Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

淳の家にて(2)

2014-08-04 01:00:00 | 雪3年3部(赤山家の激白~淳宅にて)
夜通しぐっすりと眠ったせいか、雪はすっかり目が覚めてしまっていた。

天井を見つめながら、彼の健やかな寝息をじっと聞いている。



始めは彼女を縛るように抱き締めていた彼も、眠りに入るとやがて仰向けに姿勢を変えた。

雪は彼に腕枕をされたまま、パチパチとまばたきをして彼の方をチラッと見る。



ううん、と小さく声を出しながら、彼が少し身体を動かした。

雪は頭を起こし、先輩と自分の足を見る。ゆっくりとその足を動かしながら。



無防備な彼の裸足に、ソロソロと雪の足が近付いて行く。



そしてちょんちょんと、雪は彼の足に触れた。

指の先で、小さく三回ほど。



しかし彼の足も動かなければ、彼本体も微動だにしない。

ベッドに寝転がった二人の間に、しんとした静寂が広がっている。



彼は熟睡していた。

雪はそのままの姿勢で、チラリと彼の横顔を盗み見る。



すうすうと、規則正しい健やかな寝息を立てる彼の横顔。

シャワーを浴びた後のまだ少し濡れた髪の合間から、形の良い額が見える。



きっちりした普段の姿とはまた違った、無防備な彼の寝顔。

雪は子供のような彼のその姿を見て、思わず笑みが漏れた。



しかし改めて目にすると、彼は寝顔さえも美しかった。

雪は彼をきゅっと抱きしめると、しみじみと一人こう思う‥。

は~‥かっこいい‥



雪はそのまま彼にくっついて、先輩が目覚めるまで暫しその時を過ごした。

そして暫くしてから彼は目覚め、大学へ行く前にシャワーに入っておいでと雪を浴室へ案内した。




「シャワー終わった?」



そしてシャワーから上がった雪が目にしたのは、フライパン片手にキッチンに立つ先輩の姿だった。

何やら良い匂いが家中に漂っている。

「ご飯食べよう。さ、座って。食べたら大学行こうな」



そして雪はテーブルに並べられた料理の数々に目を丸くし、感嘆の声を上げた。

美味しそうな料理が沢山並んでいる。



雪は早速席についた。

「これ先輩が全部作ったんですか?!キャー!ドラマみたい!」



雪の質問に、彼は首を横に振った。

これらはお手伝いのおばさんが作ったもので、彼自身は料理が苦手なのだと言って。



雪は思わず目が点だ。一人暮らしとは思えぬ広いマンションに、料理を作ってくれるお手伝いさん‥。

改めて彼との世界の違いを思い知らされるが、とりあえず目の前の料理が温かい内に食べることにした。

「いただきまーす!‥おいしっ!先輩も食べて下さい!」



そう言って美味しそうに料理を頬張る雪を見て、淳は嬉しそうに微笑んだ。

もうすっかり身体は回復したみたいだ。

「ちょっとは落ち着いた?」



彼は雪にそう尋ね、微笑んだまま彼女の答えを待った。

雪は暫し彼の目を見ながら黙っていたが、やがて少し下を向きながら頷いた。



けれど心の整理が全てついたかと言われると微妙だった。

雪は小首を傾げながら、まだ出ない結論に対して思う所を口に出す。

「ん‥なんだか私が騒いだことで事を大きくしちゃった気がして‥。

お小遣いのことなんかでカッとしちゃって‥。帰ってまた怒るのも違う気がするし、

どう考えても気まずいですね‥」


 

