アヒルの繁殖でいちばんの難題は、ヒヨコになるまでの孵化です。種卵(しゅらん/有精卵)を孵すのが、以前はたいへん面倒な作業でした。現在は孵卵器がありますから素人でも可能だそうですが、手作業で孵化作業をやっていた時代、温度や湿度の管理や孵るまでの日々の卵の回転作業。たいへんな手間がかかったそうです。
なぜ人間の手をそこまで必要とするのか。アヒルの親は、自分が産んだ卵を抱かないからです。人間が野生の真鴨から、改良を繰り返しての家畜化の成功でした。しかし別の結論が、アヒルの母性喪失、就巣性の欠如です。
孵卵器に収容された卵は、温度約37度、湿度約70%で、孵化までの28日ほどの間、器械のなかで暖める。現代の抱卵です。転卵も自動化が可能です。
ところで、中国の伝統的なアヒル繁殖手法には、驚き感動します。長江沿岸で古くからおこなわれていた、一般的な繁殖法だったそうです。
まず、使い古した舟に、アヒルをいっぱい入れた籠をのせる。そしてこの舟を移動しながら家族も生活している。舟も人も家もアヒルも、かつてみんな一緒の暮らしをしていたのです。
古い孵卵方法は、卵を湿りのあるモミガラのなかに詰め込んで、これを布でおおい、それを日光にあてて温める。孵化したヒナはこの舟で販売したのでしょう。舟は行商舟にもなります。長江の流路一帯の運河や河川を、股にかけて営業していたのではないかと思ったりします。
その後に改良された人工的孵化の新しい手法は、藁くずを温め、そのなかに卵を詰め、それらを大きい籠に入れ、その籠を柵の上に並べる。そして下から熱や火の気のある灰や、炭火を入れた壺で暖めて孵化する。なんとも高等な技術に思えます。
それから、アヒルの肉も卵も中国料理には欠かせませんが、卵の輸出も東南アジア向けに盛んだそうです。中国人華僑は東南アジアで活発に活動しています。家鴨商人も多いのでしょう。タイ、カンボジア、ジャワ、フィリピンなど、たくさんの国に広がっています。
「イギリスでもアヒルの繁殖は盛んに行われ、ことにバッキンガム伯爵家では、大規模なアヒル繁殖を営んでいて、ロンドンの各市場にこれを供給している。」
加茂儀一著『家畜文化誌』1973年昭和48年(法政大学出版局)改訂新版から引用していますが、バッキンガム伯爵家については、旧版1937年昭和12年初版(改造社)にも同じ記載があります。
同著は1973年、大幅に改訂されました。しかし1000ページ余の大冊です。イギリスのアヒルの部分までは、改訂の手が回っていません。伯爵家のアヒルはもう商業繁殖を終了しています。しかし伯爵家は昔、アヒル商人だったのですね。
今号の掲載文の過半は、加茂先生の著書の写しになってしまいました。先生の卓見に敬意を払い、心より感謝申し上げます。
<2024年10月19日>
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