次の朝、まだ薄暗い闇(やみ)に電話音が祁魂(けたたま)しく鳴り響いた。寝室の携帯ではなく、家の電話だった。
[え、偉(えら)いことです、里山さん!!]
その声は紛(まぎ)れもなくテレ京のプロデューサー、駒井だった。
「どうしましたっ!!」
一応、驚いた素振りの声は出したが、里山にはそうなるであろう大よその状況は予想できていた。
[朝から局へ、番組の電話がひっきりなしなんですよっ!!]
電話対応に追われる賑やかな会話音が駒井の声に混ざって受話器から聞こえてくる。里山は、OKだ! と瞬間思え、よしっ! とひと声、発した。
[えっ!?]
駒井は意味が分からず訊(たず)ねた。
「いや、なんでもないです。それは弱りましたね。『器用な猫もいるもんです、ははは…』とでも言っておかれればいいんじゃないですか?」
咄嗟(とっさ)に口から飛び出した言葉だっだが、里山は我ながら上手(うま)く言えた…と思った。
[それ、いいですねっ! いただきましょう!]
駒井としては、まだヤラセと言われた場合の対応を考えていなかったから、すぐ飛びついた。
「どうぞ、どうぞ…。また、状況をご連絡下さい」
大きな欠伸(あくび)をしながら眠そうに里山は電話を切った。夏前だから寒くはなかったが眠かった。沙希代は寝室で寝息を立てている。電話音ぐらいでは起きない図太い根性の持ち主だから、里山はある意味で師匠として尊敬していた。自分も肖(あやか)りたい図太さだった。