Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

流出(4)

2014-06-07 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)


固く握り締められていた拳は、今や力なくぶらんと垂れ下がっていた。

露呈した真実を前に、何も出来ない自分が居た。雪はただ、ぼんやりとその場に立ち尽くしている。

心の中にポッカリと、大きな穴が開いた気分だった。



雪ちゃん、と淳は何度か声を掛けたが、雪は反応することなくただ突っ立っていた。

淳は彼女の肩に手を掛けると、雪の気持ちを慮るようにして彼女に声を掛ける。

「雪ちゃん‥今はメールのことで腹が立っているだろう。ショックだったと思う」



雪は、彼が肩に手を置いた力にふらつくほどぼんやりしていた。

目眩しそう‥



目の前がグラグラと揺れている。血の気が引いて、指の先が冷たくなっていく。

淳はそんな雪に身を寄せ、彼女に語りかけるように言葉を続けた。

「でもね、雪ちゃん。去年のメールを今になって見せるだなんて、横山に何か意図があるよ。

全ての元凶は、メールをありのままに受け入れて行動した横山にあると俺は思う」




それは彼女に怒りが消えたことを認識した上での、彼の誘導だった。物事の問題点をすり替える。

「あいつのせいで、俺達がケンカするのは嫌だよ。雪ちゃん」



機械のようにピッと、彼は”俺達”と”他者”との間に線を引く。

良いか、悪いか。味方か、敵か。

その極端なまでの線引きに、雪は絶句した。

彼の言葉に違和感を覚えるのに、目の前がグラついて深く考えられない。



淳は、更に話を続けた。静香のことに言及する。

「それに静香があんなデタラメを言うのも、同じ様に俺等が揉めるよう仕向けてるんだ。

ただ単に家があの子達をサポートしてたというだけの仲だと、前に俺が話しただろう?

たまたま俺の携帯を静香が持ってくことになったってだけで、彼女と言ったのはただ無視していればいい」




全く気にしなくていい、と淳は言った。

だんだんと顔が曇っていく彼女の前で、あっけらかんとした表情の淳は続ける。

「俺等はそんなことに気を取られず、これからもやっていけばいいんじゃない? 

