Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

Everything's gonna be alright.

2014-07-31 01:00:00 | 雪3年3部(赤山家の激白~淳宅にて)


秋の日暮れは早く、雪はもう暗くなった大学の構内を一人トボトボ歩いていた。

頭の中は考え事でいっぱいだ。

どうしよう‥また学外で探さなきゃなの?最近採用厳しいのに‥。

てかもう三年なんだから、就職と関係した仕事をすべきじゃ‥でも一体何の仕事を‥




雪は図書館のバイトをクビになったことから、未だ立ち直れずに居た。

他のバイトを探そうにも、これから先の進路を考えると簡単に決断出来る状態でも無いことが、雪の頭を悩ませた。

雪は依然として悶々としながら、秋の夜道を歩く。

この際勉強に本腰入れるか?今回清水香織と横山のゴタゴタで、中間あんまり良くなかったしな‥。



いや、じゃあどうやって大学に通うっての?!

昨日あんなに大暴れしたくせに、お金出してくれなんて絶対言えないし!




アルバイトを安易に決めることが出来ない状況だが、お金が無いと大学に通えない。

昨日あれだけ小遣いの問題で揉めたのに、ノコノコ帰って金の無心なども出来るはずがない。



けれど冷静に考えてみると、そもそも自分は金の催促など一度もしたことが無いことに気がついた。

心の中に、冷たい隙間風が入り込んでくる気持ちがする。




段々と夜は深まり、徐々に空気が冷え込んで来た。

木々は既に色づいた葉を落とし終え、やがて来る冬に向けて枝のみを伸ばしている。

雪は俯きながら、ゆっくりと落ち葉の絨毯を踏みしめ歩いていた。カサカサという寂しい音だけが、歩く度耳に入って来る。

私‥前は何の仕事してたんだっけ?‥そうだ、事務補助‥。

あの時は先輩が仕事でも塾でも助けてくれて‥。

一人で何とか頑張ってみようと思ったのに、どうしてこんな風になっちゃったんだろ‥。




夏休み前、困っていた自分に手を差し伸べてくれた先輩が頭の中に浮かんだ。

結果、彼のお陰で塾も通えた。夏休みいっぱい、事務補助のアルバイトもすることが出来た。

先輩‥



雪の脳裏に、こちらを向いて微笑んでいる彼が浮かんだ。

こんな時、いつも先輩が傍に居てくれたっけ‥。けど突然こんなことで連絡するのもな‥



自分から連絡を断っておいて、いざ困ったことが起きたからといってすぐに連絡出来るほど、雪は鉄面皮では無かった。

けれどそう考える頭とは裏腹に、心の中は彼を思って徐々に湿って行く。

それでもこういう時は先輩が‥いつも‥笑顔で‥



心の中に、泣きたい気持ちが漂っていた。けれど彼女はいつもそれを飲み込む。

胸中に膨らむその気持ちを抱えながら雪は、今一番彼に逢いたいと思った。



笑顔が見たい。




助けて欲しい。






あの穏やかな声で、言って欲しい。

聞くだけで安心するあの魔法の言葉をー‥。



「雪ちゃん」





ふと、彼の声がした。

幻聴かと思って顔を上げた雪だったが、思わず目を丸くした。



目の前に立っているのは、確かに彼だった。

電柱に凭れていた彼は、彼女の姿を認めてそこから身を離す。



彼は少し気まずそうな仕草で前髪に触れてから、首の後に手を当て、彼女の方に向き直った。

「あ‥やぁ」

 

