Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

消えたあの感情

2013-09-17 01:00:00 | 雪3年2部(グルワ発表~知れば知るほど)


ぼんやりとした月明かりが空に滲む夜、

青田淳は車の中に居た。



スポーツジムの帰り、運転席に座りキーを回そうとすると、父親から電話が掛かって来たのだ。

携帯をイヤホンに繋ぎ、通話ボタンを押す。

開口一番、父親は淳にこう言った。

「亮は近頃どうしてる?元気にやってるのか?」



またその話か‥。

淳は座席にもたれかかりながら曖昧な返事をした。

「そうみたいですよ」



そんな淳の答えに父親は不満気だ。

ちゃんと三人で連絡を取り合っているのか、と続けて聞くが、淳は答えない。

「静香が最近お前が冷たいって、昔と変わったって寂しがってたぞ」

「あれがそう言ってたんですか?」



父はその質問に答える代わりに、まさか静香とも喧嘩したのかと逆に聞いてきた。

二人仲良かったじゃないかと、幾分声のトーンが落ちる。

「もうそろそろ亮とも仲直りしたらどうだ。

変に我を張らずにさっさと謝って、仲良くやっていけばいいじゃないか」




淳の脳裏に、若い頃の父親が浮かぶ。

「我を張らず自ら与えよ」というのは、昔からの父の教えだった‥。



父は「もう少し大人になりなさい」と淳に諭すと、

彼は素直に「はい、分かりました」と返事をした。



それで気が済んだのか、父は話題を変える。

「それもそうだが、もう4年の夏休みなんだからインターンにも行かないとだめじゃないか。

急に夏期講習だなんて、どうしてせっかくの休みを無駄にするんだ」




淳はハンドルを握り、人差し指で、トントンと軽くそれを叩く。

これは彼の癖だった。

「卒業まであと一学期じゃないですか。大学生活ももう残り少ないし、

聴いてみたかった授業受けてみたくって」




淳はそう笑って言った。卒業までは大目に見て下さいと。

父は少し考えたが、最終的には淳の判断に任せると言った。

そしてどんな授業を受けているんだと聞いて返された「科学的性の理解」は、父にはよく分からなかった。


時刻を見るともう帰宅すべき時間だったため、別れの挨拶をして親子は電話を切った。



無音になったのを確認すると、淳はイヤホンを外し、より深く座席に凭れ掛かる。



長かった大学生活も、ようやくあと残り一学期となった。

淳にとっては、常に疲れ続けた四年間だった。

人々から晒される喧騒にも似たノイズは、いつも彼を疲弊させるから。



静かな夜の車内で、淳は学生生活を振り返っていた。

ふと、去年復学して初めて参加した飲み会のことを思い出した。



久しぶりに会う学生たちは皆凡庸で、退屈で、そしてやはり彼を疲れさせた。

続く学生生活の中でもそれは変わらず、皆淳の前では下心を持ったり媚びへつらったり、つまらない者ばかりだった。



柳に誘われて行った英語の自主ゼミだって始めはそうだった。退屈が蔓延して、つまらなくって仕方が無かった。

しかしあの時に、初めて意識した後輩がいた。今でも耳に残る、あの小さなノイズ。

「ぷっ」



あの嘲笑いを契機に、赤山雪への悪感情は積もり始めた。

彼女について何も知らず、知ろうともせず、ただ気に障った去年の春。

彼女のことを考える時淳は、暗く沈んだ瞳をしていた。











あれから一年と少し経った夏の日、淳は赤山雪の目の前に居た。

「よく食べるね」



学食でランチを共にしていた二人であるが、この日の雪の食べっぷりはすこぶる良い。

「お腹すいてたの?」



そう言われて顔を上げた雪は、先輩が目の前に居ることに改めて気付いたみたいに、目を丸くした。

実は今朝寝坊してしまい朝ごはんを食べれなかったのだと、つい夢中でガッツいてしまった理由を説明した。

「今日の学食おいしいですね」と、雪は本日のメニューを絶賛する。



おいしそうに食べる雪に、先輩は味趣連の話題を振ってきた。

「雪ちゃんって友達と一緒によく外に食べに行ってるよね?皆美食家なんだな?」



美食家、というフレーズに思わず雪は笑ってしまった。そんな大それたものではないですと。

「ただ一緒に色々なものを食べて楽しんでるだけですよ。

太一は大食いで、聡美はお店巡りが好きな子なんです。私も特に好き嫌いもないですし」




太一と聡美の名前が出て来たことで、淳は二人とはどうやって知り合ったのかと雪に質問した。

雪は思いを巡らすように、二人と初めて会ったその場面を思い出す。



太一との初対面は、去年復学してすぐの飲み会だった。

その後は、聡美と仲が良かったので自然と3人で行動するようになった。



聡美とは、高校3年生の時通っていた塾の受験単科ゼミで知り合った。

遠くから来ていた雪の見慣れない制服を見て、珍しそうに近づいてきたのが、聡美だった。



はじめは正直とっつきにくくて、そのあけっぴろげなところに若干引き気味だったが、

いざ喋ってみたら結構気が合って、関係は続いた。



今ではかけがえのない友達ですと、雪は穏やかな表情をしながら語る。

「こんなこともあるんですね。第一印象が悪かったとしても、

喋ってみると意外と大丈夫だったり」




「実は第一印象よりも遥かにいい人で、知れば知るほど好きになっていったり‥」



知れば知るほど、好きになっていく‥。

淳の心に、このフレーズが強く響いた。

