Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

<亮と静香>高校時代(24)ー陰への転落ー

2016-02-29 01:00:00 | 河村姉弟3<向けられた背中~後日録>


輝かしい未来へと続く道を、いつ踏み外してしまったのだろうか。

強すぎる光に視界を遮られ、深い溝の奥底へと、その闇の中へと、

彼はゆっくりと転落して行く‥。









ぐらりと、世界が歪んだ。

向かい合う青田淳と河村亮を囲んで、大勢の生徒がその現場を目撃していた。



これだけの人が居るというのに、辺りはしんと静まり返っている。

そしてそこに居るほぼ全員が、立ち尽くす青田淳の方を見つめていた。



亮は小さく「あ‥」と呟くも、その続きを口にすることが出来なかった。

目の前に居る淳が放つその闇が、徐々に亮の光を陰らせて行く。



亮の中の第六感が、最大級の警鐘を鳴らしていた。

ドクンドクンと、合わせて鼓動が加速して行く。

「いや‥オレは‥」



嫌な汗が背中を伝って流れ、亮の身体を冷やして落ちる。

亮は掠れた声でその続きを口にしようとしたが、淳の方がその先を待たずに口を開いた。

「お前、」



「欺瞞って言葉、知ってるか?」



暗く深い溝の底へ、ゆっくりと落ちて行く。

加速して行く鼓動のリズムは、その絶望へのカウントダウンだった。










放課後。

亮は授業が終わるといち早く廊下に出て、淳の姿を探した。



「!」



人波の間にその背中を見つけ、思わず駆け出す亮。

「おい!ちょっ‥」



しかし淳を呼び止める前に、誰かに思い切り肩をぶつけられた。

「んだよ!」



その痛みに苛つき、思わず声を荒げる亮。

顔を上げた先に居たのは、岡村泰士だった。岡村は亮を見て、あからさまに顔を顰める。

「あー‥クソッ。河村かよ」



「ムカツクぜー」



岡村とは以前喧嘩になった時以来犬猿の仲だが、

ここまで露骨に嫌味を出してくるのはどこか珍しかった。

しかし亮は淳のことで頭がいっぱいで、すぐにはその異変に気が付かない。

「この野郎‥」



肩の痛みとあからさまな嫌味に神経を逆撫でされ、亮は思わず声を荒げた。

すると周りに居た学生達が、ヒソヒソと何かを囁いているのに気が付く。



その光景は、明らかに今までとは違っていた。

亮は目を見開きながら、思わずその場に立ち竦む。



ヒソヒソ、コソコソと、どこからともなく降って来る言葉たち。

耳を澄ませばその言葉の全てが、亮自身に関連したそれだということが分かる。

「アイツも援助受けてるらしいじゃん」「んだよ、あんな偉そうにしてたくせによぉ」

「俺、てっきり金持ちの息子かと思ってた」「教授の孫じゃなかったの?」「大どんでん返しだな」



まるで暗雲から零れる雨粒のように、その言葉は亮の心に黒い染みを作った。

足が竦んで動けない。

視界の端に、去って行く淳の背中が見える。



「乞食野郎」



俯いた亮の背後から掛かる、心無い言葉。

岡村は亮の背中を小突きながら、真実を晒された彼を嘲笑う。

「なんで学校に乞食が居るんだ~?」



あははは‥ ははは‥



背中越しに聞こえる嘲笑い声。

遠い昔、狂いそうなほど聞かされた。

記憶の奥底に沈めたその過去が、その暗い記憶が、亮の拳を固く握らせる‥。









「あんた何やらかしたのよ?!」



ヒステリックな静香の叫びが、痛む頭をガンガンと鳴らした。

傷だらけの亮に向かって、静香は蒼白な顔で必死に訴える。

「みんなあたしのこと見下すのよ!あたしを!このあたしを!!」



「これじゃ昔と一緒じゃない!何も変わらないじゃない!」



亮は何も言えなかった。

先ほど引き摺り出されたものと同じ記憶が、今静香にも蘇っているのが、手に取るように分かるからだ。

「イヤ‥イヤ!!」



「イヤッ‥!」



静香は頭を抱え、そう叫び続けた。

その甲高い声は、記憶の彼方にある更に深い闇へと、亮を引き摺り込んで行く‥。