雪は信じられないものでも見るかのように、じっとその場で目を丸くしていた。

掛ける言葉も挨拶すらも、咄嗟には何も思い浮かばなかった。



そして彼は、雪の方を見て手を上げた。

彼女がずっと脳裏に思い浮かべていた、あの懐かしい笑みを浮かべて。



会いに来たよ、と淳は言った。

けれど目の前の彼女は、じっとその場に佇んだまま微動だにしない。



淳は、首に手を当てながら少し気まずそうに口を開いた。

「えっと‥勝手に来ちゃったけど‥大丈夫だよね?」



淳の言葉を聞いても、雪は無表情のまま立ち尽くしていた。

その表情は、どこか不満を覚えているように彼には見えた。



淳は首に当てた手を下ろしながら、穏やかな口調で話を続ける。

「あ‥怒ってる?勝手に来ちゃって‥」



するとそこで、雪の表情が変わった。

彼の方を見ながら、徐々に眉が下がっていく。



淳はそんな雪を前にして、キョトンとした顔で「どうしたの?」と言った。

彼女が浮かべるその表情は、淳にとって予想外だった。



「何かあったの?」と、続けて淳は雪に優しく聞いた。

淳の存在とその空気感の前に雪は、張っていた気がみるみる緩んで行くような気持ちになる。



雪は、もう限界だったのだ。

けれど自分はまだやれると、まだ頑張れると、自分を騙してここまでやって来た。

「う‥」



でももう誤魔化せなかった。

今まで自分が苦しい時、いつも傍に居てくれた彼が、また目の前に現れたのだ。

「うう‥」



小さく声を漏らしながら近づいてくる彼女を見て、淳は不思議そうな顔をしていた。

雪は自分の方に向かって、よたよたと一歩一歩、歩みを進める。



その場に佇んだままの淳の元に、とうとう雪は辿り着いた。

小さく喘ぎながら、彼に向かって縋るようにその両手を伸ばす。



雪は淳の服をぎゅっと掴み、俯いた。小さく震えている。

淳はそんな彼女を、ただじっとその場で俯瞰している。



そして沈黙する彼女に向けて、淳はゆっくりと口を開いた。

「待つって言った手前、こうやって会いに来るのは気が引けたけど‥」



雪は彼の言葉を聞いても、その苦しそうな表情を変えることなく俯いていた。

彼女の中にある何かしらの激情が、その身体を細かに震わせている。



弱った小動物のようなそんな彼女を、淳はそのまま優しく抱き締めた。

彼女は淳の長い腕に、すっぽりとおさまるように包まれる。



そして淳は、彼女から見えないところで微かに口角を上げた。

「来て良かったよ」



彼女を胸に抱きながら、淳の心は満足感でいっぱいだった。

彼女が自分の元に戻って来てくれたことに、やはり自分は間違っていないのだという思いに、淳の心は充足した。

そして淳は彼女の頭を撫でながら、その背中をゆっくりと擦りながら、優しく声を掛けたのだった。

「大丈夫。もう全部大丈夫だから」



それはいつも淳が口にする、魔法の言葉だった。

「Everything's gonna be alright.」


淳はいつにもましてその言葉が心に沿う気がした。

やはり自分は正しいのだ、そんな絶対的な確信が、彼の盲目に拍車を掛ける‥。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<Everything's gonna be alright.>でした。

やはりハイライトはこの先輩の笑みですね。



なんだかこれを思い出します‥。





震える雪ちゃんを心配するよりも、自分の元に帰って来たことの方が嬉しいように見えますよね‥。
(まぁこの時はなんで雪ちゃんがこうなっているのか、先輩はその理由は知らないんですが)

その心の内は不安でいっぱいだったと思いますが、やはりここの笑みが気になりますねぇ。


次回は<泣けない彼女>です。



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心の涙

2014-07-30 01:00:00 | 雪3年3部(赤山家の激白~淳宅にて)
大きな荷物を抱えながら外に出た雪は、早速聡美に電話を掛けた。

「あ、聡美?今日泊り行ってもいい?

まだ地元だからこれから二時間くらい掛かるんだけど‥うん、ありがとう」




雪からの申し出に、聡美は快く了承してくれた。雪は強張った表情で言葉を続ける。

「あ、それと私臨時収入あったんだ。それで美味しいものでも食べようよ」



雪の心の支柱は折れ、今まで積み上げて来たもの全て、辺り一面に散らばって心の中は雑然としていた。

もうどうにでもなれという気分だった。雪は全てに失望していたのだ。

あの大切に大切に仕舞っていたお小遣いにさえも。



雪は大きな荷物を肩に下げ、一人夜道を急いだ。

混沌とした心の中に、あの春の日の記憶が蘇った。嬉しかった気持ちが、徐々に色褪せて行く。

気まぐれに一度くれただけで‥。私‥嬉しくて馬鹿みたいに‥



封筒に入れて本に挟んでおいた。貰った夜は枕元に置いて眠った。

その意義とか、価値とか、そんな意味付けなんて度外視するくらい、父から貰った気持ちそのものが嬉しかった。



けれど。

結局父の目には長男しか映っていなかった。

娘など嫁に行けばそれまでだと、当然のように父はそう思っている。



目頭が熱くなった。鼻の先がつんとする。

雪は瞼を指で押さえながら、溢れ出しそうな激情を感じた。

しかしその感情が零れ落ちる前に、頭の中で声がした。

泣くな!泣いてどうする?!