彼女について何も知らず、知ろうともせず、ただ気に障った去年の春から、一年余りが経った。

そして淳は、こう雪に問いかける。

「それじゃあ、俺はどうだった?」



「前より良くなったかなぁ?」



クリアな瞳は、真っ直ぐに彼女を見つめている。

雪は突然のその質問に、パチクリと目を見開いた。



意図が掴めず、どう答えて良いのか分からない。

「俺達、去年の今頃はここまで親しくもなかっただろう」



そう言って微笑む先輩は、あんぐりと口を開けた雪に構うこと無く質問を続けた。

「一緒に過ごしてみてどう?俺もそうだった?」



「知れば知るほど好きになるってやつ」



「‥‥‥‥」



雪は困惑した。

質問も質問だが、今まで避けてきた去年のことへのいきなりの言及に、何よりも雪は戸惑っていた。

「はい‥そりゃあ‥先輩はいつも‥かっこいいし‥とても‥」



しどろもどろの心の内は、ぐるぐると様々な思いが入り交じっていた。

確かに第一印象よりはいい方向に変わったかもしれない。しかし答え方が分からない。

そう言ってしまうと、去年は好印象じゃなかったということになってしまう。

無論、もうとっくに気付かれているかもしれないが‥。



答えに詰まり、下を向いた時だった。

穏やかな声が、頭上から降って来る。

「俺はそうだよ」



雪が顔を上げると、先輩は真っ直ぐにこちらを見つめていた。



思考が停止したような雪と、二人は暫し視線を交らせる。



フッと、彼は微笑んだ。

そして柔らかなその声で、最後にこう一言言った。



「俺は、そうだったよ」








去年の春、淳の心に芽生えた雪への悪感情、そして最悪な第一印象は、彼女を知れば知るほど変わっていった。

彼自身が変わったのか? 彼女がそれを変えたのか?

明確な答えはない。

けれど今の淳の心の中には、これまでの悪感情は微塵も無くなった。

絡まった糸がほどけるように、 

凍てついた氷が ゆっくりと溶けるように。

淳は穏やかな表情で微笑んでいた。

知れば知るほど、好きになっていく彼女を見つめながら。










夕方の道を、雪は放心したように歩いていた。



お昼を食べてから、何をしたのか正直覚えていない。

頭の中では、何度も先輩との会話がリプレイされていた。



まさか去年の話を、あんなにも堂々と出してくるとは思いもしなかった。

今までずっと避けてきた話題だったのに。

俺はそうだよ



またあの場面がリプレイされて、彼の声がリフレインする。

知れば知るほど好きになるってやつ



雪はその意味について考えていた。

本気なのか?どういう意味で受け取ればいいんだろう‥。



そう思った時に、今まで友人達に言われて来た言葉が実感を持って響いてきた。

聡美も、太一も、萌菜も、頭の中で雪に呼びかけてくる。

あんたに気があるんだって!








自然と導き出される結論に、雪は信じられない思いで向き合っていた。

けれど、もう誤魔化しようもないことに、意識の底では気がついていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<消えたあの感情>でした。

久しぶりの淳目線が少し出て来ましたね。

Mr.裏目のお父さん、淳が小学生の時と同じお説教してますよ‥。orz


過去回想から雪との会話へ続くのは、今まで淳が抱いていた雪への悪感情が、彼の中で全て昇華したということを表した流れなんだと思います。

すれ違っていた二人がなんとかランチを共に出来たのも、進展の一つですね。

翻訳ですが、今回は会話の部分を本家版に寄り添い、日本語版よりもシンプルにしています。
その方が雪の困惑感が出るような‥。主観ですが。


次回は<世渡り下手の反撃>です。

人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

バンカライズム

2013-09-16 01:00:00 | 雪3年2部(グルワ発表~知れば知るほど)
連日暑い日が続く。

週末が明けて、またアルバイトの日々が始まった。

雪はこの日、出勤時刻の9時ギリギリに事務室に到着する。



事務員さん達は雪の挨拶に笑顔で「おはよう」と返してくれたが、あの男だけは違った。

遠藤は雪のことを呼び止めると、ネチネチとした説教を始める。

「就業の10分前までに出勤しろと言っただろ?バイトならバイトらしく、

8時50分までには出て来いっつんだ。助手だからって甘く見てるんじゃないだろうな?」




違います、という雪の言葉には耳を貸さず、遠藤はしつこく雪に絡む。

「誰かさんが楽に見つけてくれた仕事だからって、やりたい放題出来ると思うなよ?え?」



雪は小さく「すみませんでした」と謝り、早々に自分の席に着いた。

他の事務員さん達が、遠藤の言い過ぎをやんわりと指摘するのを耳の端で聞きながら、

雪は釈然としない思いでいっぱいだった。

一体私が何をしたっていうの?コネで入って来たのがそんなに気に食わないのか?

推薦も受け入れるって言ってたんじゃなかったの‥。




雪は目の前の仕事に向き合った。

とにかくやることをやるしか解決法は無い。文句をつけられないように、精一杯やるしか。




それから雪はあらゆることを遠藤から言いつけられた。

コップを洗う雑用から、事務室の物を二階へ持って行く役目、そして全部打ち込めと言われて渡された膨大な資料。

  

