Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

彼の裏

2014-08-22 01:00:00 | 雪3年3部(淳の登校~彼の裏)
いつの間にか、肩に触れていた雪の手は彼から離れていた。

淳の瞳に宿るその暗い闇を感じ取り、触れるのを無意識に躊躇ったせいなのかもしれない。



淳は血の気の引いた顔をして、雪のことをただじっと見ていた。

いつもは下がった目尻が印象的な彼の、吊り上がった目つき。雪は絶句した。



先輩、と声を掛けてみようとしても、声が掠れて出なかった。

軽い質問すら拒ませる程、彼は尋常では無い表情をしている。






淳は瞬きもせぬまま、前に座る亮の方へ視線を流した。

亮はまだ電話で蓮と会話を続けていたが、ふと視線に気が付き淳の方を見る。



しかし目が合ったと思った途端、淳の方が先に目を逸らした。

スローモーションの様に、淳の視線は流れて行く。



そして淳は、そのままゆっくりと俯いた。

何も言わず何も見ず、彼は自分の世界へ入り込んで行く。



雪が目にした彼の横顔は、なんと形容して良いか分からぬほど異常だった。

普段目にする彼とは全く違う。何もかもがはぎ取られ、心の暗い所を剥き出しにしてしまった様なその姿。

人望が熱く人気者で優等生の表の顔とは、対極にあるその裏の顔‥。



雪は絶句し、目を見開いたまま彼の横顔を見つめていた。

彼の発する闇にただただ圧倒され、何も考えることが出来なかった。



淳は自己の意識が、心の深い所へ潜って行くのを止めることが出来なかった。

無意識に、トントンと規則的なリズムを刻んでいた。それは、心の音に良く似ている。



浮かんで来る記憶は、高校時代のものだった。

亮の背に手を回し、優しく言葉を掛ける父親の後ろ姿。




二人はこちらを振り向かない。

父は自分の方を振り向かない。




トントントンと、規則的な音がする。

指を叩いているのかつま先を鳴らしているのか、それとも頭の中に響いているだけなのか。

記憶は意識の深い所から、その場面を見せつけるかの様に引き出してくる。




あの時立ち尽くしていた自分の方を、亮は振り向いた。父の隣で。

その表情を思い出した途端、胃の中が不快感でいっぱいになる。

息も出来ないほど苦しい。

ここは暗い、深い闇ー‥。


‥んぱい、先輩‥



遠くから、微かに声が聞こえた。

徐々にその声は大きくなり、気がついた時には、雪が血相を変えて彼のことを呼んでいた。

「先輩!」



淳は口元を抑えたまま、彼女の方を見ずに一言発する。

「‥気持ち悪い‥」



そして淳は席を立った。

「もう行く」とだけ口にして。



そのまま早足で学食を後にする淳を、「待って下さい!」と言って雪は必死に追いかけた。

亮は眉を顰めながら、「んだぁ?いきなり‥」と小さく呟く。



すると淳は亮の方へ振り返り、凄まじい形相で彼の事を睨んだ。

見る者を凍てつかせるような、怨念の篭ったそんな瞳で。



亮は心の先端が、ピリッと感電したように痺れるのを感じた。

あれと同じような淳の表情を、自分はかつて目にしたことがある。







暗い記憶とともに思い出すのは、どこからともなく響いてくるその音。

規則的なそのリズム。



トントントン。

トントントン‥。







あの後ろ姿が、現在の彼のそれに重なる。

まだ心の先端がピリピリしている。亮の危険を知らせるシグナルが、それを感じ取って警鐘を鳴らす。



亮は過去のあの事件を思い出しながら、

とてつもない不安が胸の中に広がるのを感じていた。

