話しは前後するが、未来書店の新装開店―2012年4月4日の半年ほど前のこと。京都の本屋商業組合の桂理事長が約束した、組合理事会への片瀬親子の出席について、話しをしておきましょう。
年末の定例理事会の場で片瀬父子は、翌春から開始する未来書店G3計画について説明した。
伸介は、A4判3枚1セットの計画書を作成していたが、わかりよい説明用資料であった。かつて数年間だが勤めた信用金庫での経験が、このようなときに役立つ。企画書や会議用資料を作るのは久しぶりだったが、伸介は張りきった。
本屋組合の理事は10名体制だが、片瀬の本屋仲間の中垣書店、ブックス堀井、仲井書店の主人はみな理事である。彼ら三人と桂理事長からの追い風も受け、年末と翌年の1月と、二度の理事会で構想は検討された。そして結論は、
一 ジリ貧の本屋業界の生き残り策のひとつとして、未来書店のいうG3計画(以下、未来書店構想)は、ユニークなチャレンジとして、その意欲に対しおおいに賛同できる。
二 しかしこの構想は、ほかの書店に対して、何らの強制力を持たない。一書店の試行である。
三 未来書店の新装開店後、同店が予想通りの成果を挙げ、未来書店構想に参加したいという書店が複数出現するなら、組合としては積極的に対応したい。
四 京都府本屋商業組合は未来書店の開店後の成果を評価し、この構想をモデル事業として公認し取り上げるか、京都府内さらには全国の書店に向けて提案していくかどうか、開店の後に早急に検討する。結論は4月末までに決定する。
五 ところで電子書籍・Eブックについて、現在の電子書籍の流通は、読者への直接販売である。出版社あるいは出版業界外の企業などが、直接に読者に流通させている。出版取次社も書店も、中抜きされているのが実情である。未来書店構想でも、Eブックを本屋の営みとして取り扱う点についての方策が明確ではない。せいぜいPODによる紙本の販売だけのようである。
六 上記を勘案し、「Eブック&本屋再生委員会」を2012年5月、京都府本屋商業組合は新しく設ける。委員長は理事の仲井、副委員長には未来書店の片瀬を当てる。メンバーは10名までとし、府内書店有志よりの参画を募る。本屋の参画公募開始は3月1日からとする。
伸介の望んだ「日本本屋新聞」に全面広告を掲載する件は先送りになった。ただ片瀬の構想に賛同し、タグマッチを組むことを決定したチャパネットタカラ、千朱会、ニッセーンなどの大手通販各社。そしてE板・携帯タブレット端末と、POD機「ティータイムE」のメーカーなどは、全社が「全面広告をいつか打つなら、協賛広告費を負担します。広告のデザインも、斬新なものを作らせてもらいます」
PODメーカー、町工場の柴田印刷機械には無理だが、どの社も洗練された広告を作るくらいは得意中の得意、簡単なことである。
「片瀬さんのとこで広告費用を負担するというのは、筋が通りませんよ。われわれが各社で受け持ちます。朝毎読なんかと違って、広告代もそれほどではないでしょう?」
日本本屋新聞は書店や取次、出版社などに購読されているが、発行部数はわずか一万部ほどである。しかし本屋への影響力は絶大である。
そして開店工事のはじまったばかりの未来書店に、京都府の北部日本海沿い、舞鶴の本屋「ブックス・マイヅル」の青年、鶴谷がやって来た。
「本屋組合の新しい委員会に、ぼくも入れてくださいと、いま組合の事務所に申し込んできました」 伸介よりも若い。190センチほどもありそうな背の高い青年である。聞くとバレーボールで国体にも出場したと言う。
「国体では1回戦で敗退しましたが、本業のG3構想、絶対に優勝決定戦まで頑張りますよ。片瀬さん、まったく新しい発想で、本屋業界の大改革をやりましょう。若輩ですが、また遠方からの入洛ですが、委員会には毎回出席します。よろしくお願いします」
2階から降りて来た片瀬の息子の伸介、チャパネットからの出向社員の河野健、同志3人組が誕生した記念日になる。2012年3月3日、お雛さんの日。
この日の朝からは未来書店に、新しいメンバーが加わっていた。片瀬の妻文子の妹の子、北浦圭子25歳。洋子と伸介の従妹である。若手ブックデザイナーとして、京都で注目されつつあった圭子だが「新・未来書店で実力をつけたい」 押しかけ従妹のエディターである。彼女は未来書店「出版部」を後に立ち上げる。
