淳は不意に鳴り出した、父親からの着信に視線を落とした。
そのまま通話開始ボタンを押し、スピーカーモードに設定する。
「何をしている?」
「課題をしています。どうかしましたか?」
静香のことだ、と父は切り出した。
淳は聞こえないように一つ息を吐くと、マグカップに手を伸ばしながら続きを促した。
「どうしました?また何かありましたか?」
父の話によると、一度彼の元に静香が訪ねて来て談判したそうだが、彼は毅然とした態度でそれを突っぱねたらしい。
特に問題は無かった、と話した淳の父親であるが、侘しそうな声で話を続けた。
「それでも‥こんな風に皆去って行くと‥寂しい気がするんだ」
口に運ぼうとしていたカップを、淳はその場で止めた。
無表情なその口元からは何も語られることはない。しかし父の話は続いていた。
「再び以前のように一緒に過ごせないのか。
お前たちは学校も共に通ったし、家族同然で育って来たじゃないか。兄弟のように‥」
家族‥。兄弟‥。
聞き飽きたその言葉たちが、心の表面を滑っていく。
淳はカップを机に置くと、本とプリントに目をやりながら会話を続けた。
「お父さん、僕はただの一度も兄弟を望んだことはないし、
連れてきてほしいとお願いしたこともないです」
先ほど開いた心の扉のタガが、緩くなっていた。
一度は閉じたその扉であったが、そこは父の河村姉弟への言及で、再び僅かに開き始める。
「たとえそれを僕が望んでいたとしても、合わない人間を無理に絡めようとしたところで
破綻するのがオチでしょう?」
淳の視線はPCに向けられ、手に持っていたプリントは再び机の上に置かれた。
淳はキーボードを両手で叩き始める。そして感情の読めないトーンで話を続ける。
「正直に話します。どんな他の友人や同期たち、その誰よりも、
僕はあの子たちが最も遠く感じられます」
最も、と淳はその言葉を強調し、二度口にした。
それを聞いた父親は、少し言いづらそうに口を開く。
「だが‥分かっているだろう?あの子達は‥」
「亮の手は、」
淳は父の言葉を遮るように、強い口調で言葉を発した。
そして手を止め、視線を真っ直ぐに携帯に落としながら、その続きを口にした。
「僕がやったんじゃありません」
通話先の父は沈黙した。
淳はそれも分かっていたというように、淡々と言葉を続ける。
「亮の手をあんな風にした犯人も、あの事件も全部見ていたのに、
お父さんは僕がやったと考えましたよね、静香の言葉だけ信じて。
それなのにあの子らに対してまだ惜しい気がするんですか?」
何度も訴えた真実。実質的な犯人の話、静香の嘘‥。
淳はもう一度父に対して真実の念を押したが、それでも尚父は沈黙する。
心の扉の隙間から、ジワジワと毒が漏れ出していた。
「‥実の息子は僕です。なぜ信じてくれないんですか?」
トン、トン、トン。
淳は無意識の内に、人差し指を一定のリズムで動かしていた。
不穏な感情を感じる度に彼が出す、心の音に似ているもの。
「そういう意味じゃない。私は‥」
「分かっています」
淳は父親の言葉を再び遮り、もう何度も自らの中で結論づけた内容を口に出す。
「お父さんは僕のことを、幼い時からずっと”おかしな子供”だと、そう烙印してきたからです」
あの広い家で、手を伸ばしても誰にも届かない感覚。
目の前の父親が、自分に対して不意に見せるあの眼差し。
「だから信じることが出来ないんですよ」
トン、トン、トン。
隙間から漏れ出す毒。
それは図らずも露呈する、彼の本音。
「ですが、お父さん」
淳は強い口調で言った。
真実が何なのかを。子供の頃からずっと、ずっと訴えて来たことを。
「僕は、おかしくありません」
刻んでいたリズムを、淳は自ら断ち切った。
漏れ出した本音を再び沈み込ませるように、拳をグッと強く握って。
「おかしくはないんです」
自分は間違っていないのに、どうして物事は意図しない方向にばかり転がっていくのだろう。
なぜ誰も自分の気持ちを、理解してくれないのだろう。
握り締められた拳の中には、理不尽な物事に対する思いが潰されている‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<露呈された本音>でした。
いつも父親には笑顔で形式的な言葉を発してきた淳ですが、今回は本音を漏らしましたね。
少しセンシティブになっていたのもあるでしょうが、ここまで本心を言うのは珍しい。
二部では見られなかった不安定な淳が、だんだんと三部で顔を出し始めます。
そして皆様、お気づきでしょうか。
電話越しに彼が語るこの場面、彼の顔全部が描かれたのはこのコマだけだったことを。
「僕がやったんじゃありません」
チートラ3部の、この先の話を読んでいても思うのですが、
作者さんは淳の目を出す時と出さない時をすごく意図的に描いていると思います。
私はまだその意味を汲み取ることが完全には出来ていないのですが、今回このセリフの時だけ淳の顔を描いたということは、
淳は本心でこのセリフを言ったということだと思っています。
その”本心”が正しいか正しくないかはまた別の話になるのですが。
今の時点では亮の指事件の顛末が分かっていないので、これ以上は何ともいえないですが‥。
早く知りたいような、怖いような‥です^^;
そして”僕はおかしくはない”という彼の訴え。哀しいなぁと思いました。
自分が自分を肯定してあげないとやりきれなかった過去が、今の彼を作っているんでしょうね。
次回は<萌奈からの宅配便>です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!