Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

露呈された本音

2014-03-23 01:00:00 | 雪3年3部(亮蓮大学に~淳の父への本音)


淳は不意に鳴り出した、父親からの着信に視線を落とした。

そのまま通話開始ボタンを押し、スピーカーモードに設定する。

「何をしている?」

「課題をしています。どうかしましたか?」



静香のことだ、と父は切り出した。

淳は聞こえないように一つ息を吐くと、マグカップに手を伸ばしながら続きを促した。

「どうしました?また何かありましたか?」



父の話によると、一度彼の元に静香が訪ねて来て談判したそうだが、彼は毅然とした態度でそれを突っぱねたらしい。

特に問題は無かった、と話した淳の父親であるが、侘しそうな声で話を続けた。

「それでも‥こんな風に皆去って行くと‥寂しい気がするんだ」



口に運ぼうとしていたカップを、淳はその場で止めた。

無表情なその口元からは何も語られることはない。しかし父の話は続いていた。

「再び以前のように一緒に過ごせないのか。

お前たちは学校も共に通ったし、家族同然で育って来たじゃないか。兄弟のように‥」




家族‥。兄弟‥。

聞き飽きたその言葉たちが、心の表面を滑っていく。

淳はカップを机に置くと、本とプリントに目をやりながら会話を続けた。

「お父さん、僕はただの一度も兄弟を望んだことはないし、

連れてきてほしいとお願いしたこともないです」




先ほど開いた心の扉のタガが、緩くなっていた。

一度は閉じたその扉であったが、そこは父の河村姉弟への言及で、再び僅かに開き始める。

「たとえそれを僕が望んでいたとしても、合わない人間を無理に絡めようとしたところで

破綻するのがオチでしょう?」


 

淳の視線はPCに向けられ、手に持っていたプリントは再び机の上に置かれた。

淳はキーボードを両手で叩き始める。そして感情の読めないトーンで話を続ける。

「正直に話します。どんな他の友人や同期たち、その誰よりも、

僕はあの子たちが最も遠く感じられます」




最も、と淳はその言葉を強調し、二度口にした。

それを聞いた父親は、少し言いづらそうに口を開く。

「だが‥分かっているだろう?あの子達は‥」

「亮の手は、」



淳は父の言葉を遮るように、強い口調で言葉を発した。

そして手を止め、視線を真っ直ぐに携帯に落としながら、その続きを口にした。

「僕がやったんじゃありません」



通話先の父は沈黙した。

淳はそれも分かっていたというように、淡々と言葉を続ける。

「亮の手をあんな風にした犯人も、あの事件も全部見ていたのに、

お父さんは僕がやったと考えましたよね、静香の言葉だけ信じて。

それなのにあの子らに対してまだ惜しい気がするんですか?」




何度も訴えた真実。実質的な犯人の話、静香の嘘‥。

淳はもう一度父に対して真実の念を押したが、それでも尚父は沈黙する。

心の扉の隙間から、ジワジワと毒が漏れ出していた。

「‥実の息子は僕です。なぜ信じてくれないんですか?」



トン、トン、トン。

淳は無意識の内に、人差し指を一定のリズムで動かしていた。

不穏な感情を感じる度に彼が出す、心の音に似ているもの。

「そういう意味じゃない。私は‥」

「分かっています」



淳は父親の言葉を再び遮り、もう何度も自らの中で結論づけた内容を口に出す。

「お父さんは僕のことを、幼い時からずっと”おかしな子供”だと、そう烙印してきたからです」



あの広い家で、手を伸ばしても誰にも届かない感覚。

目の前の父親が、自分に対して不意に見せるあの眼差し。

「だから信じることが出来ないんですよ」



トン、トン、トン。

隙間から漏れ出す毒。

それは図らずも露呈する、彼の本音。

「ですが、お父さん」



淳は強い口調で言った。

真実が何なのかを。子供の頃からずっと、ずっと訴えて来たことを。

「僕は、おかしくありません」



刻んでいたリズムを、淳は自ら断ち切った。

漏れ出した本音を再び沈み込ませるように、拳をグッと強く握って。

「おかしくはないんです」



自分は間違っていないのに、どうして物事は意図しない方向にばかり転がっていくのだろう。

なぜ誰も自分の気持ちを、理解してくれないのだろう。

握り締められた拳の中には、理不尽な物事に対する思いが潰されている‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<露呈された本音>でした。

