Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

幕間

2015-07-13 01:00:00 | 雪3年3部(握った手~幕間)


目の前にあるやるべきことを、まずはひたすら着実に。

さざ波が押し寄せてくる予感は感じながらも、雪はとりあえず真面目に授業を聞く。

 



教授の話を聞き、テキストを読んで、ノートを取る。

体に染み付いたその形が、今の自分にシックリと馴染んだ。



飾らない自分、何気ない日常、刻々と流れる時間。

チャイムが鳴り、授業が終わり、そしてまた次の授業へと向かう。



抜け切らない疲労を抱えて、欠伸を噛み殺しながら秋の道を歩いた。

今ここにある平和な時間は、嵐と嵐の間のほんの僅かな時間かもしれないけれど。



青空を見上げ、雪は思った。

長い夢を見て、また戻って来た様な感じがする。



どこか遠くへ行っていたような気がするが、どこへ行ったのかは思い出せない。

そして元の世界に戻ってくると、そこには色々な人が様々な思いを抱えて生きていた。

周辺はそのままながら、また各々の問題を抱えて、再び繰り広げられる。



会社で仕事をしているであろう先輩、どこかへ駆けて行く亮の姿、決別した四年の先輩達。

  

社会人として頑張る萌菜、どこか掴めない太一、複雑な思いを抱える聡美。



名前は知らないけれど、構内を歩く学生達の一人一人に物語があり、歴史がある。

その各々の人生に思いを馳せると、どこか途方も無い気分になるようだった。






そしてまだ雪は知り得ないが、暗闇に立ち尽くす一人の女が居た。

河村静香だ。怒りのあまり微かに震えている。



彼女の怒りの波もまた、じきに雪の元へと押し寄せてくるだろう。

けれど今はとりあえず、目の前にあるやるべきことを、まずはひたすら着実に‥。



何かは思い出せないが、ふと暗いイメージが脳裏に浮かんだ。

冷たくて固い重荷が、しなだれかかってくるような‥。




「?」



雪は首元へ手をやりながら、その正体が思い出せずに首を捻った。

感じるのはただ、疲れの抜け切らない重い身体の感覚だけだ。


そして、私の肩はいつだって重い。







嵐と嵐の間の僅かな時間。

物語と物語の間の僅かな幕間に、雪は佇んでいた。

色々な波がこれからまた押し寄せるまでの、ほんの少しの平和な時間‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<幕間>でした。

セリフ無し、モノローグのみの短い回となりました。

雪ちゃんが首元に手をやる癖は、おばあちゃんのことで背負った重荷を無意識に感じていることから来てるんですかね?

だとしたら壮大な伏線ですよね‥。ブルブル。


次回は<張子の虎>です。明日更新します~


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歪む軌道

2015-07-12 01:00:00 | 雪3年3部(握った手~幕間)


ランチの後、萌菜を送って行った雪は、再び大学の構内を教室へ向かって歩いていた。

萌菜とは夜にもう一度会う約束をし、それまでは再び授業に勤しむ予定である。



しかし何と言っても昨日ストレス性胃腸炎で入院していた身だ。未だ疲労は抜け切れていない。

山は山、水は水、という禅の言葉を呟きつつ、広大な宇宙のイメージを脳裏に思い浮かべて雪は歩く。



地球は自分、そして周りの惑星はさながら雪の日常生活の中に出てくる人々だろう。

惑星は軌道上を安全に周回し、その平和は今のところ保たれていた。



途中大あくびをしつつ、雪はこれからのことをぼんやりと頭の中で考える。

さっさと授業受けて家帰って寝よ‥。

先輩に連絡して、萌菜にも連絡して、聡美のことちょっと気に掛けて‥。

とりあえず授業から‥




するとそんな雪の耳に、突然大きな声が飛び込んで来た。

「だから俺がやったんじゃないって!」



それは柳楓の声だった。

雪が振り返ると、柳と健太が何やら言い争っている。間に佐藤の姿も見えた。

 

雪は目を丸くしつつ、暫しその口論に耳を澄ませる。

「点けてすぐ青い画面が出たんだよ!本当だって!健太先輩何とか言って下さいよ!

マジで先輩が使ってた時は壊れてなかったんすか?!」


「ったく!何回言わすんだよ!そうだったって言ってんじゃねーか!」



「お前が触った途端壊れたんじゃねーか。俺は見てたぞ!」

「あーもう!マジ勘弁してくれよ!!

