Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

繋がり

2015-08-19 01:00:00 | 雪3年3部(張子の虎~繋がり)


雪は夢の中で、昨年の記憶を辿っていた。ちょうど一年前、学祭準備の頃のことだ。

昨夜部屋の片付けをしていて見つけた箱の中に、その思い出が押し込めてあったから。





箱を開けると、あの頃の記憶が苦い気持ちと共に溢れ出た。

主にその原因になっていたのは、青田先輩との関係性‥。

すれ違った私達の接点を、あの時私は知らなかった。

でもたとえ知っていたとしても、何かが変わっていただろうかー‥?













男は暗闇の中で、雪が普段座っている椅子に腰掛けている。

眠る彼女の手の上に、その大きな手でそっと触れながら。



ううん、と小さく雪は身体を動かした。

男はただ静かに、その傍らに座っている。






ふと薄く、雪の瞼が開いた。

暗がりの中に、黒い服を着た人の体が見える。



ゆっくりと視線を動かして行くと、そこに座っている人の正体が徐々に明らかになって行く。

青田淳だ。

相変わらず長い前髪で、その表情は窺えないけれど。



ぱち、と今度は大きく瞼が開いた。

なぜこんなところに、先輩が座っているんだろう‥?







雪は改めて、彼が座っているように見えた場所をじっと見つめてみた。

しかしそこはいつも通りの、少し片付いた自分の部屋だ。



寝ぼけ眼で、おもむろに上半身を起こした。どこかに彼の気配を感じたような気がして。

けれどやはりそこには誰も居ない。

「あ‥」



雪は深く息を吐いた。とても妙な‥変な気分だ。

夢‥



なぜだろう、手がほのかに温かい気がするのは。

この指の先に、彼の手が繋がれていたような気がするのは‥。








翌朝。

雪の母親は一つの紙袋を娘に渡した。

「雪、コレお父さんがアンタにって。体力のつく漢方ですってよ」



雪は思わず目を丸くした。

「へっ?」「アンタがヒョロヒョロだからって」



紙袋を手に取り、信じられない思いでそれを見つめる。

「お父さんが‥?」

「俺のは?ねー俺のは~?」「アンタはアメリカ帰ってから飲みな」「うわああ!」



騒ぐ蓮、それをたしなめる母。赤山家は今日も賑やかだった。

雪は父親のその無骨な愛情を受け取り、思わず口元が緩む。




温かな気持ちで部屋に戻ると、

雪はそれが仕舞ってある引き出しを開ける。



白い封筒。

それを手に取ると、自然と笑みが零れた。

これを父親から貰った当時のように、心がくすぐったく震える。



家出した日‥ヤケになって全部使ってやるって大口叩いたけど‥。

結局使えなかった。




心の中がグジャグジャで、逃げるように家を出たあの日。

あの日よっぽど、大事に仕舞って来たこのお金を使ってしまおうかと思っていた。



聡美の家に逃げるように転がり込み、雪は、早速鞄から封筒を出そうとした。

こんな何の意味も無いもの、もう手放してしまおうと‥。



けれど結局、雪は封筒を再び鞄に仕舞った。

そして今も尚、それは引き出しの中に大事に置いてある。





あの日父親から貰ったお小遣いは、雪にとって、お金の価値を超えた意味を持っていた。

これを手元に置いておくことで、ずっとこの気持ちは繋がって行く‥。



心の中は、今は凪いだ海のように静かだ。

綺麗に片付いた部屋を見渡しながら、雪は自分を省みる。

私はまだ、両親のささいな行動一つ一つに影響を受けている。

時には泣いたり、笑ったりもして




そして思い出すのは、ちょうど一年前の記憶だ。

心の中は常にさざ波で揺らぎ、部屋までもが散らかっていた。

あの時もそうだった。

影響を受け止めきれずに、感情がガチガチに閉じ込められて‥




そして再び雪は回想した。