雪は遠藤から指示されたそれらの仕事に、文句も言わず没頭した。

お昼を過ぎる頃になると、疲れのあまり頭がぼうっとした。

息もつけない忙しさに目が回る‥。



ふと携帯を見ると、メールが届いていた。

仕事はうまくいってる?てか暑いね。  聡美



雪は聡美からのメールに、思わず顔がほころんだ。



そのまま返信メールを書き出す。

うん、でもここはまだエアコンがきいてて涼しいかな。

仕事自体は何ともないんだけど、遠藤さんが‥




そこまで書いたところで、後ろからまたあの男が声を掛けてきた。

「おい何やってる?まさかサボってるんじゃないだろうな?」



不機嫌MAXの彼は、ブツブツと小言を言いながら、大きな音を立ててドアから出て行った。

‥本当にいつまで続くんだろ‥。



雪は遠藤が出て行ったドアを睨みながら、憂鬱が心を支配していくのを感じた‥。










五時までめいっぱい働いた後は、英語塾での勉強が待っている。

雪が塾の廊下を歩いていると、空き教室で机や椅子などを移動させている河村亮を見た。

「あとはもう移動させるもんないっすか?」



亮に仕事を言いつけた人物は、亮の体力に感心し、もうこれで終わりだと言った。

廊下に出て来た亮は、女生徒たちに携帯番号を聞かれている。

「トーマス~ケータイ教えてよ~」 

「無理。オレの美貌に惚れて電話した日には、でかい怒号が飛ぶと思え」



キャラキャラと賑やかな笑い声が響く中、亮が”トーマス”と呼ばれていることに雪は若干引いた‥。

そんな中、彼と目が合う。



おつかれさん、と亮が言った。

「そっちもお仕事大変そうですね‥」



雪がそう返したのは社交辞令のつもりだったのだが、

亮は「ったりめーだろ」と、さも当然のように肯定した。



「勉強ばっかりしているお前にはわかんねーだろうけどな」と言うので、雪はそれにカチンと来て言い返した。

私だって今まで結構アルバイトをして来たと。今もしているというその言葉に、亮が聞き返す。

「何のバイト?」

「事務補助です」と雪が言うと、亮はバカにしたように笑う。

「うひゃーそれ神バイトじゃねーか。超楽ちんじゃん!」



雪は乾いた笑いを立てながら口にした。

「なんも楽ちんじゃないんですけど‥」



そんな雪の態度に、亮はちょっとからかうつもりでこう言った。キヒヒと笑いながら。

「誰かにいびられたりでもしてんじゃねーのかぁ?要領悪そうだしな~」



その言葉に、雪は何も返せなかった。

そんな彼女の反応を見て、亮は彼女の図星を突いたことを知るのである‥。




雪は職場のことを亮に話した。

遠藤助手からされている嫌がらせにも似た行為について言及すると、

亮は「それは黙ってる方がおかしい」と、その理不尽さを指摘した。

「オレだったらこっそり路地裏に呼び出して、

ワンパンかまして前歯3つほどへし折ってやるけどな」




亮が恐ろしいことを言うので、雪は「そんなことをしたらクビになる」と冷静に返した。

すると、亮の頭に「?」マークが浮かぶ。

「だったら他の仕事探せばいいじゃねぇか。そんな大した給料でもないんだろ?」



それなら辞めてしまえと亮は言った。

何も言えずに耐えてばかりでは、お前が辛いだけだろうが、と。

その単純明快な答えに、雪は困惑した。そんな簡単に言わないで下さいと、亮に向かって意見する。



けれど亮は思い直すばかりか、雪を見て嘲るようにこう言った。

「お前はオレに向かって生意気な口利くし大胆不敵だし、随分と骨のある女だなと思ってたけど、

実は自分の意見もロクに言えない、自分で自分のメシも用意出来ねぇような小娘だったとはな」




亮の言葉に、雪は開いた口が塞がらなかった。

しかし黙ってばかりもいられず、雪は身を乗り出す。

「あの!それじゃおたくはさぞ立派な生き方なんでしょうねぇ?!

レストランであんな大立ち回りして!その方がもっと迷惑じゃないですか?!」


「オレァ別に損してねーし」



自分さえ良ければいいと堂々と言う亮に、

雪はあんぐりと口を開けて二の句が継げなかった。



そんな雪に向かって、亮は「人生の先輩として、オレが一つ忠告してやる」と改めて言った。

「お前、そんな生き方じゃ一生苦労して損ばっか見て生きることになるぞ」



「バカ正直に一人で仕事こなしても、結局何も残んねぇんだから」



雪は何も言えなかった。

亮の言うことは理不尽なようで、横暴なようでもあったが、どこか胸をズキンと抉る。

亮は続けた。

「世の中真面目に生きてる人間ほど損を見るんだ。

バカみたいに全部一人で泥をかぶるハメになるからな」




雪の脳裏に、あの苦い記憶が蘇った。

グループ5は全員Dです。



そんな雪の目の前で、亮は手を出してヒラヒラと振って見せた。

「オレを見てみろよ。手が不自由なのに辺鄙な所でこき使われて必死に働いた挙句、

優しいのにつけこまれ、見くびられ、給料だってガメられて‥。世の中ってのは汚ねぇんだぞ‥」




地方で働いていた時のことであるが、亮はそんな職場でもタダでは転ばず、

「勿論しっかり復讐してやった」とドヤ顔だ。



(実際は給料を前借りしたまま上京して、逃亡中の身であるが‥)

亮は「まぁ、オレが口出しすることでもないけどな」と締めくくった。

これからどう生きようが、それはお前次第だと。

そして壁に掛かっている時計の時刻を見ると、もう時間だと言って去って行く。








授業が始まってからも、雪は亮から言われた言葉の意味を考えていた。



お前、そんな生き方じゃ一生苦労して損ばっか見て生きることになるぞ



雪の頭の中に、あのグループワークの記憶が浮かんできた。

赤山悪かったな‥  色々事情があって‥  



でもあの人達、個人の課題はやってきてた‥。



確かにグループワークの件では、そういうところもあったかもしれない。

けれど、雪だって黙ってばかりのお人好しなわけじゃない。

私だって言う時は言うんだからと、人と争った近年の記憶を引き出した。



和美の時や、横山の時だって、雪はちゃんと自分の意見を相手にぶつけた。

「オレ様サイコー!バンザーイ!」な河村亮のドヤ顔が浮かぶ。



状況が違うじゃん!お前と一緒にするな‥!