虚飾の笑顔を取り去り、裏の顔を剥き出しにした淳の恐ろしさを、きっと自分は誰よりも知っているー‥。





「先輩!」



ガシッと、雪は淳の手を握った。

早足で歩く彼に、雪はようやく追いついたのだ。少し息が上がっている。



雪は手を握りながら、なんと話を切り出して良いのか迷った。

戸惑いながら、ただ「先輩‥」と口にする。



淳はそんな雪を見下ろしながら、冷淡な瞳をして淡々とこう言った。

「随分仲良くなったみたいだな」



冷たいその言い方に、雪は何も言えずに俯いた。そして顔を上げ、とにかく謝ろうと口を開く。

「先輩、ごめんなさ‥」



しかし雪が言い終わる前に、淳は小さくこう言った。

「今日はもういい」と。



そして雪が掴んでいたその手を、淳は振りほどいて背を向けた。

雪の手は力なく垂れ下がり、その場に置いて行かれる。



雪は呆然として立ち尽くした。

彼がこうなってしまった理由も、その原因も、何も確かなものが分からない。



雪は焦る心のまま、彼に向かって駆け出していた。

「先輩待って!先輩‥!」



すると彼は一旦立ち止まり、雪の方を振り向くこと無くこう言った。

「明日も来るから‥今日は本当にもう‥無理だ」



「無理だ‥」



立ち尽くす雪に向かって、最後に彼はこう言った。

どこか聞き覚えのある、その言葉を。

「もういいから、行ってくれ」



そして彼は行ってしまった。一度も振り向くこと無く。

雪の表情が、彼の背中を見つめたまま陰って行く。



彼の後ろ姿が、どんどん小さくなって行く。

雪の頭の中で、それはとある場面と重なって見えた。

うんざりするほど‥



うんざりするほど見た‥




あの疎ましい、後ろ姿





そして雪の記憶は、およそ一年前に飛ぶ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼の裏>でした。

先輩はとうとう限界を迎え、裏の顔が剥き出しになってしまいましたね‥。

自己の世界にこもる時の、トントンという音が印象的でした。

さて次回は過去編です。去年のとある出来事ですので、カテゴリは雪2年に入ります。


<<雪と淳>誘い> です。



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限界点

2014-08-21 01:00:00 | 雪3年3部(淳の登校~彼の裏)
人望が厚く人気者で優等生の青田淳は、亮に向かってこうエールを送った。

「頑張れよ」と。



その淳の”表の顔”を見て、亮は思わず強く息を吐き捨てた。

飽きるほど見てきたその虚飾の笑顔が、亮の神経を逆撫でする。



亮は淳に向かって、心のままにその苛立ちをぶつけ始めた。

「おいお前、インターンに行ってんじゃなかったのかよ。何で大学来て飯食ってんだ」



大学に来ることもあるさ、と淳はそっけなく返すが、亮は尚も彼に絡み続ける。

「へ~え、気の向くままにねぇ。それって坊っちゃんだから出来るんだろ。

お前みたいに心のままに行動出来んなら、世界中の人達皆がバケーション取んだろーなぁ?お前の親父も頭が痛いだろーよ」




亮が父親のことを口にすると、淳の表の面が幾分軋んだ。

しかし誰もそのことには気がつかない。雪は早く食べてこの場をどうにかすることに必死だったし、

教授も訳もなく喧嘩を売っているように見える亮を叱っていた。



淳の顔に張り付いている表の面を、貼り付けている糊が徐々に剥がれていく。

淳は暗い色を帯びた瞳で、じっと亮の手を眺めている。

 

あの左手。希望から絶望まで、全てを知ったあの左手‥。

すると次の瞬間、その左手が凄い勢いで淳と雪の方に向かって伸びた。

ヒュッ!