目の前に、雑然とした部屋が広がる‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<繋がり>でした。

過去回想が続く中、ポンと差し込まれた現在の場面。

暗闇の中に座る先輩のシーンは、あの場面を彷彿とさせますね。



血だらけ雪ちゃんのすすり泣きホラーシーン‥。

両方夢オチですが‥


そしてお父さんが雪に漢方を買って来てくれた、と!良かったね雪ちゃん‥。

雪が感情をぶち撒けたあの日から、赤山家も随分変わりました。

やっぱり気持ちって、口に出さないと伝わらないんですよねぇ‥。


次回は再び過去に飛びます。

まだ雪ちゃんが気持ちを押し込めて、何も伝わって無かった頃ですね‥。


<雪と淳>過信 です。


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箱の中の記憶

2015-07-29 01:00:00 | 雪3年3部(張子の虎~繋がり)
「雪っ!体調悪くないんなら、ちょっとは部屋片付けなさい!

あんたってばいい年して何なのこの部屋は?!ゴミ屋敷みたいじゃないの!

彼氏はあんたの部屋がこんなんだって知ってんの?!

恵ちゃんのお部屋は綺麗で花の香りが‥うんぬんかんぬん‥




家に帰った雪を待っていたのは、まるで荒天のような母からのお説教だった。

「もう大学三年にもなるのに全然変わんないじゃないの!無駄に年ばっか食って!」



ザッパンザッパンと荒ぶる波。帰宅して早々これでは堪らない。

雪はなんとか母を宥めようと、嵐の中に突っ込んで行く。

「分かったって!片付ける!片付けるから!」 「この前も人を呼んだ時片付けたのにー‥」

「もう!私にはこれが使い勝手が良いんだってば‥!」



雪はそう言って母を部屋から追い出し、ようやく嵐を遠ざけた。

しかしそう言い切ってしまった分、散らかった部屋を片付けなければいけなくなった‥。

「こんなことしてる間にレポート一つ書けるっつーの‥」



雪はブツブツ文句を言いつつ、顔を上げて改めて自分の部屋を眺めてみた。

「‥確かになんやかんや積み重なってるけどね‥」



全く部屋を片付ける必要はなくもない‥。

すると、積み重なったそれらを眺める雪の目に、あるものが留まった。

「ん?」



「これなんだっけ?」



本の下にある、青色のボックス。

雪はそれを手に取り、蓋を開けてみた。

「自分の部屋なのに知らない物が‥」



パカっと開けてみると、そこには画用紙やマーカーなど、

どこか見覚えのあるものが沢山入っている。



雪はそれが何なのかようやく思い出した。

あー‥去年の学祭の時に使った‥ガラクタ‥



カラフルな画用紙を手に取って、日常では全く使うことのないそれを眺めてみる。

私が処理しとくよって言って持ち帰って、ここに置いといたんだっけ‥。

これも”お人好しバカ”の一環だな‥




思い出した。学祭の後、皆が引き取りたがらなかったそれらを、去年雪は持ち帰ったのだ。

本当は持ち帰りたくなんてなかったけど、”お人好しバカ”の仮面を外すことが出来なくて。



箱の中に残った記憶は、去年の出来事を蘇らせる。

そうだ、また思い出した。



去年の学祭の時が、”お人好しバカ”の絶頂期だったな‥



特にあの時の先輩には‥



二人きりの教室で覚えたあの痛みも、味わった気まずさも、全て覚えていた。

雪は箱の中身を見つめながら、あの時のことを思い出す‥。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<箱の中の記憶>でした。

短めの記事で失礼しました。

雪ちゃんの部屋は散らかっているのですね~。わ、私も他人ごととは思えない‥(^^;)


さて次回は雪ちゃんの回想です。

時系列は去年の秋。学祭準備の為の話し合いだそうですよ。

カテゴリは<雪2年(学祭準備)>に入ります。(新カテゴリ追加しました!)


