雪と先輩は雑貨店を出ると、連れ立って道を歩いた。
少し俯きがちな雪に、先輩は「伊吹と何かあったの?」と聞く。
誕生日でもないのにプレゼントを探す雪に、先輩も何かと気を揉んでいたのだろう。
雪は先日聡美と喧嘩した旨を話した。
「どうして?」と更に詳しく聞いてくる先輩に、頭を掻きながら説明する。
「私がいけないんです。なのにウヤムヤにしたまま何も出来なくて‥
でも考えてみたらやっぱりそれじゃダメだと思って」
ぎこちない今の関係を変えるために、知らず知らずの内に引いていた線を越えるために、雪は自分を変えようと思った。
それは小さな一歩だったが、雪にとっては大きな決心だ。
「そっか。仲直り出来るといいな」
先輩の言葉に、雪は照れ笑いをした。
言葉を続けようとした矢先、あるものに目が留まる。
「あっ!」
雪は思わずその屋台に駆け寄った。
「ポンテギだ!」
雪のテンションが上がる。
なぜなら近頃では屋台でやっている所は少なく、なかなかお目にかかれないからだ。
雪は先輩の返答も待たず、屋台に寄りポンテギを1カップ買った。
「わぁ、これ食べるのすっごく久しぶり!」
雪の手にはなみなみと盛られたポンテギのカップが握られていた。
ポンテギは雪にとっては大好物というよりも、思い出の食べ物なのだ。
「小さい頃弟と一緒に、公園に行く途中とかよく食べたんですよ」
思い出の中に、小さい雪と蓮が手を繋ぎ「ポンテギ♪ポンテギ♪ポンポン♪テギテギ♪」と歌いながら歩いた場面が浮かぶ。
楽しかった思い出と共に、その食べ物は雪の頭の中に優しい記憶として残っている。
懐かしさに促されて思わず買ってしまったと雪は先輩を笑顔で仰ぎ見たのだが、
先輩は浮かない顔で「そっか‥」と言った。
ん?
先輩の反応がどこかおかしい。
育ちの良い先輩のことなので、もしや食べたことがないんじゃないかと雪はそう聞いてみた。
すると先輩は言葉を濁しながら、「あるっちゃ‥あるけど‥」と小さく答える。
淳の脳裏には、苦い記憶の一場面が浮かぶ。
昔河村姉弟に「食ってみろ食ってみろ」と無理矢理食べさせられた思い出が頭を掠める‥。
そのまま視線を逸らしたままの先輩を見て、
雪は「あ‥食べれないんですね‥」と残念そうな視線を送った。
すると先輩は弱々しい微笑みを浮かべながら、
「いや‥ただそこまで好きじゃないというか‥」と最大限の表現のぼかしをした。
二人の間に沈黙が流れ、ふいに先輩がポンテギから背を向けた。
雪がそれを差し出すと、先輩がビクッと身を震わせる。
依然としてポンテギからは視線を外したままだ。
雪はそんな先輩を見て、そういうことかと口元を緩ませた。
弱点である。
これは希少な青田淳の弱点なのである。
雪は心を決めると、上目遣いで先輩に近寄った。
「先輩‥一口くらい食べてみて下さいよ。昔食べた時とは味が変わってるかもしれませんし」
そんな雪を前にして、先輩は幾分慌てた。
そうかもしれないけど、と口ごもりながら言うものの、躊躇いは隠せない。
雪は視線を落とすと、残念そうを通り越して哀しげに言った。
「先輩にあげようと思って買ったのに‥どうしようかな‥」
淳は青ざめた。
もう残された選択肢は、一つしか無かった‥。
ポンテギを食べた後の先輩は、口元を抑えたまま動かなくなってしまった。
雪はそんな彼の横顔を眺めながら、少しやり過ぎたかも‥と様子を窺っている。
まさかここまで苦手だとは思わなかった。
雪はなんだか彼が可哀想になるも、このチャンスは見過ごせないと思う自分もいた。
私だって一度くらい仕返し、もといからかってやりたいと常日頃思っていたのだ。
しかも、俯いてしょげている先輩は思いのほか可愛らしい感じもした‥。
その後話しかけても首を横に振るだけで俯きっぱなしの先輩を見て、雪は頭を掻いてみせた。
「私‥ちょっとふざけ過ぎたみたいですね‥すみません‥」