いつも父親には笑顔で形式的な言葉を発してきた淳ですが、今回は本音を漏らしましたね。

少しセンシティブになっていたのもあるでしょうが、ここまで本心を言うのは珍しい。

二部では見られなかった不安定な淳が、だんだんと三部で顔を出し始めます。


そして皆様、お気づきでしょうか。

電話越しに彼が語るこの場面、彼の顔全部が描かれたのはこのコマだけだったことを。

「僕がやったんじゃありません」



チートラ3部の、この先の話を読んでいても思うのですが、

作者さんは淳の目を出す時と出さない時をすごく意図的に描いていると思います。

私はまだその意味を汲み取ることが完全には出来ていないのですが、今回このセリフの時だけ淳の顔を描いたということは、

淳は本心でこのセリフを言ったということだと思っています。

その”本心”が正しいか正しくないかはまた別の話になるのですが。

今の時点では亮の指事件の顛末が分かっていないので、これ以上は何ともいえないですが‥。

早く知りたいような、怖いような‥です^^;


そして”僕はおかしくはない”という彼の訴え。哀しいなぁと思いました。

自分が自分を肯定してあげないとやりきれなかった過去が、今の彼を作っているんでしょうね。




次回は<萌奈からの宅配便>です。

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余白に漏れた本音

2014-03-22 01:00:00 | 雪3年3部(亮蓮大学に~淳の父への本音)
空には、丸い月が浮かんでいた。

しかし薄雲がかかったその光はどこか弱々しい。秋の夜だった。






青田淳は部屋で一人、PCと向き合いレポートの作成をしていた。

しんとした広い室内に、カタカタとキーボードを叩く音が響く。



ピロリン、という音と共にメール受信フォルダが光った。

淳は左手をキーボードからマウスに移し、メールボタンをクリックした。

先輩、清水香織です。グループ課題の私のパート整理しました。確認お願いします。



清水香織‥。

淳は脳裏に彼女の顔をぼんやりと思い浮かべた。確か同じグループになった後輩の女の子だった。



添付ファイルを開き、その内容を確認する。

彼女の書いたパートに一通り目を通すと、淳は彼女にメールを返した。

了解。清水のパート確認しました。修正する必要も無しだね。よく出来てるよ。お疲れ様

 

あまり彼女に期待をしていなかった淳だが、そのレポートは意外によく出来ていた。

淳は頷きその添付ファイルを保存すると、再び己のレポートに取り掛かった。





時刻は夜十時。

閑静な住宅街は既にしんと静まり返り、淳の耳には自分が叩くキーボードの音しか入って来なかった。



導入、展開、結論‥。淳は大学四年間で身につけた術で、上質なレポートを素早く書き上げていく。

カタカタカタ カタカタカタカタ





カタカタカタカタ カタカタカタカタカタカタ







静寂な空間に響くその音は、規則的な響きをしていた。

それは不穏な感情を感じる度に淳が出す、心の音に似ているもの。







その空間の中で、淳の心の扉が少し開いた。

脳裏に浮かんでくるのは、幼少時代の記憶だった。





飾らない剥き出しの感情を、否定され押さえ付けられたあの日のこと。

父親を前にする度、いつも感じる強い重圧のこと。







この広い世界の中で、自分はたった一人なのだと悟る孤独。

一番分かって欲しい相手に分かってもらえないと自覚する時の絶望。





淳は心を閉じ込めて生きてきた。

自分は一人なのだと、このまま誰とも共感し合えないまま生きていくのだと諦めながら。







しかし人生には、時に予測出来ないことが起こることを、淳は知ることになる。


その暗い世界に現れた、もう一人の自分。同じ世界の狭間に落っこちた、二つの孤独。


 




そして初めて彼女に心の片鱗を見せたあの夏の日のことを、思い出した。



 


父親との関係に悩む彼女。

友達や他人と比較して落ち込んでしまうと口にする、少し落胆した横顔。











”それでいいんだ”と、淳はその時思った。

隣に座る彼女が、いつも自分が押し込めてきた気持ちを口にする。

そう感じることは間違いじゃない、自分は正しかったんだと、慰められた気分だった。






もっと君に近づけた気がすると、淳はあの時彼女に言った。

話しても、気持ちを口に出しても、実際に問題を解決出来るわけではない。

けれど、互いのことをもっと知ることは出来る、と。


それだけでいいんだ





同族の彼女を前にして、あの時彼はそう言った。

俯瞰して眺めた心の泉には、鏡のように彼女の姿が綺麗に映っていた。



けれど‥。



先輩は、いつもそうです!