雪は脳内亮に怒りつつ、気を静めて授業に集中しようと自らを戒めた。







結局漫然としたまま授業は終わり、教室から出た雪が廊下を歩いていた時だった。

雑用をこなしながらも、ワイワイと生徒たちに囲まれる河村亮の姿があった。



雪はそんな彼を、なんとなく釈然としない気持ちで眺めた。

沢山の人に囲まれているし、もうそのまま通りすぎようとした時だった。

「ダメージ、帰んの?」



不意に声を掛けられて驚いた雪は、小さく「はい」と答えた。

お疲れ様でした、と続けようとしたが、既に彼はまた大勢の人に囲まれていて、その言葉は届かなかった。



雪が心に抱えたモヤモヤも、

些細に感じていた気まずさも、

亮はいつも簡単に飛び越えてしまう。



バンカラな彼の考えはいつも雪のそれとは180度違っていたが、不思議といつまでも心に残った。

生徒たちから慕われる彼の背中を見ながら、そんなことを雪は考えていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<バンカライズム>でした!

亮の考えや生き方が良く表れた回でしたね。

生徒から携帯番号を聞かれたときの亮のセリフ、「無理。オレの美貌に惚れて電話した日には、でかい怒号が飛ぶと思え」と言うのは、実はとある事件のパロディなのだそう。

リンクです。
http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=adjordan&logNo=30002938348&widgetTypeCall=true
おおまかな説明です。↓

占い師の女性が顔写真付きで新聞にその広告を載せた。
それだけなら一般的なのだが、問題はその顔写真の横に「私の美貌に惹かれて好奇心で電話してきたなら、大きな怒号が飛ぶわよ!」と書かれていたことである。
そこに載った顔写真はどうみても美人とは言えないおばさんで、読者からは失笑に次ぐ失笑で一時話題になった。


というキャッチフレーズ(?)のパロディらしいです。
これは説明されないと、日本人には分かんないですよね‥。



そして今回の記事ですが、日本語版の亮と雪の対話場面の会話がシックリ来なくて、本家版に寄り添いつつ自分なりにアレンジして結構変えました。

翻訳って本当に難しいですね。。

日本語版の「自分のケツも自分で拭けねぇ女だったとはな」という亮のセリフは、
「自分で自分のメシも用意出来ねぇような小娘だったとは」に変えました。というのも、韓国にしかない慣用句「 お椀も用意できないまま食べる子」が使われていて、意味合いとしては「幼い、だらしない、無力な」というものを含んでいるそうで。

そこを組み入れたりする内に、普段の記事製作時間の倍はかかりました‥。

それでも元の訳の方がシックリクル!という方も勿論いらっしゃると思います。それで全然OKですが、

ちょっとした違いを楽しんで頂けたら嬉しいなぁと思います☆

長くなってしまいました(^^;)


次回は<消えたあの感情>です。


人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

旧友達の集い

2013-09-15 01:00:00 | 雪3年2部(グルワ発表~知れば知るほど)


事務補助のバイトの無い週末、雪は高校時代の旧友達とカフェでお茶していた。

萌菜を含む雪達4人は、高校時代の仲良しグループだ。



久しぶりのガールズトークは途切れること無く続いた。

中でも高校の時クラスメートだった子が、今度結婚するという話題は皆の関心を強く引いた。

「結婚とか遠い話だと思ってたのにね」



こうして集まればすぐに高校時代に戻ったかのように思える。

あの教室の雰囲気も、昨日のことのように思い出せる。



しかし確実に年月は過ぎ、彼女らも22歳になった。

結婚する人が出て来てもおかしくはない。



友人達の恋愛模様も様々だ。

高校時代から早熟だった彼女の彼はサラリーマンで、付き合って4ヶ月になるが、仕事が多忙でなかなか会えないと言った。



付き合って4ヶ月なんて一番ラブラブな時で、夜もお盛んだろうとからかう友人に、萌菜は笑った。



彼女の隣りに座る友人は、反対にとても保守的だった。

付き合って3年になる彼氏が居るが、まだベッドを共にしたことがなく、結婚するまではする気が無いと言った。



このメンバーが集まればこういった話になることに、雪は多少閉口していた。

萌菜のようにからかう役回りも担えず、いつも気まずさに口を噤む。


「で、雪はどうなの? 彼氏出来た?」 「え?私はまだ‥」



毎年同じ質問をされ、毎年同じ答えを答える。

その代わり映えしない返事に、友人達は顔を顰めた。



「勉強で忙しくて」と言う雪のお決まりのセリフに、バッサリとメスを入れる。

「あんたねぇ、勉強が全てだと思ったら大間違いよ~!今が恋愛真っ盛りの歳じゃないの!」



たじろぐ雪に、友人は「なにげにあんたは子供みたいなところがある」と指摘した。

「大学三年にもなったんだから、そろそろ危機を感じなさいよね? 勉強と恋愛を両立してる子なんていっぱいいるんだよ?」



そんな意見にも、雪は賛成しかねた。確かにそういう人も居るだろうけど、人は人、自分は自分だ。

特に雪は状況的にも、恋愛にうつつを抜かしている余裕は無いのだ‥。



それを受けて、友人は少し話題を変えた。それじゃあ合コンにでも行ってみたら、と。

一度も行ったことがないであろう雪に、恋愛の初歩としての提案をした。



雪は正直に、この間合コンに行ったことを話した。「相手の男が最悪で‥」と言った途端、

又とないホットガイの顔が思い浮かんだ‥。


そんな雪の答えに、友人は反論した。

「そんな一度や二度で上手くいったら、誰も苦労しないわよ!何回か経験しないと、人を見定めることも出来ないしね。
あたしなんて何十回目でやっとよ!」
 「そうよそうよ~」