未来のことを考える方が、ずっと合理的じゃないか」




そう口にする彼の瞳は澄んでいた。本心でそれを口にしているのが分かる。

そして彼は、疑いの無い眼差しをしながらこう続けた。

「もう去年のことを蒸し返すのは止めて、全て水に流そうよ」



淳は少し背を屈め、雪の瞳を覗き込んだ。

彼女の心にある隙を見抜き、彼は彼女を導く。彼の信じる”正しい”方向へ。

「雪ちゃんも、そうしたいだろう?」



そう口にする淳の表情からは、自分の不当性など微塵も疑っていないことが見て取れた。

世の中全てが自分の意のままになると確信しているような、強い瞳。



雪は口を開けたまま、小さく息を呑んだ。

反論の言葉が出かかるが、



見上げた彼はいつもの青田淳だった。

すました顔で、彼女を見つめている。



雪は淳から顔を背けると、再び俯いた。

心の中はもうグチャグチャだ。



雪は俯いたまま、やがて口を開き始めた。

色々な感情が混沌と渦巻いている中の、とりあえず言葉に出来る部分だけを。

「時々先輩には本当に感心させられます」



「物事全てを、刃物で切るようにスパッと理性的に考えられて」



「私は今、自分が何の為に怒っているのかも、今が一体どういう状況なのかも分からず、

頭が爆発しそうなのに」




心臓がズクズクと胸をえぐり、目の前が歪む。精神的にも身体的にも、限界が来ていた。

けれど目の前の彼は飄々としているのだ。こんなに取り乱している自分の前で、一瞬たりとも動揺せずに。

雪は更に俯き、呟くように話を続けた。

「‥去年のことを水に流すだなんて‥何一つ解決出来なかったのに。

それはそんなに、簡単なことですか?」




「何かを水に流すには‥時間がかかるじゃないですか」



悩んで、憤って、自己嫌悪して、必死に我慢して‥。

去年雪は、溜め込んだ彼への不信を押し込める課程でさえ、数え切れない感情を経験した。



結論へ行き着くまでの行間にこそ、人間臭い感情がある。

彼がスパッと切り捨てているその間にこそ、大切なものが詰まっているのに。



彼の表情は窺えなかった。

けれど見なくても雪には分かった。自分が今口にした言葉を、彼は理解していないということが。



雪は彼から顔を背けると、淡々とした口調でこう言った。

「先輩の速度にはついていけそうにないです」と。



そして雪は彼に背を向けた。

早足で、その場から立ち去ろうとする。



淳は彼女が去って行くのを、その場に立ったまま見つめていた。

このまま彼女を引き止めたとしても、話は平行線だろう。淳は彼女に向かって、口を開いた。

どうしても、伝えておきたいことだった。

「それなら、待つよ」



そう口にした彼の瞳は澄んでいた。

今は混乱して考えられないという彼女を、いつまでも待つと。



雪は一瞬立ち止まり、一度深く俯いた。

そして大きく息を吸ったかと思うと、一目散に走り出した。



雪は様々な感情が入り乱れる心中で、一人考えていた。

横山や、河村氏のお姉さんのこと‥。

それら全てに対して、全く動揺することなく説明する先輩に、更に腹が立つのは何故だろう。




私の感情は曖昧に流され‥

けれどいくら説明されたって、何もかもに腹が立つ。到底納得なんて出来そうもない。




雪は夜道をひた走りながら、納得出来ない事柄について思いを巡らせていた。

家がサポートしてた女性だからって、携帯番号が似ていることも、”彼女だ”なんて言ったことも、その場で理解しろって?

私が横山を好きだの何だの簡単にメールしたのも、それで私がストーカー被害に合ったのも、彼にとっては消化してしまう過去の出来事に過ぎないと?

私にとっては、恐ろしくショックな出来事だったのにー‥




感情の昂ぶるまま駆けていた雪だったが、不意に胸の中が違和感に騒いだ。

徐々に歩を緩め、息を吐く。



雪は混沌とした感情の中で、何が一番引っかかっているのかを見出していた。

違う‥そういう問題を全部取っ払って、今一番私がショックを受けているのはー‥



思い浮かぶのは、暗闇にひっそりと立つ彼の姿だった。

青田先輩という彼自身‥



雪が今一番ショックを受けているのは、青田淳という人の人間性が、分かってしまったからだった。

今まで気のせいだと曖昧にしていた部分が、剥き出しになってしまったからだった。

混沌とした心の中が、更にモヤモヤと渦巻いて行く。

どう考えたって去年の先輩は私のこと嫌ってたし、脅迫したし、私に悪意を持っていて‥。

そんな彼が、善意で横山にそんな話をしたわけがないって考えが、止めどなく溢れるけど‥




それでも、それ以上の話が出来なくて逃げる私は‥

先輩と別れるのが嫌だということなのか‥。




真実は分かった。彼という人間の性質も明らかになってしまった。

けれど雪は、自分の気持ちが分からなかった。

いや、明らかになったからこそ、分からなくなってしまったのだ。



不意に、リュックの中で携帯電話が震えた。

取り出してみるとメールが一通入っていた。学科全員に送られたメールだった。

みんな月曜からの中間考査、ガンバロー!ファイティン! 

学科代表 直美




そのメールを見て、雪は現実に引き戻された。

週明けから、中間考査が始まるのだった。

「‥‥‥‥」



今の自分の状況などお構いなしに、時間は無慈悲にも流れ行く。

こんな気持ちのまま迎える中間考査に、雪は頭を抱えて息を吐いた。



その場で俯く雪の姿を、壁に隠れて窺っていた男が居た。

河村亮だった。

「‥んだよ」



亮は俯き、青筋を立てながら、一人呟くように漏らした。

「何言ってんだ、アイツらー‥!」



嫌な胸騒ぎがした。

沈めてあった暗い記憶の断片が、既視感の尻尾が、今目にした彼女に繋がっていた‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<流出(4)>でした。

<導火線>から始まり、→<炎上>→<煙>→<爆発>→<流出>と、爆弾シリーズでした^^;

特に最後の<流出(1)~(4)>は長かったですね。修羅場でした‥。


そして以前姉様のところでも話題になった、亮の居場所の不思議‥。

雪と先輩が話し合ってた場所から、話し合いが終わった雪ちゃんは結構走り、そして立ち止まった場所に亮が居ました。

しかし亮は二人の会話を聞いていた様子‥。

どんだけ耳がいいの、亮さん!


