Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

性分

2014-07-10 01:00:00 | 雪3年3部(砂の城~性分)
「いたっ‥」



暫し彼が薬を塗るのに身を任せていた雪だが、不意に触れられた傷がひどく痛んだ。

痛いです、と続けて口にした雪に、淳は謝る。

「ごめん」 「いや‥大丈夫‥清水香織のせいですから‥」

 

そう言って首を横に振る雪に向かって、彼は尚も謝った。

「本当にごめん」



その「ごめん」が単に「痛くしてごめん」の意味じゃないことに、雪は気がついた。

自分の前にしゃがむ彼が俯いている姿を、改めて見つめる。

「ごめん」



目を伏せながら謝罪を口にする彼に、雪は幾分驚いた。

目を丸くして、その姿を見つめている。



淳は雪の瞳を真っ直ぐに見つめながら、真剣に言葉を続けた。

「ただ闇雲に謝ることを、君が嫌がるのも分かってる。けどそれでも言わせて欲しい」

「ごめん」



突然切り出されたあの問題への謝罪に、雪は当惑して言葉を濁した。

すると淳は微かに微笑みを浮かべながら、雪の目を見て静かに言葉を続けた。

「俺は、急がないから」



「君がもう少し俺を理解して歩み寄ってくれるなら、それで満足だから」



淳は跪いた姿勢のまま、彼女の心に届くよう優しく言葉を続けた。

「だから、ずっと待てるよ。ゆっくりでも、君が近付いて来てくれるなら」



「ずっと待ってるから」



彼の言葉が、夕闇迫る秋の空に溶けていく。

二人が付き合い始めたあの夏の日から、気がつけば季節を一つ越えていた。



雪は沈黙したまま彼の言葉を受け止め、その意味を考えている。

彼は心の扉の中から出てこない。そこから彼女に向かって、「待ってる」と声を掛けている。


「‥私が先輩にまた歩み寄るって、分かったような口ぶりですね‥?」



ポツリとそう口にした雪に、淳は口元を上げて言葉を返した。

「ああ。違うの?」



自信たっぷりにそう口にした淳に、雪は頭を抱えて一人悶々とした。

あ‥厚かましい‥!堂々としてるし‥!



そんな彼女を、淳はニヤリと笑ったまま眺めている。

まるで結末は分かっているかのような顔をして。



彼の笑みを目にした雪は、ただ渇いた笑いを立てるしか無かった。

そして彼は更に薬を雪の顔に塗り、雪は痛みに小さく声を上げる‥。





やがて日も暮れ、先ほどまで橙色だった空には、濃紺の夜の帳が降りた。

雪は家の近くの道を、疲れた身体を引き摺るようにしてトボトボと歩いている。




そう、とにかく私には時間が必要だ


雪は歩いている途中も家に着いてからも、頭の中でずっと考え事をしていた。


試験が終わり、また家の仕事を手伝わなきゃいけないし、横山のことについても気を張らなくちゃいけない。

恵と付き合い始めた蓮がこれからどうするのか、蓮の気持ちも聞かなきゃいけない


 


それに、学科の皆からどんな目で見られるだろうかという心配も尽きない





おまけに、そこに先輩のことまで‥。

今でさえ疲労困憊なのに、更に疲労が降り積もっていく。そして先輩もそれを分かってる‥



 


