Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

<雪と淳>歯車の連鎖

2013-06-17 01:00:00 | 雪2年(球技大会~ホームレス事件前まで)
雪は困惑していた。



たった今、健太先輩から事の顛末を全て聞いたところだった。



横山が青田先輩に謝りに来た時に、

平井和美によって雪が横山に気があると勘違いすることになったというその顛末を。

「まさか本当に休みの間に事件が起こるなんてなぁ〜。

ま、何にしても火を点けさせたのは平井だし、青田はただ相槌打ってやっただけだからな?」




だから大目に見て許してやってくれよと健太先輩は言う。

どうせあいつのことだから、電話で何回か言い寄るくらいしか出来なかったんじゃないかと笑いながら。



雪は開いた口が塞がらない。

すると、青田先輩が口を開いた。

「けど俺が同調したのは事実なんで‥」



雪ちゃん、と先輩が言った。

その眼差しに、雪はビクリと震える。

「ごめんな」



「そんなつもりじゃなかったのに」



あの時は気も滅入っていたし、話題にも興味が無くて、適当に受け答えただけだと。

「でももしもっと酷いことされたなら言ってな。出来る限り償いは‥」



彼がそこまで言った所で、雪は話を遮った。

「償いなんて‥そんなもの要りません。

要するに‥みんなが冗談半分で言った言葉を、横山が本気にしちゃったってことですよね」




唇をギリリと噛む。

これでは青田先輩を責めることも、自分の受けた傷を癒すことも、何一つ実現しないと悟ったからだ。

「失礼します。変なことを言ってすみませんでした」



雪がそう言って駆け出すと、青田先輩がその後姿にもう一度謝罪する。

雪はもういいですとそれを突っぱね、駆け出した。

健太先輩が、赤山も案外根に持つタイプだなと言うのが、去り際に聞こえた。









すでに季節は秋へと移ろい、構内の木々も徐々に紅葉し始めていた。

雪の心の傷だけがあの夏の日に置いてけぼりになっている。

クールなフリして、何もなかったかのように振る舞えるほど器用ではなかった。

心が狭いとか、いつまでも根に持つとか、そんな問題じゃなくて、

ただただ不愉快なのだ。



自分が腹黒いという意識はないけど、しつこいだの粘着質だの言われたって、

自らの心をそのまま見殺しにするわけにはいかなかった。

青田先輩にしろ和美にしろ、

横山にああ言ったらアイツがああいった行動に出ることくらい予想出来るじゃないか。

健太先輩の言っていた状況を実際に見たわけではないし‥




だからといってこれ以上自分に何が出来るだろう。

せいぜい和美を問い詰めることくらいしか出来ないだろう。

どうせうまい具合に言い逃れて終わるだろうけど





こうやって、不完全燃焼のまま終わっていくんだ。



雪は前方の席に座る、彼の後ろ姿を睨んだ。



青田淳。

彼に関わるといつもこうだ。

これといった証拠があるわけでも、直接的な被害を浴びせられるわけでもないのに、

いつも溶けないわだかまりと、燃え尽きられない不快感がこの身を燻らせる。

本心はどうであれ‥あの人はどこか陰気臭い










まるでスローモーションのように、その男はゆっくりと振り返った。





雪の脳裏に、自主ゼミの時のあの視線が蘇る。




後頭部に目でもついてるのか?