グッと、雪は喉までこみ上げていたその感情を飲み込んだ。

幼い頃から涙が溢れそうになると自分を戒めてきた声が、今日も彼女の感情を制した。



そして雪は充血したその目元を隠すように帽子を目深に被ると、

足早にこの街を出た。







一方長男の蓮はというと、路地裏に座り込み涙を流しているところだった。

「うっうっ‥うううっ‥」



蓮は垂れる鼻水すら気にせず、溢れ出す感情に身を任せ泣いていた。

そんな彼の隣には小西恵が居て、心配そうな顔をして彼の背を撫でている。



蓮はしゃくり上げながら、流れる涙と共に心中を吐露した。恵はじっとそれを聞いている。

「俺‥マジで情けねーよ‥参考書読んでも、一つも頭に入って来ないんだ。

俺自身これから自分がどうしたいのかも分かんないのに、父さんは長男が家族を支えるもんだってプレッシャー掛けるし‥」




「けど俺はそんな父さんに一度も反論出来なくて‥笑って誤魔化すだけで‥。

母さんと姉ちゃんには完全に情けない奴だと思われて‥。何もしないで家でじっとしてんのは退屈すぎて到底我慢出来なくて、

そんな自分が何よりも嫌で‥でもアメリカに戻んのも死んでも嫌で‥」




目の前に用意された道に踏み出そうとしても、どうしても足が動かなかった。

まるで借り物の靴を履いているかのように、蓮はその場から動けない。

「俺‥マジ救い様がねーよ‥」



頭では分かっているのに踏み出せない。そして蓮は、そんな自分が何よりも嫌だった。

蓮はその後も、ずっとしくしくと泣き続けた。恵は何も言わず、ただ傍に居て彼の背を擦っていた。




涙が流れていた。

蓮はその瞳から。雪は心の中に。

曇天を見上げると、月の回りに雲が絡みつくように動いていた。

空に溶けた彼等の涙が、まるで揺蕩っているかのように。







やがて雪は聡美の家に到着し、彼女らは何事も無かったかのようにはしゃいだ。

太一もチキンとピザを持って合流し、三人は気の置けない仲間同士、楽しい時を過ごす。

 

布団にくるまりながら、三人は夜中まで写真を見たりお喋りをしたりして過ごした。

聡美も太一も、何があったのか詳しく聞いてきたりはしなかった。それがすごくありがたかった。



けれど友と笑い合う時間の中で、雪はその隙間にたまにふっと入り込んだ。

沈んだ光を帯びた瞳が、ふと時の隙間にうずもれる。

湿った空気が肩をしっとりと濡らし、



一寸先も見通せない霧の中で、私達は互いに身体をぶつけ合って彷徨っている。

 

あれから母は布団に入り、父は一人外を見ながら煙草を吸っていた。

窓から見える空は曇天で、ネオンが反射して鈍く光っている。

曖昧な感情は心の中でぼんやりと揺蕩い、それぞれの夜は更けて行く。


雪は静かな寝息を立てている友の横で、一人膝を抱えて座っていた。

疲れているのに目が冴えて、頭が痛いのに眠れなかった。

ある日突然救世主が現れて、手を差し伸べてくれる‥そんな期待したことない。



いつも一人が気楽だった。

窮屈さにも息苦しさにも、もう慣れっこだ。




雪は手に握った携帯電話に目を落としたが、やがて静かにその場に下ろした。

今会いたい人に自分から手を伸ばすことは、慣れていなくて出来なかった。

 

私は既にその術を、身に着けているから。

沈黙の中で、ただひたすらに耐えてやりすごすその術を‥




今まで両親から優等生を強いられ、それに反発して家を出たのに、

結局自分を落ち着かせるのは、その優等生の部分の自分だった。

飲み込んだ感情は胸中に充満し、空に広がる薄雲のように、心の中が曇って行く‥。





「えっ?!」



翌日大学にて、雪は事務室に呼び出され顔を青くしていた。目の前に居る事務員が、雪に通告する。

「もう来なくて良いですから」



雪は突然図書館のアルバイトをクビになった。

なぜかというと、図書館利用者匿名掲示板にて投書が来ていたからであった。



事務員が見せたそこには、「図書館バイトの女学生がすごくうるさい」という内容の苦情が書かれていた。

男子学生を連れて騒ぎを起こしたと、昨日の横山と河村氏の騒動のことが暗に記されており、

雪は返す言葉が見つからなかった。



「お気の毒ですが、クビは免れないでしょうね」と、

事務員は雪に向かってそっけなく言った。雪は弁解する余地も残されていない現状の前に、為す術もなく沈黙する。

 

