雪は困惑していた。
たった今、健太先輩から事の顛末を全て聞いたところだった。
横山が青田先輩に謝りに来た時に、
平井和美によって雪が横山に気があると勘違いすることになったというその顛末を。
「まさか本当に休みの間に事件が起こるなんてなぁ〜。
ま、何にしても火を点けさせたのは平井だし、青田はただ相槌打ってやっただけだからな?」
だから大目に見て許してやってくれよと健太先輩は言う。
どうせあいつのことだから、電話で何回か言い寄るくらいしか出来なかったんじゃないかと笑いながら。
雪は開いた口が塞がらない。
すると、青田先輩が口を開いた。
「けど俺が同調したのは事実なんで‥」
雪ちゃん、と先輩が言った。
その眼差しに、雪はビクリと震える。
「ごめんな」
「そんなつもりじゃなかったのに」
あの時は気も滅入っていたし、話題にも興味が無くて、適当に受け答えただけだと。
「でももしもっと酷いことされたなら言ってな。出来る限り償いは‥」
彼がそこまで言った所で、雪は話を遮った。
「償いなんて‥そんなもの要りません。
要するに‥みんなが冗談半分で言った言葉を、横山が本気にしちゃったってことですよね」
唇をギリリと噛む。
これでは青田先輩を責めることも、自分の受けた傷を癒すことも、何一つ実現しないと悟ったからだ。
「失礼します。変なことを言ってすみませんでした」
雪がそう言って駆け出すと、青田先輩がその後姿にもう一度謝罪する。
雪はもういいですとそれを突っぱね、駆け出した。
健太先輩が、赤山も案外根に持つタイプだなと言うのが、去り際に聞こえた。
すでに季節は秋へと移ろい、構内の木々も徐々に紅葉し始めていた。
雪の心の傷だけがあの夏の日に置いてけぼりになっている。
クールなフリして、何もなかったかのように振る舞えるほど器用ではなかった。
心が狭いとか、いつまでも根に持つとか、そんな問題じゃなくて、
ただただ不愉快なのだ。
自分が腹黒いという意識はないけど、しつこいだの粘着質だの言われたって、
自らの心をそのまま見殺しにするわけにはいかなかった。
青田先輩にしろ和美にしろ、
横山にああ言ったらアイツがああいった行動に出ることくらい予想出来るじゃないか。
健太先輩の言っていた状況を実際に見たわけではないし‥
だからといってこれ以上自分に何が出来るだろう。
せいぜい和美を問い詰めることくらいしか出来ないだろう。
どうせうまい具合に言い逃れて終わるだろうけど
こうやって、不完全燃焼のまま終わっていくんだ。
雪は前方の席に座る、彼の後ろ姿を睨んだ。
青田淳。
彼に関わるといつもこうだ。
これといった証拠があるわけでも、直接的な被害を浴びせられるわけでもないのに、
いつも溶けないわだかまりと、燃え尽きられない不快感がこの身を燻らせる。
本心はどうであれ‥あの人はどこか陰気臭い
まるでスローモーションのように、その男はゆっくりと振り返った。
雪の脳裏に、自主ゼミの時のあの視線が蘇る。
後頭部に目でもついてるのか?
どうしてこんな時ばっか見られるんだろう‥
雪は愛想笑いをしながら軽い会釈をした。
すると、
ふっと、彼はその口元に笑みを浮かべた。
パッと弾けるように、雪は目を逸らす。
なんなの‥なんで笑うの?超怖いんですけど‥
色々な考えがグルグル回る頭を抱えて、雪は困惑した。
しかしこうやって困惑してる自分自身が、何よりも嫌だった。
もう何も考えたくない。何も知らなかった頃に戻りたい。
あの人に関わってからというもの、良いことが一つもない。
ただ静かに過ごしたかった。何にも巻き込まれず、ただ平穏な暮らしがしたかった。
しかしふと視線を上げた先に、こちらを見つめるもう一つの視線があった。
まるで歯車のように、一つが回り出すともう一つも自動的に回り出す。
祈るだけではもうとても、止めることは出来なかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
淳は背中に突き刺さるような視線を感じていた。
ゆっくりと振り返り、前彼女にされたように、今度は彼が嘲笑を浮かべた。
彼女は弾けるように視線を逸らせる。
淳はその態度に嫌悪感が沸き上がってくるのを感じた。
結局その程度か‥
気に障る
淳は彼女の記憶を、ポツリポツリ反芻した。
球技大会で横山が自分を罵倒した時、
密かに痛快がったこと。
その後横山に声を掛け、
肩を叩き笑っていたその横顔。
先ほど真正面から自分に対して、責め立てるように向かって来たこと。
気に障る。
意図して回した歯車が、カラカラとノイズを立てていることが障る。
淳もまた静かに過ごしたいと、そう望んでいたのではなかったか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<雪と淳>歯車の連鎖、でした。
球技大会後、雪が横山を慰めたのを見て淳は、雪が「横山GOODJOB!」と言ったと思っちゃったんですね‥。
まぁ雪の本心からすればあながち間違いではないですが、そんなこと一言も言ってないのにね。
さて次回は大きな事件の前触れとなる小事件の始まりです。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