今の状況と自分の気持ちをそう口にした雪に対し、淳は彼女を真っ直ぐに見つめながら言葉を返した。

「いや、結果的に良かったんだと思うよ。時々は吐き出さなくちゃ」



え?と聞き返す雪に、彼は「溜め込んで病気になるよりは良いじゃない」と答えた。

「本当ですか?」と続けて問う雪にも、淳は自信たっぷりに頷いて見せる。



そして淳は続けた。まるで言い淀むことなく。

「それに雪ちゃんだけじゃなく君の家族も、

積もっていた感情に向き合う契機になったんじゃないのかな」




真っ直ぐな彼の言葉に、雪は少し俯いて言葉を返す。

「‥そうでしょうか。あれで良かったんでしょうか‥?」



そして下を向いた雪に、淳はハッキリとこう言った。

「そう思えるようにしなくちゃ」と。

彼は続ける。

「ここまでになったのに何も変わらないなら、このまま感情だけ積もったまま終わって、

また同じことを繰り返すと思う。そんなの嫌だろ?」




雪が黙って彼の意見を聞いていると、淳は少し話題を変えた。

「蓮君の方が好きだったお祖母さんが、

どうして突然雪ちゃんの方を優先させるようになったと思う?」




雪は首の後ろに手を当てながら、若干気まずそうに自分の意見を口にする。

「あ‥多分おばあちゃんが嫌がっても、ずっと追いかけてたからですよ。

親戚の家に行くってなると大きな声で泣いて‥行けないように邪魔して‥」




すると淳はピッと指を差しながら、自分が導き出した正解を口に出す。

「それは雪ちゃんが絶えずアピールし続けたからだよ。

始めは公平じゃなかったことなんて、今となっては意味が無いことさ」




鋭利な刃物でスパッと切るように、彼は物事を理路整然と分析して行く。

淳は雪の方を真っ直ぐに見つめ、先輩としてその結論を彼女に教えた。

「愛情はそうやって得るものだよ。黙って我慢するだけが術じゃないんだ。努力の方法は様々だから」



そして淳は澄んだ瞳で、雪に向かってこう言った。

「だから、もう我慢するのは止めにしないと」



淳が導き出した結論を、雪は彼の方を見ながら静かに聞いていた。

黙ってやり過ごしその場を逃れても、事態はきっとまたいつか同じことを繰り返す‥。



色々なことを考えながら、雪は今日の帰宅に向けて考えをまとめて行く‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<淳の家にて(2)>でした。

家政婦さん、料理を仕込んで冷蔵庫に置いてるんですね!あとは温めるだけで食べれる、と。

朝から五品も‥。いいな~先輩(笑)

きっとこの後掃除に来た家政婦さんが、ベッドに落ちた長い髪の毛を見て白目になってることでしょう‥。


淳の台詞「我慢するだけが術じゃないんだ」が、

前々回の雪のモノローグ「私はじっと黙ってやり過ごすという術を身に着けている」

という今までの雪ちゃんを窘めているかのようですね。

そして淳が堂々と語る「愛情の得方」は、

まるで今年に入ってから雪との距離を縮めに猛アプローチした自分を語っているかのようです。


次回は<踊るイタチ>です。


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淳の家にて(1)

2014-08-03 01:00:00 | 雪3年3部(赤山家の激白~淳宅にて)


うっすらと記憶にあるのは、助手席に座りながらぼんやりと見た街の風景だった。

薄く瞼を開けた瞳に映る、車窓に流れる色とりどりのネオン。

雪は「家に帰りたくない」とうわ言のように何度も呟きながら、そのまま深い眠りに落ちて行ったのだった‥。






パチッと目を覚ました雪が最初に目にしたのは、逆さまになった自分の顔だった。

雪は暫し呆然とその場に寝転がっていたが、やがてそこに鏡があることに気づいたのだった。



雪は身体を起こすと、垂れた涎を拭いながら頭に疑問符を浮かべる。

「な‥何だ‥??」

 

そして目に入って来た風景に、雪は暫しポカンと口を開けた。

見たことのないインテリア、見たことのない窓の外の風景‥。

 

雪はサッと顔を青くし、思わず声を上げた。

「こ、ここどこっ‥?!!」



すると振り向いた先で微笑んでいたのは、見慣れた顔の彼だった。

「起きた?」



いつの間にかそこに佇んでいた彼に、雪はブフーッと吹き出しながら目を剥いた。

淳はニッコリと微笑むと、優しい口調でこう言った。

「俺の家だよ。すごく疲れてたみたいだから」



なんということだろう。

彼が口にした事実を前に、雪はあんぐりと口を開ける。



雪は生まれて初めて、彼氏の家にお泊りをしてしまったらしかった。しかし一切記憶は無い。

冷や汗をダラダラと流す雪に向かって、彼女の考えていることなどお見通しだと言わんばかりに淳が口を開く。

「どっどどっどっどうして‥」「何もしてないよ?」

  

