Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

導火線

2014-05-31 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)
河村亮は玄関に座りながら、上機嫌で靴を履いていた。

小さな声で鼻歌まで歌いながら。



するとそんな弟の姿を見た静香が、後ろから不意に声を掛ける。

「バイトじゃない時間にも、毎日ウキウキ出てくのね」



その声を聞いた亮は、ビクッと身を震わせた。こんな早い時間に、静香が家に居るとは思っていなかったのだ。

夜中に酒でもかっくらって、てっきり午後にでも忍んで帰ってくると思ったと。

「アンタ、最近ピアノ弾いてんの?」



静香は亮の言葉には特に反応せず、そう質問した。

その突然の静香からの問いに、亮はギクッと身を強張らせる。

「は‥はぁ?」



すると静香は後ろ手に隠し持っていた物を取り出し、翳して見せた。

「これを見よ、これを~」



それは”Maybe”の楽譜だった。

亮が言葉を紡げずにいると、静香は楽譜をマジマジと見ながら口を開く。

「マジで弾いてんだ~。どうせ口だけだと思ってたのに」



結局このために上京して来たのかよ、と静香はポツリとこぼす。



亮は彼女から目を逸らし、言葉を濁した。

「あ‥いやただ‥前から知り合いの教授がいて‥偶然‥」



静香も亮の方を見ない。代わりに楽譜を眺めながらこう言った。

「ふ~ん‥。誰かさんは助けてくれる人も沢山いるのね~」



いいわねぇ、と静香は続けて言った。

その口調と表情を目にした亮は、嫌な予感を全身で感じる。



大きな爆弾に続く導火線が、チリチリと点火しようとしている。

自分の理想郷へと向かう進路が、炎から出る煙で煙って行く‥。





「ぐっ‥ぐぐぐぐ‥」



その頃雪は、横山が翳し持つ携帯を奪い取ろうと必死だった。

横山はあくまでも携帯を”見せる”だけで、雪に手渡す気は毛頭ないようだった。



暫し力を均衡させていた二人だが、やがて雪が携帯から手を離すと、

横山は雪に見えるように画面を表示した。

「このメールから見ろよ」



そう言って翳された画面に、雪は胡散臭そうに目を落とす。



そこにはこう書かれていた。

”正直に告白するのが、やっぱり一番良いんじゃないかな”



チリッ、と身体のどこかで小さな火が燃えた。

しかしまだそれに雪自身は気づいていない。



雪は横山の持つ携帯画面をスクロールし始めた。

ようやく食いついて来た雪を見て、横山がニヤリと口角を上げる。



そのフォルダには、幾つものメールが保存されていた。

”告白が難しいなら、ぬいぐるみやアクセサリーを送ってみたら?”

”そうか、夏休みだと会うこと自体大変だろうね。

同じ塾に通って、一緒に勉強してみたら良いんじゃない”




”心から想ってくれてる人を、嫌がる人間なんて居ないだろう”

”プレゼントを贈ったのに怒ったの?もしかして変な物を選んじゃったんじゃない?”




チリ、チリ、チリ。

燃え始めた小さな炎が、導火線の下で徐々に勢いを増して行く。



雪の鋭敏な部分はそれに気が付き始めていたが、いつもの彼女がそこから目を逸らした。

「‥で、これが何なの?」



その雪の反応を見て、横山は激昂した。これを見てもまだ分からないのかと。

「おい!このメールの数々が目に入んねぇのかよ?!見ろよ、一通じゃ二通じゃねぇんだぞ?!

先輩の仕業なんだって!先輩が俺にお前を追いかけさせたんだって!」




しかし雪は冷静に返した。

「当たり障りないアドバイスじゃん。

てかこういうメールを真に受けてあんな行動したアンタが‥」




訝しげな視線を送る雪に、慌てて横山はもう一通表示し、翳して見せた。


”そう?雪ちゃんは翔の事好きみたいだけど”




ボッ、と導火線に火が点いた。


見開いた目の奥深いところに、炎が燃える。





浮かんで来たのは、去年横山が口にしていた言葉だった。

”淳先輩が言ったんだ、お前が俺を好きなんだってー‥”



夏休み明け、先輩の所へ談判しに行った時の記憶も蘇った。隣に居た健太先輩が笑ってこう言った。

”落ち着けって!どうせ横山のことだから、

せいぜい電話で言い寄るくらいしか出来なかったんじゃないのか?”




