Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

<雪と淳>チーズインザトラップ

2016-04-23 01:00:00 | 雪2年(学祭後~保健室にて)
今まで生きてきて、ただの一度も自分の行動に後悔なんてしたことは無かった。



けれど今回は。

今回だけは‥。







どうしてやろうか‥



彼女と自身の間には、一向に縮まない距離がある。

それは遠い遠い距離でありながら、会話一つ入り込む隙間も無い。

どうすればその距離は縮むのか? どうすれば逃げる彼女を捕まえられるのか?



光が消えた淳の瞳が、舐めるように彼女を観察した。

目の前に横たわる彼女は、疲れ果てた顔ですぅすぅと寝息を立てている。







今まで見て来た彼女の性分と、彼女が抱える様々な問題。

それらを総合して考えると、彼女は身の丈以上の重荷を抱えて生きていることが分かった。

ではどうするか。淳は考え続ける。

目の前にある、細い首筋。

絞めればすぐに息が止まってしまいそうなほどに。



次の瞬間、心の声が全身に響いた。

ゆっくりと‥



逃げられないように‥



それは徐々に淳に確信を与え、口から言葉が零れ出る。

「赤山雪‥倒れて‥軟弱で‥」



一つ一つのファクターが、だんだんと線で繋がれて行く。

まるで蜘蛛が音も無く糸を張り、ゆっくりと獲物を囲い込んで行くように‥。




今まで目にして来た「赤山雪」という人間の核(コア)が、淳の脳裏に次々と浮かび始めた。




父親に認めてもらいたいと言って、歯を食い縛ってその感情に耐える彼女。




ごめんなさい、わざとじゃないと口にして、何かに縛られ苦しむ彼女。




時の狭間に沈み込み、一人ぺしゃんこになっている小さな彼女。





もうとっくに目にしていたじゃないか。

彼女が一番欲しいもの。

彼女が一番、縋ってくるであろうものを‥。



衝撃が走った。

今まで見聞きしてきた全てが繋がる。

必要なのはこの一言だ。

困っている彼女を見つけたら、ただこう一言発すればーーー‥。



「雪ちゃん」








淳の声が、しんとした室内に響いた。

今はまだ、彼女の耳には届かないが。



彼女を見下ろす淳の表情は、今までとはがらりと違う顔をしていた。

優等生で人気者の”青田先輩”が、まるで初めて彼女に出会ったかのような。



”青田先輩”は、眠る彼女に呼びかけ続ける。

「雪ちゃん」



爽やかで、人懐こそうな笑顔を浮かべながら。







彼女は深い眠りに就いている。まだ起きる気配はない。

淳は彼女を見下ろしながら、まるで”青田先輩”を練習するかのようにこう口にした。

「一緒に課題やろう?一緒にご飯行こう?」






目を覚ました彼女にこう声を掛けたら、どんな反応をするだろう。

きっと顔を引き攣らせながら、それでも断りきれず、おそらく渋々でも受け入れる‥。



淳は”青田先輩”の笑顔を暫く浮かべていたが、

不意に滑稽な気分になってスッと表情を戻した。

俺は一体何をやっているんだろうと、少しバカみたいな気分になりながら。



「う‥ん」



すると雪が、小さく声を漏らしながら体勢を変え始めた。

淳の声が届いていたのか、寝ぼけながら返事をする。

「は‥い‥」



「う‥うう‥」



無意識にもかかわらず淳の呼びかけに返答する彼女を見て、淳は思わず軽く息を吐き捨てた。

なんだかままごとでもやっているかのような気分だ。



彼女はイモムシのように布団にくるまり、ううんと小さく唸っている。

その姿はどこか滑稽で、可笑しかった。



これも赤山雪という人間の一つの性質だ。

見ているこっちが、思わず拍子抜けしてしまうような一面‥。



彼女が見せる全ての面を、これから受け入れて行くのだ。”青田先輩”として。

彼女が助けを必要としている時に手を差し伸べ、その努力を認め、慰めてやる。

いつか彼女が”青田先輩”から、離れられなくなるその時まで。





ネズミはチーズを差し出されたら抗えない。

そして気がついたら、罠に掛かっているだろう。





もう、二度と逃げられない。






彼はそのまま暫くの間、じっとその場に佇み続けていた。

胸の中にある不確かな何かは、行くべき道筋を見つけて弾んでいる。

そう、必要なのはこの一言だけだ。

「雪ちゃん」




”青田先輩”は最後にもう一度、彼女の名前を呼んで微笑んだ。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>チーズインザトラップ でした。