俺はマウスさえ触ってないし、起ち上がりすらしなかったんだってば!!」




身に覚えのない罪に問われた柳は、涙目で首を横に振り続けていた。

彼は潔白なのだ。そして佐藤もそれに気づいている。



佐藤は柳ではなく、PCを壊した真犯人へ疑心の籠もった視線を投げかけた。

するとその視線を向けられた健太が、高い所から彼に向かって凄み出す。

「あ?何だその目は。お前、俺が壊したとでも言いてぇってのか?」

「だから早く返せってあれほど‥」



その佐藤の物言いに、健太は荒い声を上げる。

「この野郎!何だその言い方は!?それとウイルスとは何の関係もねーだろが!

PC壊したのは柳だぞ!変な言いがかりつけんなや!」


「だから俺じゃないですってば!人のせいにすんなよ!」「んだとぉ?!」



呆気にとられてそのやり取りを見ている雪。

間に挟まれた佐藤は、むっつりと黙りこんでいる。

「そんじゃ俺がウイルスに感染させて壊して、テメーにその罪なすりつけてるとでも?!」

「違うんすか?!どうりでやけに親切なはずだよな!」

「おま‥人がせっかく‥!助けてやろーとしたんだろーが!!」



ヒートアップする二人の口論。すると佐藤は顔に青筋を立てながらも、ポツリと一言こう言った。

「‥もういいです」



そして佐藤はプイと背中を向け、そのまま歩いて行こうとする。

「何だアイツ。どうした?」



佐藤が席を外したことで、健太への罪の追及はそれ以上されないこととなった。

柳は苛立つ感情を捨て切れない。



柳は佐藤へと走り寄った。

「おい!」



「おい、口座教えろよ。俺が弁償するから」 「いいって」



柳からの申し入れにも首を横に振る佐藤。

しかし柳は到底納得出来ず、佐藤の手からPCを取った。

「いや。このままじゃ俺の気が収まらん。払うわ」

 

柳はそう言うと、ギッと鋭い視線で健太を睨んだ。

佐藤は柳から顔を背けると、そのままその場を後にする。

「勝手にしてくれ」



すると険しい顔をした柳と、雪の目が合った。

思わず雪は身を固くする。



そして三人はそれぞれ背を向け合うと、別々の方向へと歩いて行った。

誰も互いの背中を振り返らない。



雪は何か不穏な空気を感じつつ、柳に同情し眉を寄せる。

柳先輩‥とばっちりじゃん‥








三人の姿が見えなくなってから、雪はそっとその場を後にした。

白いスニーカーで、沢山の葉が落ちた秋の道を歩く。



先ほどの揉め事は、柳先輩と健太先輩、そして佐藤先輩、その三人の問題である。

実際雪には何の関係もないはず‥。



しかし何度もそう思ってみても、不吉な予感が止まらない。

雪の頭の中で、地球(自分)の周りの惑星に隕石が突っ込んだイメージが回る。



一つが狂えば、その軌道上にある惑星全てに影響が出るはずだ。

しかし厄介なのは、それがいつなのか、一体どんな影響なのか、その時にならないと分からないということ‥。

授業‥授業行かなきゃ‥



雪はそんな不穏な空気を振り払うかのように、とりあえず目の前の自分がこなすべきことに神経を集中させた。

まずは自分がしっかりしなくてはいけない。

惑星の軌道が歪む波が、自分の所へ押し寄せてくるまでは‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<歪む軌道>でした。

潔白なのに、自分の気が済まないからとPCを弁償する柳の男気‥好きだ‥!

それに引き換え健太‥どんどん残念になっていきますね‥。


次回はすごく短い記事になりますので、明日更新することにします。

<幕間>です。

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萌菜の誘い

2015-07-10 01:00:00 | 雪3年3部(握った手~幕間)