ナイフのように突きつけられた彼女の言葉は、淳の心の泉に小さな何かを投げかけた。

そこに映っていた彼女の姿に、幾重にも渡って波紋が広がっていく。






カタカタカタ カタカタカタカタカタカ‥






レポートを書いていた手が止まった。


そして淳は無意識の内に、再びキーボードをタイプした。



なぜ





それは理路整然と書かれたレポートの余白に漏れた、彼の本音だった。



なぜ 理解してくれないの











看破されたのは、同族だからだと彼は思っていた。

彼女も自分と似た淳に引き寄せられ、理解されたいと思ったからだと。


しかし今日彼女は淳を批判した。

その射るような鋭い視線で、真っ直ぐに自分を見つめながら。




鏡に映ったもう一人の自分が、勝手に動き出して淳の心を乱す。

”なぜ理解してくれないの”

子供のような理不尽で感情的な気持ちが、無機質にタイプされ、沈黙している‥。







「‥‥‥‥」



少し開かれていた心の扉は、我に返る内に閉まっていたようだ。

淳はデリートキーを押し、一文字ずつそれを消して行った。


そしてそんな時、電話が鳴った。

父親からの電話だった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<余白に漏れた本音>でした。


今回はもう‥ほぼ想像で記事を執筆したんですけれども、皆様いかがだったでしょうか?

余白に漏れ出した淳の本音。まるで子供がダダをこねて言っているような言葉ですよね。

”なんで分かってくれないの?”って‥。

淳はその優秀な頭脳で複雑なことを仕組んだり考えたりすることは得意としますが、

心の方はもう本当‥つるんとしてるんだろうなぁと思いました。

暗い世界で一人きり、誰とも心を通わせることなくここまで来てしまったこの人が、やっぱり私は不憫でなりません。。



次回は<露呈した本音>です。


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彼らの意図(3)

2014-03-21 01:00:00 | 雪3年3部(亮蓮大学に~淳の父への本音)
「やってやろーじゃねーか!!」



威圧的な淳の物言いに、とうとう亮がキレた。

「?!」



突然大声を上げた亮に、雪は驚き、淳は目を見開く。

亮は力強く拳を握ったまま、二人に向かってニヤリと笑った。そのテンションのまま淳と雪を指差す。

「言われなくてもやってやらぁ!ってかてめーらの醜態は何だ?!

これはオレの問題だろーがよ?!えぇ?!」




亮は長らく自分が蚊帳の外だったことにも腹を立てているようだった。

怒り心頭の亮を前にして、二人は二の句を継げずに呆然としている。

亮はピアノを弾く仕草をしながら、ニヤリと口角を上げた表情のまま淳に近付いた。

「オレピアノ弾くし~!リハビリもするし~!

だけど~オレがそれをどこでするかって~と~」




小憎たらしい顔をしながら、亮は淳の目の前で言葉を続けた。

そして勢い良く、目の前のピアノを指して大声を出す。

「ここでするんだっつーの!!」



亮は地面に向けていた人差し指を淳に向け、更に顔を近づけた。

「分かったかぁ~?」



亮のテンションを前にして、淳は白けた表情をしながら顔を横に背けた。

三人の間にある空気が、だんだんと淀んでいく‥。

 

雪は白目になりながら、結局いつもの雰囲気になった二人を前に固まっていた。

掛けるべき言葉が見当たらない‥。



やがて淳は小さく息を吐き、ポケットに両手を突っ込んだ格好のまま少し斜に構えて言った。

「そうか、頑張ってくれ。ここで好きなようにやればいいさ」



しかしそう言った後、ニヤリと笑ってこう口にした。

「まぁ‥忘れてるのかもしれないが、懸念要素があるんじゃないかと思うけどね‥」



そんな意味深な言葉を、淳は言葉尻を濁して口にした。

そしてそれはある特定の人物の存在を言及したものだったのだが、

亮はただ悔し紛れに淳が口にした戯言としてしか受け取らなかった。

「はぁ~??お前がオレを追い払いたくてヤキモキするのは分かっけどぉ~」



亮は淳を見つめる内に、とある考えが蘇ってくるのを感じた。

チラ、と隣で頭を抱えている雪に視線を流す。

‥そうだ。お陰で思い出したぜ。忘れていたことを‥

 