淳が雪に近づき始めた理由が、ようやく明らかになりました。

まるでこの漫画のタイトルを表しているかのような回‥!鳥肌ですよね。

というか本当淳がエキセントリックすぎて‥

”青田先輩”の練習をする淳‥。

「一緒に課題しよう?一緒にご飯行こう?」


↓練習の成果(笑)

 

本当に意図から始まったんですね。

まるで罠にネズミを掛ける為に道筋にチーズを置いていくような過程です。

あの人間性までもガラリと変わったかのような淳の態度は、彼が変わったのではなく、

変わらない彼が雪へのアプローチ方法を変えただけ、だったのですよね。

これを踏まえて淳目線で1話から読み返すと、また違った発見があります。


そして今は、自分が組み敷いたその意図が逆に足枷になって、

本心を曝け出せないというジレンマ。





しまいには更に意図を重ねて、

自分から離れられなくする方向へと行ってしまっているという‥。

「ほら、やっぱり俺しか居ない」


このままじゃまずいことは分かるんですが、

どうやったら淳がその考え方を止めることが出来るようになるのか。

最終回までになんとか真人間になって欲しいですが‥。

雪ちゃん次第ですね。雪ちゃん‥ファイティン!


‥ということで、とうとう本家最新話に追いついてしまいました。

また以前のように本家更新日が来たら翻訳、記事執筆と進めて出来るだけ早くアップ出来るように頑張ります

これからもよろしくお願いします!


早速ですが、明日一つ記事をアップしたいと思います。

この怒涛のアヲタ祭りを祝して‥笑

ではまた明日!


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<雪と淳>その正体

2016-04-21 01:00:00 | 雪2年(学祭後~保健室にて)


眠り続ける彼女の前で、

淳は自身の胸をざわめかせるその感情の正体について、思いを巡らせ始めた。

変な話だけど‥



ずっともどかしかったけど、今はちょっとは分かった気がするんだよ



どうやら、俺の気持ちが変化したらしい。そっちの方がもっと変だけど。




「人生には、予測出来ないことがある」

今まで実感出来なかったその言葉の意味を、今淳は実際に噛み締めていた。




健やかに眠る彼女。

淳はそんな雪の寝顔をじっと見つめ続けている。


君を見ていると、



胸の中にある正体不明の何かが暴れ出す。



だけど




脳裏に、あの日の彼女の姿が思い浮かんだ。

時と喧騒の狭間に埋もれた自分が、初めて同類を見つけたあの日の彼女が。


だけどもしかしたら、君によって生じたその正体不明な何かは、

君を通じてまた静まったりもするんじゃないのか?




ある瞬間から、そんな結論に達した。








顔の無い群衆の中で、ただ一人彼女だけがはっきりと見える。

彼女だけには色があり、彼女だけに表情がある。

だから淳の目は、彼女ばかりに惹き寄せられる。


だから‥どうして?




どうしてそう考えるようになったのだろう。

嫌になるほど自問自答を繰り返して、いつしか結論が出ていた。


根拠は無いけど‥



今までのこと、全てが悔やまれて



もう一度確かめたくて‥




あの時、確かに彼女と目が合った。

けれど今までの自分が足枷になって、踏み出せない。

彼女は、再び背を向けて去って行く。





今更‥ね



彼女と淳との間には、一向に縮まない距離があった。

そしてその距離を作り出したのは、他でもない自分自身だ。

それは淳も自覚していた。

ただの一度も、自分の行動に後悔なんてしたこと無かったけど‥



今回だけは‥







ロールスクリーンが、吹き込む風で微かに揺れていた。

それを眺めながら淳は、結論のその先へと考えを進めて行く‥。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>その正体 でした。

少し短めの記事で失礼しました。もう次回で最新話に追いつくので、ちょっとゆっくりペースです。


そして今回は淳のモノローグ回!結構希少ですよね。

まぁ、独特の思考回路を持つ彼の心情が読めたところで、結局あまり共感は出来ないんですけど‥(苦笑)

「雪によって胸の中に生じた不確かな何か」を確かめる為のアレコレ‥。かなりの手探り感ですよね。

彼がその正体をはっきりと悟るのは、それはそれは先の話ですし(^^;)
(私的には聡美のお父さんが運ばれた病院で「俺の彼女」と呟いたあの時かな、と思っています‥)


そして次回は、色々と繋がる記念すべき回になりますよ!