どうしてこんな時ばっか見られるんだろう‥




雪は愛想笑いをしながら軽い会釈をした。

すると、



ふっと、彼はその口元に笑みを浮かべた。

パッと弾けるように、雪は目を逸らす。

なんなの‥なんで笑うの?超怖いんですけど‥



色々な考えがグルグル回る頭を抱えて、雪は困惑した。

しかしこうやって困惑してる自分自身が、何よりも嫌だった。

もう何も考えたくない。何も知らなかった頃に戻りたい。

あの人に関わってからというもの、良いことが一つもない。





ただ静かに過ごしたかった。何にも巻き込まれず、ただ平穏な暮らしがしたかった。


しかしふと視線を上げた先に、こちらを見つめるもう一つの視線があった。





まるで歯車のように、一つが回り出すともう一つも自動的に回り出す。

祈るだけではもうとても、止めることは出来なかった。



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淳は背中に突き刺さるような視線を感じていた。



ゆっくりと振り返り、前彼女にされたように、今度は彼が嘲笑を浮かべた。


彼女は弾けるように視線を逸らせる。




淳はその態度に嫌悪感が沸き上がってくるのを感じた。

結局その程度か‥



気に障る





淳は彼女の記憶を、ポツリポツリ反芻した。



球技大会で横山が自分を罵倒した時、



密かに痛快がったこと。



その後横山に声を掛け、



肩を叩き笑っていたその横顔。


先ほど真正面から自分に対して、責め立てるように向かって来たこと。




気に障る。





意図して回した歯車が、カラカラとノイズを立てていることが障る。

淳もまた静かに過ごしたいと、そう望んでいたのではなかったか。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>歯車の連鎖、でした。

球技大会後、雪が横山を慰めたのを見て淳は、雪が「横山GOODJOB!」と言ったと思っちゃったんですね‥。

まぁ雪の本心からすればあながち間違いではないですが、そんなこと一言も言ってないのにね。

さて次回は大きな事件の前触れとなる小事件の始まりです。





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<淳>その回想

2013-06-16 01:00:00 | 雪2年(球技大会~ホームレス事件前まで)