<雪と淳>開いた距離 です。

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2015-07-28 01:00:00 | 雪3年3部(張子の虎~繋がり)
真っ赤なマニキュアを塗った指が持っているのは、

<電算税務会計>と書かれた大きな封筒だった。



中に入っているのはパンフレットか、テキストだろうか。

キャップを目深に被った彼女は、ブツブツと何かを口にしながら夜道を歩く。



河村静香は険しい顔をしながら、ギリッと歯を食い縛った。

忌々しい事ばかりが起こる今の現状に、彼女は苛立っているのだった。



クソッ、と言い捨てながら、静香は一人思う。

とにかく会長からもらった最後のチャンスなんだから‥勉強しなくちゃ



今回はマジでやらなきゃ本当にオシマイな感じだった‥



先日、青田会長と対面した時のことが脳裏に浮かんだ。

いつもは静香に甘い会長だが、この間はいつになく厳しい態度だった‥。

会長があたしにあんな態度取るなんて‥!ありえない!

どうせ淳のヤツがコソコソ裏工作したに違いないんだ!




なにもかもが上手くいかない‥。そんな現状を感じ、胸の中が憤りに燃える。

クソッ‥男共はほとんど離れていったし、成果も無し‥。

ありえなくない?こんな美人を前にして!




今まではちょっと微笑んだだけで、男達は静香の虜になった。

けれど先日訪れた資産家のJr達が集まるパーティーでは、考えられないくらいの冷遇を受けた‥。

「いくら美人でも頭空っぽじゃね‥。俺らももういい年だし」





未だ現実は受け入れられないが、とにかく今は現状を乗り切る方法を考えることが先決だ。

とにかく‥当面は大人しくしてるべきね‥



いいわ‥あのショボイ会社にだって行ってやるわよ。

そこで淳の弱点をきっと掴んでやるから。覚悟しとけ‥!

会社でだって隠しきれるわけない、あの狐野郎の本性‥




完璧に見える外面とは裏腹に、ひどく内面の歪んだ淳の本性。

静香は誰よりもそれを知っていた。

見くびられたままじゃいられない



”勘違いするな”と、目の前でピシャリと言われたあの屈辱。

静香は封筒を持った手をぐっと握り締めた。

もう一度取り戻してやる‥全部あたしの思い通りに‥



グシャリと歪む封筒。

静香は心を燃やしながら、夜を睨んで家路を辿る。

「雪ねぇ~!」



不意に後方で、明るく高い声がした。どこか聞き覚えのある声。

静香はチラと振り返った。

「あ!恵~!」



その声に応える声もまた、聞き覚えがあった。

視線の先に、美術の授業で一緒だった美大生と、赤山雪の姿がある。

「蓮に会いに来たの?」「うん!」



二人は親しげに会話をしていた。

「一緒に行こ」と恵が言い、それに雪が笑顔で応える。



この暗い路地と違い、二人の居る道は明かりが灯って明るかった。

彼女達は静香に気づくことなく、その明るい道を笑顔で歩いて行く。



静香はキャップを目深にかぶり直すと、早足で家路を辿って行った。

先行きの見えない暗く細い道。

どす黒く醜い感情が、胸の中を支配して行く‥。








一方何も知らない雪と恵は、楽しそうに会話を交わしていた。

雪が恵にこんなことを質問する。

「ねぇ恵、私最近ちょっと変わったと思わない?」「えー?目の下クマがあるとか‥?最近疲れてるんでしょ?