その手は、雪の顔数十センチ横まで鞭のように伸び、何かを掴んだ。雪は、驚きのあまり小さく叫ぶ。

「キャッ!」



突然の出来事に、雪は顔を青くしてただ固まった。

顔のすぐ近くに、握られた亮の拳がある。



「な、な、何‥っ?!」と動揺する雪に向かって、亮はケロリとした顔でその理由を口にした。

「ハエまで食う気か?メシが足んねーのかよ」



ほら、と言いながら亮は、左拳の中に捕まえたハエを雪に見せた。

雪は未だ心臓を高鳴らせつつ、俯いて亮に不満を覚える。



淳は雪に視線を落とした後、再び亮の手をじっと見つめた。

ハエを掴むほど回復したその左手。一時は使い物にならなかったその手が、今再び力を取り戻している‥。

 

雪はやはり亮と淳との問題を何とかしなければならないと考えている最中だった。

一旦ご飯食べてから、まずは先輩と河村氏との話からしよう‥



すると淳が、雪の手に向かって自分の手を伸ばした。

「ついちゃった?ちょっと手を見せて」 「えぇ?」

「あっ、先輩の服にもついちゃった!」 「大丈夫だよ」

 

彼の服に汚れがついてしまったことを、雪は申し訳無さそうに何度も謝った。

淳はそんな彼女を優しく見つめながら、何度も大丈夫だと繰り返す。



そんな二人のやり取りを見ていると、亮は心がくさくさして行くのを感じた。

ケッと吐き捨てながら、目の前のカップルから目を逸らす。



すると亮のポケットに入れていた携帯電話が鳴った。

もしもし、と言い出すそばから、電話の向こうで蓮の声が響く。

「亮さん亮さん亮さ~ん!」



亮は口だけ動かして「弟」と雪に告げる。

家に何かあったのかもしれないと、雪もそちらに意識を向けた。



電話の向こうの蓮の声は大きく、その内容は皆に筒抜けだった。四人は耳を澄まし、蓮の話に耳を傾ける。

「後で店来る時さぁ、キッチンで使う大きめのボウルと、トイレットペーパーのパック買ってきてよ!分かった?」



何の事はない、それはお使いの電話だった。亮は頷きつつ、一つ蓮に確認する。

「ボウルは前に行ったとこで買やいいの?」

「あ~俺らで行ったとこ?そこどうやって行くんだっけ~?

俺もよく分かんないんだよねー。近くに姉ちゃん居る?姉ちゃんに聞いてみてよ」




その蓮の言葉を聞いて、雪は思い出したことがあった。

亮が話を切り出す前に、雪はすぐさまそのことを口に出す。

「おいダメージ、ボウルー‥」

「その店ではもう買わないって言ったじゃん!何で度々その店が出てくるのー?」



え?と言って首を捻る亮に向かって、雪は困ったように話を続けた。

「どうしてお母さんがそんな‥もう~。テレビでやってたんですよ、その店の商品に良くない物質が入ってるって‥」 

「いやお前の母さんはそれが楽だって‥」「ダメですからね!変にお母さんの味方しないで!」



どうやら雪の母が気に入っている店の商品は、有害物質を含む物を売っているとテレビで明らかになったらしい。

割りと有名な話らしく、教授も「私もテレビで見た」と言って頷いていた。

しかし蓮も亮も、そして母親もいまいちピンと来てないので、雪は困っているのだった。

「もう直接話すから、電話代わって!」



そう言って雪は亮に手を伸ばした。そのやり取りは自然で、随分と気安い。

亮も何も気を使うことなく、「やだよ」と言って蓮と会話を続けた。

「なんか良くない物質が入ってるんだと。もう一回それ伝えてから連絡‥え?」



亮は蓮の話に耳を傾けながら、その内容が雪に伝わるように復唱する。

「二人が出掛けた?いつ?一緒に?良い雰囲気だって?」



その言葉に、思わず雪の耳がダンボになる。

亮は蓮と話を続けながら、雪に向かってOKサインを作って見せた。

「そりゃ、もうほぼほぼ仲直りだな!」

 