それを受けて先輩は、確かこう言ったはずだ。

もしもっと酷いことされたなら言ってな。出来る限り償いは‥




あの言葉を聞いた時に、まず始めに感じた印象を思い出した。


何も知らなかった出来事なのに、あんなにすんなりと認めた上で償うの何だのっておかしくないか?

「俺はよく分からないけど俺のせいってことにしといてやるよ」って適当にあしらわれたようなもんじゃん





鍵の掛かった扉の向こうに、押し込めてある彼への不信。

導火線に続く爆弾は、その扉の前に置かれている。


”そう?雪ちゃんは翔の事好きみたいだけど”




先ほど目にしたそのメールが、火が走る時間を格段に早めていく。

爆発してしまったなら、扉は壊れてしまう。

押し込めてあった彼への不信が、知らないフリをして来た真実が、露わになって突きつけられてしまう‥。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<導火線>でした。

ヒリヒリするような展開ですね。

徐々に核心に迫って行く展開は火が走る導火線のような感じを受けて、そう記事を名づけました。

これから一週間、題名を連鎖させますのでお楽しみに~^^


次回は<炎上>です。


物々しい雰囲気になってまいりましたね‥。



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父の訓戒

2014-05-30 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)


青田淳は実家にて、ソファに腰を落ち着けていた。

といってもゆっくりしているわけではない。すぐに出勤せねばならないのだ。



先ほど雪に電話を掛けてみたが、繋がらなかった。伝えたいことがあったのだ。

淳はメールフォルダを開き、新規メッセージを作成し始める。

雪ちゃん、ごめん



まずそう打ったが、何か違う気がした。

淳は自分の気持ちと沿う言葉を探して、暫し考えあぐねる。



雪ちゃん、どうしても明日は‥

雪ちゃん、本当に悪いけど‥




打っては消し、考えあぐねてまた打って‥。

「‥‥‥‥」



淳は何度も文章を修正しながら、最終的に文面を完成させた。

雪ちゃん 本当に申し訳無いんだけど、次の約束会えないみたいだ。

急なミーティングが入って‥ごめん‥




送信ボタンを押してから、予定表を確認する。

10:00 雪 10:00 知人集まり



同じ時刻に、雪との約束と仕事がかち合っていた。

不本意ながら彼に選択権は無く、仕事を優先せざるを得ない。



淳は携帯を机の上に置くと、深く息を吐いてソファに凭れ掛かった。

出勤前だというのに、既に疲れを感じている。



雪との約束が反故になったことは、自分の都合とはいえ彼にとっても残念なことだった。

今や雪との時間は自分にとって大切な癒しの時であり、彼自身も楽しみにしていたのだ‥。



そのまま深くソファの背に凭れ、目を瞑って休んでいた淳の耳に、コンコン、とノックの音が聞こえる。

「淳、まだ行かないのか?遅刻するなよ」



部屋に入って来たのは父だった。

淳はソファから身を起こし、「行きます」と言って立ち上がる。



父も家を出るところだったので、親子は共に出勤することにした。淳は暫し外出の為の支度をする。

スーツに身を包んだ息子を見る父は、満足そうに微笑んでいた。もうすっかり一人前だ。



しかし携帯電話に目を落とす淳を見た父は、ふと息子の横顔に影が落ちたのを感じた。

父はそれを見て、何か哀しいものを感じ取る。

 

ふと、父は息子に声を掛けた。

「‥疲れただろう」



淳は父の言葉に、暫しそのままの表情で向かい合っていた。



そして頭の後ろに手をやりながら、正直な気持ちを口にする。

「はい‥まぁ‥そうですね」



素直な息子を前にして、父は大きな口を開けて笑った。

会社は大変です、と言って淳も微笑んだ。首になりたいくらい、と冗談も口にしながら。



そのまま暫し親子は会話を続けた。

「実際経験してみると、社会に出るというのは大変だろう?