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<亮と静香>高校時代(24)ー陰への転落ー でした。

事態がどんどん悪くなりますね‥読んでる方も辛いです。

伏せられている場面はいずれ明らかになりますので、もう少しお待ち下さいね。


次回は<亮と静香>高校時代(25)ー独りぼっちー です。


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<亮と静香>高校時代(23)ー強すぎる光ー

2016-02-27 01:00:00 | 河村姉弟3<向けられた背中~後日録>
ピアノコンクール当日。

「あー‥クソッ」



河村亮は鏡を眺めながら、首にぶら下がった蝶ネクタイを不満気に弄んでいた。

「フツーのネクタイ頼んだのに‥どうしてもコレかよ‥。

今日のオレってばまた一段と麗しいっつのに、まさに玉にキズだな、こりゃ」




どうしても好きになれない蝶ネクタイを眺めながら、亮は溜息を吐いてふと上を向いた。

この胸をモヤモヤとさせている原因は、首元を締める滑稽なそれだけではなさそうだ。



亮はコツコツと靴先を鳴らしながら、その原因となる青田淳に思いを馳せる。

つーか‥淳の野郎‥一体何考えてやがんだろ。

気になんじゃねーかよ。マジで何かあったとか?




先日青田家に出向いた時の彼は、明らかにどこかおかしかった。

門の前で佇む彼が放つその異様な空気に、亮は気圧されてそれ以上は追及出来なかったのだ‥。






亮は磨かれた革靴に視線を落としながら、淳への対応を改めて考える。

結局コンクールの準備のせいでまともに話せてねーし‥

終わったら一回肚据えて話した方が良いな。静香もなんだかピリピリしてっし‥




そう結論づけて、亮は前を向いた。

自分の出番まであと少しだ。

ま、それはそれだ。



とりあえず、と



亮は髪をかき上げると、ニッと不敵な笑みを浮かべた。十本の指に力が漲る。

そして亮はその晴れの舞台へと、自信満々な表情を浮かべて向かって行った。







その指が鍵盤に触れると、世界は色を変える。

洪水のような音の中へ、彼は沈み込んで行く。



その鮮やかな音の波は、聴く者全てを魅了した。

聴衆が感嘆の息を吐く、その息遣いが聞こえる。



そんな雰囲気の中で、青田会長は誇らしげに胸を張り、亮のことを見つめていた。

まるで息子の活躍を見守る、父親のような表情で。



後方の席で、青田会長の姿を見つけた女性達が、ヒソヒソと話をしている。

「あの人、まさかZ社の‥」「来るかもって噂あったけど、本当だったんだ」

「あの人がこんな所に来るなんて‥」「知り合いでも出てるのかしら」



大企業の会長が、このようなコンクールに直接顔を出すことは珍しい。

亮直々の頼みだからこそ、会長はここへ出向いたようなものだった。



そしてそれに応えるように、亮は最後まで非の打ち所の無い演奏をした。

やがて曲が終わり、割れるような拍手が届く。

亮は胸に手を当てながら、聴衆に向かってぺこりと頭を下げた。






観客はスタンディングオベーションで、亮に熱い拍手を送る。

女性達からは「かわいい」と黄色い声も飛んだ。

そしてその中で一際嬉しそうな顔をしていたのは、青田会長だった。







亮はそんな会長の顔を見て、ニコッと笑った。まるで少年のように。

さながら親子のようなそんなやり取りは、亮がステージを下りてからも続く。



沢山のカメラが、亮と青田会長の周りを取り囲んだ。

次々と焚かれるフラッシュ。

その眩すぎる光の中で、彼らは本当の家族のように喜びを分かち合い、嬉しそうに微笑む‥。









その頃、会場の裏口で河村静香は一人煙草をふかしていた。

亮の演奏が終わってから、もう軽く数時間は経っている。

「あー‥終わったら早く来いっつの‥」



待ちくたびれた静香は、ぶつくさと文句を言いながら建物の中へ入るドアへと向かった。

「どんだけクソ長い挨拶だよ‥もう先にご飯行っちゃお。会長どこかなー



そう独りごちながら歩く静香。

すると外にあるベンチに、一人の男子学生が座っているのに気がついた。



あれ?アイツも来てたの?