雪はそう言われ、確かに何も変わっていない服装を確かめて安堵した。

淳は、言葉を続けながら雪の元へと歩いて来る。

「帰りたくないって言うから、連れて来たんだ」



淳はそう言いながら、雪に彼女の携帯電話を差し出した。

「伊吹に雪ちゃん家に代わりに連絡しといてくれって頼んどいたから、

心配しないで」




「ほら、家族からメールが沢山来てるよ」



雪は彼の手から携帯を受け取って、暫し画面に目を落としていた。

電話もない、連絡もない、誰も自分を心配してくれないと言っていた昨日の自分が、ふと脳裏に過る‥。





「‥‥‥」



メールは何通も届いており、雪はそれらに目を通して暫し沈黙した。

そんな雪の隣で、彼は転がった枕や布団を整えながら彼女に問いかける。

「朝は授業無いよね?」



彼の横顔を間近で目にすると、一つ気になった点があった。

雪は「はい‥」と答えながら、疑問を浮かべる。



先輩の左頬に、小さな傷があった。少し血が滲んでいる。

‥何だか嫌な予感がするが、雪はおそるおそる彼に聞いてみた。

「と‥ところで‥顔どうしちゃっ‥」



そこまで口にしたところで、彼は雪のほうに向き直ると、

目尻を下げてニッコリと微笑んだ。語らずとも悟る、その真実を笑顔に湛えて。



雪は顔面蒼白し、頭を抱えて「まさか?!」と口に出した。

淳はその横に寝転がりながら、「疲れてると寝相も悪くなるよね‥」と小さく呟く。



どうやら寝ている間に、雪がやらかしてしまった傷のようだった。

「手ですか足ですか」と聞く雪に、「足‥」と淳が小さく答える。



すいませんでしたぁぁ!と雪は、いたたまれなくなりながら必死に彼に謝った。

淳はニヤリと笑ってベッドに上がると、そのまま雪に抱きついて来た。

「おりゃっ」 「へっ?」



そして二人は、共にベッドにバタッと倒れ込んだ。

柔らかい布団とマットに二人の身体が埋まる。



そして淳は雪に腕枕をしながら、息を吐いて口を開いた。彼はどこか気怠げだ。

「雪ちゃんのせいであんまり寝れなかったから、もうちょっと休んでいこっと」



なんと淳は、「具合が悪いので遅れます」と先ほど会社に電話したという。

雪は、突然の彼の行動にタジタジだ。

「もう本当に痛かったんだから。歯、折れるかと思った」

「す‥すいませ‥」



淳はそう口にすると、雪が蹴ったあたりの口内を、超至近距離にて見せて来た。

雪はヒイッと息を飲みながら、ただコクコクと頷いて見せる。



そして淳は大あくびをしながら、腕枕をしたまま身体を雪の方に向けた。

長い腕を彼女の身体に回して、ぎゅっと強く抱き締める。

「暴れないように縛って寝ないとね」



先ほど蹴られたお返しとばかりに、淳は微かに微笑んでそう言った。

雪が身動き出来ないくらい、彼はその長い腕で、彼女を縛るように抱き締める。

けれど徐々に腕の力は抜け、やがて淳は雪の肩を優しくトントンと叩きながら、

「寝よ」と言って瞳を閉じた。



雪は彼の体温に包まれながら、再び軽く目を閉じた。

昨日「君が一番だから」と言ってくれた先輩が、会社よりも雪を優先して、朝から眠りに落ちて行く‥。


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<淳の家にて(1)>でした。

殺伐とした展開の後に来た、萌え回でございました。

「暴れないように縛って寝ないとね」はSっ気のある先輩になんとピッタリのセリフ‥。


インターンを「歯が痛い」を理由にして遅刻するのはやはり社会人としては微妙ですし、

これが父親に知られたらきっと色々言われると思います。

けれどそれらを差し置いても、昨日口にした「君が一番だから(直訳だと「最優先だから」)」

を先輩は実行に移したんだなぁと思うと、じーんとなる私です。

(淳自身が雪の傍に居たかったのもあると思いますが)