雪は亮の言葉を聞いて、パアッと明るい笑顔を浮かべた。両親が和解したことは、雪にとって今何よりも嬉しいニュースだ。

亮はそのまま、蓮とシフトの時間についてまた相談しようと言って話を続けている。

雪は両方の手を握り締めて、喜びに打ち震えた。

「うわ~~~!!」



そして雪は隣に座る彼の肩に触れ、こう声を掛けた。

「先輩聞きました?!二人が仲直りー‥!」




しかしそこで、予想だにしないことが起きた。

隣に座る彼は微動だにしないまま、その大きな瞳を雪に向ける。



その瞳を見た途端、言葉は咄嗟に喉の奥へと引っ込んだ。

雪は顔に笑顔を貼り付けたまま、彼のその表情を見上げている。




ベリベリと、彼の表の面が剥がれて行く。

人望が厚く人気者で優等生のその面が。

心を押さえ付けていたものが外れ、隠していたものが徐々に顕になる。





目の前で見せつけられた雪と亮の関係に、淳の中にある限界点が触れた。

表の顔を保っていられるその点を越えた今、彼の裏の顔が剥き出しになる‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<限界点>でした。

雪の悩みに力になりたい淳と、一人で解決しようとする雪。

するりと人の懐に入ってその中に溶け込む亮と、いつの間にかそんな亮と気心の知れた仲になっている雪。

これが淳の心の沸点に触れてしまった、という印象ですね。

皆からひっきりなしに挨拶をされる程顔が広かったり、友人(柳)から良い奴だと太鼓判を押されたり、淳は他者からの”表の顔”の評価によって、

暗黙的にその顔の保持を余儀なくされて来ました。
(自業自得だと言ってしまえばそれまでですが、彼の生い立ちを考えるとそれはあまりに厳しい意見では、とも思います)

けれどそれは彼の一部でありながら、”本当の彼”全てじゃない。

そんな彼のもう一つの面が、次回現れます。


<彼の裏>です。


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彼の表

2014-08-20 01:00:00 | 雪3年3部(淳の登校~彼の裏)


雪と淳、そして亮と志村教授は、期せずして同席することになった。

この事態の成り行きを黙って見ている亮に対し、雪はジトッとした目で彼を睨む。



亮は一瞬雪と目を合わせたが、すぐに素知らぬ顔をして目を逸らした。

オレ 知ーらね

 

そんな言葉が聞こえて来そうな表情で、プイッと亮はあさっての方向を向く。

雪は開いた口が塞がらないまま、続けて隣に座る淳へと視線を流した。



淳も一度雪と目を合わすものの、咳払いをしながら目を逸らした。

こちらも知らんぷりと言った態度である。

 

亮も淳も、揃って雪と目を合わそうとしない。雪は二人の思惑が分かりかねて頭に疑問符を浮かべた。

この人達‥?!



犬猿の仲のはずなのに、なぜこの事態を二人は黙って見ているのか。

また二人のいがみ合いに巻き込まれるのかと、雪は頭を抱える。

「うん、やっぱり学食は美味いな!食べながら話でもしようじゃないか」



雰囲気が混沌とする中、志村教授ただ一人だけは脳天気に料理に舌鼓を打っていた。どうやら学食がお気に入りらしい。

(その横で亮は、教授がお昼を奢ると言ったから付いて来てみれば結局学食かよと言って、密かに睨みを効かせている)