亮と同じピアノ科のナントカ‥




顔を覗き込もうとした静香だったが、それはかなわなかった。

なぜなら男子学生は肩を震わせ、ポスターに顔を埋めながらシクシクと泣いていたからだ。

おっつ‥



静香はそんな男子学生を眺めながら、自身の思うところを心の中で呟く。

あーあ、参加すら出来なかったんだから、

わざわざこんなトコまで来て泣かなくても‥。

「あぁボクチン悲劇の主人公!」っての?そんな自分に酔っちゃってさぁ




静香はポーチから口紅を取り出し、その形の良い唇に塗り始めた。

才能が無ければ、結局はああなるのよ



この世界に光と影があるならば、あの男子学生は間違いなく影だろう。

静香は自身の奥に沈めたその影を、唇に塗った赤いルージュで払拭した。






「マジ楽勝~」



光のステージから下りた亮の手には、沢山の花束やプレゼントで溢れていた。

その中から蝶ネクタイを見つけた亮は、廊下にあったゴミ箱にそれを捨てる。

「これはいらねー」



大荷物をガサガサいわせながら、亮は携帯を取り出し、表示される地図へと目を落とした。

「えーっと会長がメシおごってくれるっつーホテルの場所は‥と

静香のヤツ、この大荷物持ってくんねーし。一人でさっさと行っちまいやがって‥クソッ」




その不満気な口調とは裏腹に、廊下を歩く亮の足取りは軽い。

抱えた花束から、爽やかな良い香りがした。その香りを吸い込むと、なんとも晴れやかな気分になる。



「あの‥河村亮君?」



不意に名前を呼ばれ振り返ると、そこに居た男は嬉しそうに亮に近付いた。

「俺、D高の‥。受賞おめでとう」「ああ!お前か」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど‥」「ん?」







男はそう切り出すと、「聞きたいこと」を口にし始めた。

彼らが何を話しているのかは、まだ明かされはしないが。



そして男の質問が全て終わると、亮はそれに対する答えを口に出す。

口元に笑みを浮かべ、どこか得意げな表情で。

「それはー‥」










そこに当たる光が強ければ強いほど、周りへの視界は絶たれ、そして同時に影が強くなる。

だから彼は踏み外してしまったのだ。

輝かしい未来へと続くその一本の道から足を滑らせ、周りを囲む深い溝の奥底へとーー‥。




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<亮と静香>高校時代(23)ー強すぎる光ー でした。

順風満帆だった亮の未来が、だんだんと陰っていく感じがしますね‥。

なんとも不穏な雰囲気‥うう‥胃が痛くなりそう‥。


次回は<亮と静香>高校時代(24)ー陰への転落ー です。


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<亮と静香>高校時代(22)ー境界線ー

2016-02-25 01:00:00 | 河村姉弟3<向けられた背中~後日録>
河村亮は上機嫌で青田家を出た。

鼻歌をハミングしながら、静かな秋の道を歩く。



すると突然、後方から声を掛けられた。

「亮」「ぅおっ!」



振り返ると、通用門の前に淳が立っている。

何の気配も無く現れた彼に向かって、亮は大声を上げた。

「あー!ビビったぁ!」



まるでお化けのように、いつの間にかそこに佇んでいた淳。

亮は心臓をドキドキ言わせながら、驚かされたことへの文句を口にした。

「何だよお前は!あービックリ‥」

「お前、」



しかし淳は亮のリアクションに何の反応もせず、低い声で話を続ける。

「本気で俺のこと親友だと思ってるのか?」



やにわに切り出されたその話。亮は思わず首を傾げる。

「はぁ?」







そこに佇んでいる淳の顔は、門の明かりが逆光になってよく見えなかった。

どこかで虫が鳴いている声が聞こえ、二人の間に沈黙が落ちる。

それきり何も言わない淳に向かって、亮は違和感を感じながらも口を開いた。

「‥んだよ」



それでも亮は、日々感じていたモヤモヤから一歩脱却出来たような気がしていた。

自身のことを避けていた淳が、ようやく自分から話し掛けて来たからだ。

亮はなんだか嬉しくなり、大きな口を開けて笑う。

「この~!ウケるじゃねーか!この野郎!おぉ、そーだよ!ダチだっつーの!