亮は雪に近付いた本来の目的を思い出していた。

数ヶ月前、淳からされた警告が鼓膜の裏で響く。

お前、これ以上俺の周りの人間に付きまとうなよ



自分が雪の傍に居ることは、淳にプレッシャーを与えることになる。

自分の居たい場所と、淳への嫌がらせ‥。

自らが選択した結果が一挙両得の結論になっていることに気付き、亮は不敵な笑みを漏らした。



しかし淳にも切り札がある。

先日父親と電話で話した、静香への援助終了の話。もう手続きの終了した、彼女の住むマンションの売買契約‥。

それがもたらす結末は容易に予測できる。

そしてまだそれに気がついていない亮を前にして、淳も不敵な笑みを漏らす。

「‥‥‥‥」



不気味な笑い声が響くその空間の中で、険悪な二人の間で、雪は頭を抱えていた。

色々な感情と考えが渦巻いて、頭の奥で鈍痛がする‥。

私は今、ここで一体何をやってるんだったっけ‥?



今自分がここに居る意味が、雪には全く分からなくなっていた。

振り回されて疲弊するいつもの感覚だけが、雪を苛んでいた‥。





「ああ~!オレのバカ!亮のコンコンチキ!これからどうすりゃいいんだぁ?!」



そして倉庫からの帰り道、亮も頭を抱えてのたうち回っていた。

売り言葉に買い言葉で、重大な決意をしてしまったのだ。しかも二人の前で、宣言するように堂々と。

「何であんなこと言っちゃったんだ?オレピアノ弾くの?ホントに弾くの??」



しかし亮は未だ動揺していた。心の整理もままならないまま、またピアノへの道を選択したということに。

亮は自分を叱咤しながら帰路を歩いていた。すると目の前に、一人の女性が立っているのが見える。



亮が立ち止まるのと同時に、彼女はこちらを向いた。

サングラスを掛け、ガムを膨らませている。



河村静香だった。

突然現れた姉を前に、亮は驚愕の叫びを上げる。

「いいいいきなり何だ?!何でお前がここに?!今日オレ厄日?!」ルルッル~♪



思わずのけぞる亮を見て、歓迎ありがとうとばかりに静香は笑顔で弟に近寄った。

サングラスを外し、気安い表情で口を開く。

「あんたここで暮らしてるんだって?なーんで電話に出ないのよぉ!

待ってる間ここらへん見て回ったけど、都心からは離れるけど悪くないじゃん!」




そして亮は、静香が持っている荷物に目を留めた。

トランクだ‥。大きな荷物‥。いきなり訪ねてきた姉‥。

「まさか‥」



亮は、嫌な予感が胸の中いっぱいに広がるのを感じた。

そしてこういった予感は、大抵の場合当たっている‥。

「あーたし追い出されちゃってー」



ぎゃあああ!と亮は胸の内で絶叫した。

静香は茫然自失の亮を揺さぶりながら、哀願するように話を続ける。

「ここ安いの? あ、とりあえずカプセルホテルの代金を払ってくれる?

生活費には手をつけないからさぁ~!狭い下宿は止めにして、お金出し合ってワンルームでも借りましょ?

この辺家賃安いみたいよ!」


 

亮は今の姉の状況を見て、ようやく先程淳の言っていた意味が理解出来た。

まぁ‥忘れてるのかもしれないが、懸念要素があるんじゃないかと思うけどね‥



‥そうだった。

亮は文字通り忘れていた。一番の問題児の存在を。

お姉ちゃんだよ?ほらスマイルスマイル!



静香が、この姉が、自分の家に転がり込んでくる‥。

”懸念要素”どころではない。彼女は”要注意”がつくほどの問題児だ‥。



もうすでにお先真っ暗、亮はイライラMAXで夕焼け空に叫んだ。

「チックショ~~!!ブッコロス!!

「その言い方はちょっとヒドイんじゃな~い?」

「てめぇは黙ってろ!!