次回も淳宅です。

<淳の家にて(2)>です。


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誰よりも

2014-08-02 01:00:00 | 雪3年3部(赤山家の激白~淳宅にて)
ザワザワと、風に揺れる葉擦れの音だけが響いていた。

雪と淳は手を繋いだまま、無言でその場に座り続けている。



途中、淳がコートを脱いで雪に着せかけたが、二人はそれでも何も喋らず、ただ沈黙を守っていた。

夜はどんどん深まり、もう冬が近いこの季節、だんだんと風は冷たくなって行く。

「ん‥」



雪は、不意に寒さに身を震わせた。

気がつけば、もう随分長い時間ここに座っているのだ。

「冷えてきたね」



徐々に下がる気温を感じて、淳は雪の肩に優しく触れながら声を掛けた。

「そろそろ帰ろうか、雪ちゃん。ね?」



けれど雪は首を横に振ると、「嫌です」と口にした。

寒さで身体は冷えきっている。けれど、雪はどうしても家には帰りたくなかった。



淳は彼女の方に身体を向けると、ゆっくりと雪を説得し始めた。

「いくら喧嘩して出て来たって言ったって、二日も家を空ければ皆心配するよ。

そんな寝不足の顔して‥」




送っていくから、と淳は続けながら、そのままゆっくりと立ち上がろうとした。

繋いでいた手が、その温もりが離れていくのを見て、雪は思わず目を見開く。



そして無意識の内に、雪は叫んでいた。

離れて行く手を、強く握り締めながら。

「離しちゃやだっ‥!」



突然の雪の行動に、思わず淳は目を丸くした。

「雪ちゃん?」



雪は淳の手を握り締めたまま、瞳を閉じてブツブツと呟いている。

「そんなことしないで‥嫌‥」



そしてほどなく、雪は我に返った。

バッと両手を上げながら、顔を青くして飛び上がる。

「あ‥いや!これはその‥!」



雪は動揺しながら、暫し視線を地面に彷徨わせていた。

淳は、真顔で彼女を見つめている。これと同じ様なことが、過去にニ度あった‥。



告白の時と、車中での一コマだった。

あの時も彼女は去って行く手を、本能的に引き留めた‥。

  