学生の時より、関わらなければならない人間も遥かに多い」
 

「はい、若干」



そして淳は、スーツの身なりを直しながら淡々と言葉を続けた。

「どうしても、慣れるまでは時間が必要ですから」



まるで悟ったような、諦めたような、そんな息子の言葉を聞いた父は、暫し沈黙して彼を眺めた。

社会人として新たな一歩を踏み出した彼に、話しておきたい話があった。



父はゆっくりとした口調で、淳に向かって口を開いた。

「‥私が仕事を始めてから何が一番大変だったかを、話したことがあったかな?」



淳が聞き返すと、父は目を伏せ、語り始めた。

「私が社会生活を送る上で最も大変だったことは‥、

自分自身が”世界の中心ではない”ということを悟る過程だったよ」




淳は微笑みながら、父のその言葉を聞いた。

父は淳と向かい合いながら、思い出すように遠い目をして過去を振り返る。

「当然自分は他の人々より優秀だと思っていたのに、実際社会に出てみると私より優秀で恐ろしい人間がわんさといたよ。

上に上がるほどそのような人間だけが残るのだから、更に事態は深刻だ」




若き日の、青田青年の挫折。

高層階にて無数のビルの明かりを眺めながら、自分はその中の明かりの一つでしかないということを悟った時、愕然とした。

今までは、それら全てを手にしていると思っていたのに‥。



父は淳を真っ直ぐ見つめながら、語りかけるように言葉を紡ぐ。

「全てのものが私の意のままに、自分の考え通り物事が進むという信念は完全に崩れた。

これは自信を持って物事に臨むということとは、全く別の問題だ。

お前もこの頃、それを顕著に感じているんじゃないか?」




それを受けての、先ほどの沈んだ横顔があったのだと父は思っていた。

積み上げた砂の城が崩落する前の、昔の感覚を父は思い出している。



淳は暫し薄く微笑んだまま父を見つめていたが、やがて困ったような笑顔を浮かべてこう言った。

「さぁ‥どうでしょうか」



その返事を聞いて、父は幾分哀しそうな表情で微笑んだ。

おそらく息子は、まだ社会人として何も知らない子供なのだ‥。



そして父は強い眼差しで息子を見つめ、一つ訓戒を垂れた。

父親として、そして社会に出て数々の経験を積んだ、一先輩として。

「もう受け入れなければいけない。大人なのだから」



「世の中全てが、お前の意のままになる訳ではないということを」



そして父と息子は向かい合った。

特殊な環境で育って来た彼等は、同じものを抱えて向き合っている。



父は、戒めとしての言葉を息子に伝えた。

やがて淳が味わうであろう挫折の局面で、自分が昔悟ったその言葉を。



二人は暫し向かい合ったまま、互いに笑顔を湛えた。

そしてやがて父は目を伏せると、乗り越えてきた歴史を思い、ふっと息を吐く。



父は腕時計に目を落とすと、部屋の出入口へと向かった。

「さあ、早く行こう。本当に遅れてしまう」



淳は去って行く父の背中が部屋の外に消えるまで、微笑みを湛えた表情で立ち止まっていた。

たった今聞いた父の言葉が、鼓膜の奥で反響する。





”もう受け入れなければいけない”






そこに居るのは、一人の少年だった。

満たされないまま大人になることを強要され続けた、とても哀れな。






淳は暫しその場で立ち尽くしていた。

父からの訓戒には同意しかねていたが、会社に行けば疲れるのは分かっていたが、

出勤時間はもうそこまで迫っている。


時間は彼の気持ちとはお構いなしに、無常にも流れ続けている。

淳は時計に目を落とすと、駆け足で部屋の外へと出て行った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<父の訓戒>でした。

今回は何度もメールを打ち直す先輩が良いですね!