亮の怒号が街に響いた。

雪が住み、亮が住み、そして今日から静香も住む、この街に‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼らの意図(3)>でした。

淳と亮の思惑が交錯しましたが、静香の存在で淳に軍配が上がりましたね。

それでも亮が雪の傍にいることでスッキリしないでしょうが(^^;)


そして細かいクラブとしては、雪ちゃんの服の襟首についてるピンクの淵がついたり消えたりするのが気になる‥汗


次回は<余白に漏れた本音>です。

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彼らの意図(2)

2014-03-19 01:00:00 | 雪3年3部(亮蓮大学に~淳の父への本音)
「‥‥‥‥」



雪は淳を見上げながら、胸の中に不穏な感情が渦巻くのを感じていた。

その感情の、はっきりとした正体は知らない。名など無いかもしれない。

けれどどこか感じる、この奇妙な感覚‥。

こんな感情を、彼に関与する度幾度となく味わった。



今年の春学期前、先輩のレポートが紛失して自分が首席になったと聞かされた時。

そのレポートについて、後ほど彼から説明を受けた時。



あの時の悔しさは今も忘れられない。

自分のプライドも感情も、無視されて踏みつけられてしまうような‥。



あの日書類を蹴って去って行った彼の靴音だって、未だに鼓膜の奥にこびりついている。

拭いきれない彼への不信が、再び芽を出し胸の内をざわつかせる。



亮と相対する淳を前にすると、その心の根底にいつも敵意が透けて見えた。

そして今、彼が亮に留学を提案した動機は”心配”じゃない。



”嫌悪”だ。



彼を遠くへやりたいという単純な感情に基づいた、見せかけの善意だ。


俯いていた雪は、次の瞬間キッとした鋭い視線で彼を見上げた。

「先輩、今自分がどれだけ子供っぽいことをしてるか分かってますか?

本当に河村氏のこと心配してます?」




雪は真っ直ぐに淳を見据えて口を開いた。

ただの感情的な喧嘩ではなく、それは彼に対する批判だった。

「皮肉るのか無視するのか、よく分かりません。

先輩は、いつもそうです!






彼の根っこを見透かす度に感じる、奇妙で重苦しい感情。






去年、何度もその後姿を睨んだ。


虚飾に満ちた振る舞いを観察した。いつしか、その性質に気付いた。


 