時折彼女が見せる、去って行くものに対する異常な執着。

心も体も弱り切っている今は、それがより顕著になっているのかもしれなかった。

「あ‥あと少しだけここに‥ダメですか‥?」



結局雪は、もう少し時間を貰うことにした。

淳は困ったような笑みを浮かべながら、そんな彼女に頷いて見せる。



そして淳は、彼女に一つ質問をしようとした。

けれど、淳が「どうして‥」と口を開くより先に、雪が自らの気持ちを口に出す。

「‥家には帰りたくないんです‥」



依然として帰宅に踏み出せない雪を、淳は優しく説得する。けれど雪は、首を横に振り続けた。

「ご両親が心配されるよ?」 「心配なんて‥。電話もないし‥」

「それは信頼されてるからだよ。申し訳なく思ってるのもあるだろうし」

「これが蓮だったら、きっと裸足で飛び出してます」

「それは違うよ。後で絶対連絡が来るよ。だから行こう?」



空には、薄雲の向こうに微かに星が光っていた。けれど俯いた雪の目には、その光は届かない。

雪は小さな声で、寂しさを吐露した。

「お父さんも蓮、お母さんも蓮、おばあちゃんも蓮、恵も蓮‥」



「誰も私を一番に考えてはくれないんだ‥」



誰よりも努力した。両親に認めてもらいたくて。

けれど自分は一体誰の為に頑張って来たのか。それで一体、誰の一番になれるというのか‥。




すると次の瞬間、強い力で肩を掴まれた。

淳は雪を自分の方へ向かせると、真っ直ぐ彼女の瞳を見つめながら言葉を紡ぐ。

「違う」



雪はキョトンとして目の前の彼を見た。

彼は真剣な面持ちで、彼女を真っ直ぐに見つめている。



彼は言葉を続けた。

「違うよ、雪ちゃん」



淳は雪から決して目を逸らさず、段々と彼女に近づきながらその言葉を口にした。

「俺が居るじゃないか。そんなこと言わないで」



「俺には雪ちゃん、君が一番なんだよ」



「ね‥?」



誰よりも君が一番大切だと、そう淳は口にして、雪の額に優しく口付けた。

そっと髪を撫で、頬をなぞり、壊れ物を扱うように優しく彼女に触れる。



”君が一番なんだよ”‥。

ささくれていた心の中が、彼の温かさで徐々に湿って行くようだった。

顔を赤くして俯く雪を見ながら、淳はニッコリと笑う。



そして淳は雪に向かって手を伸ばすと、彼女をぎゅっと抱き締めた。

雪の顔は上にあがり、その表情はキョトンとしている。



淳は雪の耳元に、囁くように声を掛けた。

「辛い時は、いつでも頼ってくれればいいのに」



「それがどんなに俺を嬉しくさせるか、君は知らないんだ」



彼はそう言って、更に強く彼女を抱き締めた。

雪は下ろしていた腕を上げて、彼の背中にゆっくりと腕を回す。



そして二人は、そのまま強く互いを抱き締め合った。

先ほどまでの寒さが吹き飛ぶくらい、重ねた体温が温かかった。



雪は顔を彼の肩の上に乗せながら、空を見上げた。

そこには先ほどは目に入らなかった、月と星と、それにかかる薄雲が見えた。

視界が一気に開けて行くような気がする。哀しかったあの気持ちが、空に溶けて行くような気がする。



そして雪は、いつしか目を瞑った。

先ほど彼から貰った言葉が、彼女に安心を与えていた。



どっと睡魔が押し寄せて、彼の匂いに包まれたまま雪はうとうとする。

雪の意識が遠くなった‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<誰よりも>でした。

一番欲しい言葉を、一番欲しい時に言ってくれる‥。

これは大きいですよね。先輩の裏の顔とか度外視でこの場面だけ見ると、本当に良い彼氏です。


次回<淳の家にて(1)>です。



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泣けない彼女

2014-08-01 01:00:00 | 雪3年3部(赤山家の激白~淳宅にて)


もうすっかり夜も更けて、街灯の灯りがぼんやりと木々を照らしていた。

二人は大学に戻り屋外のベンチに腰掛けると、雪は今までの事情をかいつまんで先輩に話した。

その内容を口にすればするほど、残酷なまでの真実が雪の心を鋭く刺した。



話が終わり俯いた雪に、淳は優しく声を掛ける。

「そうか‥結局ケンカしちゃったか‥」



そう言葉を掛ける彼に、今はもう何も考えたくはないと、雪は小さく呟いた。

「自分が何に不満なのか、どうして私は認めてもらえないのか‥。

自分なりに一生懸命生きてきたはずなのに‥」




そう口にする彼女の横顔は、どこかやつれて見えた。街灯の灯りに照らされてどこか青白く、

まだ治りきってない傷と目の下のくまが、よりいっそう彼女を弱々しく見せた。

淳は彼女の両肩を掴むと、真っ直ぐに雪の瞳を見つめて優しく話し掛ける。

「雪ちゃん、そんな風に考えないで。君はすごく努力して来た。それは皆分かってるよ」



淳は続けた。彼女は決して間違ってはいないと、確信しながら言葉を続ける。

「ご両親の価値観が雪ちゃんと違うだけさ。蓮君だって、まだ幼いだけで悪い子じゃないだろう?