先輩は雪にスネたような視線を送ってから、「いやいや、大丈夫‥」とようやく口を開いた。
(その後先輩は「でももう二度と食べないから」とスネた口調で宣言し、躊躇いながら雪はそれに了承した。)
いつの間にか陽は傾いて、空には綺麗な夕焼けが広がっていた。
そろそろ帰りましょうかという話になり、雪は笑顔で先輩にお礼を言った。
「あの、今日はありがとうございました。一緒に買物付き合ってもらっちゃって」
笑顔の雪に、機嫌の直った先輩もニッコリと言葉を返す。
「え?ううん。伊吹、喜ぶといいな」
そう言われて、雪は先輩もプレゼントを買っていたことを思い出した。
微妙な気持ちのまま、雪は口を開く。
「はい、先輩も‥プレゼント喜んでもらえるといいですね‥」
先輩は雪からそう言われて、何か考えるように天を仰いだ。
そしてカバンから紙袋を取り出すと、雪に向かってそれを差し出す。
「どうぞ」
雪は先ほど先輩が買っていたそれを見て、目を丸くした。
「え?これって‥」そう尋ねた雪に、
先輩は「プレゼント」と言って微笑んだ。
雪はにわかには信じられなくて、何度も貰っていいんですかと先輩に尋ねた。
先輩はもともと、雪にあげるために買ったんだと言った。
「憎らしいからあげるのやめようかとも思ったけど、あげる」
まだポンテギの恨みが残っている先輩はちょっとスネて見せた。
しかしそんなことよりも雪は、先輩が自分にプレゼントをくれたことが信じられなかった。
どうして私なんかに、と尚も追及しかけたが、雪は口を噤んだ。
これ以上聞くのは、野暮というものだ。
「あ‥ありがとうございます」
雪の笑顔を見て、先輩はニッコリと微笑んだ。
そのまま二人は別れの挨拶を交わして、先輩は去って行った。
雪は小さくなっていく先輩の後ろ姿を見送った。
両手でプレゼントを大事そうに抱えながら。
さっきまで微妙だった心が、なんだか軽くなった。
それがどういう意味なのかまだ彼女は知らないが、自然と口元には笑みがこぼれていた。
その夜。
お風呂あがりの雪は、紙袋を両手に持って座っていた。
何が入っているんだろう。
先輩から貰ったその袋を、雪はワクワクしながら開けた。
「まさかあの得体の知れない人形じゃないでしょうね‥」
自分に似てると言われたあの人形‥なワケ‥
あった‥。
‥それでもプレゼントはプレゼントだ‥。感謝しなきゃね‥。
すると紙袋の中に、もう一つ何か入っているのに気がついた。
「まだ何か入って‥」
手のひらにコロンと落ちてきたのは、あのヘアクリップだった。
雪は思わず「うわっ!」と声を出した。
欲しかったけど金欠で買えなかったあのヘアクリップである。雪は嬉しさのあまりそれを握り締めた。
でも気に掛かることがあった。
頭に浮かんできたのは、このヘアクリップの値段である。
すごく嬉しいけど‥これ4000円じゃなかったっけ?
あの人形はまだしも、4000円の物を気軽にもらうことは躊躇われた。決して安くはない金額だ。
思い返してみれば、先輩にご飯もまだご馳走出来ていない。
これらを貰ったからには、私も何かプレゼントした方がいいのか‥?
考えても答えが出なくて、雪は布団に潜り込んだ。
うーん‥もらったからってお返ししたんじゃ、逆に気を遣わせちゃうかなぁ‥
どうしよう‥。
そう考えながら雪は、いつの間にか眠りの中に吸い込まれて行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<憎らしく愛らしい>でした。
今回はあれが出て来ましたね‥そう、ポンテギです。
wikiによると、ポンテギとは‥カイコの蛹を茹で、または蒸して味付けした韓国料理のおつまみ、だそうです。
大体カップ一杯で1000ウォン前後(日本円でいうと90~100円前後)ですって。これなら金欠の雪でも大丈夫ですね!
食べたことある方、いらっしゃいますでしょうか?また感想等お聞かせ下さいね!