そして今雪は彼の核を看破したことを、正面からはっきりと口に出したのだ。




淳はあんぐりと口を開けたまま、暫し二の句を継げずに雪の顔を見つめていた。

反論の言葉が出かかるが、



やはり思い留まって、喉まで出かかったその言葉を飲み込んだ。

雪は自分を真っ直ぐに見上げたまま、一歩も譲る気は無さそうだったからだ。



淳は心にさざ波が立つのを感じた。

己を看破され批判されているという居心地の悪い気分のまま、再び彼女に向き直る。

「‥分からないか?」



淳は射るような視線で雪を見つめた。静かな、しかし強い口調で言葉を紡ぐ。

「君が助けたがってるから、俺も助けようとしてるんじゃないか。

こうでもしなければ、あいつはやってみようと動き出すことすらしない」




そう言いながら、再び肩を掴んで淳は言葉を続けた。

当事者なのになぜか蚊帳の外の亮は、そんな二人の様子を黙って見つめている。

「俺だって、何度もチャンスを与えるわけじゃない」



淳を見上げた雪の瞳と、彼女を見下ろす淳の瞳が向かい合う。

彼の瞳の奥には、闇があった。暗く冷淡な、漆黒の闇が。

「こいつが今回も嫌だと言えばー‥」



淳は隣で佇む亮に視線を流した。幼い頃から疎ましさを感じていたその存在‥。

立ち竦む彼を見据えながら、最終通告を下す。

「これで終わりだ。完全にね」



淳は亮の方に向き直り、改めて彼の名前を呼んだ。

「亮」



亮はビクッと身を強張らせた。揺れ動く心が、亮に動揺を与えていた。

口を噤む彼に向かって、淳は冷静なトーンで話し出す。

「もう今決めてしまおう。教授の所に行こうが留学に行こうが、ピアノを弾きたければ弾け。

でなければバイトをずっと続けるかだ」




淳は亮が選ぶことの出来る選択肢を抜き出し、淡々と整理した。

その行間に漂う葛藤や思いは、バッサリと切り捨てて。

「とにかく無駄にフラフラして、雪ちゃんを巻き込むのは止めてくれ」



一方的に告げられる忠告。様々な思いが湧き上がって、亮の心を揺らす。

ふと視線を流すと、そこには雪が居た。不安そうな顔をして、自分を見つめる彼女が。



そして、彼女の肩を掴んだその手に視線を引き寄せられた。

自分の陣地にある所有物を誇示するかのような、その威圧的な手‥。



亮の瞳が、暗闇に沈んでいく。

彼女は淳の領域に位置しているということを、今改めて思い知らされている。



頭の中に、浮かんでくる記憶があった。








あの絶望を感じた雨の中。

未来から見捨てられ、何の組織の中にも入れず、たった一人で立ち尽くし涙していたあの雨の中‥。



彼女は絶望の淵に追いやられた亮に、傘を差し掛けた。

悲しみが降りしきるその無情な雨の中、世界中でそこだけが、言葉の無い優しさに守られていた。



自分を見上げる彼女の視線が、今も脳裏に蘇る。

何も言わず、何も聞かず、彼女はただ亮の傍に佇んでいた。



雪と共に一つの傘に入っていたあの時の気持ちが、心の中に蘇る。

そして常に自問している、あの問いかけも。


自分が誰で、何を目指し、どこへ行くのか。

そして、誰と居たいのか。



胸の中に湧き上がる自分の気持ちをなぞると、自然とその答えが分かるような気がした。

グッと拳を握り締めた。だんだんと力が入っていく。


「自分のことさえしっかりやってくれれば、ピアノでも何でもまた支援出来るんだ。

どうする?」




威圧的な物言いで、淳は決定を急がせた。

「どんな選択をしても構わないが、これで終わりー‥」



強く握り締めた亮の拳は、今やその握力で細かに震えている。

そして淳が最後まで言い切る前に、亮は勢い良くその場で足を踏み鳴らし、大きく声を上げた。

「やってやろーじゃねーか!!」



亮の声は倉庫に響き渡った。

そして淳と雪は目を丸くして、彼の話の続きを待つ‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼らの意図(2)>でした。

今回は雪、淳、亮それぞれが第一人称となった場面転換をしているので、若干記事が読み辛いかもしれません^^;

あしからず‥。

セリフでは語られないですが、個人個人が回想することでその心情の動きが読み取れますね~。

そして雪も淳も長袖なのに一人半袖の亮さん‥男らしい‥。(っていうか淳これ何枚着てんの 汗)

とまた細かい所に目が行ってしまいます^^


そして!

実は明日、当ブログが開設300日目なのです~。ですので通常記事はお休みして、他のものをupします

ついこの間200日だったと思いきや‥時の流れに愕然としています^^;

また明日、遊びに来て下さいね~


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彼らの意図(1)

2014-03-18 01:00:00 | 雪3年3部(亮蓮大学に~淳の父への本音)
亮は雪の叔父の倉庫にて、蓋の閉まったピアノに触れていた。

どこか力の入りきらない左手で。



ひやりとした感覚が、指先から伝わってくる。

感覚は亮の記憶を刺激して、今となっては実現不可能な未来を夢想させる。



嫌がりながらも、コンクールの度につけていたボウタイ。

しかしもうあの過去には戻れない。ボウタイをつけるような未来は、もう永久にやってこない‥。



亮は冷たいピアノに触れながら、思うように動かない左手に目を留めた。

鍵盤蓋をなぞった時、不意に後ろから声を掛けられた。



聞き慣れた声が、「お前、」と亮を呼んだ。

振り返ると、そこに見飽きた顔があった。

「ピアノが弾きたいのか?」



ニヤリと口元を歪めた淳を見て、亮はあんぐりと口を開けた。

そして淳の後ろで雪もまた、亮と同じ表情をしていた。



そして亮と雪は同時に淳を責め出した。

二人どちらにとっても、淳のその言葉は予想外のものだったのだ。

「な‥なに言ってやがんだ!突然現れてバカ言いやがって‥!」

「そうですよ!何をいきなり‥!」



亮が食って掛かり、雪が彼の背中をポカポカ叩く。

しかし淳の表情は変わらなかった。その飄々とした態度のまま、尚も言葉を続ける。

「ピアノを弾きたいのかと聞いてるんだが」



「はぁ~~~?!」



冷静にそう口にする淳を前にして、亮の怒りボルテージがぐんぐんと上がっていった。

ピアノが弾けなくなったのは、元はといえばこいつのせいではないか‥。



亮は思わず拳を握り、彼に向かって振り上げた。

「この腐れ野郎‥!死にてーか?!」  「志村明秀」



しかし亮の拳が振るわれることは無かった。淳がその名刺の名前と肩書を、読み上げたからだった。

「ピアノ科教授。知っている人間か?連絡をもらったんだが」



掲げた名刺が放つバリアで、亮はそれ以上淳に近づけなくなった。

膠着状態の二人は、その場で睨み合う。



そんな中雪は淳の行動を目の当たりにして、一人顔を青くしていた。

”ただ名刺を渡すだけ”という名目など、淳にとってはハナから無かったようなものなのだ‥。





 