部屋に入り、シャワーを浴びて、ご飯を食べて‥。

単調に作業をこなす雪の頭の中は、ゴチャゴチャとしてとても散らかっていた。


出来ることなら、全部投げ出してどこかへ行ってしまいたいくらいだ。




けれどそんなこと出来ないことくらい、雪はとっくに分かっていた。

ベッドに潜り込みながら、騒ぐ胸の内が頭の中を更にかき乱す。


特に今日は心が落ち着かない。

皆の前で床にしゃがみ込み、晒されていた清水香織の姿が瞼の裏に焼き付いて離れない






あの崩れ落ちた清水香織を見た時、雪は崩落した砂の城のようだと思った。

土台も無いところにギリギリまで積まれた、不安定な城が崩れたのだと。


そして、雪は思った。


崩れるのはほんの一瞬だ。

そして、再び立ち上がるには時間が掛かるだろう
 と。





清水香織のことを、彼はこう語った。


清水香織のような被害者意識が過剰で、他人のものを自分のものと勘違いするような人間は、

いつもああいう風になってしまうんだ。





雪は彼の言葉に、頭の中で言葉を返した。


ううん、あの子の行く末があんな最低な終わり方じゃなかったとしても、

実際はそんなことどうでも良いんです。





あんな終わり方を期待して無かったとか、惨めな香織に罪悪感を覚えたとか、そういう訳じゃなかった。

再び、彼の言葉が脳裏に響く。


そんな人達には同情の余地も無いよ。心に溜め込まないで




そして雪は自分の気持ちを丸裸にして、頭の中でそれを伝える。


先輩はそう言っていたけど、同情でこんな気持ちになったんじゃないんです。

余計な煩わしさは少しでも減らしたい、そんな私のエゴってだけ‥






あんな終わり方になってしまうと、後の処理が大変だ。

それに向き合って事後処理にまた気を遣うパワーなど、今の疲れた雪には皆無だった。

だからそこに後悔したというだけだ。清水香織に同情なんてしていなかった‥。



眠りに落ちる寸前まで、雪の頭の中は考え事でいっぱいだった。

脳裏に色々な人の顔が浮かんでは消える。


清水香織は、なぜ‥



先輩は、どうして‥



お父さんは、お母さんは、蓮は‥。皆はなぜ‥

 


無意識に他人のことに頭を悩ませる、それは雪の性分だった。

想像を越えて、理解し難い「心」というもの。

雪は他人のそれを考えるうち、自分の心も彷徨っていくような気持ちがした。


私は、なぜ‥?




自分のものなのに、心は時に暴走して理性の範疇に収まらない。

そしてそれを動かしている性分というものは、滅多なことでは変わらない。



変わらない姿勢で彼女を待ち続ける、扉の向こうで鎮座する彼のように。




雪は次第に眠りに落ちて行った。

意識が無くなる寸前に見えた誰かの顔は、白んでいてよく分からなかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<性分>でした。

この「どうして‥?」と悶々と考える雪ちゃんは、特別編の雪ちゃんを思い出しますね。



考えてもしょうがないことを考え続けてしまう、萌菜はそんな雪を「疲れない?」と一蹴しますが、



なかなか雪は自分のそんな性分を変えることが出来ない。


極限に疲れた時にこそ、人の「性分」というものは姿を表すようです。

あの「疲れがピークだった日」に、雪を見つけた淳のように。




そして今回が雪ちゃんのそれでしたね。

そんな彼女は、扉の向こうで動かない淳の「性分」が変わらないことを見抜いて、また頭を悩ませるわけです‥。



ちなみに、その淳の「性分」が形作られる過程での話が本家版の流れでは次に来るのですが、

これは以前の記事<父の相談>にて記事を上げてますので、そこを御覧ください。


次回は<ジャンヌ・ダルクを讃えて>です


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接点

2014-07-09 01:00:00 | 雪3年3部(砂の城~性分)


雪は彼の横顔に視線を落としながら、先ほど彼が話したことの意味を考えていた。

被害者意識が過剰で、他人のものを自分のものと勘違いするような人間は、

いつもああいう風になってしまうんだ。より多くのものを持とうとして、本来自分が持っていたものまで失くしてしまう。

結局、他人に対する願望だけを噛み締めながら生きることになるんだ。そんな人達には同情の余地も無いよ




雪は塗り薬を手に取る彼を眺めながら、彼のその言葉の意味に思いを巡らせた。

彼の言葉には説得力があった。それはやはり、彼の経験に裏付けられた言葉だからだ。

そうだ‥この人って‥



雪は彼の周りの人達が、普段何気なく口にしている言葉を思い出した。

それ俺も一度はしてみてぇな~。やっぱり金持ちは‥

今日の晩メシ、青田がおごってくれんじゃねーの? えー違ぇの?