淳の目の前に、あの後輩が立っている。




夏休みが明けて今日から新学期、

健太先輩と歩いているところに、赤山雪は威勢の良い挨拶をしてきた。



強い眼差しで、唇を真一文字に結び、笑顔は顔に張り付いているようだった。

やがて赤山は言う。

意を込めて、おそらく準備してきたであろう台詞を、ハッキリと。

「先輩が、私が横山に気があるって言ったってあいつから聞いたんですけど、本当ですか?」








淳の脳裏に、様々な記憶が浮かび上がってきた。


それは夏休みに入る前、横山の記憶から始めることにする。



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「先輩、先輩、せんぱ~~い!」



あの球技大会以降、何かと横山がヘラヘラと笑いながら挨拶してくるようになった。

もう球技大会でのことは気にしていないと何度も言っているが、

酒でも一杯奢らせてくれ、でないと自分の気が済まないと横山は譲らなかった。

「せっかく許してもらったことですし、仲良くして下さいよ~」



そう言って頭を掻く横山は、周りをチラチラ見て、周りから白い目で見られたくないという一心だった。


その日も、授業が終わって皆と連れ立って歩いていると、



横山はまた姿を現し、あの時はスミマセンでしたと謝ってきた。

淳はうんざりし、「許すよ。無かったことにしてやるから」と言って溜息を吐く。



それじゃあ、と言って淳が背を向けようとすると、横山は不満気な表情で言葉を返してきた。

「オレの気持ちも分かって下さいよ!ちょっとミスったからってこんなに肩身が狭くなるなんて悔しすぎますよ。

オレのこと心配してくれる人もいないし、自分で自分のこと守るしかどうしようもないじゃないですか」





淳は、先ほど窓の外で見たものを思い出した。






淳の心に、チラと炎が刺す。


「‥さっき、雪ちゃんがお前のこと心配して気遣ってやってたの見たけど、あまり人に迷惑かけるなよな」



わざと”雪ちゃん”と彼女の名を呼ぶと、計算通り平井和美は反応し、顔をしかめた。

横山はそれには気づかず、やっぱり先輩も赤山が自分を気遣ってくれてるように見えましたかと、

嬉しそうに言った。

「オレに話しかけるなんて勇気が要るだろうに‥もしかして‥」



意味あり気に笑う横山に対し、淳は「ただ優しいだけだろう」と言ったのだが、

平井和美の声でそれは遮られた。

「気があるんじゃない?だから見てみぬフリ出来なかったのよ!」



二人ともとってもお似合いだわと言う平井の言葉に、横山はだんだんと気分を良くしていった。




淳は心底どうでもよかった。

隣で飲み会にしつこく誘ってくる健太先輩にも嫌気が差していた。

「先輩はどう思いますか?!」という横山の嬉々とした質問も、

もうどうでもよかったのだ。

「そうだな、お似合いかもな。それじゃあな」



適当にそう言って、その場を後にした。

横山が一人、その場でニヤニヤ笑いながら何か考えこんでいた。





夏休みに入る直前に催された、飲み会の記憶もある。

横山は平井と言い争ったり、他の先輩に絡んだりと常々騒がしかった。



赤山との恋愛相談のアドバイスをしてほしいと皆に言って周る横山を避けようと、

席を立ったところを呼び止められた。



「青田先輩、ひょっとしてまだオレにムカついてます?

わざと避けてるんじゃないっすか?オレがメール送っても無視して‥」




淳は横山を自分の元に呼んだ。新しい携帯番号を教えるからと。

横山は喜んで携帯電話を差し出した。



淳はにこやかに横山に声を掛けた。

「本当にこれ以上謝罪はしなくても大丈夫だよ。もう休みに入るけど、楽しんでな。

挨拶とか相談事とかあればいつでもメール送ってくれていいから」




横山は喜んで返事をした。




夏休みに入ると、横山は事あるごとにメールを送ってきた。

社交辞令で言った言葉の意味も読まず、不躾にそして鈍感に送られてくる恋愛相談のメール。

淳は辟易していた。

”そうかな?雪ちゃんは翔のこと好きみたいだけど”