囃し立てる友人達の意見に、雪はどうしても同意出来ずにいた。

どう考えても、自分には合わない気がするのだ。

「合コンとかそういう場所で一、二回会っただけで告って付き合うとか‥。

ましてや全く知らない人となんて私には無理‥。ある程度お互いを知って、

その上で情が芽生えてこそ付き合えるような気がする」




雪は自分の素直な気持ちを述べた。自分なりの恋愛観を。

しかし友人はそれに反論した。雪の考えは、恋愛を始めるまでのハードルが高すぎると。

「付き合いながら情を深めて行くのよ。

付き合った後でだんだんと情が深まって行って、気づいたらもうそれは恋愛になってるの」




友人はまず「付き合うこと」が大事だと言った。結果は後から付いてくると。

「付き合ってみて合わない部分があれば補うし、それが無理なら別れるの。

互いにうまが合って、愛憎相半ばする気持ちが芽生えれば結婚だって出来るんだし」


友人の理論は、彼女なりの筋が通っていた。

反論出来ない雪を前に、彼女は様々なダメ出しを始めた。

「それに化粧だってちょっとはしなさいよ。髪型にも気遣って、スカートも履いてー」



雪は余生なお世話だとブチブチ言った。それにコンプレックスの髪型の話は聞きたくない‥。


友人は型の古い雪の携帯電話に目を留め、それを手に取った。

世間には可愛い携帯がわんさとあるというのに、あまりにもそれは古く女子力もゼロだった。

「いい加減携帯も変えなよ。いつの頃のガラクタよ~」



友人はそのまま画像フォルダを見始めた。

画素の荒い画像に文句を言いつつ、A大学が写っている写真の数々を見ていた時だった。

「ん?」



ふいに友人の、スクロールする指が止まった。画面には、一つの写真が表示されていた。

それを見た友人達は、目を丸くした。

「誰これ?芸能人?」  「大学で撮影でもあったの?」



最初雪は彼女らが何を言っているのか分からなかったが、脳裏に一枚の写メが浮かんできた。

あの春の日に青田先輩と撮った、一枚の写真。



雪は慌てて説明した。「が、学科の先輩だよ、先輩!」



友人達は青田先輩のイケメンぶりに感嘆している。

卒業写真の撮影の際バッタリ会ったんだという雪の説明に、誰も耳を貸さなかった。

「ただの先輩後輩には見えないよね?」 「雪あんた騙したわね!何も隠すことないじゃない!」



そう言いながら友人は、萌菜にも写メを見せた。

先輩と雪が仲睦まじく写ったそれを見て、萌菜は意味ありげに「へぇ‥」と言った。



雪は、萌菜が青田先輩に対して良い感情を持っていないことを思い出した。



先日電話で青田先輩と仲直りしたと告げた時も、萌菜はなんだかんだ良い反応をしなかったのだ。

「仲直りしたと思ったら、一緒に写真まで撮る仲になったワケ?」



やはり面白くはないようだ。

雪は言い訳するように苦笑した。春先の卒業写真の撮影の日に、たまたま撮っただけだと言って。



それに対して萌菜は、説教はしなかった。

ただ、「どのみちあんたの自由だけどさ」と、一歩引いた発言をした。



「‥‥‥‥」



雪は手元に戻って来た携帯画面を見た。

あの春の日に撮った一枚の写真は、どんな意義を持ってこれからの運命を揺り動かすのかと。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<旧友達の集い>でした。

友人二人に名前がついてなくて困りましたー(T T)

そこそこ何度か出てくるのに‥。

この仲良しグループは皆個性的というか、タイプがバラバラというか‥。面白いですね。

そして又斗内がもう一度出てきて私は満足です(笑)


次回は<バンカライズム>です。

人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

ここに居る理由

2013-09-14 01:00:00 | 雪3年2部(グルワ発表~知れば知るほど)
青田淳は笑顔で雪に手を振った。



目を丸くする雪や事務員さん達、そして遠藤をよそに雪に近付く。

「仕事頑張ってる?様子見に来たんだよ」



先輩はそう言って、皆にアイスコーヒーを差し入れた。

そんな彼に、事務員さん達も不思議そうだ。

「淳君どうしてここに居るの~?夏休みなのに」



その質問に、先輩は「ちょっと雪ちゃんを見に」と答えた。

二人の関係を聞きたがる事務員さん達に、雪は冷や汗をかく。



「先輩‥あの‥大学に用でもあったんですか?」



その問いに、先輩はこう答えた。

「夏期講習を受けに来たんだ。これからちょくちょく遊びに来るよ」



その答えを聞き、思わずコーヒーを吹き出す遠藤‥。



「え?先輩夏期講習聴いてるんですか?」



雪もその答えに疑問を隠せなかった。

なぜなら先輩は前全体首席であり、早期卒業も見込める成績優秀者だ。

単位が足りず仕方なく通う学生が多い夏期講習に、そんな人が受講するのは妙なことである。

先輩は雪の席まで椅子を引き寄せると、おもむろに座って言った。

「いや、ただ卒業まであと少しだし、聴きたかった科目を聴いてみようかと思ってさ」



そうだったんですね、と返す雪に、先輩はニッコリと微笑んだ。



納得出来たような出来ないような‥。そんな雰囲気が事務所全体を包んでいた。

雪は、どんな授業を聴いているのか試しに聴いてみた。



全体首席の聴いてみたかった授業とは、一体何の授業なのか‥。

「科学的性の理解」



「へぇー。面白そうで‥」



そこまで言ったところで、雪はよくよく考えてみた。

そしてもう一度聞いてみた。

「え?今なんて言いました?」「科学的性の理解」



‥カガクテキセイノリカイ?