当然虚しさを感じることもあるだろうけど、あんまり落ち込まないで。雪ちゃんがすごく優しい娘であまりに良くやるから、

それ以上の要求をしないだけだよ」




淳は彼女の気を軽くしようと、微かに笑みを浮かべてこう続けた。

「俺なんてどんなに努力しても、父さんを満足させることなんて出来ないのに」



大企業の跡取り長男で一人っ子の彼には、彼女とはまた違った両親からのプレッシャーがあるだろう。

けれど今の雪は、それさえも羨ましく感じてしまう。

「それでも‥いっそ過剰なくらい期待されたい‥」



俯いてそう口にした雪の手が、膝の上で小さく震えていた。

心の奥底に溜まっていた気持ちを吐露する雪の横顔が、苦悶に歪んでいた。

「私に期待することなんて何もないみたいに‥。

嫁に行けばそれまでだって‥まるで出て行くのが当然みたいに‥!」




「私には‥何も‥」



苦しそうにそう口にする雪の声が、微かに震えた。

淳は目を見開いて、彼女の顔に手を伸ばす。

「雪ちゃん‥」



「泣いてるの?」



そう言って、淳は彼女の顔をこちらに向ける。

眉を寄せて、目を充血させて、雪は今にも泣き出しそうだった。



淳は真っ直ぐに彼女の瞳を見つめたまま、もう一度「泣いているの?」と尋ねた。

大きな手の平が、彼女の顔を優しく撫でる。



雪は手を口元に当てながら、「泣いてません」と言った。

そんな彼女の瞳は充血し、鼻の頭も赤いのに。



淳は彼女の目元に指を沿わせると、涙を拭くように優しく頬をなぞった。

「何言ってるんだ。泣いてるじゃないか」



けれどなぞった指に、涙がつくことは無かった。

雪は彼から顔を背けると、弱々しい声で口を開く。

「泣いてないです。泣いたことなんてないんです」



淳は彼女の頬に手を伸ばしながら、雪が抱えて来た重荷を思い、言葉を続けた。

「うん、雪ちゃんて泣き顔してても、

涙は一粒も流さないもんね」




手の甲で触れた彼女の頬は、夜風に晒されて冷たかった。

雪は淳の方を向くことなく、ただ沈黙を守っている。



淳は彼女の方へ改めて向き直ると、もう一度手の平でその頬に触れた。

「こっちを向いて」と声を掛けながら、真っ直ぐに雪の瞳と自分の瞳を合わせ、力強く言葉を紡ぐ。

「俺の前では気を緩めて、泣いたらダメかな?

俺は、それで雪ちゃんの気持ちが軽くなったら嬉しい。これ以上溜め込むことが無いように」




淳の瞳は真剣だった。本心なのだ。

彼女の瞳から、剥き出しの感情が溢れ出すのをずっと彼は待っていた。

彼女が辛い時、苦しい時、その涙を拭いたかった。自分に本心を見せて欲しいと、淳はいつだって願って来た‥。

 