「いや、ちょっと大人っぽくなった‥的な?」「??」 「やっぱいいや‥」




そして二人の会話は、自然と蓮の話になった。

「蓮とはずっと話をしてるけど、まだハッキリとは道を決められてない感じ」



姉には話さない弟の心情を、恵はそう話した。

それを聞いた雪は、恵にこう返す。

「てか恵が言えば、蓮はすぐにアメリカ戻ると思うんだけど」



恵は考え込みながら、素直に自分の気持ちを雪に打ち明けた。

「うん‥けど自分で決めてほしいから。敢えてあたしからその話を出したくないんだ。

あたしがいなくても、自分の将来の為に戻るって言うのを待ってるから‥」


 

雪はそんな恵の本心を聞いて、心がじわりと温かくなる。

「どう考えても蓮にはもったいないよー!恵~~!」



思わずギュッと恵に抱きつく雪。

子供っぽい仕草をする年上の雪と、笑顔でそれを受け取る大人っぽい恵‥。

「もー!大人っぽいのはどっちよー?」「きゃはは!」



そして二人は、何度もじゃれ合いながら家路を辿った。

彼女達の笑い声が、夜空に響いて消えて行く‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<先>でした。

前半のダークな静香と、後半のほっこり雪&恵と‥。

今回どう考えてもピッタリな題名がなく、漠然としたタイトルになっちゃいました(^^;)


次回は<箱の中の記憶>です。

短い記事になりそうですので、明日更新に致します!

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変わらない彼

2015-07-26 01:00:00 | 雪3年3部(張子の虎~繋がり)
雪との電話を切ってから、淳は再びデスクに戻った。

PCのキーボードを叩きながら、思考は仕事以外のことに飛ぶ。



先程掛かって来た父からの電話。

静香が以前のことをすごく反省して、会計の勉強を再び始めると言っていた。

相当こたえているようだから、私は最後にもう一度だけあの子を信じてやりたい




紆余曲折はあったが、静香はようやく真っ当な道を選択したようだ。

そして弟の方も、淳の思惑通りにことは進んでいる。

おい亮のヤツ、大人しく金返すって言って来たぜ?



亮が地方で働いていた時の雇用主、吉川社長。

電話の向こうの濁声は、至極満足そうにその事実を口にしていた。

そしてついさっき掛かって来た雪からの電話で、それはより良い方向へと向かっていることを知る。

先輩、河村氏がうちの店を辞めるそうです。

先輩今笑ってるでしょ?電話越しでも分かるよ




正解だ。嬉しくて堪らない。

淳は自分の思惑通りに進む物事を思い、満足そうに口角を緩める。



すると後方から声が掛かった。

「何か良いことあったの?」



振り返ると、淳の上司が笑顔を浮かべて立っている。

「あ、ちょっと連絡確認を‥」

「おお、やっぱり君は女の子から人気があるんだなぁ!ははは」



笑顔と笑い声の中に含まれる嫌味や皮肉。

淳はそれを敏感に感じ取り、虚飾の笑顔で相対する。



上司も同じように笑顔を貼り付けたまま、PCの画面を覗き込んで聞いた。

「報告書出した?」

「いえ、でももう提出するところです」



淳はPC上に報告書を表示し、提出先へとそれを送る。

「すぐ上に送ります」「そのことなんだけどさぁ、」



しかしそこで、待ったが掛かった。

上司は笑顔を飾ったまま、和やかを装った口調でこう話す。

「報告書ね、今後は僕が一度目を通してからアップした方がいいと思うんだ。

だからとりあえず僕に見せてくれる?」


「この前も‥」「うん、だから僕がやるって」



上司は新入社員である淳を軽視したような態度で、こう語った。

「入社したばかりでまだよく分かんないみたいだから、

一旦僕を通すのが君にとっても良いと思うんだよね。まだ不慣れな点も多いし、問題起こされちゃね。

その前に僕が見るからさ」




そして上司は淳の肩に手を置いた。

”服従せよ”、そこにはそんなメッセージが込められる。

「言ってること分かるよね?」

「はい、分かりました」



素直にそれに従う淳。

上司は満足そうな顔をして去って行った。

「じゃ、送っといて」






上司の背中を見送っていると、携帯電話が震えた。

開くと、メールが一通届いている。

最近会社はどうですか?変わりないです?

前話してた上司さんはずっと嫌な感じですか?