「面白そうだと思って」と言う先輩に雪は「???」であった。

なぜなら雪の頭の中では、二つの授業が頭に浮かび上がっていて、どちらが正しいのか分からなかったからである。



1つ目は「科学適正の理解」

脳裏に科学者になりたい学生と、それが学生にとって適性的かと問う教授の問答が繰り広げられる。

そして2つ目は「科学的性の理解」

言わずもがな、成人指定‥。雪の頭の中にアダルトマークがチカチカと点滅した。



1つ目だとしたら、授業名からすると特に物珍しいものでも無さそうだが、そもそも適正を勉強する授業なんてあるのか?

雪の頭に、アダルトマークが点滅する。

だとしたらやはり‥2つ目の‥。



しかし、先輩を見よ。

こんなにも堂々と、こんなにも爽やかに笑顔を湛えているではないか。

雪の頭の中で、科学の適正を知りたい学生が、アダルトマークを追いやった‥!

ボーン!!


「き、聴いてみてどうでしたか?」



雪は気持ちを正して、授業の感想を聴いてみた。

先輩は考えるように上を向きながら、正直な感想を述べ始めた。

「んー、まだ初日だから特に興味をそそるような内容ではなかったけど、

カリキュラムを見てみる限り面白そうだったよ。意外と結構具体的だし」




「今までずっと専攻ばかりだったから、こういう授業を聴いてみると何か不思議な気もするし」

雪の頭の中で、「興味」「不思議」など、どんどん単語が抜き出されていく。



どんどん「科学適正」から外れていく‥。そして次の先輩の言葉で、雪の冷や汗は止まらなくなった。

「ビデオも見せてくれるらしいんだ」 「‥‥‥‥」



そしてその爽やかな笑顔で、先輩はこう言った。

「すごくためになる授業だと思うな



雪はしどろもどろである‥。

1つ目と2つ目、どちらにも共通している「科学」の有益性についてたどたどしく語る雪の傍らで、

事務員さん達も「そんな授業あったっけ?」とヒソヒソ囁いている‥。






撃沈した雪に、先輩は「仕事の方はどう?」と声を掛けた。やってけそう?とも。



雪は元気よく返事をした。そして紹介してくれたことに、改めてお礼を言った。



続けて雪は、英語の塾の件について言及した。授業料が無料になっていたことについてだ。

すると先輩は、この間連絡してみたら自分の友達だということで、授業料を免除してくれたらしいと言った。

「情でそうしてくれたんだから、そのまま通うのが義理だと思うな」



雪は申し訳なく思いながらも、そう言われて返す言葉もなく、好意に甘えることにした。

そして気になっていたことについて、この際全部言ってしまおうと思った。

「あの‥先輩何時に講習終わるんですか?私が夜ご飯でも‥」



その誘いに、先輩は今日は友達と約束があって無理なんだと言った。

気まずさに口を噤んだ雪を見て、先輩はリラックスした仕草で言った。

「んー‥いつも12時に終わるから、今度ランチでも一緒にどう?それから‥」



先輩は雪の言いたかったことを見抜くかのように、笑顔でこう言った。

「晩メシ、絶対いいものご馳走してな?」



先輩は、あの約束を忘れたわけではなかった。あのメールで関係を断ち切ろうとしたわけでもなかった。

雪はホッとした気持ちになった。先輩が笑っている。



そして続けざまこうも言われた。

「それと考えてみたんだけど二回は奢ってもらわなくちゃな。それでチャラになるだろ?」



それを聞いた雪の脳裏に、河村亮の姿が浮かんだ。

奴からもそういえば、二回おごれと言われている‥。



期待してるよ、と先輩がからかうような口調で言う。



ヨーロッパの冗談がまだ残っているのか、ジェット機でも持ってこようかなどと言って、先輩は雪を困惑させた。

それでも二人の間の空気はあたたかく、時たまその冗談に雪は笑った。





先輩が、笑顔で手を振りながら去って行く。

そんな彼を見ながら、雪は温かな気持ちになった。

夏休みに入ったものの、思ったよりたくさん先輩の顔を見ることが出来そうだ。

それは仕事と勉強を繰り返すだけの休みより、きっと大分マシだろう‥。











夕方の空に、「SKK学院」の看板のネオンが光る。

今日は塾の初日。雪は気合が入っていた。



せっかくタダで勉強出来るのである。なおさら頑張らないとと、廊下を歩いている時だった。

幾人かの生徒が、塾のポスターを見てカッコイイと騒いでいる。



雪が不思議に思い、壁に張られたそれを仰ぎ見た時だった。



衝撃が走った。

と同時に冷や汗も、脂汗も‥。



雪は何度か目をこすってみたり、二度見してみたり、他人の空似だと思い込もうとしたりした。



しかし教室への案内板にも、パンフレットにも、やはり彼の姿が写っている。

  

そして遂に、後ろから声を掛けられた。

「あれ?お前ダメージヘアーじゃね?」



モップを持ちながら、掃除中の河村亮がそこに立っていた。

亮は雪に近づきながら、大学のみならず塾まで通う雪の優等生っぷりを皮肉った。

「大学ってのは遊ぶとこじゃねーのかよ」



雪がオドオドとここで何をしているのかと聞くと、亮は得意気に表のポスターを指差した。

「外で見なかったか?オレここで働いてんだよ!」



ポスターから掃除までこなすユースフルな労働者。亮は自分をこう言った。



雪はそんな彼から逃げようと、こそこそと教室に向かったのだが、亮は追いかけるように雪に向かって言った。

「お前メシ奢んの忘れたわけじゃ~ね~よな~?!また無視しやがったら直接会いに行くからな?!」








雪は授業が始まってからも、心臓がバクバク鳴りっぱなしだった。

なにこれ?!どうなってんの?絶対におかしいって‥アイツがどうしてここに???