河村亮が青田邸を後にしている頃、A大学にて、赤山雪は授業を受けていた。

伊吹聡美(雪の髪で遊び中)と福井太一(目を開けて眠り中)も一緒である。

入院までしたんだから、厄落とし出来たハズでしょ‥



雪は授業を聞く傍ら、そんなことを考えていた。思わず不敵の笑みが漏れる。

私に残るは平和のみ‥。んふふふふ‥







すると不意に、ポケットに入れていた携帯が震えた。メールが一通届いている。

「ん?」



鼻ちょうちんをくっつけた太一の隣で、思わず目を丸くする雪。

そして授業終了後、雪は聡美と太一と共に、待ち合わせ場所へと向かったのだった。





「よっ!」



そこに立っていたのは、高校時代からの友人、萌菜であった。

「おお!来たんだ?!」「ん」



萌菜は雪を見て、心配そうに声を掛ける。

「なに、あんた身体大丈夫なの?昨日は病院にいたっていうのに、

今日こんな風に私と会ったりして大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫」



そう口では答える雪だが、声はガラガラ‥。

「ダイジョウブ‥」

「そっか。死ぬんじゃないよ」



昔から苦労の多い雪を労る萌菜。二人の間にある空気は随分と優しい。

するとそんな会話を交わしている二人のことを、傍に居た聡美と太一が好奇心の溢れる瞳で見つめていた。

ダレ?ダレ? 前メールしてたトモダチ?



以前雪から話は聞いていたものの、聡美と太一が実際に萌菜と会うのは初めてだ。

お昼時ということもあって、四人はそのままランチへと向かった。







料理がテーブルに並べられると、萌菜はニッコリと笑ってこう言った。

「高いもんじゃないし、私がご馳走するよ。なんてったって雪の友達だもんね」



萌菜は気前良くそう提案すると、フレンドリーな調子で二人に声を掛けた。雪はおかゆを前に白目を剥いている。

「この子から話沢山聞いてるよ~。タメ口でいいよね?」「うん!」

「ハイ。あ、雪さんおかゆ残すんなら俺に下サイ」 「私だけおかゆ‥。まずいおかゆ‥」



皆が料理に手をつけ始めてから、雪は聡美と太一に向かって萌菜の紹介を始めた。

「えっと‥前に話したよね?休学してアパレルで働いてる友達」

「ネットショップで服売ってるんだ」



「HPのアドレス教えるからさ、時々覗いてみてよ」

「えっ!その友達ってあなただったの!」



ネットショップの話に、聡美がテンション高く食いついた。萌菜を尊敬の眼差しで見つめている。

「すっごーい!あたしも卒業したらアパレル関係の仕事したいって考えてたんだー!」

「へぇ、そうなんだ」



しばしテーブルは萌菜の仕事の話題一色だ。

「大変そうだよ~」「体一つでやってるからね‥知り合い達と起業資金集めて‥etc」

 


そしてひと通りの話が済んだ後、萌菜はニヤッとしながら口を開いた。

「てか‥」



その視線の先には、ご飯を頬張りながら目を丸くしている太一が居る。



萌菜は立ち上がり、太一のことを色々な角度で観察し始めた。

そしてウンウンと頷きながらこう口にする。

「この子‥さっきから気になってたんだけど‥」



「身長は大丈夫ね。顔もなかなか‥」



萌菜の言動に首を傾げる雪と聡美、そして太一。

萌菜はそんな太一に向かってニコリと笑うと、一つ提案をした。

「ねぇ、おねーさんの店でアルバイトしてみない?雪の友達だから優遇するわ」

 

「え?」と思わず聞き返す聡美。

しかし萌菜がそれに答える前に、太一はその提案を了承していた。

「やりマス!」



萌菜は微笑み、「オッケ。契約♪」と上機嫌だ。携帯を取り出し、雪に写真を撮るよう頼んだ。

「この子‥クールじゃね?