あのブルガリの時計は、母親から贈られた大切な時計だと彼は言っていた。

それを道楽によるコレクションの一つだと、お金持ち故に当然のようにそう見られてしまう現実。

彼が参加する飲み会では、奢られるのが当たり前であるかように振る舞う人達‥。

そして先日、彼の口から聞いた事実も思い出す。

亮とその姉は、俺の家が支援していたんだ



”支援は当たり前で、ダメならスポンサーのせいという考えさ”、と彼は口にした。

お金を出すことを強制的に前提とされてしまう彼の気持ちが、雪は今自分の心に真っ直ぐ入って来る感じがした。

周りの人々が持つその”当然”の雰囲気‥。

私は清水香織一人だけでも、こんなに憤ってるっていうのに‥




生まれながらに与えられた、恵まれたその環境。それは他人から見ると羨望や嫉妬の対象でしかない。以前は雪もそうだった。

安定した将来が保証されている彼に、わけもなく隔たりを感じていた。



けれど我慢を重ねるという苦しみを味わった今、雪は自分と同じ様な‥いやそれよりももっと過酷な我慢を強いられてきた彼に、

自分の感情が重なるような気持ちがした。

先輩も同じ‥



彼が背負って来た重荷や我慢、その全てを理解することなど出来ない。

けれど雪は彼の抱えるその荷物に、そっと手の平で触れているような気になった。

それはたった一点の、微かな接点であるけれど。




じっと彼を見ていた雪の方を、淳はいきなりくるりと振り向いた。

彼と目が合った雪は、一瞬ビクリとして目を丸くする。



淳は雪の方へ体ごと向くと、そのままじっと彼女の瞳を見つめ始めた。

あ‥と小さく出した雪の声が、二人の間を彷徨うように消えて行く。



雪も目を逸らせなかった。

淳は彼女の方へ手を差し出しかけて、その途中で手を止める。彼女を見つめ続けながら。



彼の瞳の中は、深い海の底のように静謐で、幽暗で、けれど何もかも映し出してしまうような、

そんな色を宿していた。その大きな二つの瞳は、瞬きもせず彼女の心の中を見つめ続けている。



彼のそんな瞳を、雪は何度も目にしたことがあった。

けれどわけもなく恐怖や威圧感を感じた以前とは違い、今雪はその中に見覚えのある何かが揺れるのを見た気がした。



二人共目を逸らさずに、己の顔を互いの瞳の中に映し続ける。

淳は彼女を見つめ続けながら、静かに口を開いた。

「‥時々、雪ちゃんて俺のことを遠まきに眺めてる」



「まるで理解出来ないものを見るかのように、何か怖いものから身を引くかのように」



あの日、柳瀬健太の行く末を想像して嗤っていた自分を、遠巻きに見ていた彼女の姿が思い浮かんだ。

他と隔絶されたその空間の中で向けられる、異質なものを見るかのような彼女のあの視線‥。



何もかもを見透かすようなその瞳を、

淳は始め嫌悪し、じきに惹かれ、そして今は我知らず恐れている。



自分は間違っていないと確証する心の片隅で、何かが揺らめくのだ。

まるで静謐な泉に投げられた、小さな一石が起こす波紋のように。




淳は雪に向かってゆっくりと手を伸ばし、もう一度口を開いた。彼女の顔に優しく触れる。

「だけど今‥」



「少しだけ君が戻ってきたような気がしたから‥期待しててもいいのかな」

 

自分から視線を逸らさなかった彼女の瞳の中に、淳は自分と同じものを見つけた気がした。

それは瞳の中に微かに光る、自分と彼女を繋ぐ微かな接点。



雪は口を噤んだまま、彼の言葉の意味をまた考えていた。

全てを見透かした上で見出したその接点を、自らと繋ごうと手を差し伸べる彼‥。


淳は幾分哀愁を含んだ表情で、彼女に問い掛ける。

「さっき俺が言った言葉、ひどいと思う?」



雪はその問い掛けに、無言で首を横に振った。

清水香織のことは、彼の意見と同じだった。



彼と彼女は、今同じ感情を共有し、互いの目に自分の姿を映している。

淳は彼女の顔に触れながら、

「そっか」と小さく一言口にした。



彼は優しく彼女の傷口に薬を塗り、またチューブから薬を出して塗って‥を繰り返す。

 

それきり何も言わない淳を、雪はじっと眺めている。



温かな指が優しく傷口を撫でる心地よさに、雪はいつしか目を瞑っていた。

あれだけささくれていた心の中が、徐々に滑らかな表面へと戻って行く‥。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<接点>でした。

やっと雪ちゃんが先輩の中に共感する点を見出した、という回だったのではないでしょうか。

清水香織との一件はここに帰結するための展開だったのですかね‥。それにしては激しかったですが‥^^;



次回は<性分>です。



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正直

2014-07-08 01:00:00 | 雪3年3部(砂の城~性分)
皆さんこんにちは。中間考査、よく出来ましたでしょうか。

”良い農夫には悪い土地は無い”という言葉がありますね?努力した分全て、良い結果が出ることを願います。

週末には、気を休めて友達と楽しい時間を送ってはいかがでしょうか?




