Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

彼の本性

2013-12-12 01:00:00 | 雪3年2部(負傷後~淳秀紀遠藤三つ巴)
秀紀に向かって、淳は「一体どうしてそんな風になってしまったんだ」と叫んだ。



思わず二人は息を飲む。



青田淳のそんな姿など、およそ目にしたことが無かった。

淳は遠藤と秀紀を睨みながら、凄まじい形相で言葉を続けた。

「兄さんが‥!誰より現実的だった兄さんが!あんなにでかい口叩いてたくせに!」



顔を青くして後退る二人も構わずに、淳は溢れる怒りをぶつけ続けた。

「結局こんなザマかよ?今の状態分かってんの?!遠藤さんに全て台無しにされたんだぜ?!」



「兄さんの人生も!」



「今の俺の状況も!」



「俺にあんな風に言っておいて、自分のしてることは一体何だよ!」



怒りを露わにして叫び続ける淳に、遠藤も秀紀も圧倒されていた。

なりふり構わないその姿は、いつもの冷静沈着な彼のイメージとはかけ離れていた。



心の海が決壊し、その扉のタガが外れて感情が溢れ出る。

なだれ落ちる理性に、淳は振り回されていた。

「こんなのありえない。こんなの間違ってる。全部滅茶苦茶だよ」



内省するように淳は呟いた。

暗く密やかな場所に一人取り残された、まだ子供の彼がそこで立ち竦んでいる。



指標を失ったその子供は、地団駄を踏みながら今の状況に苛立っていた。

自分の思い通りにならない現実を、信じていたものの崩落を、彼は受け入れることが出来なかった。

「あんたのせいだ‥」



それは誰かのせいだと、その子は決定付けた。

視線の先に、あの人間が居る。



遠藤がビクッと体を揺らした。

自分を見つめる淳の瞳が、尋常でない視線を彼に絡ませる。



ゆっくりと淳は遠藤に近づいた。その手を彼の方に伸ばしながら。

「全部‥全部あんたが‥雪に‥」



遠藤が後退りするより早く、秀紀が淳の体を押さえつけて止めた。

「淳っ!お、落ち着け!落ち着いてくれ、頼むから!修くんに何するつもりだよ!」



離せ、と言って淳は秀紀の腕を振り払おうとした。

しかし秀紀は必死になって彼を押し留める。

「なぁ‥なぁってば!謝る立場のくせに喚き散らしてごめん。俺が悪かった!」



秀紀は彼を宥めるように、優しく淳に声を掛けた。

本当にごめん本当にごめんと、秀紀は何度も言った。ひたすら腰を低くして彼を窺う。

「俺が代わりに何でもするから‥ど、土下座するか?そしたら少しは気が済むか?」



遠藤は呆然としながら、秀紀が謝る姿を見ていた。

何度も淳に向かって頭を下げ、懇願し、機嫌を取ろうとするその情けない姿を。

「ほら、俺ら昔すごい仲良かったろ?幼馴染に免じて今回だけどうか‥な?頼むよ。

今回だけ許してくれよ‥」




「な?」




遠藤は、そんな秀紀の姿が堪らなかった。

自分を庇い、ここまで情けない姿を晒している彼が、愛おしくてしょうがなかった。



自分に持てない強さを、彼は持っている。

愛情のために、大切な人のために自らを犠牲に出来る優しさを、彼は持っている。


遠藤は涙を流しながら、秀紀に向かって「もういい‥」と言った。

俯きながら掠れた声で、嗚咽を押し殺しながら。

「もう止めて‥止めてくれ‥。そんなことするな‥」



秀紀が遠藤の肩を抱き、その背中を擦る。

二人は傷つき合ったつがいのように、互いの傷をなめ合った。




淳は二人から目を逸らすと、急激に感情が冷えていくのを感じた。

潮が干いていく。心の海が、水位を下げていく。



淳は冷めた気持ちのまま、二人の方を眺めてみた。

秀紀は、立派だったかつての「兄さん」は、もうただの負け犬に見えた。



こんな負け犬に、労力使って何になる?