双方の同意を経て、萌菜の店での太一のアルバイトが決まった。萌菜は太一の肩に触れ、彼を激励する。

「よろしくね」 「ハイ」 「近いうち連絡するわ」



そんな彼らのことを、聡美は目を丸くして見つめていた。

そして雪はそんな聡美のことを見つめながら、思わず言葉に詰まる‥。








食堂を出てから、四人は秋空の下を大学に向かって歩いた。

雪は太一と並んでぼんやりと歩き、聡美と萌菜がその後ろでネットショップのことについて話をしている。

「ごめんなさい、ネットショップってあんま知らなくて‥」「ようやく安定してきたところでさ」 

「メンズ服も‥取り扱ってるんですね‥」「一緒にやってる子がそういうの好きでね。今度新しいページを開設しようとしてるのよ」



すると萌菜は嬉しそうな顔をして、太一の背中に軽く触れた。

「しっかしタイミングいいわ~。

こんな良いモデルが現れるなんてね!」




そう言われた太一はピースサイン片手に得意顔だ。

聡美は太一を睨みながら、ぼそっと彼に小言を零す。

「一体幾つバイト掛け持ちしてんのよ‥」



しかし太一にその呟きが届くことはなく、四人は岐路でそれぞれ別れを告げ合った。

「それじゃそろそろ萌菜送ってくから」 「うん。じゃあね」

「連絡くださいネ」 「オッケー。後でやっぱ辞めるとかナシだかんね?」



萌菜は雪と肩を組み、聡美と太一に手を振って歩いて行った。

さすが雪の高校時代からの友人だけあって、その姿がしっくり馴染んでいる。



二人の背中が小さくなるのを、聡美は仏頂面をして見つめていた。

太一は聡美の表情を見て、ふと少し昔を思い出す。



以前雪の幼馴染の小西恵と一緒に居る雪を見て、

聡美はジェラシーを感じていた‥。



太一は軽く溜息を吐きながらこう言った。

「なんスか。また雪さん取られると思ってジェラってんスか?」

「違うし



聡美の苛立ちの原因は太一にあるというのに、太一はまるで見当違いなことを言ってくる。

いつも一緒にいると思っていた太一が、気がつけば遠かった。

しかし聡美はそれを言葉にすることが出来ずに、ただ仏頂面で黙り続けていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<萌菜の誘い>でした。

これは新しい展開ですね~。萌菜が雪と先輩の間に入って色々進めてくのかな、と思ったこともありましたが、

まさか聡美と太一の間に入ることになろうとは‥。

これで聡美の気持ちが良い方に思い切れると良いんですがね~。


次回は<歪む軌道>です。

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正門の先(2)

2015-07-08 01:00:00 | 雪3年3部(握った手~幕間)
「な‥」

 

亮は、言葉を続けることが出来なかった。

先程、厳しい眼差しでこちらを見据えながら、会長に言われた言葉が蘇る。

「自分のすべきことを頑張っている淳と、殴り合わなきゃいけなかったのか?」





  

いくら見つめても、その瞳の中に自分への温情を探すことは出来なかった。

心の奥底から漏れ出した気持ちが、行き場を失って胸を濡らす。



亮はぐっと拳を握り締めて、無意識に己を立て直した。

「な‥何のことっすか?あのヤロ‥いや、アイツが全部話したんすか?

ハッ!アイツ‥言わねえって言っといて何‥」


「敢えて聞かなくても分かるさ。お前達二人を見れば分かる」



微かに震える亮。けれど会長の説教は止まらなかった。

「一体何が問題なのかがな。私はお前達が自分の道を歩むことが出来るように、

最善のサポートを全て行って来たはずだ。違うか?」




「なのに静香もお前も、事あるごとに拒否して反発して、

いつも淳の周りをつきまとい、あの子を恨むばかりだ。私はー‥」




会長は一呼吸置いた後、亮を見据えてこう言った。

「お前達が残念でならない。失望している」



会長の瞳の中に浮かぶ侮蔑の色。亮には顔を上げなくても見える気がした。

昨日散々殴り合ったあの男と、おそらく同じ眼差しをしているからー‥。








ぐっと歯を食い縛る亮。怒りに震えながら口を開く。

「会長‥オレがどうして淳の野郎を嫌いなのか‥本当に分からなくて聞いてるんすか?」



亮からのその問いに、会長は「無論分かっているさ」と答えると、逆に亮に問い返した。

「けど本当に嫌いなだけか?

お前達は本当に一度も、」




「淳に対して感謝の気持ちを抱いたことはないのか?」

「‥‥‥」



そう問われても、亮には何も言えなかった。

会長は言葉を続ける。

「兄弟でもないのにお前達を受け入れて、終始気を使っていたのは淳だ。

今回の件でも、殴られたことを訴えもせず我慢したのも」


「はぁ?!オレも同じくらい殴られましたけど?!」

「お前達は私にも、そして淳にも、少しも感謝の気持ちを示さない」



亮の抗議は、会長に届かなかった。

彼は彼の息子と同じように、どこか疲れた顔で最後にこう言った。

「もう疲れたよ。私も」

 