こうメールを送ってから、淳は本心が顔に現れていた。

煩わしい時に彼が見せる、その表情が。

「‥‥‥‥」



幼馴染みの河村静香は、そんな彼の変化を読み取って声を掛けた。

「なーに? 誰? 女?」



「どんな子?」と続けて聞く静香に、淳はポツリと答えた。

「‥ウザい奴」



”奴”と言った淳の言葉で、静香はそのメール先が男なのだと分かった。

淳ちゃんを煩わせているのはどんな奴かと言って、メールの履歴を見始める。



あらかたの流れを読んだ静香は、メールの送信者(横山翔のことだ)がイタイ奴だと言って嘆いた。

ターゲットになっている女の子が可哀想だと言って。

すると淳は静香に向かって、「同じだよ」とまたポツリと言った。

「同じだよ。そのメール送って来てる奴も、その相手の女も‥」



淳は雑誌に目を通しながら、幼馴染みに本心を語った。そんな彼の裏の顔を見た静香は、面白そうにニヤリと笑う。

「ふーん‥そーなんだ。まーた淳ちゃんの気に障る奴が出てきたんだ?」



そう言って静香はメールフォルダを開いて新規メールを作成し始めた。

あたしが代わりに片をつけてあげる、と言って。

そんな静香の行動に「何言ってんだよ」と顔を顰めていた淳だが、静香はお構いなしにメールを書いていく。

「”それじゃあ、家にプレゼントを‥”淳ちゃんぽい口調で‥と」



今にも送信しそうな静香に、淳は止めさせようと口を開いた。

しかし思うところがあり、そのまま口を噤む。



もうこのまま静香に、この件は丸投げでも良いかもしれない。

煩わしいやり取りが終わると思えばいいじゃないか。この先に何があっても、自分には関係ないことだ。

「‥好きにしろよ」



そう言ってそれきりメールを見ることもなく、雑誌に目を通し続けた。

そのメールが引き起こす災難など知りもしないという様に、

カフェには静香の小狡い笑い声と、淳が紙を捲るパラパラという音だけが響いていた。









<正直に告白するのが、やっぱり一番良いんじゃないかな>

<告白が難しいなら、ぬいぐるみやアクセサリーを送ってみたら?>

<そうか、夏休みだと会うこと自体大変だろうね。同じ塾に通って、一緒に勉強してみたら良いんじゃない>




一見恋愛相談に対する、ごく平凡なメール。

しかしこれは数々の思惑を孕んだ、厄を呼ぶ不吉な標。






夏休みが終わる頃、

横山から淳のせいで赤山と上手くいかなかったと怒りの着信があった。

言う通りにしていたのに、赤山は横山をストーカー呼ばわりし、レコーダーをも取り出して、告訴するとまで言ったと。


淳は球技大会前、まだ横山が伊吹聡美に言い寄って居た頃の記憶を遡った。

福井太一と教室に入ろうとした時、横山は伊吹聡美のノートを漁っていた。






横山の核(コア)にある、粘着質なその性質。



淳は見越していたつもりだった。

しかし彼は行きすぎてしまった。

程度を超えた彼に、淳は彼から受けた侮辱と同じ台詞でこの関係を終わらせた。

あんな見せかけ野郎のどこが良いんだと言った彼への、それは報復だった。





「君は見せかけかそうじゃないかもまともに区別出来ないくせに、文句が多いね」



その台詞をそっくりそのまま君にお返しするよ、と淳は言って電話を切った。

そんな彼の冷淡な会話を、静香は偶然耳にしていた。



静香は小狡そうに笑いながら、そのウザい奴とのやり取りが終わったのかと淳に聞いた。

ちょっと面白かったのに、と言って惜しんだりもした。

そして静香はいつも暗鬱そうに見える幼馴染みに対する感想を、軽く口にした。

「思ったより大学ってのも大変みたいね~。淳ちゃんいっつもつまんなそうなんだもん」



いつも彼を取り囲む、凡庸、疲弊、退屈‥。

その暗い瞳を見て感じる闇を、静香は率直に口に出した。

しかし淳はそれに対しては返事をせず、静香に向かって持っていた携帯電話を軽く投げた。

「これあげる」 



携帯を受け取った静香は、「どーゆーこと?」とそれを受け取りながら彼に問うた。

しかし淳は質問に答えることなく、狡知な表情でこう言っただけだった。

「要らないの?」



貢がれグセのある、静香の特性を良く知った彼の行動だった。

彼の読み通り、何も疑うことなく彼女は携帯電話を受け取った。


偶然の悪戯を含めても計算通りに、彼はその携帯電話とそれにまつわる厄介事を手放した。


そして、これ以来横山からはメールも電話もかかってこず、

新学期が始まっても、依然として大学には現れなかった。



彼の計算通りに動く、愚かで凡庸な人間。

しかし今彼の目の前に立ちはだかる彼女だけが、なぜかいつも彼の想像の範疇を超える‥。




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<淳>その回想、でした。

球技大会の時、横山が淳に言った台詞は日本語版だと「青田先輩はナルシストだ!」だったのですが、

どうやら本家版だと「見せかけ」「飾り」という意味だったので、

淳の表の顔という意味と、社交辞令という意味を掛けての「見せかけ」と解釈し、

恐縮ながらそう修正しました。

次回は雪と淳のその後です。


2014.1.2追記

本家版で淳→横山へのメールの詳細が描かれていたので追記しました。



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代償の原因

2013-06-15 01:00:00 | 雪2年(球技大会~ホームレス事件前まで)
帰り道、雪と太一は屋台に寄った。

太一が力尽きて帰れないと言ったからだ。



先ほどのハンバーガーはどこへやら、太一は雪の奢りということもあってガンガン食べた‥。

話を聞くと、太一はバスが来ないので地下鉄に乗ろうと、引き返している途中で雪と横山を見つけたらしい。

そして横山を殴ったことは、聡美には内緒にすると約束した。



雪はもくもくと食べる太一の横顔を見ながら、

先ほどから引っかかっている事について考えていた。

「ねぇ太一、青田先輩の携帯番号、知ってたりする?」



知っているけど、どうするつもりですかと太一は尋ねてきたが、

雪は言葉を濁した。

携帯を片手に、太一は「でも今通じないかもしれないっすよ」と言った。



「なんで?」

「青田先輩今海外にいるらしいんで、

たとえ通じたとしても国際電話になっちゃうかもしれないっすね。そうなると番号が違う可能性も‥」


じゃあいいや‥、と雪は番号を聞くのをやめた。



あきらめはやっ!と太一はツッコんできたが、

やはり電話より直接聞いた方がハッキリするだろう。


横山のあの言葉が蘇って来た。

青田先輩だって知ってるんだぜ?