淳は侮蔑を孕んだ視線で、この惨めたらしい二人を俯瞰した。




「いいよ」と淳は一言口にした。

思わず秀紀の顔が上がる。



淳は秀紀の懇願を受け入れたが、「ただし」と前置きして交換条件を二つ提示した。

「こういうの二度と俺に見せないで欲しい。それと、家に帰ること



秀紀は二つ目の条件に対して、声を上げた。

「えっ?!」



なぜ、という秀紀の問いに、淳は「雪にもこういう二人の姿を見せたくないから」と答えた。

でなければ、と淳は更に秀紀に対してその交換条件を飲むよう仕向ける。

「俺が兄さんの家に直接話そうか? 今の状況」



相手の弱みを利用して己の欲求を叶える。

幼い頃から身についてきたその術で、淳は秀紀と遠藤を、自分と雪から遠ざけようと画策した。




秀紀は黙り込んだ。

様々な考えが脳裏を巡る。しかし実は心の端でずっと考えていたこと‥実家に帰るという選択肢を、

最終的に秀紀は選ぶことにした。

「分かった」



秀紀の答えに遠藤は驚愕したが、

彼は俯いたまま、その答えを変えることはなかった。



淳は呆れた表情のまま、最後にかつての「兄さん」に向かって口を開いた。

「‥真っ直ぐ歩きなよ、人生」



淳はそう言うなり、背を向けて去って行った。

二人は半ば呆然としながら、その背中が小さくなるまでその場に佇んだ。





後ろ姿が見えなくなると、遠藤は思い出したかのようにカッとして、秀紀に向かって声を荒げた。

「なんだあいつ!何様だよ?!お前もどうして簡単に従っちまうわけ?!お前本気で‥」



遠藤が言葉を続けようとした時、秀紀が優しく肩に手を置いた。

「修ちゃん‥怒らないの」



秀紀の表情が、それまでの彼とは違っていた。

怒りでも、動揺でも、哀しみともまた違った、その表情。

「あたし達、もう怒るの止めよ‥」



現実を憂うのも、状況から足掻くのも、秀紀は諦めた。

長い暗闇のトンネルを歩き続けることから、彼はリタイヤしたのだ。



遠藤は秀紀の出した結論を知り、俯いた。

そんな彼に、秀紀は優しく言葉を掛ける。

「今日もう疲れたでしょ?」



そう言って微笑む彼が、優しければ優しいほど堪らなかった。

遠藤は堪えきれず、涙が溢れてくるのを感じた。



帰ろう、と言って秀紀は遠藤の背中に手を回した。

「遠回りして帰ろ」



秀紀の瞳から、涙が零れ落ちた。


二人はもう知っていた。家へ帰ったら、話合いが済んだら、二人の関係が終わるということを。

今はせめて遠回りして、優しい時間を分かち合っていたい。




後から後から流れ出る涙が、目の前を霞ませて前が見えない。

‥その方が良い。

時を止めて、このまま一緒に居られたなら‥。

そんなささやかな願いが、叶うのならば‥。








遠藤と秀紀は、泣きながら並んで歩いた。

時が止まればと願うのに、無常にも日は暮れていく。

いつしか空には夜の帳が落ち、暗く寂しい時間がやって来る‥。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼の本性>でした。

青田淳の本音、というか本性が垣間見えた回でしたね。

地団駄を踏んで「ヤダヤダ」言う子供のようでした、先輩。

そして記事を書くうち、遠藤さんと秀紀兄さんに感情移入して本当切なかった‥!(T T)

秀紀兄さんは本当に器の大きな人です。一見遠藤さんの方がリードしている関係のように見えますが、

実は秀紀兄さんが感情の起伏の激しい遠藤さんを常に寛容して来たんですよね。

今回も自分の感情のままに淳に食って掛かる遠藤さんと、遠藤さんの為に何度も頭を下げる秀紀兄さんは、

見ていて対照的だなぁと思いました。


さて、本家版連載再開されましたね!もういきなりの大波乱で心臓持ちませんでした‥。(@@;)来週が気になるー!


次回は<彼女の本音>です。


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崩れゆく指標

2013-12-11 01:00:00 | 雪3年2部(負傷後~淳秀紀遠藤三つ巴)


淳は遠藤を見下ろした。

その表情には、ありありと憤懣が浮かんでいる。

遠藤はもう一度威勢よく彼に食って掛かろうとしたが、やはりその射るような眼差しの前で身を竦めた。

「遠藤さんはそこが問題なんです」



淳は遠藤に近づいた。

そして耳元に顔を寄せると、ゆっくりと強い口調で囁く。

「いつもその一瞬を我慢出来ない」



もう何度目です? と淳は言葉を続けた。

瞬きもせず、射竦めるように遠藤の方を凝視する。

「あの時ちゃんと話つけたでしょう。今さらこんな風に蒸し返されちゃ困りますよ。

今回は一体どうすべきですかね‥?