今までのそっけないメールの数々にも、結構手間がかかってたんでしょうか。


そして淳の父、眼鏡はどうしたんでしょうね。眼鏡あるなしで結構印象変わりますねぇ。

↓眼鏡バージョン



はい、あまり皆さん興味ないこと分かりましたので終了します(笑)



次回は<導火線>です。


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翳した切り札

2014-05-29 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)
いよいよ月曜から中間考査。

雪は、キャンパス内を歩く時ですらプリントと睨めっこだ。



ブツブツとその内容を口に出しながら暗記していると、不意に携帯が鳴った。

画面に表示された着信主を見て、雪は疑問符を浮かべる。

ん?別に仲良くもない子だけど‥



なぜこの子が電話を掛けて来るのかは分からなかったが、とりあえず出てみる。

「もしも‥」

「おい赤山!着拒すんなよ!とりあえずちょっと話を聞け!な?!」



ブチッ‥。雪はその声を聞くなり電話を切った。

横山翔である。彼は、自分の番号は着信拒否されているので、別の子の電話を借りて掛けてきたのだ。

「あーもう横山!ムカつくんじゃコイツ!



雪はプルプルと怒りに震えながら、携帯の電池を取って空に叫んだ。

横山の執念深さに苛立ちが募る。



明日から中間考査なのに、横山に神経を使わされるのが堪らなく嫌だった。

雪は怒りにまかせてドスドスとキャンパス内を歩き、自販機で一本缶ジュースを買った。



やけ酒ならぬやけジュース。

雪はグビグビとそれを一気に飲み干し、そこでようやく一息吐いた。



横山になんて神経を使っていられない、とにかく重要なことだけに集中しようと雪は自らを律する。

試験が終わったらレポートの準備をすぐに始めて‥。そういえば暫く店の手伝いが出来な‥



そこまで考えた時だった。

突然、雪の横から癖のある声が響く。

「何で無視すんだー‥」 ギャアアア!!



雪は、いきなり現れた横山に心の底から驚いた。

全身が総毛立ち、思わずよろめいて尻餅をつく。



雪は地面に座ったままで、横山に向かって声を荒げた。

「な‥何なのよ?!どういうつもり?!頭おかしいんじゃないの?!」



動揺する雪に対して横山は落ち着いていた。過剰反応なお前の方がおかしいんじゃねぇの、と冷静に反論する。

そして横山はゆっくりとこちらに近寄ると、物々しい雰囲気で雪を俯瞰した。

「何度も連絡したんだけど?話があるって言ったじゃねーか」



今にも何かしでかしそうな横山を見上げて、雪は顔面蒼白だった。

すると横山は自身のポケットから携帯電話を取り出し、雪に向かって堂々と翳した。



切り札だった。

青田淳の裏の顔を暴くことの出来る、最後の切り札。

横山は携帯電話を翳しながら、無言のままその場に佇んだ。



雪は、なぜ横山がそうしているのかが分からなかった。地面に尻餅をついた姿勢のまま、疑問符を浮かべる。

「‥何なの?」 「これを見ろよ、これを」



それは何なの、と雪は続けて聞いてみたが、

横山は「これを見なければ絶対後悔する」とだけ言って、その場から動こうとしない。



胸ぐらを掴まれるでも、すごまれるでも無い‥。雪は少し拍子抜けしながら、ゆっくりとその場から立ち上がった。

こんなことの為に前々から話し掛けていたのか、と思いながら。

「知りたくもないわ。てかアンタの話なんて信じないし」



立ち上がった雪は、そっぽを向きながら冷たくそう言い放った。横山の顔色が変わる。

「おい!マジでお前の為を思ってのことなんだって!

