Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

正しさと誤り

2014-03-06 01:00:00 | 雪3年3部(キス未遂~正しさと誤りまで)


鳴り響く着信音の主は、父親であった。

淳はベッドに腰掛けると、通話開始ボタンを押した。

「‥はい、お父さん」



いつもより長いコール音を受話器の向こうで聞いていた父親は、休んでいたのかと淳に問うた後、

早速話の本題を口にした。

「来週からインターンだが、準備の方は進んでるか?」



はい、と淳は小さく返答した。尚も父の話は続く。

「朝の出勤はきちんと時間内にな。遅刻すると減点だぞ」



「僕は小学生じゃありませんよ」

まるで小さな子供に言い聞かせるような父の注意に、淳は溜息を吐きながらそう答えた。

そうだったな、と言って父は笑う。

「けれど私にとってお前はいつまでも子供だよ。お前も父親になったら分かるだろう。

まぁ、優秀な我が息子のことだ。上手くやるとは信じてるがね」




心配無用です、と淳が答える。

大人しく返答する息子に、父は改めてこれからのことを言及した。

「もう本格的に仕事が始まるのだから、これ以上学生気分ではいられないぞ」



父は厳しい口調でそう言ったかと思うと、続けてどこか寂しさを帯びた調子で言葉を紡いだ。

「インターンが終われば大学も卒業で、社会人になって‥。

本当にもう独り立ちする時期が来たんだな。大人として、これからやっていけそうか?」




それは父と息子の会話であると同時に、大企業の会長とその跡取りの会話でもあった。

いつも向けられる多大なる期待と、のしかかる重圧。しかし淳は表情を変えること無く、

「心配要りません」



そう感情の読めない口調で返答した。

「期待ハズレにならないように頑張らなくちゃ」



淳はそう言って笑った。浮かべた表情は、顔に貼り付いているような笑顔だった。

父親の笑い声が受話器の向こうから聞こえる。

そして「ところで、」と続けて淳は切り出した。

「独立しなければならない子供達が、僕の他にまだ居るのではないですか?」と。



淳の言葉を聞いた父親は、暫し受話器の向こうで黙り込んだ。

そうだな、と小さな声でつぶやくと、亮と静香のことを口にした。元気でやっているか心配だ、と。

「お父さん」



淳はそんな父の情を断ち切るように、ハッキリとした口調でその敬称を呼んだ。

口元を歪めたあの笑顔で、そして流暢な言葉遣いで話し始める。

「僕もあの子達も、もうお父さんに頼らず生きていく年齢です。

お父さんが後援をされるほど、彼らの独立がどんどん遅れて行きます」




自分達の力だけで生きて行くべきです、と淳は自信ある口調で言った。

父は暫し思案していたが、やがて心を決めると彼にハッキリとその気持ちを口にした。

「‥そうだな、お前の言う通りだ。もう亮と静香もそんな年になったんだな。

特に静香は一番年上で結婚も考えて良い頃なのに、一体どう思っているのか‥。

‥私は既に大きくなった子供達の面倒を、わざわざ買って見ているんだな」




そう言って黙り込む父に、淳は言葉を続けた。彼らに対する自分の立ち位置について。

「静香には僕から話をしておきます。そして亮は食堂で仕事を始めていますよ」



淳の言葉に、彼の父親は幾分驚きを込めて言った。

どうしてそんなことを知っているんだ?と。お前は亮に対して関心が無いと思っていたのに、と。

「最近知ったんです。いくらなんでもまるで無関心というわけにもいかないでしょう?」



父はそれを聞いて笑った。幾分ホッとしたような空気が伝わってくる。

「そうか。お前がこんな風に気にかけておいてくれると安心だ。

良い働き口と嫁ぎ先を探すよう、お前から言っておいてくれ」




父からの言付けに、淳は笑顔で了承する。

「どうせ彼らにはしばしば会うので心配要りません。

僕が彼らの状況を、お父さんに度々伝えますね」




そして親子は別れの挨拶を告げると電話を切った。

淳は通話終了ボタンを押した後、すぐさま着信履歴をスクロールする。



そして淳は通話開始ボタンを押した。

画面に”河村静香 呼び出し中”の文字が踊る。