事務室を出た雪は、呆然として廊下を歩いた。

先ほどの事務員が声色を変えて、おそらく彼女のボーイフレンドに電話している。

図書館バイトは苦情によって辞めたから、あなたが来て仕事すればいいよ、と。



事務員が雪にそっけなかったのはそこに理由があったようだが、もうそれも今となってはどうにもならないことだった。

雪は当てにしていた職が潰えたことに、ショックを隠し切れなかった。



授業が始まっても、雪は茫然自失といった体で固まっていた。事情を聞いた聡美と太一が、ヒソヒソと会話する。

「また魂抜けてるよ‥。もう呪いでもかかってんじゃないの?」

「カンパを集めてお祓いをしなければなりませン」



聡美と太一は、あまりにも続く雪の不運にドン引きだった。しかし多分それは運のせいだけではない。

意気消沈する雪の様子を見て、おそらく自分の希望通りになったことに満足した直美が、微かに笑っていた。



けれど雪がそれに気がつく訳が無く、雪はただ続く災難に顔を青くしていた。

自らを取り巻く運命が、音を立てて悪い方へ悪い方へと回って行く‥。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<心の涙>でした。

今回は泣けない雪と泣く蓮の対比が印象的でしたね。

度々出てくるマーブル模様の空は、雪の泣きたい気持ちを空に映した象徴の絵なんだと解釈しています。

次回もそれが出てくるので、ぜひそこにもご注目を!


そして、直美め‥


次回は<Everything's gonna be alright.>です。


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赤山家の激白

2014-07-29 01:00:00 | 雪3年3部(赤山家の激白~淳宅にて)
先ほど蓮が家を飛び出した。

手にした小遣いに託された責任に耐え切れず、それらをその場に放り出して。



雪は眉間に手を当てながら、両親に向かって一言掛ける。

「あの‥二人に喧嘩させたかったわけじゃないんだ。また蓮が戻って来たら、一度落ち着いて話を‥」



しかし雪が最後まで口にする前に、父は大きな声で娘を叱った。

「おい雪!いくらなんでも、あれが弟に対する態度か?!」

 

ビクッと雪はその声に身を竦めた。しかし父の説教は止まらない。

「ただでさえアメリカで窮屈そうなんだ、ここでちょっと羽根を伸ばしてやってるだけだろう?!

どうして蓮の意欲を失くすようなことを言うんだ!」




父は雪の母の方にも向き直り言葉を続けた。

久しぶりに帰国した息子に小遣いをあげたことが、果たしてここまで大騒ぎする問題なのかと。



父は、長男に対する女二人の態度を諌めた。蓮はやがて一家を支える大黒柱だからだ。

けれどそれでは長女はどうなるのだろう。

誰よりも苦労し、血の滲むような努力をして来た長女は。

「‥私は貰ってない」



ポツリ、と雪は一言口に出した。

小さくそう言った長女の言葉が、聞き取れなくて両親は彼女に向き直る。

「なんだって?」






雪の心の中の支柱が、グラグラと揺れていた。続ける言葉も声が震える。

「私は‥私はうちの子じゃないの?」



心の支柱が傾き、その外壁が徐々に崩れて行く。

強がりとプライドで固めていたそれが、ボロボロと零れて落ちる。

「私はバイトして学費も自分で稼いで‥私、遊ぶお金なんて全然無いよ?!

父さんが春に気まぐれでくれたあのお金が、生まれて初めて貰ったお小遣いなのよ‥」




言葉にする内に、今まで溜まった不満が胸の内でどんどん膨らんで行った。

雪は小さく震えながら、ギュッと唇を噛む。



そして雪はまるで子供のように、感情が抑え切れなくなった。

今まで押し込んで来た思いが、激情に乗って言葉になる。

「‥私も留学行きたかった。気にせず交通費だって使いたかった‥」



「高い服も着たい、新しい靴も欲しい、塾だって思う存分通いたい、

バイトも辞めたいよ!」




「ねぇ?!プライドは蓮にしか無いと思ってる?!」



「私には?!」



雪はそう言って父の顔を正面から見据えた。父は目を丸くして娘の激白を聞いている。

雪は俯き、視線を地面に落とした。そこには先ほど蓮が放り出した紙幣が、虚しく散っていた。

「蓮のプライドは全部お父さんが満たしてあげるのに、どうして私は一人あくせく勉強して自ら守らないといけないの?」



「私は‥私はいつも単位を落とさないかビクビクして、

奨学金を受けられないんじゃないかって怯えて、学費が足りないんじゃないかって悩んで、

就職出来ないんじゃないかって毎日イライラしてるのに‥」




雪の拳は固く握られ、そして目に見えるほど震えていた。

自分を支えるプライドと強がりで出来た柱が、今まさに崩れようとしているのだった。

「いくら努力したって、お父さんは全然認めてくれない!