もう言いたいことは思い出したのか?ちょっと言ってみ‥」





「だったらそこで止まれ」



突然の拒絶。

その淳の言葉は、氷のように冷たく、何とも言えぬ威圧感があった。

亮は目を丸くして、思わずその場で立ち止まる。

「えっ?」








青田家の門の明かりが、淳と亮の間に境界線を作っていた。

亮はその場に立ち止まりながら、自身の足元を見つめてみる。



立ち尽くす亮に向かって、淳は無機質な声でこう言った。

「お前はそこまでだ」



「線を守れ」








キョトンと立ち竦む亮の顔を、淳は瞬きもせぬまま凝視していた。

自身のテリトリーの中で彼は、部外者に向かって警告を発する。



有無を言わせぬその眼差しを前にして、亮は訳もなく怯んだ。

淳の行動の意味も、今言われたその言葉の真意も何も理解は出来ていないが、

何か言葉に出来ない勘のようなものが、その先に進むことを躊躇わせる。

「‥?おお‥」



亮は首を傾げながら、帰宅の方向へ足を向け、淳にこう声を掛けた。

「こりゃまた一体どういう意味だか‥。

もーいーよ。帰って寝てくれ。な?」




そして亮は淳に背を向け、去り際にこう一言口にした。

その言葉が、二人の関係に深い溝を作ることになるとは、露ほども知らずに。

「変なヤツ」




"変"




ピクッ、と淳の手が微かに震えた。

今亮が発したその言葉は、間違いなく淳にとって地雷だった。

「明日話そーぜ!」



亮は後ろ手に手を振りながら、いつものその親しげな調子でそう言い、帰って行く。

門の前で立ち尽くす淳と亮との距離が、境界線を挟んで徐々に離れて行った。



目には見えないその線のこちらと向こうの間に、溝が出来て行く。

もう渡ることは不可能な程、その溝は深くなっていた。







辺りはひっそりと静まり返り、秋の夜に鳴く虫の音しか聞こえない。

けれど淳の中ではけたたましい音と共に、

地面が割れ、天が鳴り、世界が崩壊しつつあった。



抑えて来た感情が、見ない振りをして来た現実が、

その全てが、淳を追い詰めその仮面を剥がして行く。

荒廃した世界に広がった闇。

その闇が、”部外者”の犯した罪へと手を伸ばす‥。


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<亮と静香>高校時代(22)ー境界線ー でした。

今回の秀逸な一コマ!



二人の間に出来た境界線を、門の明かりで表現するとは!

スンキさん、なんと憎い演出!!本当に巧いなぁ~~!と惚れ惚れしました


そして最後の淳の表情がなんとも印象的です。感情剥き出しですね。


次回は<亮と静香>高校時代(23)ー強すぎる光ー です。



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<亮と静香>高校時代(21)ー向けられた背中ー

2016-02-23 01:00:00 | 河村姉弟3<向けられた背中~後日録>


河村亮はむっつりと黙り込みながら、仏頂面で頬杖をついていた。

ここ最近ずっと持ち続けている違和感が、亮の心をモヤモヤと煙らせているのだ。

「‥‥‥‥」







すると開け放たれたドアから、廊下を歩く彼の姿が見えた。

亮の心を煙らせる、当事者・青田淳の姿が。

「おいっ!」



あのガキ、と心の中で毒づきながら、亮は廊下へと出て行った。

立ち止まった淳に向かって、幾分荒い口調で話し掛ける。

「どこ行くんだ?ちょっと顔貸せよ」「悪い、今日は用事があるんだ」



淳は素っ気なくそう言うと、すぐに背を向けて行ってしまった。

その背中を見て、思わずイラッとする亮。



淳の元へ駆け寄り、彼を呼び止める。

日々感じているその違和感を、どうにかハッキリさせたくて。

「どうしたよ?何か不満でもあんのか?」



「ガキみてーに拗ねてどーした?!

話さなきゃ分かんねーだろ?!」




しかし違和感は、ますます強くなるばかりだ。

「‥何を話せって言うの」



ピキッ‥



明らかにおかしい淳の態度に、亮の忍耐は限界を迎えた。

いつもの通り、淳に向かって大声で捲し立てる。

「おっ前なぁ!分かってるくせに知らんフリすんなや!

