「い、今、話しましたよねっ!!」
駒井は身体を震わせて小次郎を指さしながら怖(おそ)れ慄(おのの)いた。
『ええ、それが何か?』
ギャ~! ともワァ~! ともつかぬ声を出し、駒井は控室を飛び出していった。
『ほら、言わんこっちゃない…。僕は一応、案は出しましたよ。出しましたが、こうなることは予想できていました』
「お前、それはないよ。なにも言ってくれなかったじゃないか!」
里山は少し怒れた。そのとき、少しずつ控室のドアが開き、駒井が顔を覗(のぞ)かせた。
「夢じゃないんですよね? 里山さん…」
里山は黙ったまま頷(うなず)いた。
「ええ、夢じゃありません…。業界のあなたが怖(おそ)れてどうするんです」
その言葉で駒井は恐る恐る控室へ戻(もど)った。この時点で小次郎はすでにキャリーボックスから出ていて、フロアの上へ正座していた。猫の正座とは、いつかご説明したと思うが、背筋を伸ばしてやや斜(はす)に構え、尻尾を前足の方へ回して身体に巻きつけるように座るという形(かたち)である。この形が猫界では自分を相手に見せる最高級の格好なのだ。
「いや! どうも…。ではVTR[ビデオ]に映っていたようなことをやって下さい…」
駒井は恐る恐る言った。割と肝(きも)っ玉が小さい男だな…と里山は心の中で思った。