ポスターに載っていたことも、掃除していたことも理解不能だ。

けれど気になることはもう一つあった。

雪の脳裏に、”ご飯おごれ隊”のマーチが響くようだった‥。

おごって 二回おごって  無視しないでおごりやがれ~



二人とも、雪を見ればメシメシ言うような気がする。

雪は頭にご飯を乗っけながら、授業の始まりを迎えたのだった‥。








雪が授業を受けている頃、雪のアパート‥もとい秀紀のアパートの一室で、

彼の携帯電話は鳴り響いていた。



しかし秀紀は気が付かない。

部屋中に散らかった酒瓶や打ち捨てられた教科書の中で、彼は泥酔しているからであった。

発信元の遠藤修は、もう数回目の音声案内を聞いているところだった。



荒れ果てた部屋の中が想像出来る。

遠藤はギリリと歯を鳴らした。昼間のストレスと秀紀への苛立ちで、もう限界が来そうだった。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<ここに居る理由>でした。

「科学的性の理解」ですが、作者さんの通っていた大学で、似たような科目があるらしいです。

「性の科学的理解」だったかな?

きっと同じ大学の方は、授業あるあるで懐かしくも可笑しいんでしょうね~(^^)

*追記*

コメント欄にてご指摘の、先輩が言った「ジェット機持ってこようか?」の冗談について。

本家版1部7話のオマケ漫画に、その冗談が描かれています。

服装からすると、春学期に雪と先輩が同じ授業を取ったことが分かる初日のシーンでしょうか。

↓コレがそのオマケ漫画です。

「今度晩メシ何食べいこっか?」 ビクッ




「パリへ行ってエスカルゴでもどう?」 えっ?!




「はははははは‥冗談ばっかり‥」



「俺ジェット機持ってるよ」


「‥‥‥‥マジですか?」




「うっそー」




「太一君がこう言ったら面白いよって言ってたからさ。面白かったでしょ?」 

「は、はぁ‥」




「こっち来いやゴルァ!!」「ごかんべんを~」




‥といった漫画でした。

どこで紹介しようか迷っていたところ、ちょうどちょびこさんが言及して下さいました。

ありがとうございました!

このオマケ漫画のエピソード+ヨーロッパのくだりで、今回のジェット機発言が出て来たんですかね~。

読者にしたら「いきなりなに?」って感じですが、雪ちゃんからしたら「また言ってる‥」的な感じなんだと思います 笑

先輩がこういった冗談をたまに言っていたと考えると、あの「雪ちゃん足元に虫がいる!」のくだりも少し納得出来るような‥。

まったく、謎の多い漫画です^^;

次回は<旧友達の集い>です。

人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ

夏休みの始まり

2013-09-13 01:00:00 | 雪3年2部(グルワ発表~知れば知るほど)
空は、抜けるような青。夏休みが始まった。



休みといっても、平日朝9時から夕方の5時まで、雪の予定は事務補助のバイトで埋まっている。

幸いにも助手さん達は皆顔見知りの人ばかりで、いきなり初対面の人達に囲まれてドギマギすることもなかった。

助手さん達も雪のことはよく知っていたので、挨拶も快く返してくれた。



しかし、雪には気がかりのことが一つあった。

それは‥。

「‥‥‥‥」



遠藤さんの様子が、どうにもおかしいことだった。

朝、ちょっと挨拶しただけでこの表情である。

遅刻したわけでもないのに‥。何でだろ‥?