しかし日本語版訳の「おでん」‥苦渋の決断だったと思いますが、ちょっと無理があるなぁ。。
次回は<彼らは塾に居る>です。
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少し俯きがちな雪に、先輩は「伊吹と何かあったの?」と聞く。
誕生日でもないのにプレゼントを探す雪に、先輩も何かと気を揉んでいたのだろう。
雪は先日聡美と喧嘩した旨を話した。
「どうして?」と更に詳しく聞いてくる先輩に、頭を掻きながら説明する。
「私がいけないんです。なのにウヤムヤにしたまま何も出来なくて‥
でも考えてみたらやっぱりそれじゃダメだと思って」
ぎこちない今の関係を変えるために、知らず知らずの内に引いていた線を越えるために、雪は自分を変えようと思った。
それは小さな一歩だったが、雪にとっては大きな決心だ。
「そっか。仲直り出来るといいな」
先輩の言葉に、雪は照れ笑いをした。
言葉を続けようとした矢先、あるものに目が留まる。
「あっ!」
雪は思わずその屋台に駆け寄った。
「ポンテギだ!」
雪のテンションが上がる。
なぜなら近頃では屋台でやっている所は少なく、なかなかお目にかかれないからだ。
雪は先輩の返答も待たず、屋台に寄りポンテギを1カップ買った。
「わぁ、これ食べるのすっごく久しぶり!」
雪の手にはなみなみと盛られたポンテギのカップが握られていた。
ポンテギは雪にとっては大好物というよりも、思い出の食べ物なのだ。
「小さい頃弟と一緒に、公園に行く途中とかよく食べたんですよ」
思い出の中に、小さい雪と蓮が手を繋ぎ「ポンテギ♪ポンテギ♪ポンポン♪テギテギ♪」と歌いながら歩いた場面が浮かぶ。
楽しかった思い出と共に、その食べ物は雪の頭の中に優しい記憶として残っている。
懐かしさに促されて思わず買ってしまったと雪は先輩を笑顔で仰ぎ見たのだが、
先輩は浮かない顔で「そっか‥」と言った。
ん?
先輩の反応がどこかおかしい。
育ちの良い先輩のことなので、もしや食べたことがないんじゃないかと雪はそう聞いてみた。
すると先輩は言葉を濁しながら、「あるっちゃ‥あるけど‥」と小さく答える。
淳の脳裏には、苦い記憶の一場面が浮かぶ。
昔河村姉弟に「食ってみろ食ってみろ」と無理矢理食べさせられた思い出が頭を掠める‥。
そのまま視線を逸らしたままの先輩を見て、
雪は「あ‥食べれないんですね‥」と残念そうな視線を送った。
すると先輩は弱々しい微笑みを浮かべながら、
「いや‥ただそこまで好きじゃないというか‥」と最大限の表現のぼかしをした。
二人の間に沈黙が流れ、ふいに先輩がポンテギから背を向けた。
雪がそれを差し出すと、先輩がビクッと身を震わせる。
依然としてポンテギからは視線を外したままだ。
雪はそんな先輩を見て、そういうことかと口元を緩ませた。
弱点である。
これは希少な青田淳の弱点なのである。
雪は心を決めると、上目遣いで先輩に近寄った。
「先輩‥一口くらい食べてみて下さいよ。昔食べた時とは味が変わってるかもしれませんし」
そんな雪を前にして、先輩は幾分慌てた。
そうかもしれないけど、と口ごもりながら言うものの、躊躇いは隠せない。
雪は視線を落とすと、残念そうを通り越して哀しげに言った。
「先輩にあげようと思って買ったのに‥どうしようかな‥」
淳は青ざめた。
もう残された選択肢は、一つしか無かった‥。
ポンテギを食べた後の先輩は、口元を抑えたまま動かなくなってしまった。
雪はそんな彼の横顔を眺めながら、少しやり過ぎたかも‥と様子を窺っている。
まさかここまで苦手だとは思わなかった。
雪はなんだか彼が可哀想になるも、このチャンスは見過ごせないと思う自分もいた。
私だって一度くらい仕返し、もといからかってやりたいと常日頃思っていたのだ。
しかも、俯いてしょげている先輩は思いのほか可愛らしい感じもした‥。
その後話しかけても首を横に振るだけで俯きっぱなしの先輩を見て、雪は頭を掻いてみせた。
「私‥ちょっとふざけ過ぎたみたいですね‥すみません‥」
先輩は雪にスネたような視線を送ってから、「いやいや、大丈夫‥」とようやく口を開いた。