大学中に響き渡る校内放送は、そんな内容で中間考査の最後を締めた。

雪は傷だらけの身体でヨロヨロと廊下を歩きながら、一人その放送に対して物思う。

それじゃ良くない農夫はどうしろって言うんだ‥。週末も勉強しなきゃだし‥



身体が痛み、心がささくれ、雪はくさくさしながら痛む顔を触りながら息を吐く。

「あー‥痛‥」



雪が顔を上げると、そこに彼の姿があった。

青田淳は雪と目が合うと、彼女の帽子と鞄を彼女に見えるように少し上に上げる。



確か聡美が雪の鞄を持って行ってくれたはずだが‥。

そう思い返してみるも、きっとあの二人のことだ。雪の鞄や薬などを先輩に持たせて、トンズラしたに違いない‥。



早く仲直りして下さいネ、と言って強引に事を進める二人の様子が、雪には見なくても想像出来る気がした。

彼は真っ直ぐ雪のことを見ている。雪は気まずい気持ちで、彼の視線から目を逸らす‥。







もう空は夕暮れの色をしていた。秋の深まりと共に、日が落ちるのも随分と早くなった。

外に出た二人は適当な場所を見つけて荷物を置き、淳は雪を座らせ、彼女の名を呼んだ。

「雪ちゃん」



ちょこんと行儀良く座る雪を前に、淳はテキパキと事を進める。

「薬塗ろう。ほらこっち向いて」 「ちょ‥ちょっと待って‥嫌‥」



雪は彼の手から逃れるように、俯いて首を何度も横に振った。

淳はなかなか正面を向かない雪の顔を覗き込み、「ちょっと顔見せて」と彼女の髪に触れながら声を掛ける。

 

しかし雪は彼の手を押しやると、俯いたまま手で顔を覆い、再び首を横に振り続けた。

そんな彼女の様子を見て、淳は目を丸くする。



彼女は泣いているのかもしれない。

淳はもう一度彼女に手を伸ばし、顔を覆っている手をどかそうとした。

「泣いてるの?どうした?ひどく痛む?」 「そ、そうじゃなくて‥」



雪が彼の手を押しやった拍子に、彼女の顔が露わになった。雪は掠れた声でこう言う。

「は‥恥ずかしくて‥」



そう口にして俯く雪の顔は、真っ赤になっていた。

そのまま顔が上げられない雪を見て、淳はぽかんとした後、小さく一人声を漏らす。



雪は恥ずかしくて堪らなかった。

改めて先ほどのことを思い出してみると、顔から火が出るようだった。



一応女の子なのに、取っ組み合いの殴り合い‥。しかも先輩の前で‥。

考えれば考える程雪は恥ずかしくなって、彼の前で顔が上げられない。



彼はそんな雪を見て、少し意外なそうな顔をして口を開いた。

「ふぅん‥よく分からないけど‥。君はいつも我慢に我慢を重ねて‥」



「俺はむしろ、今回全て吐き出せて良かったんだと思うよ」



雪は暫し手で顔を覆いながら俯いていたが、彼の言葉を聞いて顔を上げた。

彼は全く笑っていなかった。引いてもいなかったし、彼女から目を逸したりもしない。

「終わらせたじゃないか。ウンザリだっただろう?」



「恥ずかしくなるだけなの? スッキリしてない?」



淳は真っ直ぐ彼女の目を見て、彼女の本当の気持ちを引き出す言葉を掛けた。

彼女が抱え込んでいる重い荷物を、下ろしてあげるような心持ちで。

 