よくやったなって、褒めてもらったことなんて一度もない!!」


 

「‥私には期待も応援もしないのに、どうして蓮にはアメリカに行けって、

力を出しなさいって、強く背中を押したりするの‥?どうしてよ‥」




最後の言葉は、消え入りそうなくらい小さかった。

雪は歯を食い縛りながら細かに震えていた。涙は出ていないけれど、今にも泣き出しそうな表情だった。



そんな娘の心中の吐露を、父は初めて耳にして驚いていた。

何も口にすることが出来ず、父はその場に立ち尽くす娘をただ凝視している。

母親は当惑しながら、「雪‥」と長女の名前を呟いた。



すると雪は今度は母の方に向き直り、今まで感じていた不満を母にぶつけ始めた。

「お母さんだってそうよ。私に全部負担を押し付けて、全て不満を吐き出して‥。

そんなの、どうやって耐えろっていうの?!」




そう声を荒げる娘に対して、母は困ったような表情をしてこう言った。

「‥お母さんは‥蓮よりあんたが頼りになるから‥」



雪は母のその答えを聞いて、項垂れた。

自分は”頼りになる”ことが当然だと、母にもまたそう思われていることを、雪は改めて思い知らされた。

「ああ‥。あんまりだわ‥本当に酷い‥」



雪は痛む頭を押さえながら自分の部屋に戻ると、身支度と荷造りをしてもう一度部屋から出て来た。

「私今日友達のとこ行くから」



雪はそう言って、両親の方を見もしないでそのまま家を出て行った。

名前を呼びかける母の声も、聞こえないフリをして。



バタン、と玄関のドアが閉まると、父は息を吐いてその場に佇んだ。

遂に息子も娘も出て行ってしまった現実。父はそんな現実に困惑する。



すると雪の母は、父に向かって声を荒げた。母もまた、父に対して積もる不満を抱えていたのだ。

「私は‥いつかこうなるんじゃないかと思ってましたよ!

子供達に差をつけないでって、何度も言ったじゃないですか!」




それに対して父は言い返した。そして夫婦は大声を出して言い争う。

「何だと?!お前だって同じじゃないか。あの子の最後の言葉が聞こえなかったのか?!」

「私が頼る先は雪しかないのよ!誰のせいでこんなに苦労してると思ってるの?!

あなたが成果も出ない事業の為にあちこち歩き回るからでしょう?!」




その母の言葉に、父はカッとした。ずっと思っていたことを、彼もまた口にする。

「わしが好きでこうしてるとでも思ってるのか?!事業がこんなことになって、気楽だったとでも?!

全部家族の為を思ってやってるんだろうが!上手く行かなくても理解を示してくれるどころか、

どうしてお前はわしをこんな風に見下すんだ!」




父の激白は、母にとっては心外だった。その言葉は、母こそが父に言いたい言葉だった。

「見下してるのはあなたの方じゃない!宴麺屋がそんなに恥ずかしい?

こんなのは事業じゃないっていうの?」




母はドンドンと強く胸を叩いた。

蓄積した哀しみが澱となって、胸の中にこびりついているのだ。

「いつも漫然と上の空で‥気にもかけないで‥!」



母はそう口にして、両手で顔を覆いながら泣き出してしまった。

子供達に続いて伴侶である妻でさえも、彼に背を向ける。



すすり泣く妻の声を聞きながら、雪の父は手で顔を覆って俯いた。

こんな筈じゃ無かったという苦い思いが、重々しく胸の中に広がって行く‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<激白>でした。

赤山家皆が心中を吐露した回でしたね‥!

そしてりんごさんご指摘の‥



お父さんに急に叱られた雪ちゃん、ビックリした拍子に絆創膏がどこかに飛んで行くという‥。^^;

名付けて「ミラコー治療」。。細かいクラブでした。


次回は<心の涙>です。



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その価値

2014-07-28 01:00:00 | 雪3年3部(赤山家の激白~淳宅にて)
水でも飲も‥



暫し部屋で膝を抱えていた雪だったが、不意に喉の乾きを感じた。

雪が自分の部屋から出ると、リビングにて蓮が父に向かって何やらゴネている。



蓮は困ったような表情をしながら、両手を合わせて父に懇願していた。それに対して父は苦い顔だ。

「ね~お父さん~!ちょっとだけ~!」「お前は度々無駄遣いしおって!昨日もやっただろうが!」

「母さんがお小遣いカットしたからどうしようもないんだよ~毎日の交通費すらギリギリで‥」

「ったく‥情けない奴だ‥」



目をウルウルさせてそう訴える蓮に、父は大きく溜息を吐くと財布から紙幣を何枚か取り出した。

無駄遣いするんじゃないぞ、と父は口にしてそれを蓮に渡す。

「わーお!父さん最高!あんたが大将!!」



雪は突然目に入って来たその光景に、目を丸くしていた。

蓮がどうやって交遊費を工面しているのかと疑問だったが、これが答えだったのだ。



金を手にしながら浮かれる蓮を見て、雪は心の中がザワザワと騒ぐのを感じた。

そしてツカツカと二人の元へと歩いて行き、父に向かって談判を始めたのだった。

「ちょっとお父さん!今までお父さんが蓮にお金あげてたの?