何度目かのコール音の後、静香は電話に出た。不機嫌な彼女の声が、電話口から聞こえてくる。

「ようやく連絡して来たってワケ?あんたカード‥」

「お前、すぐに今の家を引き払え」



淳は静香の言葉をぶった切り、開口一番そう言った。突然の彼からの宣告に、静香は当然当惑した。

「はぁ?!」

「一週間以内だ。そこはもう売却する」



淳はそう言うなり、一方的に電話を切った。

通話が終わると淳は寝転がり、一人そのまま天井を眺める。



父親はもう積極的に亮と静香を支援しようとはしないだろう。

淳は今の結論に父を導いたことに、満足感を感じていた。



一人笑みを浮かべながら、自らを肯定するようにその心を口に出した。

「そうだ、これでいい」



自分の周りの物事や人々が、全て誤っているという認識。

正しい自分が、周りに振り回されて疲弊するという感覚。

「間違ったことが多すぎる‥」



そんな淳の呟きが、秋の空に溶けていく。

満月はそれを否定も肯定もせず、ただぼんやりと空に浮かんでいる‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<正しさと誤り>でした。

一体誰が正しくて誰が誤っているのか? 物事は本当に正否に沿って、”正しく”決まっていくのか?

そんな問いが感じられる回でした。

しかし淳父、亮と静香に淳の友達になってほしいと思っていながら、生活態度についての苦言を淳を通して伝えるとは‥。

この矛盾が、彼らの関係を破綻させている一因を担っているような気がします。


次回は<不安な先行き>です。


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不安と孤独

2014-03-05 01:00:00 | 雪3年3部(キス未遂~正しさと誤りまで)


秋風吹く夜の街を、河村静香はボーイフレンドと共に歩いていた。

しかしその彼はというと、静香を前に辟易した表情で口を開く。

「お前に振り回されるのもいい加減ウンザリだよ。

いい年だってのに‥もうホドホドにしたらどうだ?」




面倒臭そうに顔を顰めながら、彼はそう言って頭を抱えた。

しかし静香は媚を売ることはせず、「あっそ、じゃあ若い子と付き合えば」と冷たく言い放つ。



だが彼も動揺することなく、「ああ、そうするよ」と言って静香を一瞥した。

口を噤む彼女‥。



男はウンザリといった体で首を横に振りながら、諭すような口調で話を続けた。静香はその場に立ち尽くしている。

「オレも結婚を考える年だし、いつまでもお前みたいな将来性のないニート女

食わせていくわけにはいかないんだよ。男が女の仕事や年俸考慮しないと思うか?」




お前なんて取り柄は顔だけだ、と言って男は静香に背を向けた。

それきり振り返りもせず、自分のヘアースタイルだけを気にしている。



静香は持っていた缶を、勢い良くその頭に向かって投げた。

それは見事彼の頭にヒットし、男は憤慨して静香の方に振り返る。

「おいこの‥!」



しかし男が振り返った時は既に、静香はタクシーに乗り込み扉を閉めた後だった。

タクシーはそのまま走り去り、男が静香に向かって何か暴言を吐くのを遠く耳にする。



クソッ、と静香は吐き捨てるように口にし、携帯電話を取り出した。

「どんどんタームが短くなる‥」



手のひらにすくった砂が零れ落ちていくように、たかれる男達が減っていく。

青田会長からの支援も切れた今、静香は焦っていた。

着信ボタンを押し、携帯を耳に当てコール音を聞く‥。





不意に鳴り出した電話は、河村静香からの着信だった。

お風呂あがりの淳はタオルを首に掛けながら、鳴り響く携帯を手にしていた。



しかし淳はそのまま携帯を机の上に置き、電話には出ずにベッドに寝転んだ。

クッションやマットレスに体が沈んでいく。

 

淳は横向きに寝転ぶと、少し背中を丸めた姿勢を取った。

心を惑わす不安や不満がある時の、独特の彼の癖‥。






右手を濡れた髪の下敷きにしながら、淳は寝転んでいた。

胸の内の不安が、とある想像となって淳の頭の中にイメージを作る。

これからはなかなかお目にかかれないんでしょうね~?