「ふぅん、」と言いながら淳は、己を睨む亮越しに一台のピアノに目を留めた。

彼の隣で呆気に取られる雪など気にせず、淳は亮に向かって話し続ける。

「大学やらここやらを覗きに来るということは、未練があるんだろう?

それじゃあ弾けよ。ほら、何してるんだ?」




畳み掛けるようにそう言葉を続ける淳に、亮は眉を寄せて歯噛みした。

何の非も感じていないと言わんばかりのその態度に、苛立ちが募っていく。



淳は尚も話続けた。

「ところで再びピアノを弾くならリハビリが必要なんじゃないか?

それならこんな風に転々としてないで、まずはリハビリから始めるべきだろう」




いけしゃあしゃあと言ってのける淳に、亮は食って掛かろうと声を上げかけた。

しかし亮の勢いを断ち切るように、淳はニヤリと笑ってこう言った。

「お前、留学するか?」



突然の淳の申し出に、亮はハッと息を呑んだ。

まるで予想もしなかったその提案に、亮はたじろぎながらその場で固まる。



しかし淳は、彼のその態度も想定内だと言わんばかりだ。

「留学先でリハビリを受けて、また勉強も始めればいい。興味あるか?」



亮は拳を握り締めながらも、淳の語るその未来を突っぱねられなかった。

そして淳は亮が何も言えないでいるのをいいことに、更に話を進めていく。

「留学に行きたいなら、いつでもそう言ってくれ。お父さんも俺も、

亮がもう一度ピアノを弾くことを望んでいるんだ‥」




耳当たりの良い言葉とは裏腹に、淳はニヤリと口角を歪めた笑みを浮かべていた。

長い前髪でその瞳は窺えないが、どんな視線で亮を見ているのか、雪には分かる気がした。



言葉を超えて伝わるものがある。その口元に、その視線に、真実が宿っている。

去年から彼と関わってきた分、雪は彼の心の中にある黒い部分が見える気がした。


「もう止めて下さい!!」



気がついたら、雪は淳と亮の間に割って入っていた。

淳の手から名刺をもぎ取り、そのまま亮に押し付ける。

 

雪は淳に食って掛かった。

「河村氏の人生は河村氏が決めますよ!」と。



しかし淳は表情を変えぬまま、まるで当然のことのように反論する。

「だから今助けようとしてるじゃないか。留学に行きたいかと尋ねることに、何か問題が?」



そう平然と切り返してくる彼に雪は幾分虚を突かれたが、

しっかりと淳を見据えて反論した。自分の思うところを、正直に。

「‥ここでなぜ留学の話が出てくるんですか?すごく唐突に感じるんですが」



雪の意見に、「そうかな」と淳はそっけなく答えた。

あえて言うなら、と雪は前置きをして更に話を続ける。

「ただ”教授のところへ行って一度話を聞いてみれば”と言えばいい話じゃないんですか?」



雪の意見には答えず、淳は自分の提案の裏付けを話し始めた。

「亮は留学の価値があるほどのピアニストなんだ。

だからこそ、今のようなどっちつかずの状況が残念でならないんだよ」




それは一見、亮を心配した幼馴染みとしてのものだった。彼の未来を懸念して、より良い未来を提示するというような。

しかし雪の胸中は騒いだ。疑念のこもった目で彼を見つめる。



そして雪の脳裏に数々の場面が浮かんで来た。

去年彼に対して不信を感じた、苦い場面ばかりが‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼らの意図(1)>でした。


淳の本性、出てますね~。

自分の動かしたい方向へ物事をコントロールする才覚には目を見張るものがあります。

淳はとにかく亮を遠くにやりたいんですね‥^^;動機は子供っぽくも、やり方は狡猾‥。難しい人です。


そして亮の腕がなにげにマッチョ!

 


次回は<彼らの意図(2)>です。


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