この子が毎日遊び呆けてるから、お母さんがわざわざお小遣いカットしたのに!

お父さんがこんな風にお金あげちゃ意味ないじゃん!」




そう声を上げて父に話す雪に、蓮はタジタジしながら手に持った紙幣を見せて言った。

「なんだよ~ほんのちょびっとだぜ?」



しかし雪は怯まず言い返した。「今までずっと貰ってたんでしょ?」と。

図星なだけに、蓮はまるで言い返せない。

 

そんな蓮を前にして、雪は段々イライラして来た。

「お金が要るなら働いて稼ぎなよ!店はまだ始まったばっかで皆忙しいのに、こんなことする必要ある?」

「そうだよ!だから店の手伝いしてんじゃん!金もほんのちょっとしか貰って無いよ!」

「そんなのは当たり前の話でしょ?!そもそも私なんて貰っても無いよ!」



姉弟はそのまま暫し言い争った。

声を荒げている内に、ずっと弟に対して持っていた不満が雪の口を突いて出る。

「あんたは帰国して一体何をやってるわけ?

毎日毎日遊び歩いて!勉強してる姿なんて一度も見かけてませんけど?!」




正論をズバズバ口にする姉の前で、蓮は青い顔をして俯いた。するとそんな姉弟の間に、父親が割って入る。

「放っておけ、コイツは彼女が出来たんだろう?

男が金も持たずにどうやって彼女に会うんだ。それもあとちょっとのことだろうが」




そして父は蓮の方へ視線を流すと、当然であるかのような口調でこう続けた。

「それに働くってどういうことだ?

そんな時間があれば早く準備してアメリカに帰るべきだろう




ビクッと、その言葉に蓮の体が強張った。

蓮は視線を泳がせながら、気まずい気持ちを押して父に話そうとした。

もうアメリカに戻る気は無いということを。



しかし父親は蓮がアメリカに帰ることを疑わず話を続けた。

二人に向かって、自分の持つ”当然”の価値観を言葉にする。

「コイツが上手く行けば、お前も上手く行くし、父さんも母さんも皆上手く行くんだぞ。

無駄に高い金を出して留学に行かせてるわけじゃないんだ。雪、お前は嫁に行ったらそれまでだが、

蓮はこれからうちの家族を支える責任がある身なんだ」




父の言葉に、雪は心を支えていた柱がぐらりと揺れる気持ちがした。

心の隙間に、冷たい風が入り込んでくるような気がする。

雪は口をポカンと開けながら、言葉も紡げず父の方を見つめた。



蓮も何も言えなかった。

手にしているたった数千円の紙幣が、将来自分が家族を支えるの為の先行投資だと改めて気付かされ、

その価値が急にズシッと重く感じられる。



暫し沈黙が流れた三人の間に、不意に大きな声が響いた。

振り返ると、母親の姿があった。先ほどのやり取りを聞いていたらしい。

「なんですって?!あなたが蓮に小遣いをあげていたんですか?」



母はリビングに入るや否や、父に向かって声を荒げて詰め寄った。

「私は蓮がアメリカに帰るまで、敢えて渡さなかったんですよ?!

こんな風にこの子を甘やかして‥それでアメリカに帰ると思いますか?!」




突然大きな声で追及された父は、タジタジとしながら苦い顔をして言い返した。

「外面を潰さない程度に蓮のプライドも守ってやらねばならんだろう」

「ったくもうあなたは本当に‥!私の仕事に一度も協力しないし、こんなのあんまりですよ!」



言い争う両親の間で、雪はタラタラと冷や汗を流していた。

自分が父と蓮との間に割って入ったことが、まさか両親の喧嘩にまで発展してしまうなんて‥。

すると母親は蓮の方に向き直ると、厳しい口調で息子に向かって追及した。

「それにあんた!あんたは一体いつアメリカに帰るの?