<雪と淳> チーズインザトラップ です。


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<雪と淳>覆われた瞼

2016-04-19 01:00:00 | 雪2年(学祭後~保健室にて)


ぼんやりと目を開けた雪は、目の前に立っている人の方へとゆっくりと焦点を合わせた。

瞬間、彼女の目が大きく見開かれる。



雪はモゾ、と身体を動かした。

朦朧とした意識の中で。







完全に覚醒する前に、その瞼は大きな手の平で覆われた。

淳は横たわる彼女に向かって、呪文のようにこう囁く。

「まだ寝てな‥」








彼のその声を聞いても、雪はその手を振り払ったりしなかった。

代わりに、小さな声でこう呟く。

「まだ行ってなかったの‥」



雪は、淳を聡美と混同していた。

瞼を覆っているその手に、雪はゆっくりと自身の手を伸ばす。



先ほど見た、聡美の泣き顔が雪の脳裏に浮かんでいた。

雪は消え入りそうな声で、聡美に向かって言葉を紡ぐ。

瞼を覆うその手を、優しく撫でながら。

「優し‥いね‥早く行って‥」



「ありがとう‥」









彼女の瞼を覆っている手が、燃えるように熱かった。

しかし自身の手に伸ばされた彼女の手は、氷のように冷たい。



淳は自身の手で半分以上隠れた彼女の顔を、ただじっと見つめていた。

先ほど彼女が口にした「ありがとう」が、鼓膜の裏に反響する。







弱々しく動いていた彼女の手は、やがて動かなくなった。

再び眠りに就いたのか、ゆっくりと雪の手の力は抜けて行く。








彼女の手が滑り落ちても、淳は暫くその体勢のまま動かなかった。

その動きが完全に止まるまで、淳は瞼を覆い続ける。



そしていつしか、その手を外した。

雪が再び深い眠りへと落ちて行ったのを確認してから。








暫し淳は彼女の寝顔をじっと見ていた。

が、やがてゆっくりと前を向いた。

胸の中では、説明のつかない感情がざわざわと騒いでいる。







彼女の瞼を覆っていた左手が、まだほのかに温かい。

淳は手を腰に当てながら、布団から半身を出した雪にもう一度視線を落とした。

すると彼女のジーンズのポケットから、紙切れがはみ出しているのが見える。



淳はそれをそっと取り出し、何が書いてあるかを眺めてみた。

表面には家庭教師のバイト先の連絡先、裏面には「英語塾のアシスタント」という文字や、

彼女が書き込んだ「勉強時間確保」という文字が読める。



今彼女が抱えている様々な問題が、その紙切れの上に溢れていた。

淳はそれを半分に折ると、彼女のポケットにそっと仕舞い直す。






そしてめくれていた布団を引っ張って、身体全体が隠れるように掛けてやった。

風が入り込まないように、布団の端をぎゅっと押さえる。



再び仰向けで眠っている彼女の口からは、すぅすぅと健やかな寝息が聞こえて来ていた。

顔色は相変わらず悪いが、もううなされてはいないみたいだった。







何をするでもなく、淳はただその場に佇み続けた。

外ではまだ風が鳴っているのか、隙間から入って来たそれでカーテンが揺れている。



淳は腕を組んだ体勢のまま、揺れるカーテンをじっと見つめていた。

風で揺れるこのカーテンのように、自身の胸の中に揺蕩う靄を、

可視化出来る何かがあればいいのに。




自身の感情を波立たせ、胸をざわめかせるその感情の正体について、淳は改めて考え始める‥。


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<雪と淳>覆われた瞼 でした。

まさかの「まだ寝てな」アゲイン!