心の奥が、再び凍っていく。

それきり自分の方を見ようともしない会長を前に、亮は茫然自失し、ただその場に立ち尽くした。









いつか”本当の家族”になれるかもしれないと、そんな甘い夢を見ていた高校時代の自分。

あの頃の自分はもうとっくに、この家の通用門を通って外に飛び出してしまった。



残っているのは、正門から入って来た招かねざる客の自分。

自分を見据える今の会長には、あの頃の温かな面影など、もう微塵も感じることは出来なかった‥。






やがて亮は、閉ざしていた重い口を開けた。その声は掠れている。

「‥分かってましたよ。結局アンタは、オレたちのこと哀れんで見下してただけってこと‥」



人と人との関係は、与える者と与えられる者に分かれた時点で、対等ではなくなる。

言うまでもなく本当の家族ならば、そんな区別など存在しないのに。

「自分の子供のように思っているって?自分のことは親のように思ってくれって?」



「違うだろ‥アンタがオレらに対してしてたことは、全部淳の為だったじゃねぇか。

いくら理性的なフリしてたって、結局は自分のガキだけ庇うー‥」




「そんな親だよ、アンタは」



そんな区別など気づきもしなかった、無邪気だった自分が脳裏に浮かぶ。

「今となっちゃ恥ずかしいけど、あん時はバカ正直にそれをそのまま受け入れてた」



「救いようの無いバカみてぇに喜んで‥」







言葉にすればするほど、心はささくれ、哀れな自分が浮き彫りになる。

思い出せば思い出す程、あの頃の無邪気な笑顔が滑稽に感じる。

亮は溜息とも諦めともつかぬ息を吐き出した。

「は‥」



俯くと、長い前髪が目のあたりを隠す影を作った。

亮は顔を上げぬまま、消え入りそうな声でポツリと呟く。

「初めから同じ立場の人間として扱われもしてなかったのに‥

オレ一人で‥」




感情が胸を塞ぎ、やりきれない気持ちで充満した。

亮は両手を上げると、自虐的な口調でこう口にする。

「本当~にありがとうございましたぁ。こんな底辺にお情けを掛けて頂きましてぇ。

しかもそんなヤツが大事なご子息の顔に傷つけちゃって、ほんっと~に申し訳ありませんでしたぁ」




心の奥底から漏れ出した感情が、見る間に乾いて行く。

それは傷口の周りにこびりつき、固くなってそこを塞いで行く。



両手を膝に付きながら、亮は己の非を口に出した。

自分が褒められた存在じゃないことくらい、とっくに承知している。

「二度と上京しないって、静香まで押し付けて飛び出したクセに‥

こんな‥物乞いみてぇに‥金せびりに来たオレもオレだけど‥」




昔持っていたプライドなんて、とっくに折れていた。

けれどそのプライドに泥を塗るような真似だけは、今も出来なかった。

亮は目の前の会長を睨むと、最後にこう口にする。

「少なくともオレは、んなこと口に出すそちらさんに、金の無心をするつもりはねえよ」



「今日来たのは間違いでしたよ!どうぞお達者で!」



そう言い捨て、亮は部屋を出て行った。

会長は溜息を吐き、その背中を見送る‥。












青田邸の外壁の横を、亮は全速力で駆けた。

乾いた傷跡にこびりついた感情が、ジクジクと化膿する。

青田邸では会長が、靄のかかる心の内を一人呟いていた。

「何であんな男になってしまったんだ‥」








自分に向けられた冷たい言葉、厳しい眼差しー‥。

取り付く島も無いその態度に、亮の心はいつしか凍っていた。



心のどこかで、期待していた。

思い出の中で微笑んでいたあの人が、また自分に手を差し伸べてくれるんじゃないかって。







けれど違った。

離れた年月は彼を完全な他人に変え、亮は再び、孤独の影に追われている。

「うわあああああああああ!!!!」



走っても走っても、影は後をついてくる。

振りきれないその重荷が、亮の背中に押し付けられる‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<正門の先(2)>でした。

なんというか‥哀しい話ですね。

父親のように慕っていた人に裏切られた悲しみが、乾いた笑いを吐き出す亮の表情から、伝わってきますね。


しかし青田会長‥。淳の前では亮と静香の心配をして、亮の前では淳を庇って‥。

そんなんだからMr.裏目の称号を与えられるんだよ!と言いたくなります。


次回はようやく登場!