あんたがずっとここに居るから、こんなことになるのよ!」




母からそう言われた蓮は、手に紙幣を握り締めながら当惑した。

「お‥俺は‥」



両親と姉が、自分の方を見て答えを待っている。

しかし蓮には、何も言うべき言葉が見つからなかった。



前にいるこの三人の責任をやがて負わなければいけないという実感も、

アメリカに帰ることが当然視されている今の状況も、

まだ自分が何をしたいのかすら分からない現状も、蓮には凄まじく重たく感じられた。頬に幾筋も汗が伝う。



蓮は「俺は‥」の続きがどうしても続けられなかった。

手にしている数千円が持つその価値が、恐ろしいほど重かった。



「ううっ‥!」



そして遂に蓮は、そのプレッシャーに耐えることが出来ずに逃げ出した。

蓮が走って行った後、紙幣がその場でハラハラと虚しく散る。

「なんだなんだ!男のくせに情けない‥ったく!」



バンッと音を立てて、蓮は外へ出て行った。

こんな筈じゃなかったのにという苦い思いに、雪は思わず眉間を押さえる‥。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<その価値>でした。

赤山家の皆が、それぞれバラバラの価値観を持っているのが段々と浮き彫りになっていきます。

そして両親からの期待から逃げ出した長男‥なんだかまだ本当に子供ですね蓮は‥。

さて次回は長女が大爆発です。


<赤山家の激白>です。

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万華鏡のように

2014-07-27 01:00:00 | 雪3年3部(静香との邂逅~万華鏡の様に)


あれから雪はその足で店に寄り、閉店まで仕事を手伝った。

家に帰って自分の部屋に戻る頃には、疲れ果ててしまっていた。

「はぁ‥仕事に課題に‥ゲッソリだよ‥」



雪は疲れが取れない身体で、溜息を吐いてベットに突っ伏す。

そのままボンヤリとしていると、今日目にした父の姿が瞼の裏に浮かんだ。



街頭でたった一人、ビラ配りをしていた。あんな父の姿を見たのは初めてだ。

お父さんがやたら店から出てってたのは、アレのせいなのか?

何でお母さんに話さないんだろ‥




亮の口ぶりから言って、父がビラ配りを随分前からやっていたのは事実のようだった。

けれど今日も父は家族には何も言わぬまま、帰って来て一人テレビを見ているだけだ。



言い出せないのは、プライドの高い父の性格のせいもあるかもしれない。

雪はそう思いながら、続けて最近の父の姿を思い起こした。

考えてみれば、前より店に顔出してるし‥ちょっとは店の仕事にやる気が出て来たのかな?



ちょっと様子を見てみたら、徐々に変わってくるのかもしれない。

私も今回の期末とバイトが上手く行けば、この家も安泰かな?




常に先の見えない不安と戦ってきた雪にとって、今日はその未来に小さな光が見えた気がした。

一旦そう思えると前向きの気持ちは連鎖して、心配が尽きない弟のことに於いても希望が見える気がする。

蓮も恵となんだかんだ上手く行ったし、

蓮もアメリカへ帰る前に浮ついた所直ってくれたら‥




そして今日亮が口にしていた、

「デート費用が必要だから亮のシフト分も働いている」蓮に対して、単純な疑問が湧いた。

けど毎週デートするお金なんてあるのか?バイト料も出ないのに‥。

恵の方が多く出してるのかな‥




カードも止められている、他にバイトもしていない、一体蓮はどうやって交遊費を工面しているのだろう‥。

一つ知りたいことが思い浮かぶと、心の中におせっかいの虫が湧いて出る。雪は蓮と恵のことに思いを巡らせた。

てか蓮がアメリカ行った後、恵はどうするつもりなんだろ‥?

遠恋になるの?まだ付き合い始めなのに‥




そのままモヤモヤと色々考えていた雪だったが、ふと我に返って自分にツッコむ。

そう言う私はどうなんだっつーの‥



人の恋路の心配をしている場合ではない。まずは自分と彼のことを進めなければ。

雪は携帯に手を伸ばすと、ようやく重い腰を上げた。

そろそろ連絡してみるか‥



雪はメールフォルダを開き、先輩宛にメールを書き始めた。

しかしいざ書き始めると、なかなか上手く筆が進まない。



雪は一旦顔を上げて気持ちを仕切り直すと、先輩、お元気ですか と冒頭文を打った。

しかしなんだかすごくぎこちない。彼に向けて今までどんなメールを打っていたのか、まるで忘れてしまったかのようだ。



雪は深呼吸を一回してから、もう一度冒頭から文字を書き直そうとした。

すると、雪が勢い良く「先輩‥!」と口にした途端、携帯が震えた。



雪は「ギエエ‥!」と部屋で一人大声を上げた。リビングでテレビを見ていた父は、娘の奇声にビックリである。

「あーもう!ビックリ‥!」



雪は突然震えた携帯に仰け反りながら、届いたメールを開いてみた。先輩からのメールだった。

元気にしてる?大学、変わり無い?