挨拶しても顰め面、何もしてなくてもこちらを睨んでくる。

元々気難しい人だというのは承知の上だが、理由もナシに邪険にされるのは、気持ちの良いものではない。

2ヶ月間腹をくくらねば‥。



遠藤さんが常にピリピリしているので、初日から雪はミスらないようにずっと緊張しっぱなしだ。

バイトはまだ始まったばかりだというのに、もう既に疲れ始めている‥。






そして先日英語の塾を申し込みに行ったところ、なんと受付で授業料が無料だと言われた。



これには雪も驚いた。

すぐに青田先輩に連絡すると、電話越しの先輩は言った。

「ああ、俺がかわいがってる後輩だって言っといたから、タダにしてくれたのかもな。

たまにそういうサービスしてくれるんだよ。今回も気を利かせてくれるとは思わなかったけど‥」




先輩は、とにかくそんなことは気にせず勉強に励むと良いと言った。

今度塾へ、彼の方から連絡しておくとまで言ってくれた。


あの電話から数日経ったが、それから先輩からの連絡は無い。




キーボードを叩く音が、室内に響く。

雪の勤務態度は真面目そのものだが、少し離れた席から嫌な視線を感じる‥。



とにもかくにも、少し気がかりなことも勿論あるけれど、学期中よりも気持ちに余裕が持てる気もする。

雪は遠藤さんが放つ負のオーラを気にしつつ、目の前の仕事に没頭した。





そんな赤山雪の様子を、遠藤修はじっとりとした視線を送って観察していた。



なぜこの女がこの仕事をする羽目になったのか‥。

遠藤は先日掛かって来た青田淳からの電話を思い出していた。





青田淳の名前が、遠藤の携帯画面に久々に点滅する。

遠藤は恐る恐る通話ボタンを押した。ビクビクしていることを悟られぬように、威厳ある口調で「何か用か」と電話に出た。



青田淳は開口一番、聞きたいことがあると言った。それは夏休みの事務補助員のアルバイトの件だった。

遠藤は思わず、青田自身が希望しているのかと思い、そう問い質してしまった。



間もなく青田淳が否定したので、遠藤は自らの浅はかさをすぐに後悔したのだが。


遠藤はコホンと咳払いをしてから、事務補助員のアルバイトはすでに内定者が決まっていると告げた。

脳裏に、秀紀の顔が思い浮かんだ。

その答えに、青田淳は懐疑的な返事を返した。「内定者ですか?」

「曽我助手からまだ決まってないと聞きましたけど?遠藤さんの個人的な判断ということですか?」



遠藤はギクリとした。図星を突かれた彼が口ごもると、青田淳は言葉を続けた。

「実は紹介したい子が一人いるんですよ。

履歴書持ってそちらへ行くと思うんで、一度考えてみてもらえませんか?」




遠藤は歯をギリリと噛んだ。

そして内定者が居ると言ったにも拘わらず、自分の意見を通してくる青田淳に苛ついた。

心の中にわだかまっているものが、また口を吐いて出た。

「あの件はもう解決した筈だ!何でまた俺にそんなことを?」



事務室には誰も居ない。遠藤の上ずった声だけが響いている。

”あの件”のことを言及した遠藤であったが、青田淳は思いがけないことを聞いたかのような言葉を返してきた。

「はい?何を言っているんですか?

ただ仲の良い子が働けるか聞いてるだけなのに、俺何かいけないこと言いました?」




遠藤はもう言葉を返せなかった。

否定すればするほど墓穴を掘るし、肯定すればどんな手に出てこられるか分からない。

青田淳はその後、「一度会ってみて違うと思えば断ってもいいですから」と言ったが、

遠藤にそんな選択権は無かった。

そのことは、青田淳も重々承知で言っているに違いなかった‥。






彼の恋人、秀紀が座るはずだった席に、そういう経緯でこの女が座っている。

遠藤はとにかく何もかも気に食わなかった。青田淳の紹介で入って来たというだけで、彼女の名前すら耳障りだ。

ふと、とある記憶が蘇ってきた。

まだ学期中のある日、事務室へ寄った赤山雪を、青田淳は下で彼女が現れるのを待っていた。



ブラインド越しにそれを見ていた遠藤は、その後こちらへ振り向いた彼の視線に、慌てて顔を引っ込めたのだった‥。






遠藤は二人の関係性を訝しがった。思い返してみれば、学科生から度々二人の噂を聞いたことがある。

もしや、と遠藤は思った。

もしや、青田を利用して自分を脅そうとしているのではないかと‥。




もう負のオーラがメデューサのように立ち上っている。

雪は彼から送られるあからさまな敵対心をビシビシと感じて、身動きが出来なかった。

さっきからメールが携帯に何通か来ていたが、見ることも出来ない。



多忙といえど、もう夏休みに入ったことだし友人達と連絡を取っておきたいところだ。萌菜とも、聡美とも。

‥そして青田先輩とも。



雪は携帯電話を見ながら、あれから音沙汰の無い青田先輩のことが気にかかった。

こうして働き口が出来たという報告や、お礼も兼ねて食事をご馳走するという約束も保留になっている。

雪の脳裏に、先輩から最後に送られてきたメールの文面が思い浮かんだ。

どうせ同じ科目なんだから。そんなに気を使わなくても大丈夫だよ。

もうすぐ夏休みだな。楽しんでな^^




あのメールのあとで、またしつこく聞いてみるのも微妙な気がして、雪は一歩踏み出せずにいた。

PCの前に座りながら、雪はぼんやりとこれまでのことを振り返る。

‥考えてみたら、今まで先輩にお世話になったのも一度や二度じゃないのに、私無反応すぎたような?



頭の中に、今まで先輩から受けた恩恵の数々が思い浮かんだ。

一緒に受けた授業で手伝ってもらった課題、苦しかった時に連れ出してくれたケーキ屋さん、

    

貸してもらったサブノート、紹介してくれたアルバイト、そしてetc‥‥。

       

他にも彼からもらったものは数えきれなかった。

しかしそれらに対する自分の記憶を辿ってみると、お礼というお礼をしていないではないか。

もしかしてそれで‥。今までの私の無礼な態度を見かねて、これを最後に手を切ったのか?



考えてみればもらってばかりで、実際に雪から何かをしてあげたことは一度も無かった。

代価を望んでいたわけではないだろうが、好印象でないことは確かである。

またあのメールの文面が頭を掠める。

どうせ同じ科目なんだから。そんなに気を使わなくても大丈夫だよ。

もうすぐ夏休みだな。楽しんでな^^




だから返信の余地のない文面なんだ‥。

やっぱり学期終わりを最後に自分から手を切ったんだ‥。

   

雪は「まさか」と思いながらも、その可能性を打ち消せないでいた。

何度も挙動不審にその身をよじる雪を見て、遠藤さんがその勤務態度に声を荒げた時だった。







視線の先に、思いがけない人物が居た。



最初雪は、思い悩むあまり幻覚が見えたんだと思い、目をこすった。



しかし再び視線を上げた先には、やっぱり彼が居たのだ。



そこには屈託のない笑顔を浮かべる、青田先輩がいた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<夏休みの始まり>でした。

ついに事務補助のバイトが始まりましたね。

遠藤さんは疑心暗鬼すぎてわけが分からなくなってしまって可哀想です。

というか、秀紀兄さんは平日9時ー17時のアルバイトしてる暇はないんじゃ‥。


次回は<ここに居る理由>です。

人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