212話にも出てきましたね。



こういった過去があるから、

「君も俺も変わってないだろう」というのが淳の結論なのか、となんとなくシックリ‥。



全てつながっているのですね‥。


次回は<雪と淳>その正体 です。


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<雪と淳>ざわめき

2016-04-17 01:00:00 | 雪2年(学祭後~保健室にて)


しんとした廊下を、淳は駆け足で通り過ぎた。

自分が抜けた後の教室は、また普段通りの退屈な授業が続いていることだろう。



恒常的に流れる時の狭間から、淳は遂に踏み出したのだ。

目的地の扉がもう目の前に見える。







薬品や救急箱の並ぶ棚。クレゾールの匂い。

ここは保健室だ。

見回してみたが誰もいない。



窓に掛かったロールスクリーンが微かに揺れていた。

僅かに開いた窓の間から、隙間風が入ってくるようだ。



そしてその下に、彼女は横たわっていた。

小さなうわ言が彼女の口から微かに漏れている。



熱のせいか疲れのせいか、彼女は汗を掻きながら、小さく身体を捩っていた。



そんな彼女の傍に、佇んでいる自分。



腕を組みながら、まるで観察するかのような眼差しで、彼は彼女をじっと見つめる‥。








ざあっ、と外で強い風が吹いた。

風は窓の隙間から室内に吹き込み、薄いカーテンをひらりと揺らす。



風はまだ吹き続けている。

ざわざわと鳴るその音は、室内でも淳の心の中でも鳴り続けていた。



眠る彼女の頭上にも降る、そのざわめき。



淳はただじっと、彼女の寝顔を凝視する。



彼女の口から漏れるうわ言はやがて止まり、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえるようになった。

しかし顔色は悪く、目の下のくまが色濃く残っている。



その顔を見ている内に、なんとも滑稽な気持ちになった。

こんなに苦労して生きていたって、誰も認めちゃくれないのに。



淳の独白が、闇に溶ける。

「赤山雪。倒れて、傷ついて、」



「ボロボロだな‥」







そんな哀れみの言葉を口にして、淳は彼女を見下ろした。

人生の苦労が滲み出ているその寝顔を。






淳はふと口に出した。

彼女を俯瞰してみて、改めて感じるその気持ちを。

「変なの」



するとその声が届いたのか、雪がモゾモゾと寝返りを打った。

淳はその様子をじっと眺めている。

「うう‥ん」

 

仰向けから横向きに姿勢を変え、雪は再び眠りに就いた。

布団から出た彼女の半身が見える。







どこか既視感を覚えながら、淳はその姿を見つめ続けていた。

目に留まるのは、僅かに動く彼女の指先。






ざわ、と心が動いた。

固く組んでいた淳の右手が、ゆるゆると外れる。



指先が、彼女を求めて動いた。



小さなその手の方へ向かって、

ゆっくりと降りて行くが、



瞬間、触れるのを躊躇う。



けれど。



彼女に手を掴まれたあの時の感情を、彼女に繋がるその接点を、もう一度繋ぎたい。

そんな感情が、淳の心の中に広がった。

一度引っ込めたその指を、再び彼女へと伸ばす‥




その時。




雪は薄く目を開けた。

何かふとした気配を感じて。



焦点の合わない雪の瞳が、

自身を見下ろす淳の姿を映し出す‥。





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<雪と淳>ざわめき でした。

腕組みして雪を見下ろす淳先輩‥。



な‥なんて偉そうな‥

授業単位にペナルティもらってまで駆けつけた人とは思えない態度‥。

心がざわめいて仕方がないんでしょうね。


次回は<雪と淳>覆われた瞼 です。

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<雪と淳>動く

2016-04-15 01:00:00 | 雪2年(学祭後~保健室にて)