すると、志村教授は斜め前に座る雪に向かって口を開いた。

「あ、前に名刺を渡してくれた学生さんだね?」「あ、はい‥!」



教授からの質問に頷く雪だったが、亮は頭に疑問符を浮かべた。淳の方を指差し口を開く。

「は?名刺はコイツが‥」



と、そこまで言いかけた亮だったが、不意に口を噤んだ。

教授から雪に託された名刺が、どういう経緯か分からないが淳に渡ったのだと、亮は無言の内に推測する。



そして亮はたっぷりと皮肉を込め、淳に向かって礼を述べた。

「へ~へ~。おかげ様で楽しく通ってますぅ~。大学の敷居も跨ぐことが出来ましてぇ!」

「それはそれは、格別なお言葉をどうも」



すると淳も、慇懃無礼な態度で亮のその皮肉を返した。二人のトゲトゲした空気を感じ、隣で雪が息を飲む。

するとそんな彼等の元に、偶然そこに居合わせた柳楓が声を掛けて来た。

「よぉ~!今日は大学?ここでメシ食ってたんか」



柳の挨拶に、淳は笑顔で「おう」と返した。

柳はテーブルまでやって来ると、軽い調子で皆に声を掛ける。

「良かったな〜赤山ちゃん!彼氏に会えて!お?お友達?お友達もイケメンだねぇ!」



いつもと変わらないお調子者の柳。雪はタジタジながら挨拶を返す。

すると柳は淳に向かって、「近い内お礼するから時間空けといて」と言った。

雪はそれがどういう意味か分からず、柳と淳とを交互に見る。



その視線に気づいた柳は、照れたように頭を掻きながらその意味を雪に説明した。

「今まで沢山助けてもらったからよ。卒業前に一回改めて礼しとこうと思ってさ!」



柳は大学に入学してからずっと、淳には世話になりっぱなしだったと言った。

母親が病気でバタバタしていた時も家族の様に助けてくれたし、勿論課題や試験でも大いに世話になった、と。



亮は黙ってそれを聞いていた。雪も初めて聞く柳からの淳の評価を、目を丸くして聞いていた。

柳は親指を立てて見せると、笑顔で雪にこう言った。

「とにかく!赤山ちゃん、こいつ絶対逃すんじゃねーぞ?マジでカッケー奴だからよ!」



その柳の言葉に、思わず亮は吹き出してしまった。

雪は亮のその態度に、そういうのは止めろと言って睨みを利かす‥。



やがて柳は淳に「連絡してくれよん」と言ってその場から去って行った。

雪は柳と淳の間にある友情の一片を知って、淳の方を微笑みながら見つめている。

 

しかしふと前方から視線を感じて、雪は目の前に座る亮の方を見た。

亮は暫し雪と目を合わせていたが、やがて面白くなさそうにその視線を逸らした。

 