まず浮かんで来たのは、今日掛けられた横山の言葉だった。

今まで淳が存在していたその場所に、取って代わるかのような立ち位置の横山翔‥。



そして去り際に見た横山の隣には、彼と同じように笑う柳瀬健太の姿があった。

何かを共有しているかのようなその二人は、さも可笑しそうに笑い合っていた。

おそらく全て示し合わせていたのだろう。



そしてあの二人が組んで、誰に被害を及ぼすかといったら一人しかいない。

赤山雪だ。



その光景は容易に想像することが出来た。

馴れ馴れしく彼女に近づく二人に挟まれ、困惑し疲労する雪の姿が。




「‥‥‥‥」



胸の中に、徐々に黒い靄がかかっていく。

続いてその靄の間から浮かんでくる映像は、今日目にした河村亮の姿だった。



雪の母親から、実の息子のように叱られるその姿。親しそうに、背中を叩かれて飛び上がるその姿。

怒鳴られながらも笑い合う亮と雪の母親の後ろで、淳は見えない壁に阻害されているような気分だった。



あの時も味わったあの感覚‥。




亮と居ると、いつも知らしめられるあの感覚。

暗い部屋で独りぼっちで居る時の、あの感覚。






心の中の黒い靄は、頭に思い浮かぶイメージをだんだんとエスカレートさせていく。

最後に思い浮かぶのは、亮を中心に傘の中で身を寄せ合う、三人の後ろ姿。




淳は思う。


あの時亮はこう思っただろう、と。


お前はこっちに来ることは出来ない。

いつもオレはお前の望むものを、簡単に手に入れることが出来る‥。







振り向いた彼女が見せる眼差しは、きっと去年散々向けられて来たあの視線。

観察するようで、嘲笑するようで、馬鹿にするような。



そして彼女は嘲笑うだろう。

亮の腕に抱かれながら、そちらに行けない独りぼっちの自分を見て。









優越感に浸った笑みを浮かべながら、亮と雪はその場から立ち去っていく。


淳はそこから動けない。


見えない壁で四方を囲まれた小さな部屋で、独り取り残されて立ち尽くしている‥。













ふと気が付くと、淳は眉間に皺を寄せながらその想像に怒りを感じていた。

心にかかった黒い靄が見せる幻想に、どうやら飲み込まれてしまったようだ。



淳はうつ伏せになると、くさくさした気分で顔をクッションに埋めた。

頭の中と心の中が波立って、彼を漠然とした不安にさせる。



そんな折、携帯電話が鳴った。

淳はまた静香からだと思って放置していたが、鳴り止まないその音に辟易して携帯を手に取った。

父親からの着信だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<不安と孤独>でした。

これは珍しい‥。淳の頭の中が覗けた回でしたね~^^

亮に対するコンプレックスがすごいですよね。しかも妄想まで‥。普段見られない先輩ですね。

セリフが無いのでほぼ想像の文章となりました‥。こういうとこ、チートラのすごいとこですよね。

読者に判断を委ねる割合がとても多いというか‥。そこが魅力なんですが!^^


次回は<正しさと誤り>です。


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彼の印象

2014-03-04 01:00:00 | 雪3年3部(キス未遂~正しさと誤りまで)
「お口に合うか分からないけれど‥」 



そう言って雪の母親が運んで来た料理は、温かな湯気を立てていた。

美味しそうですね、と言って淳が微笑む。

「いただきます」「ええ!どうぞどうぞ!」



ニコニコしながら雪の母は淳を眺めていた。その場で話を続ける。

「雪の先輩ってことは、お勉強の方もよくお出来になるんでしょう?」



「そんなことはありませんが、熱心にさせて頂いてます」

雪の母から声を掛けられた淳は、座っていては失礼だと立ち上がりかけたが、彼女に制されて再び席についた。

雪は頬杖を付きながら、謙遜する彼について口を開く。

「‥首席だったんだよ~」



以前”首席”についてはレポート事件で揉めたので、雪は幾分微妙な気分だったがそれを口にした。

母親は感心するように息を吐いて、「四年生だから就職準備とか色々大変でしょう?」と彼に問う。