あれが事実だとすれば、

青田先輩が黒幕だとすれば、

これは黙って居られないと思った。

プリント事件の時は無理矢理忘れようと心を抑えこんだが、

今回ばかりはこの状況を説明してもらわなければいけないと思った。



雪は拳を握った。

新学期が、もうそこまで近づいて来ていた。




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同じ頃、横山は鼻血を拭いながら夜道をひた走っていた。



走っても走っても、心に湧き上がる不安の影を振り切ることは出来なかった。

起訴されたら俺はどうなる?

い、いや赤山は許すと言ったじゃないか‥。それでも噂が立ったら‥




不安と苛立ち、そしてとりとめのない怒り。

横山は携帯電話を取り出すと、通話ボタンを押した。



何回目かのコールの後、「横山?」と通話先の主は電話に出た。



「先輩!」

横山はマシンガンのように喋り出す。自分の感情の、そのありのままの吐露を。

「何でこうなるんすか!先輩の言うとおりにしたのに全然ダメだったじゃないっすか!

全部先輩のせいッスよ!」


事態が飲み込めない、という通話主の言葉にも、横山はひたすら先輩のせいだと繰り返した。



「赤山は録音機まで持ちだして、告訴するって大騒ぎですよ!全部先輩のせいッスよ!

どうしてくれるんですか?!」


通話主は、君は一体何をやらかしたんだと静かに言った。

先輩の言うとおりに‥と横山がまた責めると、

携帯電話からは溜息が聞こえた。

「‥やめてくれ。もう疲れた。いつまで君の話を受け入れれば満足する?」



その言葉に、横山は沸々と湧いた怒りの全てをぶつけた。

「先輩こそ今更どういうつもりですか!さも俺の気持ちを理解してくれるように、

優しく色々俺に言っておきながら、先輩のせいで結局ダメだったじゃないっすか!なんとか言ってみて下さいよ!」




激昂する横山に対して、通話主は冷たい程静かに言った。

「君は、見せかけかそうじゃないかもまともに区別出来ないくせに、文句が多いね」



横山の脳裏に、球技大会での自分の言葉が蘇った。

「てめぇらは見せかけかそうじゃないかもまともに区別出来ないくせに、

デレデレデレデレしてんじゃねーよ!!」









言葉に詰まった横山に、通話主は静かに言った。

これで終わりだと言わんばかりに。

「今度は、君にこの台詞をお返しするよ」


電話は切れた。

そして横山は、新学期になっても大学に戻ってくることは無かった。






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<代償の原因>でした。



次回は淳の視点での、球技大会後からの話です。




<雪>その代償(5)

2013-06-14 01:00:00 | 雪2年(球技大会~ホームレス事件前まで)
夏の暑い夜、太一は家へ帰るバスを待っていた。



バス停には太一の他に誰もいない。

蝉の鳴く声だけが、ムッとした空気を震わせていた。



同じ頃、雪と横山は修羅場の真っ最中だった。

ポケットから滑り出たミュージックプレイヤーについて、二人は言い争っていた。

「録音って何のこと?音楽聞いてただけだし」



雪の言葉に横山は、それなら見せてみろよとにじり寄った。

「どうしてあんたに見せなきゃいけないわけ?」

その言葉にも、どんな曲を聴いてるか知りたいだけなのに、見せてもくれないのかと譲らない。



「ふざけんじゃねーよ。俺を変態扱いするなんて失礼だと思わないのか?