その意味が良く分からず固まる雪の前で、

亮は教授から「このまま食べるだけ食べて帰ったらただじゃおかない」と圧力を掛けられていた。

亮は「んなことしねーって」と言いながらもタジタジだ。



淳は通り掛かる学生達から、しきりに声を掛けられている。

後輩も同期も男子も女子も、皆が淳に向かって頭を下げたり手を振ったり、挨拶を口にして去って行った。



そんな学生達の様子を見て、志村教授は感心したように淳に声を掛ける。

「ほぉ‥亮の友達は人気があるんだねぇ。人望が厚いようだ」



教授は学生達の挨拶と先ほどの柳からの言葉を踏まえて、淳をそのように評価した。

笑顔で謙遜する淳に、教授は一つ頼み事をする。

「お友達からも言ってくれないかな。もっと真剣にピアノ弾けって。最近心ここにあらずで全然‥」

「あー!何言ってんすかマジで!」



亮は動揺しながら教授の口をその手で塞いだ。

気心の知れた仲のようなやり取りをするそんな二人を、淳は口元に笑みを湛えたまま眺めている。



そして淳は、「熱心に取り組んでいるんじゃないんですか」と教授に向かって質問した。

教授は言葉を濁しながらも、自分なりに精一杯やらせてあげたいのに、とその心を口にする。



その言葉を聞いた淳は、教授に向かってこう言った。

「そうなのですか。ピアノがそんなに好きなのに‥せっかくのチャンスなのに」



教授は淳の言葉に頷き、「残念でならない」と言って溜息を吐いた。

亮は目の前で淳と教授にダメ出しされ、白目になって淳に向かって反論する。

「ほっとけっつーの!」



すると淳が、亮に向かって口を開いた。ニッコリと微笑みながら。

「亮、頑張れよ」



それは人望が厚く人気者で優等生の、彼の表の顔だった。



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<彼の表>でした。

タイトル通り、先輩の「表」が色濃く現れた回だったのではないでしょうか。

皆から挨拶を交わされ、友人からはその厚い友情をほのめかされ。

初対面の教授が淳を褒めたのも、決して過大評価では無いです。”青田淳”という人間の、表向きの顔は完璧ですから‥。


そして事態はだんだんと淳の心を捲って行きます‥。


次回は<限界点>です。


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踏み込めない領域

2014-08-19 01:00:00 | 雪3年3部(淳の登校~彼の裏)
雪と淳は学食にて、料理を取ると手頃な席へと腰を下ろす。

「学食も久しぶりだなぁ」 「ですね。先輩と二人で食べるのも」



すると、ニッコリと笑って淳がこう言った。

「俺が居ないからって、合コン行ったりしてないよね?」

「ヒッ!いつの話ですかっ!」



昔を思い出すよ、と言って淳が言及するのは、雪が淳と恵を残して合コンへと向かったあの日の思い出だ。

あの苦い記憶も、もう随分と昔のような気がする‥。




そして二人は食事をしながら、最近の近況について話をした。

「蓮君と恵ちゃんは順調?」 「すごく順調みたいです。それはそれで問題な気もしますけど‥

「ご両親の方は?」 

「二人をどうやって仲直りさせようかと‥。あとは蓮ですね。

一度とっ捕まえて話しをしないとと思ってるとこです」
 「そっか」



淳は雪に向かって、「もし話も聞いてくれないようなら一緒に‥」と提案するも、雪は笑顔で首を横に振る。

「いえいえ、大丈夫ですよ!私が頑張ってみます。

よく考えたらそんなに大きな問題でも無いですし!」




雪はハイテンションで、彼に向けてサムズアップをして見せた。

淳は彼女の力になりたかったが、そう言われてしまうとそれ以上は踏み込めない‥。

 

そして話題は、淳の方へと移った。雪から口を開く。

「先輩、会社はどうですか?仕事とか‥」「まぁ、疲れるよ。人間関係も色々あって」

「うう‥私も早く就職したいような、したくないような‥」「俺も学生の方が良いような気もするなぁ」



そして淳は雪にこう質問した。

「最近大学はどう?変わったことはない?」と。

 