それか、雪ちゃんまさかのパントマイム”その場走り”?!

(参考 ”その場走り”)



謎は深まるばかりです。


次回は<姉の携帯>です。


人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

引き続きキャラ人気投票も行っています~!

流出(3)

2014-06-06 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)
「何でそんなこと、したんですか?」



一度そう口に出すと、雪はだんだんと怒りが込み上げてくるのを感じた。

「何でそんなメール、横山に送ったんですか?!」 「雪ちゃん‥」



声を上げる雪を前にして、淳は何度も彼女の名を口に出して窘めようとした。

「あれは形式的な内容を送っただけだよ」

「いくら形式的って言ったって、”あの子はお前が好きらしい”なんて、

それはちょっと無いんじゃないですか?!何で先輩が私の気持ちを‥!」




それは‥と淳は口を開きかけて、やはり噤んだ。眉間に手を当てながら、深く息を吐く。

「‥それは本当に悪かった。俺のミスだ」



淳は彼女の方を見つめながら、真摯な態度で謝罪した。

「そんなことすべきじゃなかったのに、その方が楽だからってその状況に甘え続けてしまったんだ。

こんなことになるとは予想も出来なかった」




「ごめんね」



雪は俯いたまま、彼の謝罪を聞いていた。その表情はだんだんと曇って行く。

「‥‥‥‥」



心の中に充満する、彼への不信。

開け放たれた扉から流出したそれが、雪の心を覆って行く。

「‥本当に予想出来なかったんですか? 横山がああいった行動に出ることを‥。

本当に全く分からなかったんですか?」




俯いたままの雪からの質問に、淳は即答する。

「うん」



雪は彼の方を見ないまま、もう一度質問した。

「分からなかったんですか?」



再度された彼女からの質問に、淳は少し思案するが、



「ああ。分からなかった」



変わらない答えを返答する。

雪は俯いたまま、呟くようにこう漏らした。

「分からなかった‥」



雪はそれきり黙り込んだ。

彼女を前にした淳は、呟くようにこう質問した。

「なんで‥」



「なんでそんなこと聞くの‥」




雪は俯いたまま、目だけ上げて彼を見た。





そこで雪が目にしたのは、あの瞳だった。

暗く沈んだ色を帯びた、あの瞳。光の消えた、警戒色。それ以上進むことを許さない、レッドシグナル。





あの瞳を知っている。

雪の脳裏に、あの瞳と共に言い渡された警告が響き渡る。


”これからは気をつけろよ”



ドクン、と心臓が跳ねた。

ズクズクと胸を抉るような、鋭い痛みと共に。



脳裏に数々の場面が蘇って来た。

書類を蹴られた夕暮れの廊下、怪我した翌日の自販機の前、そして今立っている秋の夜道。

”気をつけろって言っただろ” ”怪我して損するのは自分だろう?” ”俺が使ってた携帯をそのまま譲ることになって‥”



雪はグッと力を込めて拳を握った。

真実を確認しなければならない、強い使命感が彼女を奮い立たせていた。



目を見開いたまま、呟くように再度こう口にする。

「本当に分からなかっ‥」



しかし最後まで言い切ることは出来なかった。

見開いた目に入って来る風景が、暗く歪んで行く。



心臓が、痛いくらいに跳ねていた。

心の膜のどこかが破れて、黒い血液が幾粒も落下する。



頭からつま先まで、ドロドロしたものが流れ行く。

溜まりに溜まっていた彼への不信が、今全て放たれて流出する。



雪はギッと歯を食い縛った。

ドロドロしたものの正体が、徐々に明らかになって行く。




鼓動は早く、そしてとても強い。

歪んで行く世界の中、全て崩れ落ちていくその瞬間、心の中に一つのキーワードが浮かび上がる。





”悪意”