真剣な淳の眼差しを、雪は暫し真っ直ぐに受け止めていたが、

やがて瞼を閉じると、俯きがちに顔を背けた。涙一粒流すことなく。



そして雪は下を向いたまま、小さな声で話し始めた。

「あのね、先輩」



うん、と相槌を打つ淳の横顔が、淋しげに翳る。



雪は、幼い頃の話を始めた。

「子供の時、まだ父方の祖母が生きてて‥

うちと親戚の家を行ったり来たりしながら、祖母と暮らしてたんです。

私と蓮の面倒を本当に良くみてくれました」




「これといった理由なんて無かったけど、

おばあちゃんのこと大好きでした」




雪の脳裏に、祖母の顔がぼんやりと浮かぶ。

手を繋いだ時の感触や、その時感じた気持ちさえ蘇るようだった。

「本当に大好きだったから、祖母に一番気に入られたかったんです。

実際本当に可愛がってくれて‥」




「蓮には内緒だよって、こっそりオヤツを貰った時なんて、

この世の全てを手に入れたような気持ちになりました」




そこまで幾分和やかに話をしていた雪だったが、話が進むにつれ、段々と声のトーンが落ちて行く。

「‥でも最初から、そうしてくれてた訳じゃ無かった。その前までは‥常に蓮が優先でした。

まぁ‥当然です。お父さんより遥かに家父長的な人だったから」




幾分自嘲するような乾いた笑いを立てて、雪は祖母の思い出を語り続けた。

隣で淳は、相槌を打ちながら静かにそれを聞いている。



雪の瞼の裏に、まだ小さい蓮を抱きながら自分を叱る祖母が浮かび上がった。

声を上げて泣く自分の泣き声が、鼓膜の裏にこびりついているような気がした。

「ちょっと冷たい面があったり、何でもないようなことで叱られることもありました」



「それが悲しくて祖母の前で泣いたりすると、いつもこう怒鳴りつけられるんです」



「”泣くな。泣いてどうする?”」



それは、子供を叱りつける時の常套句だった。

泣いている子供の気持ちなんてお構いなしに、大人はいつも型にはまった言葉で叱りつける。

その言葉で涙を飲み込んだ幼い彼女が、未だ雪の心の奥で膝を抱えている。



淳は、幾分目を丸くしてそれを聞いていた。

彼女が涙を一粒も流すこと無く生きてきた、その理由を耳にして。



思い出を語り終えた彼女は、微かに笑っていた。

それは感情を押し殺すことに慣れてしまった、悲しい笑顔だった。

雪は彼の方へと向き直り、まるで他人ごとのように言葉を続ける。

「本当におかしいでしょう?小さい頃何度か叱られたことを今も引き摺って‥」



雪はそう言うと、笑いながら彼の肩に凭れ掛かった。自嘲するように、乾いた笑いを立てながら。

「私はまだ、どこかが子供の時のまま止まってるみたいです」



「バカみたい‥」



最後の言葉は掠れていた。

雪はそのまま俯いて、彼に身を預けて沈黙した。

淳は彼女の肩を抱き、その身体を優しく引き寄せる。



そして二人は暫くの間、何も言わずにその場に座り続けた。

冷たい夜風に揺れる葉擦れの音だけが、孤独な二人の間に響いていた‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<泣けない彼女>でした。

切ない回でした。

コロコロ変わる先輩のネクタイの色なんて気にならないくらい‥(気にしとるやないか)


今まで幾度と無く「泣いてる?泣いてる?」を繰り返してきた先輩。そして今回もあえなく撃沈‥。

まだ雪ちゃんは彼のことを心から信頼していないんでしょうねぇ。淋しげな先輩の横顔が印象的でした。


次回<誰よりも>です。



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Everything's gonna be alright.

2014-07-31 01:00:00 | 雪3年3部(赤山家の激白~淳宅にて)


秋の日暮れは早く、雪はもう暗くなった大学の構内を一人トボトボ歩いていた。

頭の中は考え事でいっぱいだ。

どうしよう‥また学外で探さなきゃなの?最近採用厳しいのに‥。

てかもう三年なんだから、就職と関係した仕事をすべきじゃ‥でも一体何の仕事を‥




雪は図書館のバイトをクビになったことから、未だ立ち直れずに居た。

他のバイトを探そうにも、これから先の進路を考えると簡単に決断出来る状態でも無いことが、雪の頭を悩ませた。

雪は依然として悶々としながら、秋の夜道を歩く。

この際勉強に本腰入れるか?今回清水香織と横山のゴタゴタで、中間あんまり良くなかったしな‥。



いや、じゃあどうやって大学に通うっての?!

昨日あんなに大暴れしたくせに、お金出してくれなんて絶対言えないし!




アルバイトを安易に決めることが出来ない状況だが、お金が無いと大学に通えない。

昨日あれだけ小遣いの問題で揉めたのに、ノコノコ帰って金の無心なども出来るはずがない。



けれど冷静に考えてみると、そもそも自分は金の催促など一度もしたことが無いことに気がついた。

心の中に、冷たい隙間風が入り込んでくる気持ちがする。




段々と夜は深まり、徐々に空気が冷え込んで来た。

木々は既に色づいた葉を落とし終え、やがて来る冬に向けて枝のみを伸ばしている。

雪は俯きながら、ゆっくりと落ち葉の絨毯を踏みしめ歩いていた。カサカサという寂しい音だけが、歩く度耳に入って来る。

私‥前は何の仕事してたんだっけ?‥そうだ、事務補助‥。

あの時は先輩が仕事でも塾でも助けてくれて‥。

一人で何とか頑張ってみようと思ったのに、どうしてこんな風になっちゃったんだろ‥。




夏休み前、困っていた自分に手を差し伸べてくれた先輩が頭の中に浮かんだ。

結果、彼のお陰で塾も通えた。夏休みいっぱい、事務補助のアルバイトもすることが出来た。

先輩‥



雪の脳裏に、こちらを向いて微笑んでいる彼が浮かんだ。

こんな時、いつも先輩が傍に居てくれたっけ‥。けど突然こんなことで連絡するのもな‥



自分から連絡を断っておいて、いざ困ったことが起きたからといってすぐに連絡出来るほど、雪は鉄面皮では無かった。

けれどそう考える頭とは裏腹に、心の中は彼を思って徐々に湿って行く。

それでもこういう時は先輩が‥いつも‥笑顔で‥



心の中に、泣きたい気持ちが漂っていた。けれど彼女はいつもそれを飲み込む。

胸中に膨らむその気持ちを抱えながら雪は、今一番彼に逢いたいと思った。



笑顔が見たい。




助けて欲しい。






あの穏やかな声で、言って欲しい。

聞くだけで安心するあの魔法の言葉をー‥。



「雪ちゃん」





ふと、彼の声がした。

幻聴かと思って顔を上げた雪だったが、思わず目を丸くした。



目の前に立っているのは、確かに彼だった。

電柱に凭れていた彼は、彼女の姿を認めてそこから身を離す。



彼は少し気まずそうな仕草で前髪に触れてから、首の後に手を当て、彼女の方に向き直った。

「あ‥やぁ」

 