(その後先輩は「でももう二度と食べないから」とスネた口調で宣言し、躊躇いながら雪はそれに了承した。)
いつの間にか陽は傾いて、空には綺麗な夕焼けが広がっていた。
そろそろ帰りましょうかという話になり、雪は笑顔で先輩にお礼を言った。
「あの、今日はありがとうございました。一緒に買物付き合ってもらっちゃって」
笑顔の雪に、機嫌の直った先輩もニッコリと言葉を返す。
「え?ううん。伊吹、喜ぶといいな」
そう言われて、雪は先輩もプレゼントを買っていたことを思い出した。
微妙な気持ちのまま、雪は口を開く。
「はい、先輩も‥プレゼント喜んでもらえるといいですね‥」
先輩は雪からそう言われて、何か考えるように天を仰いだ。
そしてカバンから紙袋を取り出すと、雪に向かってそれを差し出す。
「どうぞ」
雪は先ほど先輩が買っていたそれを見て、目を丸くした。
「え?これって‥」そう尋ねた雪に、
先輩は「プレゼント」と言って微笑んだ。
雪はにわかには信じられなくて、何度も貰っていいんですかと先輩に尋ねた。
先輩はもともと、雪にあげるために買ったんだと言った。
「憎らしいからあげるのやめようかとも思ったけど、あげる」
まだポンテギの恨みが残っている先輩はちょっとスネて見せた。
しかしそんなことよりも雪は、先輩が自分にプレゼントをくれたことが信じられなかった。
どうして私なんかに、と尚も追及しかけたが、雪は口を噤んだ。
これ以上聞くのは、野暮というものだ。
「あ‥ありがとうございます」
雪の笑顔を見て、先輩はニッコリと微笑んだ。
そのまま二人は別れの挨拶を交わして、先輩は去って行った。
雪は小さくなっていく先輩の後ろ姿を見送った。
両手でプレゼントを大事そうに抱えながら。
さっきまで微妙だった心が、なんだか軽くなった。
それがどういう意味なのかまだ彼女は知らないが、自然と口元には笑みがこぼれていた。
その夜。
お風呂あがりの雪は、紙袋を両手に持って座っていた。
何が入っているんだろう。
先輩から貰ったその袋を、雪はワクワクしながら開けた。
「まさかあの得体の知れない人形じゃないでしょうね‥」
自分に似てると言われたあの人形‥なワケ‥
あった‥。
‥それでもプレゼントはプレゼントだ‥。感謝しなきゃね‥。
すると紙袋の中に、もう一つ何か入っているのに気がついた。
「まだ何か入って‥」
手のひらにコロンと落ちてきたのは、あのヘアクリップだった。
雪は思わず「うわっ!」と声を出した。
欲しかったけど金欠で買えなかったあのヘアクリップである。雪は嬉しさのあまりそれを握り締めた。
でも気に掛かることがあった。
頭に浮かんできたのは、このヘアクリップの値段である。
すごく嬉しいけど‥これ4000円じゃなかったっけ?
あの人形はまだしも、4000円の物を気軽にもらうことは躊躇われた。決して安くはない金額だ。
思い返してみれば、先輩にご飯もまだご馳走出来ていない。
これらを貰ったからには、私も何かプレゼントした方がいいのか‥?
考えても答えが出なくて、雪は布団に潜り込んだ。
うーん‥もらったからってお返ししたんじゃ、逆に気を遣わせちゃうかなぁ‥
どうしよう‥。
そう考えながら雪は、いつの間にか眠りの中に吸い込まれて行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<憎らしく愛らしい>でした。
今回はあれが出て来ましたね‥そう、ポンテギです。
wikiによると、ポンテギとは‥カイコの蛹を茹で、または蒸して味付けした韓国料理のおつまみ、だそうです。
大体カップ一杯で1000ウォン前後(日本円でいうと90~100円前後)ですって。これなら金欠の雪でも大丈夫ですね!
食べたことある方、いらっしゃいますでしょうか?また感想等お聞かせ下さいね!
しかし日本語版訳の「おでん」‥苦渋の決断だったと思いますが、ちょっと無理があるなぁ。。
次回は<彼らは塾に居る>です。
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