伸べかけたが、



雪は顔を苦しそうにゆがめて俯いた。



行き場を失った淳の手のひらは、二人の間をすり抜けていく冷たい夜風にさらされていた。



わずかな灯りに浮かび上がる二人の影は、一枚の絵のように動きを止めている。






驚いたような雪の声が静寂を破った。

「あれ、先輩……」



「泣いてるんですか?」







その声に、淳はいつの間にか涙が溢れそうになっていたことを知った。

そして、気付いてしまうと、それはもう止めようもなく、

身体の芯から湧き上がるように溢れ出てくるのだった。



雫となって落ちていく涙に、街の灯りが吸い込まれていく。

「俺はただ」



暖かな光を宿した涙で滲んだ淳の視界の中で、雪が目を見開いて立ち上がった。



歩み寄ってくる雪に向かって、淳はずっと胸に秘めていた思いをぶつけた。

俺はただ、ドキドキラブコメな大学生活を過ごしたかっただけなんだ



淳の心に、ソファに横たわる雪の手のひらに触れた時の感覚がよみがえった。



この細い手で、思いっきりツッコミを食らってみたい。



傘で、力いっぱい叩かれてみたい。



そんな激情が淳の胸の内で燃え上がったのだった。



その場に佇んだまま、淳は力なく首を横に振った。

あの時は、わからなかった。



君に突っ込まれたい。そんな単純な理由すら。













――春だった。




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<青い春〜ツッコミ〜>でした。

次回、「細かすぎたボケ」です。