ふろむ播州山麓

旧住居の京都山麓から、新居の播州山麓に、ブログ名を変更しました。タイトルだけはたびたび変化しています……

SF「未来書店物語」 №10 <祝開店>

2010-11-19 | Weblog
 近くの岡崎公園の桜が満開の2012年4月4日、新生「未来書店」は予定通り新装開店した。10時の開店前、小さな店の前には、古井町商店街も三条街道にも人だかりができた。その数、およそ三百人。商店街始まって以来の珍事である。
 E板を無料で手に入れようとするひと、書店の生き残り策を見ようとする本屋、同類の出版社。通販会社も端末機メーカーそしてマスコミ報道関係者などなど。
 狭い店にはせいぜい30人も入れば、満員御礼である。2階の事務所に上がってもらってもあと、10人が入店できるほどの狭小な店舗である。
 店の外装にはほとんど手を加えていない。古ぼけた「未来書店」の看板と、フューチャを演出した店内、そのギャップは著しい。まるで数十年前の世界から、未来のIT空間に突入したかのような幻想を思わせた。

 片瀬は駆けつけてくれた「やっさん」こと、大工の安田三郎に深々と頭を垂れた。安田は町内に住む大工である。いや、大工だったというのが正しい。70歳前のやっさんは、孫の守に専従すると言って、家業を息子に譲って引退していた。
 昨年の秋であった。安田は「片瀬さん、未来書店を改装されるそうですなあ。実はこの店は、亡くなったわしの師匠の棟梁と、ふたりで建てたんです。いつか改装するとき、またやらせてください。前川さんと約束していたんです。毎日毎日、孫の守ばかり、そろそろ飽きてきました」
 片瀬は知らなかった。道理で丈夫な建物であった。木造二階建ての店は、40年近い歳月を歩んできたとは思えないほど頑丈である。五郎は快諾した。

 安田の息子の孝二は、三郎の後を継いで、小さな工務店を経営している。
 「オヤジ、いくらお店の1階と2階の店内改装だけと言っても、年寄りのひとり仕事では、前川さんにも片瀬さんにも申し訳ない。ぼくも手伝いますから、最高の仕事をやりましょう」
親子ふたりは、ほとんどボランティアのように励んだ。片瀬の工事代金支払いは、ほとんど材料費だけかと思うほど少なかった。彼らは工賃を取らなかった。
 「前川さんと片瀬さんの再スタート。わたしたち親子の祝い工事です」
 父の三郎はこの工事を契機に現役復帰し、安田工務店の親子は、古井町商店街をこれからどんどん改装していく。町の小ゼネコンとして、八面六臂の活躍を開始することになる。もちろん、商店街再生の核になるのは、片瀬の娘の洋子である。

 店内にあまたある機器類、ゾニーの大型ググールテレビが1台。パソコンが2階の事務所もあわせて10台近く。各社のE板もプリンターも、いずれもメーカーが貸与してくれた。
 「片瀬さん、メーカーはみな未来書店に期待しています。わたしたちはこのユニークな店を、テスト版のショウルームと位置付けています。すべて貸与とさせてください」
 印刷製本機PODのことは次回で紹介しましょう。
<2010年11月19日金曜。この物語はフィクションです。隔日集中連載。続く>
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