<萌菜の誘い>です。


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正門の先(1)

2015-07-06 01:00:00 | 雪3年3部(握った手~幕間)
河村亮は苦々しい気持ちを抱えながら、その門の前で佇んでいた。



久々の青田邸を前に、亮は歯を食い縛る。

マジで嫌だけど‥プライドズタズタだけど‥







嫌でも脳裏に蘇る。

剥がれた外壁、共にテーブルを囲んだ夕食、温かな昔の記憶。

ここは、思い出が多すぎる‥。



しかしここで逃げ出すわけにはいかない。

亮は気の進まぬまま、チャイムを鳴らした。

ピンポン



少し待った後、家政婦の声がした。

どちら様ですか?



記憶が急に浮かび上がった。

高校生だった自分が返事をする。

「オレっす!」



彼は無邪気な笑顔で通用門を抜け、青田邸に入って行く‥。

そんなイメージを振り払いながら、亮はインターホンに向かって口を開いた。

「あの‥河村亮です‥。その‥約束を‥してまして‥」



家政婦は「はい。お待ち下さい」と言うと、門を開いた。

ガシャン、と正門の鍵が開く。



亮は今客人として、青田邸を訪れようとしていた。

胸の中に、苦い思いが充満する。



そして亮は覚悟を決めると、その中へ足を踏み入れたのであった。







七年ぶりの青田家は、何も変わっていなかった。

亮が部屋の中央まで進むと、青田会長は振り返り、彼に声を掛ける。

「久しぶりだな」



亮は頭を下げた。

「あ‥ご無沙汰してます‥」「ああ。元気にしていたか?」「ハイ‥」



そう言って顔を上げた亮を見て、会長は目を見開いた。

傷だらけの顔を映す瞳の中に、怪訝の色が浮かぶ。



二人は互いに無言のまま、暫し見つめ合った。

「‥‥‥‥」



その内沈黙に耐え切れなくなった亮が、気まずい気持ちを押して口を開く。

「あ‥会長も‥お元気そうで‥その‥」



「だから‥」

「痛々しい顔だな」



突然顔の傷のことを指摘され、亮はヒッと息を飲んだ。

「え?あ‥これは‥大したことないっす‥。見た目よりは痛くねぇし‥」



亮が更に言葉を続けるより先に、会長は笑顔を浮かべてこう言った。

「こっちへ来なさい。挨拶をしていない」



会長は、亮に向かって手を伸ばした。

「何年ぶりだ?本当に久しぶりだな」



会長はそう言いながら、ぐっと亮の手を握った。

その手の温かさが、亮の心を揺らす。



今日自分はここに、金の無心をしに来たのだ。

昔、親のように慕っていたこの人に。

顔を上げると、昔と変わらぬ笑顔の会長が居る。



その温かな面影を前にすると、心の奥に押し込めて蓋をした感情が、ふと顔を出しそうになる。

切ない眼差しで過去をなぞる亮に、会長はこう言葉を掛けた。

「上京してすぐ挨拶に来ると思ったが、

今日になってやっとだな」




不意に飛ばされた、小さな棘。

亮はハッと我に返る。

「え?!あ、それは‥すんません、色々ありまして‥」

「残念だよ」



会長はその小さな棘を、亮の心に鋭く突き刺した。

「私はお前が、お前の姉よりは建設的な人間だと思っていたが、

大した違いは無いようだね」




ピタ、と亮の動きが止まる。

会長は躊躇することなく、淡々と言葉を続けた。

「相変らず安定した職にも就かず、淳のことを恨んでいるだけのようだな」



掠れた声で、亮はその意味を問う。

「今なんて‥」

「勿論お前が淳を恨むのは十分理解出来る。

けれどもう二人共良い大人だろう」




そして会長は、鋭い眼差しで亮を見据えた。

正門を通過して来た無礼な客人に、厳しい言葉を掛けながら。

「自分のすべきことを頑張っている淳と、殴り合わなきゃいけなかったのか?」



そこにはもう、昔の温かな面影は姿を消していた。

鋭い棘は深々と胸に刺さり、亮はただ目を開けて、会長を見つめている‥。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<正門の先(1)>でした。

高校生の時は、家族のように通用門を通って青田家に出入りしていた河村姉弟。

七年経った今は、アポイントを取り付けての正門からの訪問。

二つの門が分けるのは、青田家と河村姉弟との関係性、ですね。。

そして正門の先には何があるのか‥次回へ続きます。

<正門の先(2)>です。


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