そして雪は気づいてしまった。

なぜ彼への不信を溜め込んで、今まで見ないふりをして来たのかを。

心に浮かび上がったそのキーワードが、そもそもの根源だったということを。


”悪意は無かったのか”と質問したならば、それがどんな答えでも、

その瞬間私達の関係は崩れ去ってしまうだろう




雪は、去年彼が悪意を持って横山をけしかけたことに気がついていた。

けれどそれを質問することは、二人の関係を終わらすことを意味していた。

YESであれば勿論THE END。

NOであっても、そんなの容易く嘘だと分かってしまう。THE END。


真実の在処に気づいているのに、それを明示するための質問が出来ないのだ。


すると、淳は再びハッキリとした口調で返答した。

「うん。分からなかったよ、俺は」



その彼の表情を見て、その一貫した答えを聞いて、雪は気づいてしまった。

先輩もそれを知っているんだ‥



先輩もそれを知っているから、今こうして答えているんだー‥。



もう聞かなくても分かってしまった。

真実が何であるかを。彼への不信の正体が、自分への悪意にあったということに。


雪ちゃん



すると鼓膜の奥の方から、自分を呼ぶ彼の声が聞こえてきた。

目の前の彼じゃない。記憶の中で嬉しそうに微笑み自分を呼ぶ、青田先輩の声。





なぜその質問が出来なかったか? それは関係が破綻するのを拒んだためだ。

なぜ関係が破綻するのを拒んだのか? ‥その答えが、雪の脳裏に次々と浮かぶ。





悩んでいた雪の本音を、引き出してくれた緑道の道。

からかうように耳元で囁かれた、雑多な居酒屋。





時計をプレゼントした、一人暮らしの家の前。

前髪が触れ合って、彼の息遣いを感じた夏の夜。





悩みを聞いてくれた彼と、距離が縮まった布団の上。

仲直りの印に、初めて手を繋いだ夜の町。





全身で自分を抱き締めてくれた、色づいた木々の前。





少し酒臭い彼に突然キスされた、秋の夜の路地。





笑っていてね、と微笑んだ先輩。彼の印象を変えた初夏。

その瞳の奥に温かいものが見えた。

知れば知るほど好きになるという、それは好意だった。


今雪の脳裏に浮かんだ場面は間違いなく、彼がくれた好意、そして‥。





自分が、先輩に対して抱いている好意だー‥。


それこそが、雪にその質問をさせることを拒んだのだ‥。





力なく、雪は拳をだらんとその場に垂らした。

真実を追及する強い決意が、悪意と好意の真ん中で、宙ぶらりんのまま揺れている‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<流出(3)>でした。

なんか記事を書いていて泣きそうになりました‥。

雪ちゃん、知らない間に先輩のこと好きになっていたんだねぇ‥。


そして今回の「YESと答えてもTHE END、 NOと答えても THE END」というのは、

以前姉様の所でるるるさんに教えて頂いた訳にもとづき記事を作成いたしました^^

ありがとうございましたーー!


次回は<流出(4)>です。

流出シリーズ、続きますね‥。


人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

引き続きキャラ人気投票も行っています~!

流出(2)

2014-06-05 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)