またもやすごいタイミング‥。雪は「オバケ淳」に驚かされっぱなしだ。

雪が心臓麻痺になったら、彼は責任を取ってくれるのだろうか‥。



雪がそのメッセージを睨んでいると、続けてもう一通メッセージが来た。

全部上手くいくよ



そこには、彼が度々口にするその言葉が書かれていた。

自信に満ちた笑みを浮かべて、いつも雪に掛けるその言葉。

「Everything's gonna be alright.」



雪は胸の中が、両極の感情に揺れるのを感じていた。

彼の言葉に共感出来ない居心地悪さと、どこか感じる安心感と‥。雪はボンヤリと、一人心の中で考える。

数日ぶりのそんなやり取りが、懐かしいような、どこか面倒なような‥。

なんだかハッキリしない気分だ。




雪の脳裏に、様々な彼の姿が浮かび始めた。

最初に浮かんだのは、横山に送ったメールのことを追及したあの秋の夜道での彼だ。

本当に先輩が送ったんですか? そうだよ

 

彼は雪の追及に対して、顔色一つ変えずに頷いた。

雪は、物事の善悪や底に潜んだ悪意より、飄々とした彼の態度に何よりも腹が立った。

”この人のことは理解出来ない”と、彼の暗い一面に触れる度にそれを思い知らされる。

折っちまうか‥



変態男の手を、そう言いながら踏み付けていた。

あの時彼の表情は見えなかったが、その口調は恐ろしいほど冷静だった。



怖い。この人が何を考えているか分からない。

雪は恐怖で声が漏れそうになるのを、必死で堪えて震えていた‥。


けれど同じ様な路地裏に居る状況でも、正反対な印象を持つこともあった。

俺に寄って来る人達の目的は、大体知れてるから‥



酔った彼が発したその言葉は、彼の本音だとそう素直に思えた。

何かを諦めたようにそう口にする彼の横顔が、儚げに揺れていた。


そして最後に浮かんだのは、何度も謝る彼の姿だった。

ごめん



雪の顔に薬を塗りながら、淳は一人で呟くように「ごめん」を繰り返した。

そして彼は雪のことをいつまでも待つと、そう言って彼女の手を握った。


雪の頭の中で、彼はじっとその場に佇んでいる。

鍵の掛かった扉の向こう側で、微かに口元に微笑みを浮かべて彼女を待ち続けている。

その表情は、長い前髪のせいでいつもよく分からない。

覗く度に模様の変わる万華鏡のように、彼の印象はその都度変わる。

全部ひっくるめて”先輩”なんだろう。

もうそんなことを一つ一つ気にしても、何の意味もない気がして来た。




彼の二面性は一見「表と裏」、「善と悪」のような印象を受けるが、実はそれらは円となって繋がっている。

丸い万華鏡を回すとその度に模様は変わるが、その筒の実体は一つだ。



「青田淳」という人間の性質に、もう雪は気がついている。

彼は”そういう人間だ”と、認めなければいけないのだ。


不意に額が、微かに疼いたような気がした。

亮に「しっかりしろ」とデコピンされたのは、自分の考えが盲目的になっていたからだった。



私は段々と鋭さが薄れて行っているような気がするけれど、

先輩はどのくらいすり減らされて来たんだろう




清水香織との一件で、雪は彼が課されてきたその我慢の断片を知った。

人は、追い込まれると視界が狭くなる。

生まれた時からそんな境遇に置かれた彼が、盲目的にならないと一体誰が言えるのか。

そして私は、先輩と一体どうなって行きたいのか‥。



その彼の実体を知った上で、この先どうするのか。

別れるのか、付き合い続けるのか、ただの先輩と後輩に戻るのか‥。

そこから先は自分次第だ。


そして雪の心情もまた、万華鏡のように様々な模様を描いて回っていた‥。




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<万華鏡のように>でした。

横山のメールを追及した時はいっぱいいっぱいだった雪ちゃんも、

ようやく冷静に先輩のことを考えられるようになってきたみたいです。

見ないふりをしていた彼の本性を認めた上で、彼とどうなって行きたいかと考える‥。

「即別れる!」にならないところが、雪ちゃんだなぁという感じがします。

離れていく手(愛情)に追い縋る性質が影響しているんでしょうね‥。


次回は<その価値>です。



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