「はい。来週からインターンなのですが、うまくいくかどうか‥」



そう言って頭を掻く彼に、雪の母はどこにインターンするかを聞いた。

Z企業です、と答える彼。

ここは黙っとこ‥



”Z企業の会長の息子”というトップシークレットを掠めていく会話に、雪はヒヤヒヤしながら口を噤んでいた。

彼は”Z企業にインターンする一般学生”という立場で、「Z企業に正社員で入るのを目標に頑張っています」と更に続けた。

雪の母は感心したように息を吐く。

「まぁ‥!お友達の息子さんがあそこ行ってるけど、

入社は難しいらしいけどその後の待遇はものすごく良いらしいわね~!」




正社員として入れるといいわね、と雪の母は笑顔で淳にエールを送った。にこやかに微笑む淳。

亮は耳に入ってくる三人の会話を、「聞こえない‥オレは聞こえない」とブツブツ呟き、

自らに暗示をかけていた‥。



その後も場を立ち去ろうとしない母親を見かねて、堪らず雪がそれを促す。

「もうお母さんったら!そこに居られたら食べられないでしょ!」



そう言われた雪の母は、笑ってその場から退散しかけるが、少し離れた場所でまたすぐに立ち止まった。

彼らが視線を感じて振り返る‥。



「見つめないでよ!」と雪が声を上げると、母は笑いながら言葉を続けた。

「だって口に合うかどうか気になって‥。もう少し凝った料理を出せれば良かったんだけど‥」



その言葉に、淳は笑顔でかぶりを振った。

「そんな、気にされないで下さい。僕がいきなり来たものですから。

ありがとうございますお母様、それでは頂きます」




そう言って食べ始める淳の仕草を、雪の母はにこやかにその場で見つめていた。

彼の印象が、その一挙一動から如実に反映されていく。

礼儀正しくて‥食事する所作も綺麗だわ。

箸の上げ下ろしも問題無いし、変にクチャクチャ音を立てることもしない。咀嚼の途中で話もしないわね。

家庭での躾けが行き届いてるんだわ




彼女は淳を”娘の彼氏”として、改めて彼がどういう振る舞いをするかを見ていたが、およそ欠点が見当たらない。

完璧ともいえる彼の所作に雪の母は満足そうに頷き、きっとどこかのお坊ちゃんなのだろうと彼の家柄の良さを推測する。



するとそんな雪の母の元に、顔なじみのご近所さんが近寄って耳打ちをしてきた。

娘さんのお婿さん候補なの? とその顔は興味津々だ。



そんなんじゃないわよ、と言って気恥ずかしい気持ちで首を横に振る雪の母に、ご近所さんは言葉を続けた。

「スラッとしてハンサムじゃない~。娘さんってばやるわね~!」



彼氏を褒められることで間接的に娘も褒められ、雪の母はまんざらでもなく微笑んだ。

そんな二人からの熱い視線を感じて、淳は振り返り百万ドルの笑顔を向ける‥。





その子犬のような笑顔に、思わず雪の母はデレッと破顔する。

「超嬉しそうね‥」



そんな彼女を見たご近所さんは安心したように息を吐き、言葉を掛けた。

「とにかくあなたがそんな笑顔を浮かべるの、久しぶりに見たわ~」



肩に触れながら、和やかに笑い合う二人。そんな雪の母の後ろ姿を眺めながら、亮は複雑な気分だった。

自分の前であんな笑顔を浮かべられたことは無い‥。



視線をテーブルに移すと、雪と淳は穏やかに対話している。

今日お父さんは? 出かけてるみたいです。そして例のごとく蓮も‥。

次はお会い出来るといいな



雪のことを見ていると、彼女は嬉しそうに笑っていた。

自分の前では見たことのないような笑顔を浮かべて。



亮は、胸の中がモヤモヤするのを感じた。舌打ちをしながら、思わず一人で小さく呟く。

「あいつは何が嬉しくてヘラヘラと‥」



するとそんな亮に喝が飛んだ。雪の母親である。

「まーた魂抜けてるわよ!手が止まってる!」



ヒイッと亮はビクつきながら、そそくさと再び仕事に取り掛かる。

雪の母はそんな亮の背中をバーンと叩き、彼の根性を今一度叩きなおしていた‥。







淳はそんな亮と雪の母の姿に、じっと視線を送っていた。

雪の母が亮に対する態度は自分の時とは全く違っていたが、亮と居る時の方が、それは自然な振る舞いだった。

淳の脳裏には、いつも他人との垣根をいとも簡単に超える亮の姿がある‥。

  