二つの瞳から与えられる、恐怖とそして警告。

思わず遠藤はぎゅっと瞳を閉じた。



そこへ、再び秀紀が二人の間を割って入ってきた。

「もうやめて!なんなのホントに!そんな怖い言い方しなくてもいいじゃない!」



淳は顔を顰めながら、「兄さんには関係ない」と言い捨てる。

しかし秀紀は譲らなかった。

「いや、関係ある!カードのことも、ムキになって言い過ぎたことも全部俺のせいなんだ。

俺のためにやったことなんだよ!」




秀紀は懇願した。

もう遠藤を責めないでやってくれと、こいつをここまで追い詰めたのは俺だから、と。

必死に頼み込む秀紀の背中を、遠藤は胸が詰まる思いで見つめている。



淳もまた、胸中複雑な思いで秀紀を見つめていた。

両手を合わせ哀願しながら、一生懸命遠藤を庇う秀紀の姿を。



どうか今回は許してほしい、と秀紀は尚も淳に向かって許しを請うた。

もし殴りたいなら子供の時のように、俺を殴ればいいと言って頭を差し出す。



そんな秀紀の後ろから、遠藤が彼の襟首を掴んで引き寄せた。

そこまでやる必要なんてないと、秀紀に向かって声を荒げる。

「お前正気か?!俺はお前にそんなこと頼んでねぇぞ!みっともない真似すんな!」



しかし秀紀は否定した。

心の中でずっと思っていたこと、常に隣に置いていたその責苦を、涙ながらに口に出した。

「だって‥俺が‥俺が全部悪いから‥俺がこんなろくでなしだから‥」



全部俺のせいだ、と言って秀紀は泣き出した。

子供のように大声を上げて泣きじゃくる彼を前に、遠藤は彼の背負っていたものの重さを知った気がした。



しかし淳の方を窺うと、彼は蔑むような目つきでその光景を見ていた。

遠藤がバツの悪そうな顔で俯く。

   

淳は一つ溜息を吐くと、吐き捨てるように言った。

「二人は一体何なの? まさかドキュメンタリーでも撮ってるつもり?



以前秀紀が言っていたセリフを、淳は引用した。

おい‥お前にはそんな人が傍にいるか? 

一緒にドキュメンタリーに出演したい女がいるのかっつーの!




淳は小馬鹿にしたように二人に向かって息を吐くと、

腕を組んだまま遠藤と秀紀を交互に見ながら続けた。

「どんなご大層な事情か知らないけど、兄さん、家はこのこと知ってるの?自分の状況分かってる?」



淳が家の問題を言及すると、遠藤は心が痛んだ。

青田淳と同じくらい裕福だった彼を、ここまで貧窮に追い込み、苦労をかけている原因は自分なのだ‥。



遠藤が口を開きかけると、それを遮るようにして秀紀が大きな声で言った。

「そ、そうさ!これが俺の生き方だ!」



秀紀は淳の前で頭を掻いて笑って見せた。

自分の人生はお前にとってはろくでもないものかもしれないが、世の中には色々な形の人生があるのだ、と言って。

「だからさ、もう怒るのはやめて、今回だけ許してくれよ。な?」



淳は腕を組んだままじっと見ていた。

目の前の秀紀を。



ヘラヘラと笑う彼に、昔の秀紀がオーバーラップする。

笑顔でいることだ!



淳は鼻で嗤った。

目の前に居る彼が、ボロボロの状態でだらしなく笑っていることに。



以前彼から教えられた処世術、”人前では何が何でも笑うこと。”

淳はそれが見事に裏切られたことを、目の前の落ちぶれた彼を見て知った。

「俺には”笑ってれば全て上手くいく”なんて言っておきながら、

兄さんを見てると、必ずしもそうではないみたいだね




淳のその言葉で、秀紀の笑顔が消えた。



戸惑う秀紀を前に、尚も淳は言葉を続ける。侮蔑を孕んだ視線を絡ませながら。

「兄さんの人生がどうなろうと構わないけど、よりによって遠藤さんと?

二人ともどうかしてる。見苦しいったらないよ‥」




淳の侮辱を前に、二人は俯き黙り込んだ。

言い返す言葉が無かった。



しかし続けられた淳の言葉は、明らかに行き過ぎた嘲罵だった。

「片やカード泥棒、片や下着泥棒。本当にご立派なドキュメンタリーだな」



その無情な罵倒に、思わず秀紀が声を荒げる。

「お前そういう言い方は無いだろう?!」



秀紀はもう一度、遠藤がカードを盗んだのは自分のためであることを説明し、

自分は下着泥棒じゃないと言って憤慨した。しかし淳は冷淡に言い捨てる。

「それは容疑が晴れるまでは分からないけど」



その言葉を聞いて、秀紀は暫し怒りを忘れ呆然とした。

三人の間に沈黙が落ちる。



「ハ‥ハハ‥そうだった。お前ってそういう奴だったよな」



秀紀は乾いた笑いを立てながら呟いた。

そして淳に向かって指を指しながら、声を荒げて詰め寄った。

「この前”お前は変わった”なんて言ったのは取り消すよ!

お前は何も変わってない。いや、更に酷くなった!」




秀紀は淳に向かって叫んだ。彼の抱える問題を。

「他人の気持ちが分からず、ただ仕返しをするだけで!