淳は目の前の雪が俯いているのを、不思議な思いで見つめていた。

下を向き、何かを考え込んでいる彼女。



雪ちゃん? と淳が彼女の名を呼ぶと、彼女も彼の呼び名を口に出した。

「先輩‥」



「ん?」と優しく呼応する彼を前にして、雪は顔を上げかけたが、再び俯いた。

そして俯いたまま、遂に本題を口に出す。

「去年‥私が先輩に、横山のことで問い詰めたことがあったじゃないですか」



「覚えてますか?」



俯いたままの雪の前で、淳は目を見開いた。

遂に恐れていたことが、現実になってしまった現状を前にして。



彼女は俯いている。

垂れた厚い前髪でその瞳は窺えなかったが、きつく結んだ口元が見えた。



淳は俯いた彼女から見えない角度で、暫し視線を天に漂わせた。

この場面で自分がどう振る舞うべきか最良な答えを検索し、物事の行く末を想像する。先の手を読む棋士のように。



そしてやがて、淳は彼女の方へと視線を下した。

俯瞰するように彼女を見つめながら、辿り着いた結論を頭に浮かべながら。



「うん」



ヒヤッと、雪は自分の背中に冷たい汗が流れるのを感じた。しかし騒ぐ胸中を押さえながら、淡々と事実を確認する。

「それで‥私が去年横山からどんなことをされたのか、先輩に一通り説明しました。

分かりますね?」




雪の言いたいことがほぼ読めた淳は、眉を寄せて口を開いた。

雲行きの怪しい展開だけれども、肯定するしか道は無い。



「分かるよ」



彼が肯定したことで、舞台は整った。恐ろしく、目を背けたくなるような舞台だが。

しかしここで逃げ出すわけには行かなかった。雪は青白い顔を、バッと彼の方に向ける。



見上げた彼は、良いとも悪いとも言えない表情をしていた。

言うならばニュートラル。ギアが後ろに入ろうが前に入ろうが、対応して行けるような。



雪は、すぐには言葉が出てこなかった。

どこから手を付けて良いのか迷いながら、言葉を綻ばす。



真っ直ぐに彼を見つめながら、雪はようやく言葉を紡ぎ始めた。

着火の原因となったあのメールこそが、全ての根源だ。

「今日‥横山が‥」



「去年先輩が送ってきたっていうメールを見せて来ました‥」



「そのメール、本当に先輩が送ったんですか?」



見開いた彼女の瞳を、淳は俯瞰するように眺めていた。

能面のような顔をして自分を見上げる彼女を、淳もまた無表情のまま見つめている。



雪はその場に突っ立ったまま、彼への追及を続けた。

しかしその口調は一本調子でロボットのようだった。感情を挟まず淡々と、彼女は彼に真実の在処を確認する。

「去年の夏休み、本当に横山とそんなやり取りをしたんですか?

”私が横山のことが好きだ”って、そんな内容のメールを容易く送ったのは、本当に先輩なんですか?」




雪はそう一言で言い切ると、暫し目を見開いたまま淳のことを見上げていた。

秋も深まった夜の風は冷たく、町中の喧騒はどこか遠く感じる。



二人は向き合ったまま暫く時を過ごした。

間に横たわるその真実を前にして、彼女を見つめる淳の顔が僅かに歪む。



まるで悪戯が見つかってスネている子供のような、そんな表情を彼は浮かべていた。

面白くない展開だが否定する道は残されていない、そんな状況に閉口した子供のように。

「そうだよ」



容易く肯定したかのように見える彼を前にして、

雪は鼓動が早まるのを感じていた。嫌な汗が背中を伝い、胸中がザワザワと騒ぎ出す。



落ち着け落ち着け、と雪は自らに言い聞かせながら、もう一度彼に確認する。

「‥先輩が送ったということで、合ってますね?」



雪からの再確認に、淳は頷いた。彼は「あれは横山が‥」と口に出そうとしたが、それよりも早く雪が口を開く。

「電話したら、ちがう人が出たんです!」  「!」



この雪の発言には、淳も驚かされた。予想外とも言えるその展開に、淳の顔が曇る。

「”先輩の彼女だ”って言ってました」



どういうことですか、と問い詰める彼女を前にして、淳の瞳が翳った。

「何だって?」



思い浮かぶあのイラつく幼馴染みが、ニヤニヤと笑う顔が脳裏に浮かぶ。

淳は下を向き、一つ深く息を吐いた。



そして淳は冷静に説明を始めた。

「雪ちゃん、その女は亮の姉の河村静香だよ」



「以前家が亮達をサポートしていたという話をしたことがあっただろう?」



雪の脳裏に、以前近藤みゆきと立ち寄った店にて、静香と邂逅した時の記憶が蘇った。

物騒な言葉を口に出しながら、狂ったような笑みを浮かべた彼女‥。

あの女の人が‥?



彼女が、”自分は淳の彼女だ”と言った‥。俯く雪に、淳は淡々と説明を続ける。

「俺が使っていた携帯をそのまま譲ることになって、番号も似ていたから‥。

あの子が俺の彼女だって話だけど‥きっと本人が強がったのと、ただ君をからかったんだろう」




雪の心の中で、幾つものパーツが引っかかった。”携帯を譲った”、”あの子”、”メールを送った”‥。

俯く雪を前に、淳は静香とのことを弁明する。

「金の為に俺にそうしているだけであって‥今の俺は二人に対して悪感情しか持ってないし。

まして彼女だなんて‥絶対にそれは違う。静香の話なんて全く気に留めなくて良い」




雪は俯いたままだったが、とりあえず河村静香とのことはそこまでにしておくことにした。

「それで、それが別の番号だってことは分かるんですが‥」



彼女とのことは、根本の問題から派生した二次的問題だ。

爆発の原因となった根本の問題は、今雪が口にする言葉にこそある。

「何でそんなこと、したんですか?」



雪の問いが、徐々に真実を辿って行く。

目を背けたくなるような現実が、目の前に迫ってくる‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<流出(2)>でした。

色々と囁かれる先輩のこの表情の意味‥。



私は「あ~あバレちゃった」という意味だと解釈しました。

それこそ告げ口した横山にスネる子供のように。

彼の横山に対する制裁が怖いですね‥。ブルブル。



次回は<流出(3)>です。



人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

引き続きキャラ人気投票も行っています~!