淳は俯瞰するような仕草で、亮に向けていた顔を雪の方に戻した。

雪は彼が自分の方を向いたことに気がつき、その瞳に視線を送る。



そして淳は微笑んだ。

彼が自分の本心を隠す時、意識的に浮かべるその表情を。



雪は淳が浮かべた笑顔の真意を見抜くこと無く、何の疑いも持たずただ微笑みを返した。

ただ和やかに、ただ穏やかに。




彼の処世術ともいえるその笑顔は、いつも彼の顔に張り付いている‥。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼の印象>でした。

亮と淳、それぞれが自分の持たないものを相手は持っている、ということを羨んでいますね。

セリフこそないですが、二人の表情からそんなメッセージが伝わって来ました。


次回は<不安>です。

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紹介します。

2014-03-03 01:00:00 | 雪3年3部(キス未遂~正しさと誤りまで)
青田淳は先日目にしたあの場面が、常に頭の中にあった。

雪の家でバイトをしている亮が、彼女に親しげに近づくあの姿が‥。



彼女だけでなく、雪の父や母に淳よりも先に会うことになった亮。

それを思うと淳の心は焦れた。気がついたら彼女の家へと車を走らせていた‥。







「お母さん」



娘が自分を呼んだので、雪の母親はその声のする方に振り向く。

ただいま、と言って入り口に佇む娘はどこか緊張した面持ちだ。



そして娘に続いて、初めて見る男性が入って来た。

「まぁ、誰?」と問うと、その彼はニッコリと微笑んでからお辞儀をした。

「こんばんは」



雪は母と先輩の間に入った。

幾分恥ずかしそうな表情で、母に彼を紹介する。

「彼氏‥」



雪の母親は驚いて顔を上げた。背の高い彼の顔をマジマジと仰ぎ見る。

彼は雪の母に向かって微笑むと、礼儀正しく自己紹介を始めた。

「はじめまして、お母様。雪さんとお付き合いさせて頂いてます、青田淳と申します」



その柔らかな笑顔を前に、雪の母は声を上げた。

「まぁまぁ‥!あなたが‥!」



感激さながらの雪の母親に淳は、「雪さんと同じ学科で、一つ上の学年になります」と自己紹介を続ける。

照れ顔の雪と、声を上げる母親、そしてニッコリと微笑む淳‥。



客達は雪達に目を留め、中でも女性客は淳を見て息を吐いた。

「綺麗なお店ですね」と言って、淳は笑顔を浮かべる。



そこに佇み周りを見渡す淳は、誰もが見とれるルックスとスタイルだった。

すっかり雪の母親も彼の虜である。淳を見つめる眼差しから、花が溢れている。



「まぁ~本当にハンサムね~と雪の母が言うと、

「ありがとうございます。お母様もお綺麗です」と淳は微笑みと共に完璧な返答をし、彼女を喜ばす。



そんな二人のやり取りを見た亮は露骨に顔を顰め、吐き戻すような仕草をしていた。(無論冗談だが)

雪は淳と亮との喧嘩の始まりを感じ取り、亮に向かってテレパスを送る。

お母さんの前では止めてクビになるよ?!