雪は信じられないものでも見るかのように、じっとその場で目を丸くしていた。

掛ける言葉も挨拶すらも、咄嗟には何も思い浮かばなかった。



そして彼は、雪の方を見て手を上げた。

彼女がずっと脳裏に思い浮かべていた、あの懐かしい笑みを浮かべて。



会いに来たよ、と淳は言った。

けれど目の前の彼女は、じっとその場に佇んだまま微動だにしない。



淳は、首に手を当てながら少し気まずそうに口を開いた。

「えっと‥勝手に来ちゃったけど‥大丈夫だよね?」



淳の言葉を聞いても、雪は無表情のまま立ち尽くしていた。

その表情は、どこか不満を覚えているように彼には見えた。



淳は首に当てた手を下ろしながら、穏やかな口調で話を続ける。

「あ‥怒ってる?勝手に来ちゃって‥」



するとそこで、雪の表情が変わった。

彼の方を見ながら、徐々に眉が下がっていく。



淳はそんな雪を前にして、キョトンとした顔で「どうしたの?」と言った。

彼女が浮かべるその表情は、淳にとって予想外だった。



「何かあったの?」と、続けて淳は雪に優しく聞いた。

淳の存在とその空気感の前に雪は、張っていた気がみるみる緩んで行くような気持ちになる。



雪は、もう限界だったのだ。

けれど自分はまだやれると、まだ頑張れると、自分を騙してここまでやって来た。

「う‥」



でももう誤魔化せなかった。

今まで自分が苦しい時、いつも傍に居てくれた彼が、また目の前に現れたのだ。

「うう‥」



小さく声を漏らしながら近づいてくる彼女を見て、淳は不思議そうな顔をしていた。

雪は自分の方に向かって、よたよたと一歩一歩、歩みを進める。



その場に佇んだままの淳の元に、とうとう雪は辿り着いた。

小さく喘ぎながら、彼に向かって縋るようにその両手を伸ばす。



雪は淳の服をぎゅっと掴み、俯いた。小さく震えている。

淳はそんな彼女を、ただじっとその場で俯瞰している。



そして沈黙する彼女に向けて、淳はゆっくりと口を開いた。

「待つって言った手前、こうやって会いに来るのは気が引けたけど‥」



雪は彼の言葉を聞いても、その苦しそうな表情を変えることなく俯いていた。

彼女の中にある何かしらの激情が、その身体を細かに震わせている。



弱った小動物のようなそんな彼女を、淳はそのまま優しく抱き締めた。

彼女は淳の長い腕に、すっぽりとおさまるように包まれる。



そして淳は、彼女から見えないところで微かに口角を上げた。

「来て良かったよ」



彼女を胸に抱きながら、淳の心は満足感でいっぱいだった。

彼女が自分の元に戻って来てくれたことに、やはり自分は間違っていないのだという思いに、淳の心は充足した。

そして淳は彼女の頭を撫でながら、その背中をゆっくりと擦りながら、優しく声を掛けたのだった。

「大丈夫。もう全部大丈夫だから」



それはいつも淳が口にする、魔法の言葉だった。

「Everything's gonna be alright.」


淳はいつにもましてその言葉が心に沿う気がした。

やはり自分は正しいのだ、そんな絶対的な確信が、彼の盲目に拍車を掛ける‥。




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<Everything's gonna be alright.>でした。

やはりハイライトはこの先輩の笑みですね。



なんだかこれを思い出します‥。





震える雪ちゃんを心配するよりも、自分の元に帰って来たことの方が嬉しいように見えますよね‥。
(まぁこの時はなんで雪ちゃんがこうなっているのか、先輩はその理由は知らないんですが)

その心の内は不安でいっぱいだったと思いますが、やはりここの笑みが気になりますねぇ。


次回は<泣けない彼女>です。



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