理解できなければすぐに見下すんだ、知ろうともせずに!」




淳は初め虚を突かれたような表情をしていたが、徐々にうんざりと首を振り始めた。

顔を顰め、己を批判する秀紀に自らの理論で反論する。

「兄さんこそ正気なの?あんな人間と惨めたらしくしてるより、家に帰った方が賢明だと思うけど」



淳の言葉は正論かもしれない。

しかし、それは秀紀の求める答えでは無かった。惨めでも、貧しくても、譲れないものが心の中にある。

「惨めでも何でも、それが俺の人生だ!」



秀紀は堂々とそう言い切った。

しっかりと胸を張って、譲れないものを誇るように。

「俺は人間だから、人間くさいドキュメンタリーを撮ってやるさ!」



「お前も人間なのに、どうして人の気持ちが分からない?」

人の情とか、気持ちとか、そういった言葉に出来ないもの、それでいて後回しに出来ないものを、

秀紀は心の中に大切にしまっていた。淳には持ち得ない、金にはならないけれど人生を豊かにするものを。

「こいつ以上に俺を愛してくれる人も、俺が愛している人も、世界中どこにもいないんだよ!」










お金はあっても、いつも孤独を抱えていた。

しかし彼に出会ってから、大切なものに気づき、与えられ、そして育んできた。

彼と居られるなら、どんなに貧しくても、惨めでも、頑張って来れたのだ‥。





そんな秀紀の言葉を、淳と遠藤は口をあんぐりと開けて聞いていたが、

やがて秀紀は咳払いを一つすると、もう一度淳に交渉した。

「とにかく俺が代わりに全責任を取るから、修くんのことは今回だけ許してやってほしい‥。な?」



そう言って、秀紀と遠藤は淳の反応を窺った。

黙り込んだ淳をじっと見つめている。



淳は暫し沈黙した。

外面からは分からないが、内面では天変地異が起こっていた。

淳の核深く根づいていた指標が、ボロボロと音を立てて崩れゆくようだった。



心の中の海は決壊し、岸に建っていた標は朽ち果てる。

淳は今まで抑えていたものが、信じていたものが、脆くも崩れ去るのを感じた。

「‥兄さん」



低く静かな声で、かつての標の名を呼ぶ。ぐっと、握りしめた拳に力が入っていく。

「一体‥」



そして遠藤と秀紀は、予想だにしなかったものを見ることになる。

声を張り上げ、動揺し、そして怒りに身を震わせる青田淳の姿を。

「一体どうしてそんな風になっちゃったんだよ!!」



目を丸くする秀紀と遠藤の目の前で、

今まで本音を語ったことのない彼の、人生初の吐露が始まった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<崩れゆく指標>でした。

皆さん、気づいてました?

以前就活相談で雪が凹んだ時、ケーキを食べに連れて行ってあげた先輩が雪に「笑顔忘れずにね」と言いますよね。

そして幼い秀樹が淳に処世術として「常に笑顔を絶やさないことだ」と言いますよね。あれ、全く同じ台詞なんですね‥!

韓国語で「ウッゴダニョ」!両者とも同じ台詞です。

 

そう考えると、あの就活相談の時の「ウッゴダニョ」は、

「そうすれば全部上手く行くよ」っていう先輩なりのアドバイスだったんだなぁと今さら気づいて‥。鳥肌でした。


そして秀紀兄さんの台詞「他人の気持ちが分からず、ただ仕返しをするだけで!

理解できなければすぐに見下すんだ、知ろうともせずに!お前も人間なのに、なぜ人の気持ちが分からない?」


というのはすごく青田淳という人間を端的に表した台詞ですね。淳本人は気づいているのかそうでないのかよく分かりませんが、

読者は思わずうんうんと頷いてしまう場面です。

そして今まで本音を晒したことのない彼が、見せかけを脱ぎ去って本性を表します。

というところで次回、

<彼の本性>へ~(^^)/

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三つ巴

2013-12-09 01:00:00 | 雪3年2部(負傷後~淳秀紀遠藤三つ巴)
雪が淳の前から去ってから、彼は携帯電話を取り出して着信ボタンを押した。

着信音を聞きながら、唇を噛み締める。



心の海は波立ち、揺れ、抑えようのない怒りや、悔しさや、そして哀しみが混沌とその感情を支配する。

「‥素直になろうと思って‥言ったのに‥」



誤魔化すことも、隠すことも、止めようと思った。

真実をありのまま、自らをあるがまま、淳は差し出したつもりだった。



けれど‥。

その方がおかしいです!



なぜ理解しない?

なぜ分からない?

「どうして‥」



絞り出すような声で、淳はそう呟いた。

すると耳元にあてた電話から、着信音が切れて男の声が聞こえた。

躊躇いながら「もしもし‥」と相手が話し出すより先に、淳は口を開いた。

「遠藤さん、今どこですか?」



暫しの沈黙の後、電話は遠藤から秀紀に代わった。

心の中で荒れ狂う海が、彼を彼らの場所へと向かわせる‥。



秀紀は電話先の幼馴染に自らの居場所を教えると、溜息を吐きながら電話を切った。遠藤と顔を見合わせる。

「‥‥‥‥」



遠藤は先ほど知った事実、秀紀と青田淳が顔見知りだということに動揺していた。

秀紀の周りをぐるぐると回りながら、どういう知り合いなんだ、お前に何とか出来るのか、などと矢継ぎ早に問いかけた。



暫し俯いていた秀紀だが、不意に遠藤の肩を掴んだ。目には涙を溜めている。

「修ちゃん!なんでよりによって淳なのよぉ~!ねぇ?!」



秀紀は淳に弱みを握られたら厄介なこと、自分も何回か痛い目を見たことを遠藤にこぼした。

そんな秀紀の姿を前に、遠藤は頭を抱えた。

噂を立てられたら全てが終わる。”助手”の肩書は‥大学院だってどうなるか‥。



遠藤はそうなったら自分だって青田淳の本性をバラす反撃に出ると息巻くが、

そんな手は通用しないと秀紀がたしなめる。

パニックになる遠藤、これからを悲観する秀紀。それでも秀紀の方が幾らか冷静だ。

「落ち着いて。一応淳とは古い知り合いだから、ちゃんとお願いすれば‥」



そこまで言ったところで、背後から突然声がした。

「二人何してるの?」と。


ぎゃあああああ!