すると雪は待ってましたとばかりに、喋り始めようとした。

口に出したいのは勿論横山翔のことだ。今日もあの男は雪の後を付いて来ていたのだ。



しかしそこで雪は、はたと思い留まった。

脳裏に浮かぶのは、その横山翔へのメールが原因で揉めた自分達の姿だ。



目の前の彼は、雪が話し出すのを待っている。

穏やかなその笑顔と共に。



雪は白目になりながら、何でもないですと言って誤魔化した。毎日相変わらずです、と続けて。

横山の話題は、今の自分達にはタブーだった。踏み込めない領域だ。



今の楽しい気持ちが、目の前の彼の笑顔が、翳ってしまうのが嫌だった。

あの問題も現実に向き合って味わうぎこちなさも、水に流してしまいたいのは自分の方なのかもしれない、と雪は思う。



彼は自分に向かって穏やかな笑みを浮かべる。

埋めてしまいたいものは全て捨て置いて、淳は今を今として謳歌する。



雪もまた、そんな彼と同じように笑顔を浮かべた。

そうすることの正誤には目を瞑り、ただ今のこの嬉しさに身を委ねる。



淳はそれきり何も言わない雪に対し、今度は勉強について聞く。

「勉強は捗ってる?うちの会社に来るんならさ」



その淳の口ぶりからして、同じ会社で働きたいという気持ちが透けて見える。

ということは、留学には行かないということかと、先輩留学疑惑を未だに疑っていた雪は少しホッとした。

「はい、勉強も‥」と続けようとした雪だったが、またしても途中で口を噤んだ。

脳裏に、勉強を教えている亮との時間が蘇ったからだった。



頑張ってます、と続けながらも、心の中に苦い気持ちが広がって行く。

また‥なんか突然後ろめたい気分‥



亮とのことも、彼には話せないことの一つだった。

避けたいことの芽を一つ一つ摘んでいる雪だったが、土の中に眠るその種がやはり気がかりだ‥。


そんな二人の元に、ある人物が偶然出くわした。

顔を上げてそちらを向いた雪は、驚きのあまり目玉が飛び出す。

「河村氏?!!」



亮は志村教授と共に、学食で昼食を取るところだった。

淳と二人でいる雪の姿を見て、なんとも言えない表情で挨拶する。

「よぉ‥」



こんなとこで会うなんてな、と続ける亮を見て、淳は目を丸くしていた。

そんな彼と亮の方を交互に見ながら、雪は今の状況に当惑する。



すると亮の後ろに居た教授が、亮に向かって「知り合いか?」と尋ねた。

「はい、まぁ‥」と言葉を濁す亮。



そんな亮の方を見ながら、淳は彼の言葉の続きを待った。

自分との関係をどのように説明するだろうかと。



すると亮は、皮肉にも似た笑みを浮かべながらこう答える。

「友達‥」



淳はその答えを聞いて、深く息を吐いた。

こう答えられてしまっては、無視することは出来ない。



そして事態はあれよあれよという間に進行した。

「それじゃあここに座ろうか。皿を持っていては歩き辛い」 「はい、そうっすね」

「えっ?!いや‥あの‥その‥」



雪が戸惑っている間に、彼等が同席する運びとなってしまった。

すると雪の前の席に居た淳はスッと立ち、「こちらへ」と言って教授に着席を促す。



淳は自分の皿を持って、雪の隣へと移動した。そして四人は向かい合う。

想定外の出来事が、今始まろうとしていた‥。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<踏み込めない領域>でした。

まさかのリメンバー又斗内‥。



「雪と学食」といえばこの時の思い出なんでしょうね、先輩‥笑


さぁ、じわじわと事態が進行して行きます。


次回は<彼の表>です。

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突然のメール

2014-08-18 01:00:00 | 雪3年3部(淳の登校~彼の裏)


雪がジトッとした視線を送る先には、河村亮が居た。ここは図書館である。

彼は何やらゴキゲンな様子で、雪が座っている席まで歩いて来る。

「やーっと来た



約束の時間はとっくに過ぎていた。それなのに悪びれない亮に、雪はグチグチと文句を言う。

「この人は‥遅れて来といて、何が嬉しくてニヤニヤ‥

「あ~ゴメンゴメン。ちょーっとな?」「勉強教えてって言ったのは河村氏でしょ?!



分かった分かった、と言いながら亮は、上機嫌で雪の隣に座った。

「んじゃ、始めっか!」



そう言ってテキストを鞄から出す亮に、「ハイハイ」と雪が息を吐きながら言う。

文句があればすぐに言い合える、そんな二人の雰囲気は良好だ。



そして二人は暫し勉強に勤しんだ。

分からないとぼやく亮に、雪は根気良く説明を続ける。途中で眠くなった亮を、雪が叱り飛ばす場面もあった。

けれどなんだかんだ言って、亮の勉強は順調に進んでいる。

 