私なんて、いっつも忘れた頃に柳瀬健太が現れて‥




淳はそのメールにこう返信した。

うん。別に問題ないよ。上手くやってる



上司が報告書を自分の方に持ってこいと言うであろうということは、想定内の出来事だった。

ああいったタイプの人間の扱い方を、淳はとうの昔から心得ているのである。

淳は携帯をデスクの上に置くと、くるりと椅子を回した。

 

全てが自分の思惑通り。

昔からずっと、そしてこれからも。



淳は誰にも見られていないことを知った上で、口角を緩めた。

自分はずっと正しくて、きっとそれは変わらない事実‥。






そしてその頃雪は、地下鉄に揺られながらこう考えていた。

変わる、か‥。



雪は自分自身も変わったし、先輩もまた変わったと思っていた。

それは勿論良い方向に。



空には満月が浮かんでいた。

雪は微笑みながら、もう一度彼にメールを打つ。


この一年で私達、相当変わったと思いません?勿論良い意味で。

やっぱりヒトは成長する生き物なのデスww




そのメールを受け取った淳は、きょとんとした顔をしていた。

”変わる”というキーワードが、淳の心に引っ掛かる。



しかしそこに考えを巡らす前に、後方で大きな声がした。

「早く私のデスクに来い!」



課長はデスクをバンッと叩き、ミスをした部下を大声で呼んだ。

「どうして関数適用範囲が全部メチャクチャなんだ?!

リストを作成するとは思わなかったのか?!」




その怒号はオフィス全体に響き渡り、そこに居た全員の視線が課長に注がれた。

課長はミスをした部下に向かって、早く来いと手招きをする。



そんな中、課長は気がついた。

咎めを含んだ淳の視線が自分に注がれていることに。

  

課長は苦々しい表情で淳から目を逸らした。

やがて淳も彼から目を逸らすと、課長の元に向かう人物の方をチラと見る。



項垂れながらげんなりしているのは、淳の上司だった。

頭を抱えるその姿は、やはり想定の範囲内‥。



全てが自分の思惑通りに進んで行く。

これまでも、きっと、これからも。





先輩がやったんですか?



チクリ、と胸を刺す。

不意に鼓膜の裏に響いた雪の声に、

キーボードを叩いていた指が思わず止まる。



脳裏に浮かんで来る、彼女の眼差し。

まるで理解出来ないものを見るかのような、何か怖いものから身を引くかのようなー‥。








”私達は変わった”と、雪は言った。

けれど淳は思う。自分は何も変わっていないと。

今回だっていつも通り、上司が呼び出されるのを見越していた。

昔、雪が様々な人間に振り回されているのを見ていた時と、同じように。



そして、”人は変わっていくもの”だとしたら、

これからの未来が変わる可能性もあるということだ。

今自分に向けられている彼女の笑顔が、無くなってしまう可能性だって‥。



苦い気持ちが胸に広がり、淳の思考は過去を辿り出す。

欺瞞‥



浮かんで来たのは、欺瞞というその言葉だった。

信じていた者に裏切られたあの時、淳は怒りで震えていた。



その淳の姿を見て、目の前で息を飲む亮。

二人の間にある空気が緊迫する。



そして淳は震える声で、亮に向かってこう言った。

「お前、”欺瞞”って言葉、知ってるか?」








苦く重い感情。

出来るなら消したい過去の記憶。

淳はデスクの上に置いた手に視線を落とした。そこには亮と殴り合ったアザが、まだ残っている。



自分の元から去って行く雪の背中が、再び浮かぶ。

あの時感じたあの感情が、淳の胸をきつく締め付ける。




正直に話したら、また怒るだろう?