流出(1)

2014-06-04 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)
「雪さーん!雪さんってば!一緒に行きましょうよ!」



ズンズンと先を行く雪に、太一は声を掛けながら必死に後を追いかけた。

ようやく追いつき、彼女の肩に手を掛けるが、



雪はその場で頭を抱えたと思うと、低い声を出しながら身を屈めた。

太一はそんな雪を支えながら、大丈夫ですかと言って心配する。









心の中が燃えていた。

遂に爆発した爆弾は扉をこじ開け、中に入っていたものがドロドロと流出する。

着火の原因となった、メールの文面が脳裏に浮かんだ。


”雪ちゃんは翔のこと好きみたいだけど”




それは彼の声で再生された。

そして開け放たれた扉から、仕舞いこんであった彼への不信が流出する。


お前が俺のこと好きだってことは、青田先輩も知ってる事実だってのに




今まで確かな証拠など何も無かった。

ただいつものように横山が口にする戯言だと思っていた。


どうせ横山のことだから、

せいぜい電話で言い寄るくらいしか出来なかったんじゃないのか?





健太先輩が口にした言葉を聞いて、彼は何と言ったか。

そうだ、こう言った。


出来る限り償いは‥




嘘。

真っ赤な嘘。

本当の彼は、こういう人間。


今度からは気をつけろよ




肩に手を置かれる時、無言の圧力があった。

獲物をピンで刺し、動けなくするように。





夏休みに受けた平井和美からの告白。

あの時は彼女に腹が立って見過ごしていたが、冷静になってみると問題の根本は続いている。




青田淳がどんな人間か、ということ。





あの日目にした彼の瞳。

暗い部屋で一人、悪戯を楽しんでいる少年のような。





二人しか居ない空間に飛ばされたような、不思議な感覚。

彼を凝視する雪の目を、どこか怯えるような瞳で見つめ返す彼。





まるで悪戯が見つかって、大好きなママに見放されることを恐れるような、あの表情。

暗く沈んだような色の瞳に、見つめ返す自分の顔が映っている。


彼を見ている自分もまた、怯えたような表情をしていたー‥。










グラグラと、目の前が揺れていた。

雪さん、雪さん、と自分を呼ぶ太一の声が、どこか遠くで響いているような気がする。





爆発した後の部屋は辺り一面煤だらけで雑然としていたが、

もう煙で曇ってはいなかった。

扉から流出したものに目を背けることも誤魔化すことも出来ず、雪は残酷な真実と相対する。





夜が巡って来ても、雪がそれから解放されることはなかった。

衝撃を受けた後の気怠い疲労感と共に、トボトボと帰路を歩む。



家の近くまで来た時ふと顔を上げると、視線の先に彼の姿が飛び込んで来た。



雪は足を止め、暫しその場で彼の姿をぼんやりと見つめた。

彼は車の前に立ちながら、腕時計で時間を見ている。



やがて彼は雪に気がつき声を掛けた。パッと嬉しそうな笑顔を浮かべて。

「雪ちゃん!」



その微笑みは、その声は、間違いなく先輩のものだった。

雪の感覚は壁一枚隔てているかのように鈍く、ぼんやりと彼の姿を見つめている。



彼は嬉しそうに雪に近づくと、高揚しているのか一人で話始めた。

まるで飼い犬が大好きな主人に近寄るような、無邪気なものさえ見える仕草で。

「今帰り?今日電話出れなくてごめん。今日に限って一日中仕事が忙しくって‥。

その後電話したんだけど雪ちゃんも電話出なかったからさ、直接来ちゃったよ。最近は顔もろくに見れないし‥」




彼はニッコリと笑った。

見慣れたその笑みで、聞き慣れた少し自信過剰な言葉と共に。

「嬉しいでしょ?」



俺みたいな人間、そうそう居ないよ?と言って彼は笑った。

雪はただぼんやりと、彼の笑顔を見て彼が紡ぐ言葉を聞いている。



彼は話を続けた。彼女に会ったことが嬉しくて堪らないという様に。

「あ、それで俺も少し時間出来ると思うし、雪ちゃんもじき試験終るでしょ?そしたらちょっとは‥」



彼の嬉しそうな表情と、紡がれる言葉を前にして、雪はぼんやりとしていた。

