水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

忘れるユーモア短編集 (92)筋(すじ)

2020年07月15日 00時00分00秒 | #小説

 私達が生きる上で欠くことの出来ないのが筋(すじ)である。筋といっても、なにも筋肉の筋のことではない。まあ、身体(からだ)的には必要なのだが、その筋ではないということだ。^^ では、どの筋か? ということになるが、ここで取り上げる筋は、業界の演劇、ドラマ、映画などでいうプロットの意味の筋である。少し分かり辛(づら)いから、もっと一般社会的に言うなら、私達が、「あんたの言ってることは筋が通らないっ!」などと言う場合の筋だ。筋を忘れると、世間から変わり者扱いされるから生き辛くなる。その筋がたとえ正解だったとしても、世間で通用していない筋なら、その筋は本筋ではなく、筋違いと言われるから世間は怖(こわ)ぁ~~い。^^
 とある銭湯である。一人の年老いた客がいい気分で目を閉じ、浴槽に浸(つ)かっている。かれこれ数十分以上も浸かっているから、男の顔は茹(ゆ)で蛸(だこ)のように真っ赤で、誰の目にも危険に思えた。
「もしっ! 大丈夫ですかっ!」
 見かねた浴槽に浸かる別の若い客が、思わず近寄り、声をかけたが、年老いた客は黙ったまま、あ~とも、す~とも言わない。
「だっ! 誰か来てくれぇ~~!!」
 これは危ないっ! …と思った別の客は大声で叫んだ。その叫び声は銭湯の中で大きく谺(こだま)した。その声に反応したまた別の客が異常を察知し、連絡しようと脱衣場へ走り出た。そのとき、年老いた客は、徐(おもむろ)に目を開けた。
「…なにか、あったんですかな?」
「えっ! …」
 声をかけられた叫んだ客は躊躇(ちゅうちょ)し、思わず絶句(ぜっく)した。そしてしばらくしたあと、年老いた客を窺(うかが)いながらまた、口を開いた。
「なんだ…大丈夫だったんですか。心配しましたよ」 「ははは…私は長風呂でしてな。この銭湯は初めてですが、余りにもいい湯加減で、思わず長湯(ながゆ)してしまいました」 「でしたか。なら、よかった。いや、まあ普通はしばらく浸かって上がられる・・という方が多いんですけどねぇ~」 「まあ、それが本筋でしょうな。しかし、私の筋ではありません。はっはっはっ…」  年老いた客は大笑いし、その声は銭湯中に谺した。コトは大ごとにはならず終息した。  正しい筋でも、世間常識を踏み外(はず)せば大ごとになりますから、そのことを忘れることなく、皆さん、呉々(くれぐれ)も注意しましょう!^^
  
                                     


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