わっかんねーかなぁ?!まだお前に情があるから、こうして助けてやろうとしてんじゃねーか!」




横山は必死になって雪の周りをウロチョロした。雪は白目になりながら、何を言っているのかと呆れ顔だ。

「青田先輩に関することなんだって!」



何度も聞いたその言葉‥。

メールでもそんな内容のことが書かれていたと思い出し、雪は眉を寄せて横山を睨んだ。



こう何度も付きまとわれると、いい加減イライラする。雪は横山に向かって再び声を荒げた。

「もう!本当に止めてよね!先輩のことはアンタより私の方が遥かに分かってますから!

変なデタラメで人を引っ掻き回さないでよ!そうじゃなくても中間考査で、

あんたに構ってる暇なんて無いのよ!」




そのまま背を向けようとする雪に、横山も慌てて声を上げる。横山は雪に向かってズイッと携帯を翳した。

「俺のことが信じられないってか?一度見たら分かるさ、俺の話が正しいかそうじゃないかってことがな!」



横山は雪の目の前に携帯を翳し、「これ以上は追及しないから一度だけ見てみろ」と尚も言った。

本当にしつこい‥。雪はもうげんなりだ。



そのしつこさに呆れてしまい、雪は怒りのボルテージが少し下がる。

「‥それなら最初からキャプチャーして送ってくればいいじゃない!こんな風に直接見せなきゃいけないことなの?!」

「いや~キャプチャーは情が無いじゃんか~」 「何なの?バカバカしい‥」



そうしてブツクサと会話した後、横山はニヤニヤと笑みを湛えた。

「そんなにビビんなって。俺はここでじ~っとしといてやるし」



そう言って横山は、再び携帯を持ったまま雪の方に差し出した。

「いや、むしろ離れてやんよ。こっち来て見てみろって」



横山の言葉と仕草に、思わず雪は身を強張らせた。

こっちにおいでと手をこまねく横山が、ニヤニヤと笑ってこちらを見ている。



気に食わなかった。

何度もしつこいのも、度々神経を削られるのも。



雪は横山に訝しげな視線を送った。

そして最大限に警戒しながら、彼の方に歩みを進める‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<翳した切り札>でした。

横山、ついにお化け淳の特性もコピーしましたかね?^^;

そして最初していた雪のストール、どこへ行った‥

そしてビックリした拍子に飛んでいったジュース、どこへ行った‥(おまけに途中で色が変わる)

細かいクラブでした。


次回は<父の訓戒>です。


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こじれゆく真実

2014-05-28 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)


清水香織は重い足取りで、構内の廊下を歩いていた。

もう少しで教室に着いてしまう‥。



ギュッと鞄の持ち手を握り締めながら、香織は気まずい思いを持て余していた。

そして暫し入り口前で佇んでいたが、やがて意を決してドアを開けた。

「おはよ」



香織の声に、教室に居た女子達が振り返った。

香織は笑顔を浮かべて手を挙げる。



香織の挨拶に対して直美は好意的だったが、

他の女子達は互いに顔を見合わせ、沈黙した。



先日彼女がやらかしたレポート盗作事件が、未だに尾を引いているのだ。

女子達は香織に軽い挨拶を返したきり、違う話題を口にしてそれきり香織の方を向くことは無かった。



香織は再び、鞄の持ち手を握り締めながら俯いた。

オドオドと視線を彷徨わせ、同期達の冷たい態度を前にして途方に暮れる。




頭の中に、呆れたような目で自分を眺める横山翔の姿が浮かんだ。


あ~あ。なーんでそんなことしちゃったかなぁ?



あのレポート盗作事件の後、香織は横山翔のところへ行って泣きついたのだ。

すると彼は顔を顰めながら、こんな風にアドバイスをした。

その状況ならその場ですぐ間違いをしーっかり認めて、堂々と振る舞うべきだったじゃない。

お前がそういう風にオロオロしてたら、赤山は”やったー上手くいったー”っつってもっと無視されてコテンパにされんのがオチよ?




