「んっ? 小次郎? 小次郎がどうかしたの?」
「今日さ…」
「話してたわね、そういや…」
「ああ…」
里山は頷(うなず)くと、それ以上は言わず、キッチンから消えた。里山は妻が事実を認めたことで、ひと安心していた。これで、いよいよ②のVをテレ京へ送るというプロセスを実行できる訳だ。しかも、③の異動話を会社で断る・・という道筋が見え、可能性が高まるというものである。さらに上手(うま)くすれば、小次郎のマネージャーでひと儲け・・ということにもなる。そうすれば、堂々と会社を早期退職でき、当初の順序策どおり、沙希代に異動話があったことを言う必要もない理想的な展開となる訳だった。小次郎は沙希代にこれ以上、刺激を絶えまい…と、姿を消していた。先読みが冴(さ)える小次郎ならではの機転だった。里山が浴槽に浸かり、鼻歌を唄っている頃、小次郎は玄関の上がり框(かまち)に身を横たえ、優雅に眠っていた。
里山がテープをテレ京へ送ったのは、その日の夜だった。明朝でもよかったのだが居ても立ってもいられず、宅急便で送ったのである。宛名書きには目立つように朱書きで駒井様机下を加えた。書かなくても間違いなく放送されるだろう…という自信は里山にあった。だが、一応、念を入れた形だ。恐らくテレビで流れれば、またマスコミ騒ぎになるだろう…と予見は出来た。それは覚悟しなければならない。結果として、退職に至る道となるからだった。