今目の前に居る彼は、間違いなくいつもの青田先輩だ。




けれどー‥。




そこでようやく、彼は彼女の異変に気がついた。

話し掛けても反応が薄く、彼女は自分を見上げて動かない。



おかしく思った淳は、最初彼女が怒っているのかと思った。

連絡しなかったことを怒っているのかと。

「ごめんね」



淳はニッコリと笑って、彼女に謝った。

その屈託のない笑顔を前にして、雪の心がぐらりと歪む。



そんな彼女の胸中など知る由も無い彼は、彼女を抱き締めようと手を伸ばした。

「それでもこうやって会いに来たからー‥」



しかし彼女はそれを拒んだ。「待って下さい」と言って、逃げるように彼から後退る。

淳はキョトンとした顔で、何かあったのかと彼女に問うた。



俯いた彼女が抱える闇が、

持て余した感情が、今から流出するとも知らず。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<流出(1)>でした。

こんな笑顔で迎えられたら‥

「Yukkanen!」(脳内変換中)



私、許してしまいそう‥。ダメな女です(笑)


さて、いよいよ流出した彼への不信と向き合う時が来ましたね。

次回<流出(2)>へ続きます。


人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

引き続きキャラ人気投票も行っています~!

爆発

2014-06-03 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)
福井太一が目にした赤山雪は、青白い顔をしながら呆然とその場に立ち尽くしていた。



そのまま俯く雪に異変を感じ、太一が彼女に近寄る。ようやくプロレス技から逃れた横山もだ。

「雪さんどうかしたんスか?何かあったんスか?」



心配そうに顔を覗き込もうとする太一の横で、横山は雪が握っている携帯を取り戻そうと手を伸ばす。

そして次の瞬間、雪は大きな声を上げて横山に詰め寄った。

「ちょっとアンタ!このメールと番号何なの?!何がどうなってんのよ!」



痛いところを突かれた横山は、「さ、さぁね~」と言いながら雪から目を逸らした。

この電話の持ち主が誰であるか、横山も知らないのだ。

「アンタのでしょうが!今の女と何かあってグルになってんでしょ?!またちょっかい出しやがって!」



胸ぐらを掴んで揺さぶる雪に、横山は戸惑い必死に弁解した。

首を横に振りながら、そんなすぐにバレる嘘吐くわけがないじゃないか、と。



しかしそんな言い訳で納得出来る筈は無かった。雪は怒りの形相で尚も追及する。

「それじゃあ今の女の話を信じろっていうの?!先輩の彼女が他に居るっていう、そんな話ー‥」



雪がそこまで口にしたところで、横山は目を見開いた。

「は?」



そしてそんな横山の反応を見て、雪も目を丸くする。

まさか‥違‥



ハッと気がついた時には、もう遅かった。

横山はニヤリと口角を上げたかと思うと、大爆笑と共に雪に近寄る。

「ぶははは!マジでぇ?!その女がぁ?!」



横山は腹を抱えて笑い、「これで辻褄が合った」と言って一人で頷いていた。

雪が目を丸くしていると、横山はニヤリと笑って口を開く。

「お前その女の番号見たか?青田先輩と末尾以外全部同じじゃねーか。

俺から携帯奪って見たんだろ?ん?」




雪は何も言わず俯いた。横山は調子に乗り、尚もヘラヘラと笑いながら続ける。

「まさか青田先輩に携帯までオソロにする女が居たなんてなぁ~?

どうせ先輩とお前なんてちょっと付き合ってすぐ別れると思ってたけど。ま、当然っしょ」




そうだろ?と言って横山はケラケラと笑った。

しかし俯いた雪は、横山の言葉を遠く隔てた場所で聞いている気分だった。



前の見えない煙った世界で、鼓膜の裏に響くのは、先ほどのあの声だ。

電話越しの、女の声



初めは驚いたけど、それが誰であるかある程度はすぐにピンと来た。

”夕飯食べたのか?抜かずにちゃんと食べろよ” ”亮が帰って来たんだってば!”