香織は首を横に振った。とてもじゃないが、そんな振る舞いは出来そうに無いと。

すると横山は意地悪そうな笑みを湛えながら、香織に向かって言い捨てた。

何?出来ないって? それじゃあずっと今のままだねぇ~








ゴクリ、と香織は唾を飲み込んだ。

また人目を気にしてオロオロするのは、また昔の冴えない自分に戻るのは、御免だった。


「あの‥」と香織は近くに居た同期に声を掛けた。



気まずい気持ちを押して、香織は口を開き始める。

「ゆ‥雪ちゃんってどこに居るか知ってるかな‥?見た人いない‥?」



香織の質問を受けて、同期達は首を横に振った。その口調は冷たい。

「雪?さぁ?何で探してんの?」



訝しげな視線を送って来る彼女らに、香織は手のひらを見せながら弁解した。

「い‥いやそのただ‥。あの時‥私パニクってそのまま逃げちゃったから‥。

遅いかもだけど、謝りたくて‥。雪ちゃんが販売サイトに上げたレポ‥

その是非はともかく、私そのまま出しちゃったから‥」




香織の告白を受けて、同期達はウンウンと頷いた。

あんたやりすぎよ、と言って。



香織は頷きながら、尚も話を続けた。

「うん‥。わ、私はただ売ってたから買ったんだけど‥。

あまりにも時間が無かったらそのまま出しちゃったんだよね‥。確かに私のミスだけど、授業中皆の前で責められて‥」




香織はしおらしく俯きながら、それとなく情状酌量の余地を図る。

「でもじっくり考えたら、なんか雪ちゃんが凄い誤解してて‥。

私と雪ちゃんって好みとかテイストが似てるみたいなんだけど‥それで‥雪ちゃん気分悪くしちゃったのかなって‥。

それで‥その誤解も絶対解きたくて‥」




香織の話を受けて、「確かにそれはあの子が大げさなのよ」と直美が援護射撃する。

しかし髪の長い同期は「そんなことまでうちらに話さなくていいから」とピシャリと言う。



香織はオドオドを必死で隠しながら頷いて、尚もしおらしく言葉を続けた。

「とにかく‥雪ちゃんに会ったら伝えておいてくれる?