この前は警察を呼ぶなんて騒いでたし‥。今だって録音してんのバレバレだっつーの!」


雪はぎゅっと目を閉じた。



そして大きく息を吸うと、

「きゃああああああ!」



一目散に逃げ出した。

しかしさすがに男の足から逃げられるはずもなく、



追いつかれた雪は腕を思い切り引っ張られ、その拍子にミュージックプレイヤーは地面に落ちた。

「ったく‥お前マジムカツク女だな。今まで俺がどんだけよくしてやったと思ってんだよ」



横山がミュージックプレイヤーを拾うためにかがむその一瞬、

雪は思い切り横山の足にタックルした。

「とりゃああああっ!」



横山はその場に倒れ、

雪がミュージックプレイヤーを取り返し逃げ出そうとすると、

また横山が腕を引っ張って雪が転ぶ。

二人は痛みをこらえながら、その場にうずくまった。



「てめぇ‥!死にてぇのか!」



凄んだ横山が、ミュージックプレイヤーを出せば許してやってもいいと手を差し出してきた。

雪は応じず、ますます力を込めてミュージックプレイヤーを握った。

横山は力づくで奪おうと手をこじ開けようとする。



雪が悲鳴をあげようと息を吸った次の瞬間、

ふいに誰かが横山の手を掴んだ。



横山がふっ飛ばされる。



「あんた‥雪さんに何すんだよ!」



力を込めて腕を掴む太一に、横山は殴りかかろうとしたが、

「雪さんに‥」



「何したって聞いてんだろ!!」

ゴーン!!

太一の頭突きの音が、辺りにこだました。

横山は頭を抑えて転げまわるが、鼻息の荒い太一は無傷である。

「この野郎‥俺は先輩だぞ!」



殴りかかろうとする横山に、太一はもう一度‥といわず連続で頭突きを返した。



「先輩扱い!されたいなら!先輩らしく!しやがれ!」
*!の度に頭突き入れてます。

横山の頭には太一スズメがぴよぴよと舞った‥。

「あ‥!また鼻血‥!」



鼻血を見た横山は、怒りのあまり太一に向かって訴えてやると叫んだ。

社会復帰出来ないくらいに痛めつけ、殺人未遂で監獄にぶち込んでやると半狂乱しながら言った。



太一は固まっていたが、ここからは雪の出番である。

「あんたも人のこと言えないんじゃないのかなぁ?!」



「そう来るなら、私だってあんたのことストーカー罪で訴えてやる!