ふと、脳裏に浮かぶ場面があった。

あれはちょうど一年前の、秋も深まった季節のこと。

笑いかけなきゃ、



笑ってくれない‥



彼女を無視していた去年。

いつしか彼女も自分を、無視するようになった。

互いへの態度が反映し合う、まるで鏡のようだった、あの頃の二人‥。




”私達は変わった”と、雪は言った。

けどしかし自分は、変わらないで居たからこそ、この現状があるのではないのかー‥。



”人は簡単には変わらない”と、誰かの声がする。

淳はその声を聞きながら、昔の記憶を辿っているー‥。










デスクの上に置いた、右手に視線を落とした。

この手が彼女の指先を掴んだ時から、運命が回り始めた‥。



ふと顔を上げると、課長から残業を言い渡されたのか、項垂れる淳の上司が目に入った。

頭を抱え、肩を落としてトボトボと歩いて行く。



淳は上司に声を掛けることなく、帰りの支度を始めた。

上司が今のような状態になるのは自業自得。自分はそれを俯瞰していたに過ぎない。



自分が撒いた種に足を取られる人物を、もう何度目にしただろう。

淳は溜息を吐きながら、誰にも聞こえない位の小さな声で一人呟く。

「さぁ、どうかな‥」



「君も俺も、変わってないだろう」



”私達は変わった”と、雪は言った。

けれど淳は知っているのだ。

昔の罪悪感に今もずっと縛られている、彼女自身を‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<変わらない彼>でした。