少し休憩がてら、雪は亮に蓮の話をした。彼の今後の進路についてだ。

雪は亮に、そのことについて一度蓮と話をしてみて欲しいと思っていた。

「‥だから河村氏からも、一度蓮に話をしてくれたらなって‥」

「オレの話に説得力があんなら、静香はあんな人生送ってねーよ」



しかし亮は軽く笑いながら、自分の思う蓮についての話を続けた。

「アイツはいい加減だけど、全然考えねー奴じゃねーじゃん」

「それは分かるけど‥あんまりにも頑固だから」



雪は父親譲りの蓮の性分に頭を悩ませながらも、一応姉として一つの名案を考えてある、と亮に打ち明けた。

亮は頷きながら、それにエールを送る。

「んじゃそれ押し通さねーと。それがどんなもんでも、アイツが考えたもんよりは良いはずだろ」

「んー‥」



暫し蓮についての会話を続ける二人であったが、不意に二人同時に携帯電話が鳴った。

マナーにしてある雪の携帯は震え、亮の携帯は大きな着信音を静かな図書館に響かせる。



雪はそのことについて亮に文句を言いながら、携帯を手に取った。周りの視線が痛い‥。

亮も「ソーリーソーリー」と言って、携帯を手に取る。



亮の携帯に入って来たのは、志村教授からのメールだった。

最近ピアノ弾いてないじゃないか。今から少し会おう



亮は脳裏に志村教授の顔を思い浮かべながら、そのメールについて思いを巡らせた。

亮は、最近ピアノのレッスンをさぼりがちだった。



一方雪の携帯に来たのは、先輩からのメールだった。

いまどこ?俺、今日大学に来てるんだ。お昼一緒に食べよ



その思いも掛けない内容に、雪は目を丸くしてそれを見ていた。

先輩が大学に来るのは、随分と久しぶりだ。



突然のメールは、それまで同じ方向を向いていた雪と亮を反対方向へと誘う。

今二人はそれぞれ対面すべき人物と、携帯を通して向き合っている。



そして幾分気まずい空気を醸し出しながら、雪は亮に向かって口を開いた。

「あ‥ちょっと急用が‥」 「おぉ、オレも‥」



二人はそれきり反対方向を向き、それぞれ席を立つ準備をした。

なんともぎこちない空気が、二人の間に漂っている。



雪は、突然現実に引き戻されたような気持ちがした。

亮に勉強を教えている最中に先輩が大学に来るという今の状態‥。

なんだか突然冷水を掛けられたような気分だ。




図書館を後にして彼の元へと走りながら、雪は先輩のことについて思いを巡らせた。

てか‥どうしていきなり大学に‥?



グルワも終わったし、彼が大学に出向く理由など無いはずだった。

ただ一つ、考えられる理由はといえば‥。

あ‥私に会いに?‥わざわざ?



そう思い至ると、心の中が微かに温かくなった。

口元には自然と、柔らかい笑みが浮かぶ。



雪は嬉しくなり、走りながら無意識に笑ってしまっていた。

「へへへへ‥」



その隣に、いつの間にか現れた彼の姿に気づかぬままー‥。

「楽しそうだね?」 「ギャッ!!」



雪は心臓が口から出る程驚いた。

力が抜けてその場にしゃがんだ雪に向かって、彼は「ゴメンゴメン」と明るく口にする。



彼は雪に向かって手を伸ばしながら、「やぁ」と挨拶した。

雪はその彼の笑顔を見て、胸がキュンと鳴くのを感じて赤面する。



雪が彼の手を取ると、淳はそのままその手をギュッと握った。雪は少し気恥ずかしそうに質問する。

「‥ど、どうしたんですか?」「ちょっと時間が出来てね。大学に来たくなって」



雪は平静を装おうとするがどうしてもニヤけてしまうので、何だか変な表情になっていた。

彼はそんな雪の鼻に触れながら、笑顔で彼女と相対する。二人の会話は続いた。

「てかこんな風に出て来ちゃって大丈夫なんですか?インターンは‥」

「大丈夫。許可は得てあるよ」 「ふーん‥」



そして二人は手を繋ぎながら、昼食を取りに学食へと向かうことにした。

雪はにこやかな彼の横顔を見上げ、一人こう思う。

先輩楽しそう‥



彼の笑顔を見ると、雪は自身も嬉しくなるように感じた。

複雑に絡み合う現実問題は取り敢えず置いておいて、雪は今ひとときの温かい気持ちに身を委ねた‥。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<突然のメール>でした。

なんというか‥解決したり向き合ったりせねばならないものから背を向けて、

楽しい所や明るい所ばかりに取り敢えず目を向けている人達、という構図を感じました。

亮は恋心のあまりピアノが疎かになり、雪は亮との勉強のことを内緒にして彼と会えた喜びに身を任せる。

淳は‥もう言わずもがなですね‥^^;


クライマックスへ向け、これが徐々に崩れて行くのかしら‥おお~怖‥。。


次回は<踏み込めない領域>です。


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