いつの間にか、顔を覆っていた手は膝の上に降りていた。恥じらいもどこかに飛んで行った。

彼の言葉は雪の心に真っ直ぐ届き、雪は本音を口に出す。

「はい、その通りです。スッキリしました」



雪は固めていた心の表面が溶けていくような気持ちになって、そのまま心の内を吐露し始めた。

「本当に終わらせたかったから‥。このままあの子と卒業までジリジリすると思ってたから、

ちょっと見苦しいことになったけど、スッキリしてます。もしかしたら内心こうなることを望んでいたのかもしれません。

幸いなことに運も良かったんです、写真を回してる最中に蓮が来て‥」




そう口にする雪を見て、淳はニコリと微笑んだ。運とは巡ってくるものではなく自ら作るものだ、と言わんばかりに。

雪は改めて、自分の気持ちを己の中で眺めてみる。

本当に‥あの子を切り捨てることが出来るなら、恥じらいなんてどうでも良かった。

皆の前で私を傷つけたあの子を、やっぱり私も皆の前で懲らしめたかった‥




だけど、と雪は思う。

心に広がる苦い気持ちに押されるように、俯きながら心中を吐露する。

「‥それでも、二人とも極端すぎたというか‥ちょっと酷かったなって思って‥」



苦々しい表情でそう言葉を紡ぐ雪に、淳は躊躇うこと無く自分の意見を口にした。

「そこまで気にする必要あるかな。誰が見ても雪ちゃんは間違ってない」



自業自得だよ、と言って淳は己の見解を述べ始めた。

「清水香織のような、被害者意識が過剰で、他人のものを自分のものと勘違いするような人間は、

いつもああいう風になってしまうんだ」




淳の目は雪を真っ直ぐに見ているようでありながら、少し遠くの記憶を辿るように幾分陰っていた。

「より多くのものを持とうとして、本来自分が持っていたものまで失くしてしまう」



淳は言葉を続けながら、傷口を診る為に雪の顎に触れ、彼女の顔を少し上に上げる。

「結局、他人に対する願望だけを噛み締めながら生きることになるんだ。

そんな人達には同情の余地も無いよ。心に溜め込まないで」




淳はそう言った後、薬の入った袋の方へと身体を移した。

顔にいくつか付いた擦り傷に塗る薬を探しているのだった。



雪は彼が口にした言葉の意味を、その横顔を見ながら考えてみる‥。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<正直>でした。

どことなく、今回二人の服の色合いが似てますね‥。先輩、またペアルックを狙ったのか‥?!


次回は本家版と題名合わせてます。

<接点>です。




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砂の城(6)ー残ったものー

2014-07-07 01:00:00 | 雪3年3部(砂の城~性分)
私は‥愛情も、成績も、友達も‥

何一つとして簡単に手に入れたものは無いよ




傷だらけの雪が苦しげに口に出したそんな言葉を、青田淳は口を噤んだままじっと聞いていた。

彼女が重たい荷物を抱え佇む姿に、どこか既視感を覚えながら。



雪と香織の喧嘩を遠巻きに見ていたギャラリーの中にも、雪の言葉に同調する子らが顔を見合わせて頷いていた。

勿論首を捻って眉を顰める子も沢山居たが。






無言のまま、暫し俯いていた香織。

ふとその傷ついた顔を上げて、周りの人達を見回した。

 

淡い恋心を抱いていたあの男の子は、香織と目が合った途端ビクッとして固まった。

後ろに居る女の子も、目を丸くしている。



違う方向を向くと、目が合った同期は苦い顔をして背を向けた。

ヒソヒソ、ヒソヒソと、座り込んだ香織の耳に彼らの囁きが聞こえて来る。

もう行こ‥これ以上見たってしゃーないし。 マジでおかしいんじゃない?

彼氏とか全部ウソかよ  気でも狂っちゃったんじゃね?
 