マジどーしたん?!話してみろってば!」




言葉を重ねても、言い方を変えてみても、淳の態度は変わらない。

彼は相変わらず無言のまま、亮のことをじっと凝視するだけだ。



「クソッ!だから何なんだよ?!」



亮は地団駄を踏みながら尚も話を続けた。

「お前、最近ずっとオレのこと避けてんだろ?!話してみろっての!なぁ!」

「俺、朝礼の準備するから」



やはり彼の態度は変わらなかった。

素っ気ない対処、向けられた背中、募って行く違和感‥。



遠ざかる背中を見つめながら、亮は息を吐き捨てた。

「はっ!」



廊下を歩いて行く淳に向かって、大声で負け惜しみを叫ぶ。

「あーそーかよ!もう好きにしろよ!このスネちゃまが!つーか女子か!

オレが怒んねぇとでも思ってんのか?!もう口聞いてやんねーかんな!」


 

そう言い捨てる亮の言葉を、廊下の片隅で聞いている人物が居た。

じっとりとした視線を、亮に送りながら‥。






その日の夜、亮は青田家を訪れていた。

淳の父、青田会長と談笑する。

「はい!もっちろん会長の仰る通りッス!」



亮はそう言って、ははは!と明るい笑い声を上げた。

そして彼が、自分の方を向いていることに気がつく。






淳だった。

しかし彼は何のリアクションもせず、すぐに亮から顔を背ける。



再び自身を避ける淳に、亮は苛立ちを隠し切れずに怒りの表情を浮かべた。

アイツ‥会長の前でも遠慮なく‥

「ん?どうした?」「いや、何でも無いっす!」



普段なら、父親の前ではニコニコ笑っているのに‥。

亮は息を吐き捨て、気を取り直して会長に向き直る。

「あ!今度のコンクールには絶対来て下さいね!でっかい大会なんで!

「ああ。絶対に行くよ」



会長は笑顔で頷いた後、亮に向かって優しくこう声を掛けた。

「何度もそう確認しなくていいさ。

私達はもう家族みたいなもんじゃないか」




「もうお前も気を楽にして、私を父親のように思ってくれ」



不意に掛けられたその温かな言葉は、亮の記憶の中にある暗い過去を引き摺り出した。

「お前みたいな畜生を、私が引き取ったのはなぁ‥」



まるでゴミか動物のように虐げられていた、幼き頃の暗い記憶。

あの頃とはまるで違った未来が、今目の前に広がっている‥。



亮は照れたように頭を掻きながら、もう一度会長に向かって念を押した。

「はは‥絶対来て下さいね」

「ああ」







不意に亮が、ピタと止まる。

顔を上げた亮が見たのは、彼の背中だった。

こちらを振り返ることなく、二階の自室へと向かう淳の背中‥。






その後姿を見て、なぜか胸騒ぎがした。

何も言わないのに何かを訴えているかのような、そんな違和感が亮の胸を占める。

「?」



亮は不思議そうに首を傾げたが、特に答えが出るわけではなかった。

そして会長に別れの挨拶を済ませ、青田家の門を出て行った。


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<<亮と静香>高校時代(21)ー向けられた背中ー>でした。

さて、時系列は再び亮や淳の高校時代へ。

順番としては、淳が両親の夫婦喧嘩の場面に遭遇し、

母親が「淳の学校生活を監視するために河村教授の孫を同じ学校に入れさせたんでしょ」

と言うのを聞いてしまった後の話、ということになりますね。
参考:<亮と静香>高校時代(20)ーおかしな子供ー

河村姉弟への疑心が募って行く淳とは対照的に、

何も知らない亮が、急に素っ気なくなった淳に対して焦れている、と。

さてだんだんと核心に近付いて参ります‥。


次回は<亮と静香>高校時代(22)ー境界線ー です。


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呪縛

2016-02-21 01:00:00 | 雪3年4部(二度目の闇~線の中)


雪がキョトンとして見つめる先に、河村亮が立っていた。

亮もまた、目を丸くしたまま二人の方を見ている。



次第に雪は、その場に立ち尽くす亮の手に、木の棒が握られているのに気がついた。

ひっ!



雪は白目になりながら、ブンブンと首を横に振る。

ダメダメダメダメ!河村氏ダメ!下ろして下ろして!