彼らは腰を抜かさんばかりに驚いた。

暫し騒いでいた二人だが、淳の表情を見て黙らざるを得なかった。



何も言わずとも伝わる嫌厭。

空気を張り詰めさせる、圧倒的な威圧感。

淳を見上げながら、遠藤と秀紀は顔面蒼白になった。



暫し三人の間には沈黙が落ちていたが、覚悟を決めた秀紀が顔を上げ、淳に向かって言葉を掛けた。

「ハハ!早く着いたな!久しぶり~!って昨日ぶりか?」



淳は何も言わないが、続けて秀紀は彼に遠藤との関係を紹介し始める。

「お前知らなかったダロ?こちら友達の遠藤修くん。俺とはスッゲ~特別な仲なわけ」



かなりキャラが変わっている‥。

遠藤は秀紀の後ろで大人しく説明を聞いていたが、不意に顔を上げて驚いた。

ギャアアッ!



淳が瞬きもしないまま、遠藤の方をじっと見つめているのだ。

遠藤は心の中で悲鳴を上げ、思わず再び下を向いた。

「遠藤さん」



ビクッと、遠藤の体が震える。しかし青田淳は言葉を続ける。

話があるんですが、と。



淳の冷静な口調を前に、遠藤は背筋が凍った。

レポートを始末させられた時に見せたあの視線が、脳裏に蘇る。





瞳の中に広がる闇に、飲み込まれてしまいそうなあの恐怖。

依然として顔は上げられないままだが、きっと今自分はあの時と、同じ視線で射られている。



遠藤は自らを奮い立たせるように、唇を噛んだ。

そして大きな声で淳に食って掛かった。俺にだって言いたいことがある、と。

「そうさ、俺は泥棒だよ!」



遠藤はずっと感じていたことを、感情のままに吐露をし始めた。







青田淳のカードを盗んだことが彼にバレた時、蔑むような視線で彼は遠藤を見下ろした後、金は要らないと言った。

しかし暫くして彼は遠藤を脅迫してきた。自身のレポートを始末することを、遠藤の責任で全てまかなってくれと。



それから遠藤は”全体首席のレポートを紛失した無能な助手”としてあらゆる人々から後ろ指を刺された。

学生からも叩かれ、教授たちからも失望され、この半年間ずっと針の筵の中を生きていた。

一体いつまでこの地獄が続くのか。一体どこまで、この暗闇は広がっているのか‥。

ずっとそう思っていた。遠藤の吐露は、血を吐くようなそれだった。






遠藤は声を荒げた。自らを奮い立たせ、必死に恐怖と戦いながら。

「お前はまだ俺のこといたぶり足りないってのかよ?!ええ?!」



そこまで一息で捲し立てると、遠藤は俯いて息を吐いた。ぜぇぜぇと喘鳴がする。

淳は眉一つ動かさず遠藤の吐露を聞いていたが、不意に一つ息を吐くと静かに口を開いた。

「‥図々しいにも程がある」



遠藤の顔が上がる。

そのまま淳は遠藤に近づき始めた。ヒタヒタと足音も立てずに。

「間違っているのは全部自分なのに、何を喚いて‥」



そう言いながら、淳は遠藤に向かって手を伸ばす。

彼を見る目つきが尋常では無かった。



そこに危険を感じ、秀紀は遠藤の前に躍り出た。両手を広げ、彼を守るようにして。

「まままま待てっ!どうどう、淳!リラックスリラックス~!」



秀紀は出来るだけ明るく笑って見せた。

そんな興奮しないで話し合いで解決しよう、と言って、この場の雰囲気をほぐしながら。



しかし淳は尚も遠藤に近付く。秀紀をすり抜けて彼に向かう淳の前に、再び秀紀が立ちはだかった。

「修くんは今日病院行ってきたんだよ!ほら見ろ後頭部!大怪我だろ!」



「興奮させちゃダメ‥」という秀紀の言葉も虚しく、淳は遠藤の前に立った。

「させないよ、どいて」



顔を青くする秀紀の前で、遠藤の目の前で、淳は佇んだ。

そしてそのまま至近距離で遠藤を俯瞰する。



淳の、心の中の海が決壊する。

程度の線を、超えてはいけない線を踏んでしまったこの男に、その罪の重さを教えてやる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<三つ巴>でした。

本音を語らない淳が、前回雪に対しては素直になろうとしました。

しかし受け入れてもらえず、いつもの「過去を見ないふり」をしても雪をつなぎ止めることは出来ず‥。

そうなった原因を、その怒りの矛先を、淳は遠藤さんに向かわせます。

罪は罪で償う、という考えを持った淳は、遠藤さんがそれによって苦しんでいるのを吐露した時、「図々しい」と言い放ちました。

ここのあたりに「青田淳イズム」を感じますね。今は怒っていて理性のタガがゆるくなっているので顕著にそれを見ることが出来ます。

ということで、青田淳という人間の本質をよく見れる回となっております。


さて、次回は<崩れゆく指標>なのですが、実は明日当ブログが開設200日を迎えます!