たった今、健太先輩から事の顛末を全て聞いたところだった。
横山が青田先輩に謝りに来た時に、
平井和美によって雪が横山に気があると勘違いすることになったというその顛末を。
「まさか本当に休みの間に事件が起こるなんてなぁ〜。
ま、何にしても火を点けさせたのは平井だし、青田はただ相槌打ってやっただけだからな?」
だから大目に見て許してやってくれよと健太先輩は言う。
どうせあいつのことだから、電話で何回か言い寄るくらいしか出来なかったんじゃないかと笑いながら。
雪は開いた口が塞がらない。
すると、青田先輩が口を開いた。
「けど俺が同調したのは事実なんで‥」
雪ちゃん、と先輩が言った。
その眼差しに、雪はビクリと震える。
「ごめんな」
「そんなつもりじゃなかったのに」
あの時は気も滅入っていたし、話題にも興味が無くて、適当に受け答えただけだと。
「でももしもっと酷いことされたなら言ってな。出来る限り償いは‥」
彼がそこまで言った所で、雪は話を遮った。
「償いなんて‥そんなもの要りません。
要するに‥みんなが冗談半分で言った言葉を、横山が本気にしちゃったってことですよね」
唇をギリリと噛む。
これでは青田先輩を責めることも、自分の受けた傷を癒すことも、何一つ実現しないと悟ったからだ。
「失礼します。変なことを言ってすみませんでした」
雪がそう言って駆け出すと、青田先輩がその後姿にもう一度謝罪する。
雪はもういいですとそれを突っぱね、駆け出した。
健太先輩が、赤山も案外根に持つタイプだなと言うのが、去り際に聞こえた。
すでに季節は秋へと移ろい、構内の木々も徐々に紅葉し始めていた。
雪の心の傷だけがあの夏の日に置いてけぼりになっている。
クールなフリして、何もなかったかのように振る舞えるほど器用ではなかった。
心が狭いとか、いつまでも根に持つとか、そんな問題じゃなくて、
ただただ不愉快なのだ。
自分が腹黒いという意識はないけど、しつこいだの粘着質だの言われたって、
自らの心をそのまま見殺しにするわけにはいかなかった。
青田先輩にしろ和美にしろ、
横山にああ言ったらアイツがああいった行動に出ることくらい予想出来るじゃないか。
健太先輩の言っていた状況を実際に見たわけではないし‥
だからといってこれ以上自分に何が出来るだろう。
せいぜい和美を問い詰めることくらいしか出来ないだろう。
どうせうまい具合に言い逃れて終わるだろうけど
こうやって、不完全燃焼のまま終わっていくんだ。
雪は前方の席に座る、彼の後ろ姿を睨んだ。
青田淳。
彼に関わるといつもこうだ。
これといった証拠があるわけでも、直接的な被害を浴びせられるわけでもないのに、
いつも溶けないわだかまりと、燃え尽きられない不快感がこの身を燻らせる。
本心はどうであれ‥あの人はどこか陰気臭い
まるでスローモーションのように、その男はゆっくりと振り返った。
雪の脳裏に、自主ゼミの時のあの視線が蘇る。
後頭部に目でもついてるのか?
どうしてこんな時ばっか見られるんだろう‥
雪は愛想笑いをしながら軽い会釈をした。
すると、
ふっと、彼はその口元に笑みを浮かべた。
パッと弾けるように、雪は目を逸らす。
なんなの‥なんで笑うの?超怖いんですけど‥
色々な考えがグルグル回る頭を抱えて、雪は困惑した。
しかしこうやって困惑してる自分自身が、何よりも嫌だった。
もう何も考えたくない。何も知らなかった頃に戻りたい。
あの人に関わってからというもの、良いことが一つもない。
ただ静かに過ごしたかった。何にも巻き込まれず、ただ平穏な暮らしがしたかった。
しかしふと視線を上げた先に、こちらを見つめるもう一つの視線があった。
まるで歯車のように、一つが回り出すともう一つも自動的に回り出す。
祈るだけではもうとても、止めることは出来なかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
淳は背中に突き刺さるような視線を感じていた。
ゆっくりと振り返り、前彼女にされたように、今度は彼が嘲笑を浮かべた。
彼女は弾けるように視線を逸らせる。
淳はその態度に嫌悪感が沸き上がってくるのを感じた。
結局その程度か‥
気に障る
淳は彼女の記憶を、ポツリポツリ反芻した。
球技大会で横山が自分を罵倒した時、
密かに痛快がったこと。
その後横山に声を掛け、
肩を叩き笑っていたその横顔。
先ほど真正面から自分に対して、責め立てるように向かって来たこと。
気に障る。
意図して回した歯車が、カラカラとノイズを立てていることが障る。
淳もまた静かに過ごしたいと、そう望んでいたのではなかったか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<雪と淳>歯車の連鎖、でした。
球技大会後、雪が横山を慰めたのを見て淳は、雪が「横山GOODJOB!」と言ったと思っちゃったんですね‥。
まぁ雪の本心からすればあながち間違いではないですが、そんなこと一言も言ってないのにね。
さて次回は大きな事件の前触れとなる小事件の始まりです。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