雪のジェスチャーを見て、亮が舌打ちをしながらその仕草を止める。

そんな雪と亮のやり取りなど露も知らない雪の母親は、あることに気がついて幾分慌てた。

「まあ~本当にどうしましょ!こんな突然訪ねて来られちゃ‥夕飯は食べたの?」



淳は首を横に振る。「お店に伺うのに、食事を済ませて来るのは失礼かと思いまして」と慇懃な言葉を口にする。

それでも娘の彼氏なんだから変なものは出せない、とオロオロする雪の母に向かって、淳は百万ドルの笑顔を浮かべた。

「雪さんから、お母様はとても料理上手だと伺っていたんですよ」



この子ったら、と言って母親は雪の肩を小突いた。

笑い合う母と娘とその彼氏は、なんとも和やかムードである。



それを見ている亮はゲロゲロだったが‥


雪の母親は淳を席に案内し、すぐに用意するから座って待っていてと言った。そして振り返り、亮を呼ぶ。

「亮君、すぐに水持って行ってちょうだい」「えっ?!オレすか?!」
 


亮はギクッとして思わずそう声を上げた。

三人の関係を知らない雪の母親は、亮の耳を引っ張りながら彼に説教する。

「ったくさっきから一体どうしちゃったのよ?!じゃあ誰が水を持ってくの



他のバイト‥と亮が口にすると、雪の母は「いいからやんなさい!」と彼に喝を入れた。

まさか淳に給仕をすることになるとは‥。亮は凄い形相で、彼の方に向き直る。



淳はそんな亮を見て肩を竦めた。

こうなったのは不可抗力だと言わんばかりに。



ドスドスと大きな足音でその場を後にする亮を見て、雪はヒヤヒヤしていた。

いつ喧嘩が始まってもおかしくない雰囲気だ‥。



淳と雪がテーブルにつくと、水を持った亮が凄い勢いでやって来た。

そして亮はその勢いのまま、コップをテーブルにドン!と置いた。



勢い良く上がるしぶきは、全て雪にかかって水浸しだ。

亮の貼り付いたような笑顔が淳に向けられる‥。



こ、この野郎‥



ズブ濡れ&引き攣った表情で亮を睨む雪を、

振り返って亮が「スマン」と口にする。



淳はそんな雪を、タオルで甲斐甲斐しく拭いてやった。

「あらら、雪ちゃん拭くよ」



「お前は保育士かと亮は淳に突っ込んだが、淳は雪の方を向いたまま口を開く。

「ところでバイトの方はどう?」



それを聞いた亮の顔が歪む。何で淳にそんなことを聞かれなくてはならないのだ?

「お前に何の関係が‥「お前じゃなくて雪ちゃんの話」



淳はバッサリと亮に言い放った。

それきり亮に目もくれない淳。亮はブチ切れた。

「こんのヤロ‥!」



そう言って淳に掴みかかるすんでのところで、雪が勢い良く間に割って入った。

わざとらしいほど明るい笑顔で、彼の問いに答えを返す。

「あ~ははは!そうですね~、返却された本を分類して返していくだけなので、

大したことないです。大学内のバイトなので、交通費もかからなくてすごく良いですよ~!」




笑顔で頷く淳と、強く押されて痛む肩を抱える亮と‥。ぎこちない空気である。

亮は作り笑顔を浮かべると、お客さんに掛けるマニュアルな言葉を口にして背を向けようとした。



しかし淳は含みのある笑みを浮かべると、今度は亮に向かって声を掛けた。

「スーツ姿は見ることが出来なかったけど、エプロン姿は長続きするように願うよ」



ブチブチブチ‥



亮は引き攣った表情のまま、なんとか堪えて二人に背を向けた。荒々しく足音を立てて歩く。

「二杯目からの水はセルフでっす!さっさとお召し上がり下せぇ



亮の捨て台詞と、「何してんですか‥!」と言って怒る雪‥。

淳は再び”不可抗力ポーズ”をして肩を竦める。



顔を合わすとすぐ喧嘩の、亮と淳を一発ずつ殴りたいと雪は思ってブルブルした。

淳はキョトンとした顔で「ゴメンね」と軽く口にする。


そんな微妙な空気の漂う中、母が作った料理が運ばれて来る‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<紹介します。>でした。

いや~先輩は、「娘の彼氏」としては相当な合格点だったんじゃないでしょうか。

一流大の学歴、礼儀正しい態度、爽やかな笑顔‥。



亮の笑顔はコレですが‥笑 



それでも”飾った笑顔”がぎこちない亮って本当憎めないです^^;