ので、通常の記事はお休みにさせて下さいませ m(__)m

ちょっと違うものをアップします~ご容赦を~!


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治らない傷

2013-12-08 01:00:00 | 雪3年2部(負傷後~淳秀紀遠藤三つ巴)
「えっ?」



思いも寄らない淳の言葉に、思わず雪は声を上げた。

「‥‥‥‥」



身を乗り出した雪だが、彼は掌で顔を覆いながら俯いていた。ふぅ、と吐き出す息の音が聞こえる。

そして淳は掌を外すと、ゆっくりと自分の思いを語り始めた。

「もう‥今年が最後の学年なのに、会話もろくにしないまま‥

お互い良くない感情だけ持っている気がして」




「一緒に学校に通いたくて、俺なりにどうにか休学を止めさせたくて」



いつも気がつけば目が行って、無意識に彼女を探していたあの頃の自分。

見えない壁に阻まれるように、常に二人の間には距離があった。



向こう側へ行く為には、何らかのアクションが必要だった。

遠藤の罪、休学の話‥。降って湧いたような運命の悪戯。

淳は、これが最後のチャンスだと思ったのだ。







淳は改めて雪の顔を見て言葉を続けた。

あの時遠く離れていた彼女が今隣にいる。離すわけにはいかなかった。

「‥勿論間違ったことだと分かってはいたけど、あの時はこれしか方法が思いつかなかった。ごめん」



雪は言葉を失う。



目を見開いて自分を見ている彼女に、淳は向き合いながら続けた。俺が浅はかだった、と。

「だけど‥」と更に淳は続けた。正直な気持ちだった。

「少なくとも雪ちゃんの為を思っての気持ちだったということだけは、分かって欲しい‥」



その言葉に嘘は無かった。

一筋に彼女を見つめるその瞳は、偽り無く澄んでさえいた。



しかし雪にとって、それは詭弁に過ぎなかった。

そして偽りのない素直な気持ちだからこそ、許せないものがあった。

「‥私のためだなんて、そんなのただの言い訳です」



「先輩が私と学校に通いたいがために遠藤さんにレポートを捨てさせて、

学期の間中遠藤さんが非難されてるのを知らんふりしてたのも、全て私のためなんですか?

私のせいなんですか?!




全部間違っていると、雪はキッパリと言い切った。

遠藤への脅迫も、”お前のため”という大義名分で括る彼が信じられなかった。

「そうとも知らずに私は遠藤さんの前で先輩と笑ったりして‥。

遠藤さんがやけに私のことを嫌うのを、恨みすらしました!」




だんだんと声を荒らげていく彼女を前に、淳は目を瞑った。

瞳に宿った光が消え、瞼の裏には静謐な闇が広がる。



さきほど少し開いた心の扉を、淳は自らの意識の中で閉じた。

そして染み付いた習慣のように手を握り、「ごめん‥」と彼女に謝罪をした。

  

淳の目には怒りが宿っていた。

相殺された罪をいつまでも根に持ち、果てに暴露したあの無能な助手への怒りが。

淳の瞳が、暗く沈んだ色を帯びていく。

「遠藤さんが君に何を言ったか、大体察しはつく」



自分の罪については口にせず、脅迫されたことを嘆き、大方雪に対して侮辱でもしたんだろう。

淳はもう遠藤のことを口にするのは止め、雪の気持ちを慮って言葉を続けた。

「でも君のせいではないということは、分かっていてほしい。

雪ちゃんの努力を無視したわけでも決して無い」




淳は握った手に力を込め、言葉を続けた。

「もう半年前のことだ。俺が自分の課題を捨てただけに過ぎない」









雪の頭の中で、同じような場面が蘇ってくる。疑う必要のないくらい、判然とした既視感と共に。

もう一年前のことだ。既に過ぎ去った過去に過ぎない

  