あんたが犯した一部始終が、これに全部入ってるんだから!」


雪は横山にストーカー罪とは何か、どういった条件がそれに当てはまるのかを切々と説いた。

そして横山の行動は全てそれに当てはまるとして、

あんたは有罪間違いなしだと強い口調で言い切った。

心の中では半信半疑、実際どうなるのかは分からなかったが、とにかくビビらせなくちゃと思う一心で、

雪は全てを言い切った。



それを聞いた横山は弱気になり、

そんなつもりはなかったと下手に出てきた。

ここまでしても俺の本心を分かって欲しかったという横山だが、

そんなのは本当の心じゃないと、雪は正面切って言った。

「あんたは私のことが本当に好きなんじゃない。

そんな自分に酔ってるだけだよ。本当に好きな人に、こんなことは出来ないよ。

たとえあんたの気持ちが本心だとしても、これはただの一方通行なの。あんたのせいで私がどれだけ怖い思いをしたか‥」




すると横山は、なんとその場で土下座し始めた。

「ゆ、雪!俺が悪かった‥!許してくれよ!」



俺は一人息子だから後々家を守っていかなきゃいけないんだ、俺が捕まったら俺の両親はどうなる?と

涙ながらに訴えた。

どうしたら許してもらえるか、お前の前から一生姿を消せばいいのか、教えてくれよと懇願された。

「ゆきぃ、頼むから許してくれよぉ」




結局、太一に手を出さないことと、学校が始まってからも雪や他の女子に二度と同じ真似を

繰り返さないという条件で雪は横山を許した。



横山はそれを承諾し、ストーカーによる起訴を取り消すということを確かめると、そのまま去って行った。



そして横の太一を見ると‥



なぜか号泣していた‥。

というのも、太一も暴行罪で捕まるかと思ってビビっていたのだ。

でも太一が一番気にしているのは、聡美に嫌われたらどうしようということみたいだった。



聡美は人に手を上げる行為がとても嫌いで、太一が横山にバスケットボールを投げつけたことだって、

なんだかんだ良く思ってはいなかった。



雪はシクシクと泣く太一を見て、

少し物哀しい気分になった。



聡美には、こんなに頼もしい子がついているんだ。

その頼もしい子が、もしかして嫌われるんじゃないかとその大きな体を縮めて、気を揉んでいる。



聡美が羨ましいと思った。

自分にも、いつかそんな人が現れるのだろうか

自分の周りは、荒んでいく一方なのに‥。





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一番助けて欲しい時に、

頼る人がいないというのはどこか物哀しい。

いや正確に言えば、いないわけじゃない。

言えないだけで。

自分の感情の向こう側、

そのありのままの吐露を、

他人の都合や状況がそれを許さない場合がある。

理性がそれを見越してしまえば、

感情を優先させることは出来ない。

そんな自分を、

そんな自分の理性も理屈もふっ飛ばして、

引っ張って行ってくれる誰かが必要なのだ。

そんな誰かが現れるのを、

きっと彼女は待っている。



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<雪>その代償(5)でした。

やはり最後のモノローグは私の解釈ですので、そう思って読んで頂ければ幸いです。

ようやく横山のストーカー事件も一段落ですね。

次回は若干蛇足的な、<その代償>のエピローグ、並びに次々回の淳の視点でのプロローグ、です。

(わけわかんないですね‥すいません。。)


<雪>その代償(4)