次回は<彼の印象>です。

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憑依

2014-03-02 01:00:00 | 雪3年3部(キス未遂~正しさと誤りまで)
ぼんやりしたまま倉庫へと向かった亮だったが、ピアノを前にすると身が竦むような気分だった。

ついにこれが鳴る日が来たのだ。亮は両手で身体を抱くような仕草で、ピアノの前に立った。



とうとうマルチタップを手に配線に取り掛かった亮の後ろ姿を、雪は無言のまま眺めていた。

黙々と取り組んでいる。



雪は、最近母と蓮が交わしていた会話を思い出した。

バイトの亮君、叔父さんのカフェで仕事し出してから魂半分抜けてる感じなのよ。

失敗も増えたし‥




愚痴る母と、「もー!亮さんしっかりしてよ!」 と言ってプンプンする蓮。

しかし全ての原因はこのピアノにあったようだ。

やっぱりあれのせいだったか‥



雪は倉庫の入り口のところからコッソリと彼を窺っていた。

マルチタップの使い道と近頃の彼のぼんやり加減の謎が、全て解けたような気分だった。

 

配線の為にしゃがみ込んだ亮は、椅子の上に数冊の本が置かれているのに気がついた。

振り向かぬまま、雪に向かって声を掛ける。

「‥ダメージヘアー、何だこれは?」



そう亮から問われ、雪は明るく答えた。

「あ!以前私が使ってたやつです。もしかしたら要るかなと思って‥」



亮は眉を寄せながらも一冊の本を手に取った。

そしてその表紙を見るなり青筋を立て、大きな声を出した。

「小曲集~~??」



亮はそこに置いてあった本を次々に放った。

バイエル、ハノン、チェルニー小曲集‥。雪が昔使っていたという教本は、どれも初心者向けの物ばかりだった。

以前神童と言われていた亮からしたら、赤子の手を捻るくらい簡単なレベルである。

「お前チェルニー何番までやったか言ってみろよ?100?30?40?

しっかしキレーな本だなぁ?」




ククク、と笑いながら亮は雪を小馬鹿にしたような態度を取った。

好意で持ってきてあげたのに、そんなことを言われては雪も怒り心頭である。



雪は荒々しく亮に近づくと、嫌味たらしい彼に応戦した。

「要らないなら返して下さい!そういうおたくはさぞお上手なんでしょうねぇ?!

それじゃ持って行きますから!そうですそれです!」




雪は腕まくりをしながら、亮が先ほど接続したマルチタップに手を伸ばした。

これも返せと言う雪に、これはオレが貰ったものだと譲らぬ亮‥。



二人は暫しマルチタップの奪い合いを繰り広げた。

押したり引いたり、子供のように喧嘩する亮と雪。

「あー!もういい加減に‥!」



ブチ切れた亮が一際大きな声を上げる。

そして彼はマルチタップを掴んでいた手を離し、雪の手首をガシッと掴んだ。



それは喧嘩中に起こった些細な出来事だったのだが、

その時亮は心の中に、何か眩いものが芽生えるのを感じた。



目を見開いていく亮の前で、同じく目を丸くする彼女。

彼の口から小さく声が漏れる。



その時亮は、心に芽生えたその感情以外にも特別なものを感じていた。

彼女の手首を握った自身の左手‥。



力が入らないと思っていたその左手が、今雪の手首をぎゅっと握り締めている。

亮はだんだんと意識がぼんやりとしていくのを感じた。心の中に、先ほどから彼を支配するその言葉が蘇る。

亡霊‥



自身を掴んで離さない、得体の知れぬ眩いもの。

今彼の瞳には、目を見開いた彼女だけが映っている。

亡霊に‥



握り締めた華奢な手首から、細かな鼓動が伝わってくる。

亮はまるで亡霊に憑依されたかのように、何も考えられなかった。

そして見開かれた大きな瞳に吸い込まれるように、彼女に近付いて行った。

惹き寄せられて‥



そして二人は触れ合った。

‥いや、衝突したのだ。

バキッ!!