この回はなんだか、考えれば考える程こんがらがるんですが‥。

とにかく淳は”変わる”ことをどこか恐れているのかな、と思いました。

自分は変わらないことを自覚し、そんな自分を晒せば雪が去って行ってしまう(今の関係が変わる)と思い、変われずにいる。

そんな感じでしょうか。

さて最後の方で淳が回想していたのは、一年前の学祭の準備で教室に集まった時の記憶ですね。

また詳しい回想は先の話で雪ちゃんがしますので、それまで詳細はお待ち下さいね~^^


*2015.8.1

先週更新分の本家のコマを追加致しました。先の話を読まないと内容がピンとこないところもありますが、

時系列でまとめることを優先させました。ご了承下さいませ。


次回は<先>です。

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変わる彼女

2015-07-24 01:00:00 | 雪3年3部(張子の虎~繋がり)
ガタンゴトンと地下鉄が揺れる。

今は大学からの帰宅途中。



真っ暗な外のせいで、ガラス窓には自分の顔がしっかりと映り込んでいて、

雪は地下鉄の揺れに身体をまかせながら、ぼんやりと自分の顔を眺めていた。



脳裏に、先程柳瀬健太から言われた言葉が蘇る。

「赤山、お前ものすごい変わったぞ。分かってっか?」



野生の勘を持つ健太からの指摘。

いつもなら健太の言葉になど耳を貸さない雪だが、今回ばかりは引っかかった。

何だろ‥。確かに私って他人に振り回されがちだけど、別に良い子ぶってたつもりなんて‥

そんなことないって思ってたけど‥




ガラスに映った自分の顔は、地下鉄の振動のせいでゆらゆらと揺れていた。

今まで自分と思っていた自身の輪郭が、どこか曖昧にぼやけて行く。

脳裏に浮かぶのは、去年の平井和美との場面場面だ。

「本当自分のものにしようと必死ね。さぞご満悦で?」「なんじゃごりゃあ!」

「青田先輩のこと気になってるなら分からないはずがないわ!特にアンタならね!」

「だから興味ないって何回言わせれば‥」 「逃げるよ!」



内心面倒でしょうがなかった平井和美に、一体何度手を差し伸べたことだろう。

誰も頼んでいなかったし、自分も望んだわけではなかったのに‥。

知らず知らずの内に被っていた”良い子”の仮面が、雪を”こうであるべき”方向に動かしていた。

「ほら、持ってけドロボー!」 「元気出せよ!」



横山翔との因縁の関係の始まりだってそうだった。

哀れに見えた横山にお節介を焼いたお陰で、あんなにも大変な目に合うことになったのだ。



変な正義感を纏って、その場その場を取り繕って生きていたあの頃の自分。

そして結局、そのツケは自分に回ってくることになる。

「グループ5は全員Dです」



あれはその影響を受けた最たる出来事だった。

気まずい場を避けたかったが為に、一人で奮闘したが、結局最悪な結果が待っていた。

あれが去年、そして今年のはじめにかけての自分。

先輩と付き合う前、河村氏と深く関わり合う前の私‥。



しかし他人に振り回され、影響を受けてばかりだった雪も、次第に変わっていくことになる。

あれは今年の夏の終わり、英語塾での出来事。

「A大がB大がって大学の名前を出して人を判断する前に、

まずは自分の言動を慎重に省みたらいかがです?」




自分の頭で考え、一番相手が堪える状況で意見を言ってやった。

勿論、自分一人の力で解決出来たわけではない。

男から殴られそうになった時、河村氏が庇ってくれた。男と対決する前夜、先輩からアドバイスも貰った。



そしてつい最近では、蓄積した気持ちを公衆の面前でぶつけ合った。

清水香織との一件。



今までならば我慢しただろう。気持ちを飲み込んだだろう。

けれど自身を奪われたくはないと、気が付くと何もかも忘れて掴みかかっていた。

柳瀬健太の一件についても同様だ。

「先輩の個人的な事情に、何故私達全員が巻き添えを食らわされなければいけないんですか?

それに、そういった事情を抱えているのは先輩だけだと思います?」

「それは先輩の事情です」




数ヶ月前言えなかった言葉も、躊躇いなく口に出来た。

自身を揺らし続けるさざ波に、固い意志を持って相対した‥。


雪はガラスに映る自分自身を見つめながらこう思う。

私も確かに変わった。あの時から‥



復学し、初めて先輩を目にした時から、その変化は始まっていたのだろう。

来るべき時が来るまで、まるで分からなかったけれど。

時間が経つにつれて、単に先輩との関係性が変わっただけじゃなくて、私自身もすごく‥



頭の中に、出会った頃と今現在の二人の姿が浮かぶ。

考えてみたら、先輩も河村氏もすごく変わった



嫌悪は好意に、疑心は信頼に、彼らに対する雪の感情は変化して行った。

おそらく、先輩と河村氏が自分に対して抱く感情も。

雪は一人頷きながら納得する。

やっぱりヒトは変わっていくものなんだ‥



無意識の中、手の平を見つめる。

うん、もう周りに振り回されない、囚われもしない‥

 

手の平の中にある無数の相。

それらは交差し、絡み合い、雪を導いて行く。

どうして手の平を見ているんだっけと、当の本人は疑問符を浮かべていたけれど。



雪は腕を組むと、自分に言い聞かせるようにこう思う。

とにかく‥結論としては、自分がしっかりしてればそれで良いんだ。

私にも重要な時期が近付いて来てる‥




重要なのは自分自身だよ、雪



変わっていくことを、受け入れること。

ありのままの自分になることを、恐れないこと。

ガラスに映るもう一人の自分は、雪の方を見て頷いている‥。





するとポケットの中の携帯が震え、見てみると先輩からの着信だった。

雪の表情がパッと華やぐ。

「!」



「あ、先輩!電話くれるなんて!

夜ご飯の時間ですか?私は今帰りの地下鉄です!」




「ですよね!最近日が落ちるのが早くって‥」



そして雪は、暫し先輩と会話を楽しんだ。

ガラス窓に映る自分が、嬉しそうに笑っている‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<変わる彼女>でした。

昔は良くも悪くも”良い子ちゃん”だった雪が、先輩や亮の影響を受けて、

自分の言いたいことをちゃんと口に出来るように変わっていった‥。

そんな軌跡が垣間見れた回だったですね。


そして最後、地下鉄内で電話する雪ちゃんですが、韓国では日本ほど、電車内での通話は気にされないようです。。



さて次回は、今回と対になります。

<変わらない彼>です。

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