2013-06-13 01:00:00 | 雪2年(球技大会~ホームレス事件前まで)
雪は一人、部屋で携帯電話と睨めっこしていた。

”証拠”について考えながら。



いくつか残っていた横山のメールは、縁起が悪いので全部消してやった。

仮に残っていたとしても、彼氏としか思えないような内容ばかりだったからだ。

本当に証拠という証拠は何一つなかった。


なかったなら、作るしかない。


やはり口が災いの横山、彼の発言を残しておくのが一番手っ取り早いと考え、

雪は録音機を買うお金をケチって、ミュージックプレイヤーの録音機能を使うことにした。



声は小さいけれど、なんとか録音出来ている。

携帯電話の音声メモはまるで役に立たなかったので、これが最後の砦だ。

雪は使い方を真剣におさらいした。



でもこんなことをしている自分が情けなくて、

雪はポツリとつぶやいた。

「‥誰か助けて」



母親は冷やかしてくるだろうし、父親は仕事が多忙でなかなか会えない。

大学の友だちに打ち明けたところでどうせ変な噂が立って自分の首を締めるだけだ。

弟は留学していて自分のことで精一杯だろうし、親友の聡美は旅行に出ている。

高校の時の友達の萌奈に電話してみたが、妹が交通事故に合ったといって

てんやわんやで、相談出来る雰囲気ではなかった。



雪は項垂れた。

世界に一人ぽっちで残されたような気持ちだった。


しかしふと、一人残っていることに気がついた。



福井太一。

太一と横山が前に一悶着あったと聞いたことがあった。

横山のこと嫌ってそうだし、こんなことで連絡して良いのだろうか‥。

雪はしばし悩んだが、無理に話題に出さなくてもいい、誰かに会いたい気分なだけなんだからと、

自らを納得させて通話ボタンを押した。



電話に出た太一はネットゲームをしている所で、特に予定もないようだった。

夜7時に、晩御飯を雪の家の近くで食べることになった。




太一は遠路はるばる雪の家の最寄り駅まで来た。雪はお詫びに、ハンバーガーをおごってあげた。



2時間かけて来てハンバーガーかよと太一は文句を言ったが、

そもそも財布を持ってきていなかったので(!)彼は大人しく奢られた。

太一が、「雪さん疲れでも溜まってるんスか?」と尋ねてきた。



何か悩みでもあるのかと続けて聞いてくる太一に、

雪は横山のことを相談するかどうか悩んだ。



実は太一に相談事というものをしたことがなかったので、

その反応が全く予想出来なかったのだ。



何かを抱えながら、溜息を吐く雪に太一は、いいもの見せてあげましょうかと言った。

「俺が鍛え磨いた一発芸ッス」



「目が回る~ ぐる~ん ぐる~ん。ぐるぐる回る~う」



雪は吹き出した。

両方の黒目を交互に回すその技は、確かにすごいが少し気持ち悪いw

涙を流して笑う雪と、モクモクと食べ続ける太一は、どこか楽しげなカップルのようだった。



外から見ているその男の目にも、そう映ったことだろう。






夜も更けて、雪は太一と交差点まで一緒に歩いた。



向こうのバス停に、家まで一本で行く市外バスがあるらしく、太一はそれで帰るらしい。

太一を見送った後、雪は彼の後ろ姿を見ていた。



口では生意気なことばっかり言っているけど、実は太一は超いい奴だ。

落ち込んでる雪の前で、無理に聞き出さず、わざと笑かそうとまでしてくれた。

でも‥、

だからといって、横山のことを打ち明けることは出来なかった。



言った所で、やはり証拠がないと話にならない。

今いくら雪が騒いだところで

横山はしらを切るに決まってるし、

変人扱いされるのは結局自分自身になるだろう。



いつの間にか目の前に、



見覚えのあるスニーカー。

「よう、今帰り? 家まで送って行ってやるよ」



雪は上着のポケットを探った。

おさらいした通りに、落ち着いて確実に録音ボタンを押す。

横山は雪の肩を掴んだ。

「おい、どこ行くんだよ。福井のとこか?」



その言葉と掴まれた肩に、雪は全身が総毛立つ。

「なんで知って‥。‥あんたつけて来たっての‥?!いつから!?」



横山は福井のどこがいいんだよと、

聡美もお前もなんであいつをチヤホヤしやがんだと口調を荒げた。

あんたにはなんの関係もないでしょうと言う雪に、尚の事横山は怒る。

「俺以外の男とイチャついてるとこ見たのに、腹を立てない方がおかしいだろ!

しかもあいつは俺にバスケットボールを投げつけた奴だぞ!」




横山は苛ついていたが、雪はそんな横山に負けないように同じように言い返した。

「さっきから聞いてると私があたかも自分の女かのように振舞ってるけど、

私はあんたなんかこれっぽっちも興味ないっつーの!

それにここんとこずっと私の周りをつきまとってるみたいだけど、立派なストーカー行為だから!分かってんの?!」




横山はこれを聞いて、青天の霹靂だったのか、盛大に笑い出した。

「あははは!マジかよ!あーウケる。ストーカーだって?

そういうのやめろよな、可愛げないぞ~。お前が俺の事好きだってことは、誰もが知る事実だってのに‥」




続けて言われた横山の言葉に、雪は耳を疑った。

「青田先輩だって知ってるんだぜ?」



「え?」



「俺が自信を持てたのも、青田先輩が後押ししてくれたからなんだぞ~

お前が先輩に打ち明けたんだろ? お前となら幸せになれると思って俺は‥」


雪は、目の前が真っ白になった。

どういうこと、何を言っているのと、三半規管が揺らされたように体のバランスを崩した。



その拍子にポケットに入れたミュージックプレイヤーが、するりと滑り出た。



それを見た横山の顔から、笑いが消えた。

「おい、お前それ‥」



「録音してたのか?」



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<雪>その代償(5)へ続きます。