そんな雪の仕草を見て、淳は彼女の視線の先を目で追った。

そしてそこに立っている男を見て、あからさまに顔を顰める。



「行こう」「はい‥」



淳は亮については何も言わず、そしてその表情を見ていた雪もそれには言及せず、二人はこの場を後にした。

少し歩いた後で雪だけは、チラと亮の方を振り返る。







一瞬二人の視線は交差するが、すぐに雪は前を向いて淳と共に歩いて行った。

その場に立ち竦む亮を残して、二人の背中が遠くなる。







雪が握り締めた淳の手には、この距離からでも分かるくらい血が滲んでいた。

その光景を見ている内に、全身から嫌な汗が吹き出し始める。



ドクンドクンと心臓が大きく跳ね、指の先から血の気が引いていくようだった。

亮は二人から視線を外し、淳の行動について自身の結論を出す。

いや‥アイツがどうしようが知ったこっちゃねぇ‥



雪を助けたのが淳だろうと、その後自分が睨まれようと、問題はそこではない。

今重要なのは、守ると決めた彼女が、

一歩間違えば大怪我をしていたかもしれないということーー‥。




亮の視線の先には、先ほど雪を突き飛ばした巨体の男が居た。

男は柳や佐藤から叱責され、必死に言い訳か何かを口にしているようだ。

その横顔を見ている内に、亮の胸に轟々とした怒りが湧き上がる。

あの野郎‥



あの野郎殺す‥女を掴んで揺さぶるなんて‥



亮は木の棒を握る手に一層力を込めると、男に向かって一歩踏み出そうとした。

しかしその前に、再び雪と淳の方をチラと見る。






寄り添いながら、この場から去って行く二人。

ヒヤッとした感覚が、全身に走る。



二人から視線を外し、亮は再びあの巨体の男の方を見た。

男はこちらに気づいてはいない。今攻撃すれば絶対に復讐出来る‥。



「‥‥‥‥」



しかし燻る胸中とは裏腹に、亮は一歩も動けなかった。

足は地面にへばりついたように固まり、全身が強張って身動きが取れない。

カラン!







亮は木の棒を投げ出すと、そのまま膝に手を付いた姿勢で俯いた。

嫌な汗が滝のように流れ、心臓は未だ大きく跳ね続けている。

ドクン ドクン ドクン



脳裏に、先ほどの淳の姿がフラッシュバックする。

あからさまに顰めた顔。剥き出しのその嫌悪‥。



以前淳と殴り合った時に言われた、あの言葉が蘇った。

お前に何の関係がある?



淳の前にある、一本の線。

その線を超えることがどんなに恐ろしいことか、過去の記憶が亮に警鐘を鳴らす。



心の奥底に仕舞ってあったそれが、不意に顔を出した先日の出来事。

オレの感情‥



真正面からぶつかって来た彼女を前にして、思わずそれが溢れそうだった。

握り締めた彼女の細い腕、自分を見上げるその透き通った瞳‥。



感情は時に理性を忘却させ、決められている線が曖昧にしか見えなくなることがある。

そのことを、先程の淳の手を目にしてハッキリと思い出した。







輝く未来へと導いてくれるはずだった十本の指が、無残にも砕け散るあの音。

あの衝撃。あの痛み。

おそらく生涯、忘れることは出来ない。



亮は両膝についた自身の手が、今も動かないような錯覚に陥った。

まるで呪縛のように、自身を過去に縛り付ける。

亮は確かめるようにぐっと、左手に力を込めてみた。



確かに力は入った。

入ったけれど、指先は冷たく震え、思うように身体が動かせない。



記憶の彼方に、満足そうに笑っている高校時代の自分が見えた。

いつか本当の家族になれるんじゃないかと、甘い夢を膨らませていたあまりにも無垢な自分がー‥。





あたしたち三人で




頭の中で、声がする。

あれは甘い夢へと誘う、若き日の姉の声。







あたしたち三人だけで‥





亮の記憶は、深く深く沈めたあの事件へと潜って行く‥。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<呪縛>でした。

遂に‥遂にここが亮の左手事件への入り口なのですね‥!

長かったですね‥。

健太直美健太健太直美健太‥の過去問騒動の後だから余計にスリリングに感じます!笑


さて次回は<<亮と静香>高校時代(21)ー向けられた背中ー>です。

カテゴリは<河村姉弟3>に入ります。


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