ふろむ播州山麓

旧住居の京都山麓から、新居の播州山麓に、ブログ名を変更しました。タイトルだけはたびたび変化しています……

SF「未来書店物語」 №13 <「藤島」二代目>

2010-11-25 | Weblog
 古井町商店街の居酒屋「藤島」。先代古井小町の藤島小百合が引退したのは、膝を痛めたのが原因である。70歳前だが、明るく美人の彼女は、いつも常連客サユリストたちの姉か妹、また母でもあった。
 夫とは10年ほど前に死別。子のない彼女は実家近くの山科、内蔵助で知られる大石神社の脇に去ったのだが、町の老人や中高年の常連客たちを悲しませたのは言うまでもない。ファンたちはショボンとおとなしくなってしまい、藤島を懐かしんでひとり自宅で晩酌している男たちを、その妻たちはサユリショック・シンドロームという流行語で井戸端会議の話題にした。
 「何で亭主は、わたしたちより年上の小百合さんがそんなにいいの? 女は齢じゃないの? それとも色気? 老年の美貌、それは何?」、女とは?美とは?年齢とは? 哲学的な話題が、中高老年の女性たちの間で、古井町のなかを日々飛び交った。この町には女性哲学者が多いようだ。

 ところが落ち込んでいた彼らサユリストたちを元気づけたのは、片瀬の娘の洋子である。二代目女将として、30歳の二代目古井小町は藤島を基地につぎつぎとチャレンジしていく。小百合時代の常連たちは、あまりの行動力に眼を見張り、続々と洋子のファンになっていく。洋子たち、ビューティペアが奮闘する「藤島」の新応援団はその後、何倍にも膨れ上がることになる。

 洋子を助けたのは小学生時代からの同級生、森正子である。正子の夫はサラリーマンだが、仕事が忙しく帰宅は毎夜10時ころである。親友の洋子が居酒屋をはじめると言ったとき、瞬時の返事で正子は「ひとりじゃたいへんでしょ。軌道に乗るまではアルバイトも入れちゃだめ。わたしをお手伝いさんにしない? 亭主が毎晩遅いから、9時までなら土曜日曜以外だったら、毎晩手伝いますよ」 洋子も店の営業は夜10時までにする積りだった。土日祝祭日も休む。居酒屋以外にも、やりたいことが一杯あるからである。

 ふたりは新藤島計画をあれこれと練った。まず改良したかったのが、小百合の苦労した階段である。この店の1階にはカウンター10席、そして6畳と4畳半ふたつの座敷がある。2階は座敷が一間で10畳ほど。団体客はみな2階に上がるのだが、アルバイトとふたりで賄っていた小百合は、狭い階段に気をつかいながら、重い料理や酒を抱え、何度も上がり下がりした。膝をいためた原因である。
 洋子と正子は、古井町のゼネコンと、のちに皆から頼られる、安井工務店の三郎に相談した。エレベーターEVをつけたい。当然、ひとの乗れない料理運搬専用の超小型EVだが、機械の価格は高すぎて彼女たちには手が届かない。安井はもともと小百合ファンで、週に3日も4日も店に通っていた常連客である。前々からEVの必要性を痛感し、小百合とも話したことが数度ある。
 何日かして安井はニコニコしながら「洋子ちゃん、ほとんどロハでEVをつけたるで」
 つい先日、安井工務店は祇園の料理屋の建て替え工事を受注した。その店にはEVがあるのだが、主人は「建物がさらになるのを機会に、EVも新調する」
 それで1機、もらい受けることができる。工事は1階と2階をつなぐ、煙突のような空洞箱を三郎がつくるだけだ。大工の安田にとって、朝飯前の仕事である。
 新品EVを祇園の料理屋に売ることになったEVメーカーは、旧小型機の移動と設置を安値で請け負ってくれた。
 洋子と正子、ふたりがどれほど安井に感謝したことか、言うまでもない。来年が古稀の安井は、孫の守りを彼の妻に任せ、仕事に再度生きがいを見出した。息子の孝二は安井工務店の社長だが、一度は引退していた三郎を㈱安井工務店の取締役会長につかせた。代表権は三郎が辞退した。「またその内に孫と遊ばなならん。年寄りに代表権はいらん」
 といっても従業員は、見習い中の若者ひとりと父と、事務を一手に引き受ける孝二の妻、あわせて4人の会社である。なお息子の「孝二」の名は「工事」に由来するらしい。
 新・藤島開店後の初夏、養子に来たEVもスムースに活躍するころ、藤島のビューティペアの洋子と正子は、本格的な活動を開始する。居酒屋と商店街、古井町の改革である。
<2010年11月25日木曜。この物語はフィクションです。隔日集中連載。続く>

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