目の前に広がる暗闇の空間に、ぼやけて響く心無い言葉たち。

先ほどまで、自分を囲んで賑やかだった空間が嘘みたいだった。



暫し愕然とする香織に向かって、直美が怒りながら声を荒げた。

「マジで呆れるわ‥!私のことからかって楽しかった?」



早足で教室を後にする直美の後ろを、横山が「くるくるパー」のジェスチャーと共に通り過ぎて行った。

「アイツいつかこうなると思っていた」と、そう直美に声を掛けながら。



お姫様のようだと言われたピンクのワンピースはボロボロになり、

腰の辺りで結んでいた可愛いリボンも、靴跡や埃で黒ずんでしまった。香織は震えながらそれに手を伸ばす。


一方雪の周りでは聡美が退室を促し、太一が雪の傷を見て薬局に行こうと提案している。

 

蓮が淳に、ご飯の約束はまたの機会にして下さいと申し訳無さそうに口にすると、淳はそれどころじゃないもんねと言って頷く。

そんな蓮に向かって雪は、早く家に帰んなさいと喝を入れた。

 

香織の方へ振り返ってみると、彼女は震えながら鞄や散らばった荷物を必死に拾い集めていた。

その惨めな姿を前に、雪は暫し立ち尽くした。

「あー‥うちら廊下出てるから。片が付いたら出ておいでね」



聡美はそんな雪の姿を見て、彼女にそう声を掛けた。雪の鞄や帽子を持ち、太一と共に廊下に出る。

「あースッキリした!雪ってばあの子より手数多かったし!」「か、数えてたんスか?」



そんな会話を繰り広げる聡美と太一の後ろで、柳が淳に向かって言った。

大人しいと思っていた清水香織が、あんなことをするなんて想像も出来なかったと。

淳は澄んだ瞳で微笑むと、「そうだな」と口を開く。



そして淳は真っ直ぐ前を向きながら、こう言った。

「他人のことに欲深くなるほど、人は歪んで行くものだよ」



「そして奪われる側の気持ちは、誰も考えてくれないんだ」



淳のその言葉を、柳は隣で目を丸くして聞いていた。

一体彼は誰のことを言っているのかー‥?





教室には、もう雪と香織しか残っていなかった。

まだ荷物に手を伸ばしている香織の前に雪は立ち、静かに口を開く。

「‥もうウンザリよ。どうしてこんなにまでなったのかは分からないけど、

私だって、こうして戦うことを望んだわけじゃない」




「‥とにかく去年のあんたは、平井和美から助けてくれた良い同期だった‥」



ピクッと、その言葉に反応して香織の手が止まった。

去年の自分が、あの冴えない自分の姿が、香織の脳裏に蘇る。



香織はギリッと歯を食い縛りながら、憎しみを込めて口を開いた。

「‥それで?」



「あの時の私は、あんたも他の子達も、名前も覚えてないほどつまらない子だったのに‥。

あの時の私の方が今より良かったって?」




「結局私が昔みたいにならないと満足しないんでしょ?!あんたは!

それで私を踏みにじろうと‥!」




大粒の涙をいっぱいに湛えて、香織は憎しみの篭った瞳で雪のことを睨みつけた。

自身のプライドも、築いたものも、さきほどまで自分の周りに居た取り巻きも、皆自分の手から零れて行ってしまった。

それでもまだ彼女は、それは雪のせいだと思っているのだ。



雪は恨みの燃えた瞳で香織から睨まれながらも、彼女が口にした言葉に単純に違和感を持った。

自分が感じたことをありのまま、雪は香織に向かって口に出す。

「‥それで?あんたは今の自分で満足なの?」



「私はこれからずっとあんたのことを、”嘘つきで真似っ子の清水香織”と記憶していくのね」



それでいいなら構わないわ、と雪は言い残して香織から背を向けた。



早足で雪は、聡美や太一の待つ廊下へと歩いて行く。

広い教室にたった一人、ボロボロになった香織を残して。



崩れてしまった砂の城は、もう元には戻らない。

憧れていた城を模倣して作った自分の城。それを再び作り直す力など、彼女には無かった。



俯いた彼女の瞳から、後から後から涙が零れて行く。

香織は誰も居なくなった教室で、一人声を上げて号泣した。



残ったものなど、何も無かった。

いつも絶望を救ってくれた魔法も、もう効かなかった。



雪はもう廊下を歩き出していた。待っている仲間の元へと向かって。

香織はただ突っ伏して泣き崩れていた。肩を抱いてくれる人は誰も居ない。







崩れてしまった砂の城は、もう元には戻らない。

そこからまた作って行けるかどうかなんて、今は誰にも分からない‥。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<砂の城(6)ー残ったものー>でした。 