ピンと来るものがあった。

初めて先輩と会った日、彼と電話していた女。一緒に映画を観に行った時、電話を掛けてきた女。



彼は「知り合いの女」と、その女についてさらりと口にした。それ以上は聞くなというオーラと共に。

しかしそれは後ろめたくてそうしてるのかと言えば、そうでない気がしていた。



自分の他に恋人が居るとか、それを内緒にしていたとか、その説はなにか違う気がした。

彼はそんな面倒なことをするような人間では無いのだ。顔の無い人々の間で沈み込むように佇む彼が脳裏に浮かぶ。

だけど‥



先輩に女が居るかもしれないという表向きの疑惑が問題なのではなく、その根本にこそ問題がある‥。

雪が拳を固めていると、横山は尚も面白がって話しかけて来た。

「あ~らら。我らが雪ちゃんはどうしちゃったのかなぁ~?

てかお前もマジでアイツに色々期待して付き合ってたワケじゃねーだろ?まっさかお前がその程度なんて‥」




べらべらと失礼なことを口にする横山に、太一が険しい顔で口を挟みかける。

しかし当の雪は俯いたまま、沈黙を貫いていた。



横山はその沈黙を図星だと捉え、ゲラゲラと癖のある声で笑って言う。

「えぇ~?何、マジで傷ついちゃった?そゆこと?!

てかさぁ、学科の奴らが本当は何て言ってるのかマジで知らねーの?」




横山は続けた。

皆表面上は”各学年の首席カップル”と口にして褒めそやしているが、実際は影でコソコソ悪く言っていると。



ニヤニヤと笑う横山から、雪は俯きながら顔を背けた。

そして黙っているのをいいことに、横山は雪に忠告をし始める。

「マージでんなことも知らねーでどうするよ?当事者が。

皆言ってんぜ、”赤山とどのくらい続くか。青田は赤山に合わせてやってるけどすぐ別れるだろう”ってな!」




横山は得意になってそれを口にしていた為、

雪の手から携帯が滑り落ちたことに気が付かなかった。



尚も続けようとする横山を見かねた太一が、

声を上げようとする。




その時だった。

導火線を伝った火は遂に爆弾まで達し、勢い良く爆発した。

炎を上げ煙を巻き、その衝撃は雪に衝動を与える。


ぅわあああああああああああ!!!!!



雪は力いっぱい横山の髪の毛を掴むと、「死ね」と言いながら両手でブンブンと左右に振り回し始めた。

横山の顔は苦悶に歪み、されるがままに振り回される。

「それで何なのよ、どうしろっていうの?!」



雪は心に渦巻く怒りのままに、横山を責め続けた。

「アンタこそちゃんと胸張って生きてるって言えんのかよ!この野郎!死ね!死ね!」



その雪の勢いに、太一も間に入れず戸惑っていた。

そしてようやく横山は雪の手を振りほどき、頭を押さえながら顔を上げる。

「このキ◯ガイ女‥!何す‥」



しかしそこで横山が目にしたのは、予想外とも言える表情の雪だった。

その顔は怒りというよりも、哀しみの色の方が色濃く映る。



横山は何も言えず、ただその場で突っ立っていた。

やがて雪は彼と太一に背を向け、そのまま去って行こうとする。



太一は慌てて雪の後を追いかけた。

そんな二人の姿を、横山はその場で見送っている。

「ったく‥マジ暴力的‥」



そう呟きながら二人の後ろ姿を見送る横山であったが、心の中に複雑な思いが芽生えるのを感じていた。

「フン!」



いい気味だ、と思う自分の他に、先ほどの雪の表情が胸に引っかかり気になる自分が居る。

しかし横山はとりあえず前者の方の思いに身をまかせ、携帯を拾うと意気揚々と大学を後にしたのだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<爆発>でした。

遂に爆発ですね‥!

髪の毛掴んでブンブン、すごいですね‥。これで横山が◯ゲの一途を辿ってくれれば言うことなし‥。


次回は<流出(1)>です。


修羅場だ~



人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

引き続きキャラ人気投票も行っています~!