<2010年11月23日火曜。この物語はフィクションです。隔日集中連載。続く>
年末の定例理事会の場で片瀬父子は、翌春から開始する未来書店G3計画について説明した。
伸介は、A4判3枚1セットの計画書を作成していたが、わかりよい説明用資料であった。かつて数年間だが勤めた信用金庫での経験が、このようなときに役立つ。企画書や会議用資料を作るのは久しぶりだったが、伸介は張りきった。
本屋組合の理事は10名体制だが、片瀬の本屋仲間の中垣書店、ブックス堀井、仲井書店の主人はみな理事である。彼ら三人と桂理事長からの追い風も受け、年末と翌年の1月と、二度の理事会で構想は検討された。そして結論は、
一 ジリ貧の本屋業界の生き残り策のひとつとして、未来書店のいうG3計画(以下、未来書店構想)は、ユニークなチャレンジとして、その意欲に対しおおいに賛同できる。
二 しかしこの構想は、ほかの書店に対して、何らの強制力を持たない。一書店の試行である。
三 未来書店の新装開店後、同店が予想通りの成果を挙げ、未来書店構想に参加したいという書店が複数出現するなら、組合としては積極的に対応したい。
四 京都府本屋商業組合は未来書店の開店後の成果を評価し、この構想をモデル事業として公認し取り上げるか、京都府内さらには全国の書店に向けて提案していくかどうか、開店の後に早急に検討する。結論は4月末までに決定する。
五 ところで電子書籍・Eブックについて、現在の電子書籍の流通は、読者への直接販売である。出版社あるいは出版業界外の企業などが、直接に読者に流通させている。出版取次社も書店も、中抜きされているのが実情である。未来書店構想でも、Eブックを本屋の営みとして取り扱う点についての方策が明確ではない。せいぜいPODによる紙本の販売だけのようである。
六 上記を勘案し、「Eブック&本屋再生委員会」を2012年5月、京都府本屋商業組合は新しく設ける。委員長は理事の仲井、副委員長には未来書店の片瀬を当てる。メンバーは10名までとし、府内書店有志よりの参画を募る。本屋の参画公募開始は3月1日からとする。
伸介の望んだ「日本本屋新聞」に全面広告を掲載する件は先送りになった。ただ片瀬の構想に賛同し、タグマッチを組むことを決定したチャパネットタカラ、千朱会、ニッセーンなどの大手通販各社。そしてE板・携帯タブレット端末と、POD機「ティータイムE」のメーカーなどは、全社が「全面広告をいつか打つなら、協賛広告費を負担します。広告のデザインも、斬新なものを作らせてもらいます」
PODメーカー、町工場の柴田印刷機械には無理だが、どの社も洗練された広告を作るくらいは得意中の得意、簡単なことである。
「片瀬さんのとこで広告費用を負担するというのは、筋が通りませんよ。われわれが各社で受け持ちます。朝毎読なんかと違って、広告代もそれほどではないでしょう?」
日本本屋新聞は書店や取次、出版社などに購読されているが、発行部数はわずか一万部ほどである。しかし本屋への影響力は絶大である。
そして開店工事のはじまったばかりの未来書店に、京都府の北部日本海沿い、舞鶴の本屋「ブックス・マイヅル」の青年、鶴谷がやって来た。
「本屋組合の新しい委員会に、ぼくも入れてくださいと、いま組合の事務所に申し込んできました」 伸介よりも若い。190センチほどもありそうな背の高い青年である。聞くとバレーボールで国体にも出場したと言う。
「国体では1回戦で敗退しましたが、本業のG3構想、絶対に優勝決定戦まで頑張りますよ。片瀬さん、まったく新しい発想で、本屋業界の大改革をやりましょう。若輩ですが、また遠方からの入洛ですが、委員会には毎回出席します。よろしくお願いします」
2階から降りて来た片瀬の息子の伸介、チャパネットからの出向社員の河野健、同志3人組が誕生した記念日になる。2012年3月3日、お雛さんの日。
この日の朝からは未来書店に、新しいメンバーが加わっていた。片瀬の妻文子の妹の子、北浦圭子25歳。洋子と伸介の従妹である。若手ブックデザイナーとして、京都で注目されつつあった圭子だが「新・未来書店で実力をつけたい」 押しかけ従妹のエディターである。彼女は未来書店「出版部」を後に立ち上げる。
<2010年11月23日火曜。この物語はフィクションです。隔日集中連載。続く>