私からの電話、出てくれなくて‥。ぜ‥絶対に‥謝りたいから‥」




同期の女子達は香織の告白を受けて、暫し顔を見合わせた。

しでかした事の是非はともかく、彼女は今深く反省しているようだ‥。



やがて皆息を吐くと、笑顔を浮かべて香織を許した。

「よく考えたね」 「ん、絶対謝って誤解解いたがいいよ」



彼女らの表情が和らいだのを見て、香織はホッと胸を撫で下ろした。

まずこの子達は‥



彼女らが持っていた、自分に対する悪感情はとりあえず解けた‥。

香織は達成感を感じながらその場に佇んでいたが、不意に直美が近づいて来て口を開く。

「そうだ!そういえばアンタの彼氏、最近どうなの?!」



その突然言及された話題に、香織はついていけなかった。

自分に彼氏はいないはずだが‥。



そこでハッと思い出した。

以前大学の構内で会ったあの男の子の写真を、直美に見られたことを。

そしてその男の子を、彼氏だと言ってしまったことを‥。



直美の一言によって、同期の女の子達はワッと沸いた。

直美が誇らしそうに香織の肩を抱く。

「香織ってば最近超可愛くなったでしょ?そういうワケよ!」



直美は得意そうに”香織の彼氏”について話し始めた。

「この子の彼氏、ハンパなくカワイイんだから~。年下よ年下。でしょ?」



同期達は驚きの声を上げながら、香織と直美を取り囲んだ。どんどん話が大きくなっていく。

そんな場の雰囲気に飲まれ、香織は否定出来ないまま曖昧に頷いた。

「う、うん‥」



写真無いの? という同期達の質問に、「あるよ」と香織に変わって直美が答える。

直美は香織の携帯を手に取ると、あの男の子の写真を表示した。ワッ、と皆が沸く。

「おお~!いいんじゃな~い?!」

「この子が香織ちゃんの彼氏なの~?どう見ても年下だ~」



カワイイ、と皆が口にして、直美が誇らしげに頷く。

うちの学科でも”年下の彼”が流行るんじゃない、と言って彼女らは笑った。

直美は「翔もそうだしー」と言って惚気ける。



香織は皆のテンションに圧倒されながら、今の状況に甘んじていた。

今まで地味な人生を送ってきた彼女にとってそれは、晴天の霹靂に等しい。

「どんな子?」



同期の子が、微笑みながらそう尋ねて来た。

香織は心地良い今の状況に、もう否定しようとはしなかった。

「や‥優しくて‥すごいおもしろくて‥」



注目を浴びる心地良さに、彼女は嘘を重ねて行く。

真実の在処はこじれ行き、やがてほどけない鎖となって彼女を縛る‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<こじれゆく真実>でした。

何気に一番イラっときたのは、手書きされた直美のこの台詞でした‥。

「翔もそうだしー」



羨ましくないっちゅーねん!!

前、ミュージカルのチケットを取ってくれた云々も何気にノロケ入ってましたし、

どんどん直美がイラついてくる始末‥。ふーふー‥(深呼吸)