長かった砂の城シリーズも今回で終りとなります。

そして清水香織が引き起こした厄介事の数々も、一旦ここで決着がつきました。

しかし激しい最後でしたね‥そして香織は、なんと惨めな姿で終わったのでしょう‥。


結局嘘と見栄と模倣を重ねた香織の周りには誰もいなくなり、

苦しい思いをしながらもその関係に真っ直ぐ向き合って来た雪の周りには沢山の人が残った‥。

そんな対比を色濃く感じる最後でしたね。


香織が自分の生き方をちゃんと見つけて、新しい道を歩き出すことが出来ることを願います。



次回は<正直>です。



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砂の城(5)ー本音ー

2014-07-06 01:00:00 | 雪3年3部(砂の城~性分)


ドドドッ、と雪と香織は凄い勢いで床に倒れ込んだ。互いが互いの髪の毛を引っ張り、声の限りに罵り合う。

「あんたのせいでぇっ‥!」



しばし雪にマウントポジションを取られていた香織が、

叫びを上げながら必死で身体を入れ替える。

「あんたが私を困らせるからぁ‥っ!」



今度は仰向けになった雪が、香織からの攻撃を真っ向面から受け止めたかと思うと、

顔へと伸びて来た手を、身を逸らしながら避けた。香織はまだ叫びを上げる。

「全部あんたのせいよぉっ!」



雪は香織の手首を掴むと、強い力で彼女を組み敷いた。瞳の中で紅い炎が轟々と燃える。

「いいかげんにして!」



仰向けになった香織は憎しみの表情を顔中に湛えながら、

「悪女!」と叫びながら雪の頬を張った。



雪はその痛みにまた憎しみが燃えるのを感じ、

「誰がよっ?!」と言いながら香織の頬を叩いた。






そして再び取っ組み合う二人の姿を見て、ギャラリーは今や大騒ぎだった。

男子学生が面白そうに嗤いながら、二人を指差して会話する。

「女同士ってマジで髪の毛引っ掴んで喧嘩すんだな」 「ウケるw」



心配そうな顔で雪の名を呼ぶ恵の横で尻ごみをする蓮と太一、そして興奮気味の聡美。

「皆止めんじゃないわよー!雪行けーっ!今まで散々コケにされてきたんだから、

ケリつけなくっちゃあ!」




四年男子、健太と柳は遠巻きに二人を眺めている。

「てかやっぱ性格悪りぃ‥」「笑っちゃ悪いと思いつつ‥ぷぷぷ」






そしてそんな中横山翔はニヤニヤ嗤いながら、二人の喧嘩の動画を録っていた。

「赤山は顔が映んないように特別に取り計らってやろ‥」



そう言って携帯を持っていた横山だが、不意に後方の高い所からそれに手が伸びた。

横山が顔を顰めて振り返ると、青田淳は横山から取り上げたそこから、今録った動画を消去していた。

背の高い彼は、背の低い横山を冷たい視線で俯瞰する。

 

淳は横山に携帯を手渡すと、静かな口調でこう言った。

「動画はこんな時に録るもんじゃないだろ」



そしてギャラリーの中で携帯を手にしている学生達にも、淳は注意を促した。

「同じ学科生同士でこういう事は止めないか」 「そ、そうだぞ!おら、消せ消せ!喧嘩も止めさせろ!」



先ほどまで笑いを堪えていた柳も、淳の一言に乗じて周りに注意し始めた。

そして騒ぎの中心である雪と香織の取っ組み合いは、ようやく周りから仲裁の手が入ろうとしていた。



引き剥がされる雪と香織。

すると香織は泣き叫びながら、雪に向かって本音を吐露する。

「課題も!服も!あんたが何か特許でも持ってるって言うの?!

何でそんなことで人を困らせるのぉっ‥!」




「いつも私をいじめてばっかりで‥!

私を困らせるのはもう止めてよぉぉ!お願いよぉぉ‥!」




涙ながらの香織の吐露。

しかし雪には意味が分からなかった。目を大きく開けながら、雪もその本音を口に出す。

「何言ってんの?!あんた、自分がしたこと覚えてないの?!」



「なんで私の人形を盗んだの?!どうして私を羨んだりしたの?!