亮の額に、雪の頭突きが炸裂した。

ワケの分からぬまま痛む額を押さえる亮に、雪が顔を顰めてブツブツ言う。

「ガキくさいことしないで下さいよったく‥」



雪は彼の心の中で芽生えた感情などつゆ知らず、ガキくさい行動に出た亮に辟易したように舌打ちした。

そんな中、雪の携帯電話が鳴った。

着信画面を見るやいなや、彼女は目を丸くして電話に出る。

「先輩!」



雪の一声で、場は突然現実に引き戻された。雪が受けたのは、青田淳からの電話だった。

「え? 今向かってるって‥店に?」



驚きの声を上げる雪を眺めながら、亮は先程の余韻が徐々に冷めていくのを感じていた。

時計を見ると、そろそろ休憩時間が終わろうとしている時刻だった‥。









結局そこまでで倉庫は閉じられ、雪と亮は店へと向かった。

亮が勤務に戻るのと同じ頃、先輩のポルシェが駐車場に到着し、雪と淳は顔を合わせた。

突然現れた彼に驚きの声を上げる雪に、先輩は笑顔で話し出す。

「今日顔見れなかったし..思い出したついでに立ち寄ったんだ。

店がオープンしてから、まだ一度も来たことがなかっただろう?」




ウハハ‥と雪は照れたような顔で笑い、顔を赤らめた。

心の準備もないまま彼を前にして、雪は幾分ドギマギしているようだ。



淳は微笑みながら言葉を続ける。

「中に入ってご挨拶しても構わない?」 「もちろん!」



威勢よく答える雪と、微笑む淳。

そんな二人を擦りガラスの向こうから、ジットリとした視線で眺める亮が居た。

「あ‥ところで中に‥」



そう言って雪は、気まずい表情で店の中に居る亮を指差した。

淳は一瞬彼女の指の先を追ったが、



すぐに視線を戻して口を開いた。

「亮のことはいいよ。気にしないで」



「喧嘩しないから。出来る限りと言ってニッコリと微笑む先輩に、雪は苦笑いの表情で頷いた。

いつも彼らが顔を合わせるときは緊張する‥。



そのままウフフアハハと笑い合う二人を、亮は苦虫を噛み潰したような表情で眺めていた。

これから店に淳が入ってくるのだ。心がどんよりと湿っていく‥。






亮は今の状況に耐え切れず、思わず店の中にも関わらず声を上げた。

「クッソ!今からアイツが‥!マジで嫌すぎる‥!仕事なんか出来ねぇよ!」



すると、騒ぐ亮の襟首を掴んで、雪の母親が彼に声を掛けた。

「河村君は‥いつからそんな自分勝手な人間になったのかなぁ~?」



オドロオドロしいそのオーラに亮が思わず息を飲むと、雪の母親は続けて亮にクドクドと説教を垂れ始めた。

「亮君、あんたこの頃失敗も多いし、本当頭が痛いわ。ちょっとは落ち着いたらどう?」

「ウッス‥」



本気モードのダメ出しに、気まずそうに俯き頷く亮‥。

そして雪の母親は大きく溜息を吐くと、独り言のような呟きで愚痴をこぼした。

「はぁ‥周りの男共と来たら頭が痛い人ばかり‥。夫に息子にバイトまで‥」



亮は肩を落とす雪の母を見ながら、つい先程目にした場面を思い出す。

今日はちょっと友達と会ってくる。前から約束していたんだ!



頻繁に理由を付けて出て行く雪の父と、唇を噛んでそれを見送る雪の母。

彼らの間にある不和を、亮は何度も目にしていた。



心の中にも店の中にも、暗雲が立ち込める。

そしてそんな折、店のドアが開いた‥。

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<憑依>でした。

雪の手首を握った亮が何を思ったのか‥!ダダーン!

前回今回と亮がしきりに呟く”亡霊に惹かれる”というのは、

自分の意志に関係なく何かに惹き寄せられるという意味合いだと思うのですが、

ピアノはともかく雪にもそうなっていく、というのがいいですね~~!3部、ようやく亮さんの気持ちが動いてきましたね!

そして数十キロ離れていても彼女に近付く者は許さない先輩の心眼!コワイヨー!



次回は<紹介します>です。

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