目の前の彼が言葉を続ける。

「前にこんな風に言い争うのは止めようって言ったじゃないか。

これ以上誤解も嫌だし、距離が出来るのも嫌だ」







隠して、埋めて、誤魔化して‥。



過去のことは忘れようとかつて誓った。

けれど、膿んでいるのだ。

塞ぎきれない傷口が。治らないその箇所が。

拭い切れない彼への懐疑心が、再び顔を出す。




雪は静かに口を開いた。

「‥過ぎたことを水に流し続けるだけじゃ、

後々こんな風にもっとこじれてから直面することになるんですね




そのまま雪は席を立ち、帰りますと言って彼に背を向けた。

「ただ‥遠藤さんの話が本当なのか会って確認したかったんです」



早足でその場を後にする雪の後ろから、淳が彼女の名前を呼びながら走り寄る。

「雪ちゃん!」



手首を掴まれた雪だが、振り払う仕草はせずに振り返って口を開いた。

「ごめんなさい、どうしてもありがとうとは言えそうにないです」



もうこんなことしないで下さい、と言って雪は歩き出した。

彼女はそれきり、彼の方を振り返ることは無かった。



彼が彼女の名前を、蚊の鳴くような声で呟く。

「雪ちゃん‥」



彼女の足は止まらない。

徐々に小さくなる後ろ姿、だんだんと遠ざかっていく二人の距離。

「雪!」



思わずその名を叫んだ。

雪は小さな声で「‥後で連絡します」とだけ言うと、駆け足でその場を後にした。






沈み込んでいく砂の上を歩くような、どこか現実感の無い世界を雪は一人歩いていた。

心の中は様々な感情で混沌としている。

プライドがズタズタで頭が変になりそう

おかしな人に思えて来たし、結局その通りだし!

その上他の人に被害まで与えて




雪の脳裏に淳の姿が思い浮かんだ。

いつか夢の中で見た、黒い服を来て奇妙な笑みを浮かべている、あの彼が。

何かを与えられることに慣れたくなかったのに、

いつのまにか自然と、或いは知らず知らずの内に、先輩から与えられていた。




自分の努力への懐疑心  遠藤さんにあんな仕打ちをした先輩への失望

  

それなのに、と雪は自分の心に引っかかるものを感じていた。

思い浮かぶのは、さきほど先輩が口にした言葉だった。

少なくとも雪ちゃんの為を思っての気持ちだったということだけは、分かって欲しい‥



最後のチャンスだと思ったんだ!



心の中に混在する両極の感情に、今雪は振り回されていた。

それなのにそんな言葉に喜んで、密かに胸を震わせている自分自身



雪は矛盾した自分に、何よりも腹が立った。

走っても走っても沈み込んで行くような、答えの見えないその先へ、



雪はただがむしゃらに走って行った‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<治らない傷>でした。

日本語版での今回の先輩のセリフ

「遠藤さんが雪ちゃんに何を言ったか大体予想はつく」と、

「でも雪ちゃんは絶対に何も悪くないから」は、ひっくり返っちゃってます。

↓この顔のところが「遠藤さんが‥」のセリフです。


細かい倶楽部~(10本アニメ~のメロディーで)



次回は<三つ巴>です。

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生き方の否定

2013-12-07 01:00:00 | 雪3年2部(負傷後~淳秀紀遠藤三つ巴)
「えっ?」



レポートを捨てたことを認めた淳の答えに、思わず雪は声を上げた。

「事実なんですか?本当に?」



身を乗り出して彼に詰め寄る。

なぜ、と言う彼女からの問いを前に、淳はこめかみを押さえながら暫し思案した。



遠藤から事実は既に伝わってしまった。

ここは正直に、ことの成り行きを説明するのが最良だろう‥。


淳は彼女の方を見ながら、口を開いた。

「雪ちゃんが、休学するって聞いたから」



淳の真っ直ぐな眼差しと告げられた真実に、雪はハッとしながら話の続きを待った。

「個人的にもレポートの出来が気に入らなくて、提出するときも悩んだんだ。」



「そんな折に雪ちゃんが奨学金の問題で休学するかもって話を聞いて、レポートを捨てることにした」

彼の言葉が、雪にはすんなり飲み込めなかった。

一番疑問だったその質問を、彼に投げかける。

「何言ってるんですか‥あの時私達は会話さえしてなかったじゃないですか?」



淳は彼女の方へ体ごと向き直って答えた。

「俺は親しくなりたかった。だけど雪ちゃんの言う通り、

俺達はまともに会話したことさえ無かっただろう。

互いに誤解もあったし」




「もう少し近づきたかったけど、雪ちゃんは休学の話を出していたし、

助けてあげたかったけど、方法が無かったんだ」


 

あの先々学期終わりの飲み会で、淳は彼女が休学するという話を耳にした。

離れたテーブルで、目を合わすことも無かった二人。雪の言う通り、あの時二人は何の関わりもなかったのだ。

「突然お金貸しますよなんて言えないし、どうしたって不自然だろう?

奨学金を譲るしか方法が無かったんだけど、雪ちゃんがそのことを知ったら傷つくと思って、

それで隠して来たんだ」




「ごめん」



真実を隠していたことに対して、淳は謝罪した。

彼の言葉を受けて雪は俯き、そんな雪を淳が横目で窺う。

  