さて内容ですが‥香織、横山に操られてますねぇ。


最後のあの影は横山でしょうか?↓



自分というものを持ってないから、こういう小狡い人間に利用されちゃうんですよねぇ。

この、「横山に利用される香織」は「横山を完全無視してる雪」と、対になっている気がします。



次回は<翳した切り札>です。

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伊吹聡美の心の内

2014-05-27 01:00:00 | 雪3年3部(聞けない淳の本音~流出)
福井太一は、大学のPCルームで一人PCと向き合っていた。

何をしているかは分からないが、とても真剣に。



隣に座っていた同じ科の女学生が、PCルームに居た同期達に声を掛ける。

「ルームカフェ一緒に行く人~?」



彼女の呼びかけに、何人かの手が挙がった。そのまま連れ立って席を立つ彼等であったが、

ルームカフェを言い出した女学生は、隣の席に座っている太一に気づいて声を掛ける。

「あ‥太一君も一緒に行く?」



しかし太一は首を横に振った。太一のそっけない仕草と端的な言葉に、

同期の男子学生は「そっか、課題頑張ってな」と声を掛けて背を向ける。


しかし太一に聞こえないように彼は、声を潜めて同期にこぼした。

「アイツ最近ちょっとおかしいよな‥何か怖ぇよ。授業中に暴力振るうし‥」



同期達は「しばらく放っとこ」とヒソヒソ話し、教室を後にした。

彼等の横で横山翔は、携帯と睨めっこをしながら浮かない表情だ。

「直美さんとメール?」 



友人の冷やかしにも、横山は曖昧な返答をする。メールの送信先は直美ではなく、赤山雪だった。

何度メールを打っても、無視されるのだが‥。



横山は憤りを抱えながら、先に行くわと言って彼等の群れから離れようとした。

直美さんと勉強するのか、という友人からの質問に頷く。

「俺ら図書館行くわ」 「席予約した?」 「おお」



そんな彼等の会話を、太一は振り返らずに耳をそばだてて聞いていた。

彼等の喧騒が去ってから、観察するようにそちらを向く。その視線は厳しかった。



虎視眈々と、太一は来るべき時の為に息を潜めていた。

一人PCに向かいながら、着々と何かを手に入れる‥。









一方、ここは聡美の父親が入院している病院である。

伊吹聡美は父親の見舞いの為にここを訪れ、今りんごを剥いているところだ。



大学のこと、友達のこと、聡美は面白おかしく父親に近況を報告した。

しかし父親は危なっかしい娘の手つきと、どんどん小さくなっていくりんごが気がかりだ。



最終的に手渡されたりんごは、その大きさの半分くらいになってしまっていた。

ありゃりゃと口に出しながら、父はりんごを受け取る。

「太一は男の子だが、すげぇ綺麗に剥いてくれたけどなぁ」



太一の名が父の口から出たことに、聡美はピクリと反応した。

「ったくアイツは‥また授業サボってここに‥」



何度もここを訪れているという太一を思い、溜息を吐く聡美。

父はりんごを食べ終わると、娘に向かって一つ質問をした。

「太一とは何で付き合わねぇんだ?俺はあいつのことかなり気に入ってっけどなぁ」



父は聡美に向かって話を続ける。

「姉ちゃんもアメリカ戻ったし、お前も大学があるし、親戚らも皆忙しいだろ。

もうヘルパーさんくらいしか俺の世話してくれる人はいねぇけど、太一の奴はよくここに来て俺のリハビリも手伝ってくれたよ。

それ以外にも沢山手助けしてくれてんだぜ?お前それ知ってっか?」




知ってる、と聡美は口を尖らせながら小さく答えた。父は尚も話を続ける。

「図体はデケェが気が良くて、話もすごく上手で面白いしな。まだ若いのに考え方もしっかりしてる」



父が語る太一は、聡美が良く知っている太一そのものだった。聡美は俯きながら、小さく言葉を口に出す。

「分かってるよ‥」



俯いた娘を見て、父親は優しく声を掛けた。

「うちの娘のお眼鏡には敵わねぇか?だけど人間ってぇのは見てくれだけが全てじゃ‥」

「そうじゃないの」



聡美の強い否定に、父親は不思議そうな顔をした。

そのまま聡美は、あまり話したことのないことを父親に向かって口に出す。

「あの子が良い子だってことは、あたしも分かってる。

正直‥あの子があたしの事を好きだって思ってくれるのも、他の子がそうだった時より嫌じゃないし‥」




じゃあ何でだ、と父が問うと、聡美は小さな声で答えた。

今まで友達として過ごして来た相手と、交際を始めたらどうなるか不安なこと。

これから行くであろう軍役の二年間、果たして自分は待てるだろうかということ。

「それに‥」



聡美はチラッと、父の姿に視線を移した。倒れてから少し痩せた、年を感じるその姿に。

ママも去って行った‥。お姉ちゃんも行ってしまった‥。



大好きな人達が、皆背を向けて去って行く。

聡美の心の中に言い様のない寂しさが募り、そのまま黙って俯いた。

「‥‥‥‥」



父親が声を掛けると聡美は顔を上げたが、それでも尚気持ちは沈んでいた。

目を逸らしながら、手持ち無沙汰に肩の辺りを触る。



そのまま暫し沈黙していた聡美だが、やがてポツリポツリと語り始めた。

それを聞く父親は、真っ直ぐに娘を見つめている。



「パパ、あたし今まで何人か付き合ったけどさ、どの人とも長く続かなかったんだよね。

あの子と付き合ったら、あの子ともそんな風に終わっちゃうんじゃないかな?

そんな風に終わっちゃったら、二度と顔も見れなくなっちゃう。そうでしょ?」




心の扉から、寂しさが言葉となって零れ落ちる。

父は何も口にすることなく、静かに娘の吐露を聞いていた。



「あの子は‥太一は‥、本当に本当に良い子で、本当に本当に大切な友達なの。

あの子と一生仲良くしていたい。本当よ‥」




聡美の願いはそれだけだった。

太一を失いたくない、ただそれだけなのだ‥。



俯いた娘の背中を、父は優しく撫でてくれた。温かな体温が伝わってくる。

傍にいることのありがたさと温かさが、聡美の心を落ち着かせる‥。


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<伊吹聡美の心の内>でした。

冒頭に出てくる「ルームカフェ」とは‥



こんな風に個室部屋になっているカフェだそうですね。くつろげそうですね~。

行ったことの有る方、レポお待ちしてますヨ~^^


そして今回の聡美の心の内‥。

何だか切なくなっちゃいましたね。大切な人が去って行くことに、すごく恐怖感がある聡美。

太一と結婚しちゃえばいいのに‥と思いました^^ この二人は良い夫婦になりそうだけどなぁ~^^


好きな人のお父さんのお見舞いに何度も顔を出し、リハビリもお手伝いする太一にホロリ‥。

間違いなくこの漫画の中で一番いい男ですよね、太一‥。


次回は<こじれゆく真実>です。


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