暑気が相変わらず肌に纏(まと)わりつく夕方、家に着いたとき、里山は玄関で靴も脱がず大の字になった。夏場だから外はまだ明るかった。里山は、すっかり疲れ果て、家へ入った。声をかけようとした小次郎だったが、気 遣(づか)ってキャリーボックスの中で静かにしていた。
「あら、こんなところで…。どうだった?」
沙希代が奥から玄関へ出てきて。開口一番、そう言った。そこは、まずお疲れさんだろうが…と大の字になり目を閉じている里山は思ったが、思うに留めた。正直、言うのも嫌なほど、疲れていた。身体もだが、気分の方がかなり参っていたのだった。
「お風呂、沸(わ)いてます…」
「ああ…」
里山はやっと声をたせした。それを聞き、沙希代は何も言わずソソクサと奥へ戻(もど)っていった。
「疲れたから早めに寝る…」
風呂上りのあと、晩酌と夕食もそこそこに、里山は沙希代にボソッとそう言った。
「そおう? おやすみ…」
「小次郎! まあ、そういうことだっ!」
『おやすみなさい、ご主人!』
沙希代の手前を考える必要がなくなった小次郎は声高にそう言うと、猫語でひと声、ニャ~~と愛嬌(あいきょう)ある妙声で鳴き、里山に夜の挨拶をした。里山の姿が見えなくなり、沙希代の食器を洗う音が、静けさの中になんとも耳触りに聞こえる。小次郎は僕も疲れてるんだな…とタレント的に思った。