雪はゆっくりと口を開いた。

心の中に広がる海が、やがて来る大津波の前兆のように潮が引いていく。

「じゃあ‥それで‥先輩がレポートを捨てたことで遠藤さんは、

学期中ずっと学生のレポートを紛失した無能な助手になって」




「そして私は、人を脅迫して不当に奨学金を受け取った学生になったってことですよね?」



雪の言葉を聞いて、淳はその予想外の答えに目を丸くした。



雪の顔が怒りに歪んで行く。

彼を凝視する眼差しに、不信の光が宿っていく。



雪は心の海の遠くの方から、大きな波が押し寄せるのを感じていた。

彼への懐疑心がそのスピードを早めていく。

「そういう風に考える必要はない、雪ちゃん」



冷静に言葉を紡ぐ彼とは反対に、雪の感情は昂った。

「なぜですか? 何が違うんですか?」と真っ直ぐ彼を見つめながら、彼の行いを糾問した。

「もっと親しくなりたかったって?誤解を解きたかったって?」



「それなら遅かれ早かれ、まずは会話から始めるべきでしょう!」


淳は雪の名前を口にするが、彼女の主張は止まらなかった。

「話そうともしないで、遠藤さんを使って人を奨学金で縛り付けようとしたんですか?!」



波が押し寄せる。

心の底でずっと思っていたことを、大波は海底から掬い上げる。

「その方がおかしいです。よっぽど!」



淳は雪の口から語られた彼女の本音を、きょとんとした顔で聞いていた。

彼女が怒っている理由が、どこか理解しきれずにいた。



俺は‥と口を開きかけるが、雪の主張は続いた。

「”助ける方法”だなんて、それが本当に配慮だと思いますか?

遠藤さんまで巻き込んで?」




淳は遠藤の名前が出て来たことで、過去の出来事に少し触れた。

「遠藤さんとは前に一悶着あって、俺が何を言っても悪い方に取るんだよ」









遠藤には、カードを盗んだ償いとしてレポートを処分してもらったが、

それは遠藤が犯した罪の対価として、当然の権利だと淳は考えていた。

それは雪への救済も兼ねることが出来る、最良の選択だと。

したがって”遠藤さんまで巻き込んで”という彼女の意見は、彼からしたら的外れな言い分だ。

遠藤はすべきことをしただけであり、そこには淳の考える正当性があった。





しかし彼女は彼に向って言った。

「二人に何があったかは、それは今は関係ありません」と。



彼の正当性は彼女にとって重要ではないと、そう言われたも同然だった。

淳の顔に驚愕の表情が浮かぶ。




その時雪の心の中では大波が押し寄せ、防波堤を決壊させていた。

一番自分が傷ついた問題を、怒りと共に口にする。

「今私にとって重要なのは、結局私が偶然ではなく不当に奨学金を受け取ったということです!」



それこそが、雪の心を大きく揺るがした問題だった。

それは遠藤が関わる云々の問題ではなく、自らの生き方を否定される意味を持っていたからだ。

「‥私は今まで、学費もお小遣いも全て自分で努力して工面して来たんです。

一番だろうと二番だろうと、それが努力の結果ならそれを受け入れて、より一層努力して来ました」




「なのにこれじゃあ、私の努力は一体何だったんですか?」

雪の言葉に、思わず淳は反論した。

「そういう意味じゃないって分かってるだろう?

雪ちゃんが誰よりも努力してることは皆知ってるよ」




しかし淳のフォローは、雪にとって何の意味も持たなかった。

「だから何だって言うんですか?!

結局遠藤さんの言ってたこと全部事実なのに!




雪の言葉が突き刺さる。

自分の言ったことは何も受け入れられない事実に、淳は胸を突かれた。



雪は遠藤の言う通りだったともう一度言った。奨学金もアルバイトも全て自分の努力ではなく、

”デキる彼氏のお陰で簡単に手に入れた”んだと。



淳の心に、徐々に苛立ちが募り始めていた。

「雪、」と彼女の名前を呼び捨てる。



しかし、雪の怒りは尚も収まらなかった。

「本来ならば、それ全部私が自分でやるべきことだったんです。

あえて先輩がレポートを捨てまでして譲ってくれなくても、家庭教師でも何でもバイト探せばどうにか出来たんです。

こんな形で助けて欲しくなかったです!」




雪は俯き不平を言った。

自分の知らない所で、彼の勝手な判断で物事が進んだことに対しての憤りもあった。





彼女を前にして、淳は呆然としていた。

心の中の海が騒ぎ、唇を噛む。



そして考えるより先に、感情が口を吐いて出ていた。

「俺は‥最後のチャンスだと思ったんだ!」



淳の言葉に、虚を突かれた雪が目を丸くする。

そして淳の口から、あの時の思いが語られた。


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<生き方の否定>でした。

淳がレポートを捨て彼女に奨学金を譲ったことは、その事実以上に雪の心を傷つけることになりました。

なぜなら「努力して得た結果」こそが、雪にとっての「自分の存在意義」だからです。

しかも全体首席、全額奨学金は雪がずっと目指してきたもの。それを遠藤を脅迫した結果与えられたのだと知った彼女は、

怒りと失望と、そして自分の生き方そのものを否定されているようで、心はズタズタです‥。

その内情を知らない淳は、雪がなぜこれほどまでに怒るのかが今いち理解出来ずにいます。

そして自分の話すこと話すこと否定し、信用しない雪に次第に苛立っていくんですね。


さて次回は<彼の言い分>です。

波乱はまだまだ続きますね~

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