授業が始まっても、彼はずっと上の空だった。

頭の中は、先程倒れて保健室へと運ばれて行った雪のことばかりが占める。



前方の席に、伊吹聡美と福井太一が座っている。

中でも伊吹聡美は、授業中だというのにずっと太一に話し掛け続けていた。



聡美の隣には雪の鞄が置かれており、

それはまだ彼女が保健室で寝ていることを示していた。



ざわざわと、胸の中がざわめく。



瞼の裏に浮かぶのは、先ほど目にした彼女の横顔。



伝う汗、赤い顔‥。

そういえば彼女を初めて見た時も、液体が彼女の顔を伝うのを見た。



それを見て淳は、正直”汚らわしい”と思ったのだ。

この子もまた、周りに居る大多数の顔の無い人間と同じだ、と。

ぷっ



その考えがどこか違うと気付いたのは、あの時だった。

開講後に柳に頼まれ顔を出した佐藤広隆主催の自主ゼミ。

自身の本性を見抜かれ、嘲笑されたあの時‥。



あの時、淳は彼女から目を離すことが出来なかった。

目を丸くしてこちらを向く彼女に、言い様のない苛立ちを感じながら。



それからだった。

彼女を無視するようになったのは。

後ろから嫌な視線を感じようとも、決して淳は振り返ろうとしなかった。



自分を出し抜こうとする彼女に、嫌がらせを仕掛けたこともあった。

あれは国際マーケティングのグループワークで、彼女と同じ班になった時のこと。

「君が持つB企業の資料の中で、グローバルマーケティング事例を種類別に選定出来ないかな?

そしたら時間も短縮出来て助かるんだけど」
「あ‥はは‥」



彼女が断れないことは想定の範囲内だった。

けれどその後皆で行った飲みの席での彼女は、想定の範囲外の言動を見せた。

淳が奢ることを当然と思っている皆の中で、唯一彼女だけがそれを疑問に思っていたのだ。 



次第に彼女のそんな姿を、ちょくちょく目にするようになっていった。

あれは中庭にて一人ベンチに座っていた時、偶然耳にした彼女と母親との電話での会話‥。

「私の方がずっと一生懸命やって来たの!

お父さんに認めてもらおうとどれだけ必死だったか分かってる?!」




彼女のどこかしらに触れる時、いつも淳は心を乱された。

いつもの自分らしからぬ自身を目の当たりにさせられた。

それが最も顕著に現れたのは、学園祭の意見を戦わせたあの時だった。

「学祭だからって派手なだけの企画なら、やらないほうがマシじゃないか?」



そしてそんな時は決まって、彼女は予想の範疇を飛び出して行く。

彼女の意見を否定したあの時、また怒ると思ったのに。

また敵意を向けられると思ったのに‥。



何もかも諦めたようなあの瞳を見た途端、衝撃を受けた。

彼女の瞳に映る自分が、彼女と同じ表情をしていることにも‥。



それからだった。

彼女へ向かう敵意や悪意が影を潜め始めたのは。

女癖の悪い先輩に騙されそうになった彼女を、頼まれてもないのに助けたりして。

「青田淳‥」



自分でも、彼女に対する自身の感情の説明がつかなかった。

気がついたら目に入る、彼女の後ろ姿。



学園祭の前日、彼女は淳のすぐ側で眠っていた。

高熱を出した彼女の頬に触れた時の、あの感触‥。



ごめんなさい、わざとじゃないと呟きながら自身へと手を伸ばす、あの姿‥。



全てが淳を囚えて離さなくなった。

風に揺れる彼女の髪が、サラサラと音を立てるのも、



その指先が、自身の一片を掴むのも、



淳の前では決して見せないその笑顔も、



恥辱のあまり赤面し、狼狽する彼女の表情さえも。








心が、動いていた。

その感情にどんな名前が付けられるのか、それがどんな種類のものであるのか、

知りたい。



目の前では教授が退屈な授業を繰り広げる。

「であるから、ゴミ箱モデルとは‥」



伊吹聡美は未だ太一に話し掛け続けている。

「今からでも病院連れて行った方がいいかな、どうしよう‥」



恒常的に流れる時の隙間から、淳は一歩踏み出した。

「教授」



彼の一言で、時が止まる。



淳は動き出した。

その心の動くままに。



「緊急の用が出来てしまったので、

申し訳ありませんがしばらく出て来てもよろしいでしょうか?」




突然申し入れた淳の要求を、教授は渋々と了承する。

「青田君、この授業で退席はペナルティです。

しかし本当に急用なら仕方がありませんね。どうぞ出て行きなさい」




「ありがとうございます」




そうして淳は教室を出て行った。

彼女へと向かって。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<雪と淳>動く でした。

雪と淳の歴史ダイジェストのような回でしたね。

淳の気持ちが少しずつ変化していっているのが見て取れます。

さて、保健室へと向かう淳!盛り上がってまいりました!


次回は<雪と淳>ざわめき です。


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