どういう理由で私の弟に近付いたの?!ねぇ、なんでよ!!」




雪は胸に湧き上がる怒りに突き動かされるように声を上げた。

瞳の中に、紅の炎が立ち上る。

「私から離れるべきはあんたよ!あんたの方よ!」



「あんたなんだよっ‥!!!」






あの不吉な夢の中の心象風景。

自分が居るべき場所に取って代わられる不安、叫び出したい程の恐怖。



嫌だった。嫌いだった。

今すぐにでも、彼女にその場所から出て行って欲しかった。



だから雪は心のままに叫んだのだ。

自らが立つ砂の城が、自分の叫びでぐらりと傾く‥。






その魂が震えるような吐露の後、教室はしんと静まり返った。

香織は幾つも引っかかき傷がついた顔を涙でぐじゃぐじゃにしながら、そのままその場に崩れ落ちる。





雪は立ち上がりながら、香織に向かって静かに口を開いた。

「そうね‥レポートの件は私が悪かったことにするわ。

だけど、その他の事はどれ一つとして私に非は無い。今のあんたの主張は、私としては理解が出来ないわ」




雪の語りに、ギャラリー達も静かに耳を傾けていた。雪は俯きながら言葉を続ける。

「‥もっと理解出来ないのは、どうして他人を羨んで生きるのかってこと‥。

とっくに二十歳も過ぎてるってのに、自分のスタイルも知らないで‥」




「私を少しずつ奪って行って‥」



雪はそう言って深く息を吐いた。頭の奥がズキズキと痛む。

太一や先輩が宥めるように雪の肩に手を置く。もう止めようと声を掛けながら。



すると暫し腰を抜かしたようにその場に座っていた香織が、ギッと歯を食い縛りながら口を開いた。

「‥じゃない、あんたは」



その消え入りそうな声で発せられた一言に、雪達の動きが止まった。

そのままじっと、彼女を窺い見る。



すると香織は顔を上げ、根底にあった心情を叫ぶように口にした。

「私が欲しいもの、あんたは全部持ってるじゃない!!」



雪は予想外とも言えるその言葉に目を剥いた。しかし香織は続ける。

子供のように声を上げて泣きながら。

「あんたは‥彼氏も成績も友達も全部持ってるのに‥!何がそんなに悔しいのよぉぉ‥!!」



号泣しながらその場で突っ伏す香織を、雪は暫し唖然として眺めていた。

しんとした教室に香織の泣き声だけが響き、雪は苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。



「‥あんたが何を思ってそんな風に言うのかは分からないけど‥」



香織は涙と傷でボロボロになった顔を上げ、彼女の心中の吐露を聞いた。

雪は自らの記憶を辿るように、瞳を閉じて大切なものを一つ一つ口に出す。

「私は‥愛情も、成績も、友達も、」



必死に父親を気遣う場面、徹夜でレポートに明け暮れる場面、気まずい思いを押して聡美と本音で話し合った場面‥。

そんな思い出深い記憶が、頭の中を駆け抜けて行く。

「そして‥」



そして雪は隣に立っている、淳の方へと顔を上げた。

彼氏も、という言葉の代わりに。



ゆっくりと雪は香織の方へと向き直り、最後に彼女の本当の気持ちを口に出した。

「‥何一つとして、簡単に手に入れたものは無いよ」




それが、赤山雪のリアルだった。

努力して努力して、血の滲むような思いで手にした大切なもの達。

辛いことから目を逸らさず、痛い思いをして向き合い続けてきたからこそ、手に入れることが出来たそのもの達。


雪が立っている砂の城は、彼女の汗と努力が染みこんだ、しっかりとした土台を持っていた。



そして今、それは崩落すること無く、立派に雪を支えている。

不格好に形が崩れはしたが、きっと彼女は再び、そこも努力で埋めて行く‥。




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<砂の城(5)ー本音ー>でした。


雪と香織の違いが顕著に表れた回でしたね!

互いに脆く見える砂の城の上に立っているけれど、見せかけだけの香織はすぐ崩れ、

努力の汗で固めた雪の城は崩れない‥。

そんな風景が書きたくて続けた「砂の城」シリーズでした^^ 気に入って頂けたら嬉しいです。


次回はシリーズ最後!<砂の城(6)ー残ったものー>です。




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