小一時間後、沙希代が起き出してキッチンで動き出した頃、また電話があった。恐らく、また電話がかかるだろう…と予想した里山は寝室から出て洗面台で顔を洗っていた。眠気を何度もジャブジャブと水洗いすることで眠気を消そうとしていた。実は、駒井の電話以降、眠れなかったのだ。里山が顔を拭(ふ)き終わったとき、小太郎と話をする沙希代の声が響いて届いた。
「奥さん、僕もいよいよ華々しくデビューするかも知れませんね」
「ほほほ…そうね。あの人の今朝の電話だと、どうもそのような雲行きよ」
熟睡していたが、沙希代のやつ、聞き耳を立てていたか…と、里山は一本、取られた思いがした。
「僕もスターになれますかね?」
「そりゃ、間違いないわ。人間の言葉が話せる猫なんて、世界にあなただけなんだから…」
里山にとって少し厄介(やっかい)に思えたのは、沙希代がえらく乗り気になっていることだった。このままでは小次郎人気で首尾よくいったとしても、マネージャーの座を沙希代に盗られる可能性すら出てきた。ここはなんとしても 飼い主は自分だ! と示す必要が里山にはあった。
「よう、ご両人! えらく盛り上がってますな…」
里山は沙希代と小次郎の会話に横槍(よこやり)を入れた。
「なによっ! 文句あるのっ。電話じゃ、これからは小次郎さまさまになるんでしょ? ねぇ~~」
沙希代は小次郎の頭を撫(な)でながら小次郎に同意を求めた。